羅刹女とは、古代インドでも悪鬼として登場しますが、その羅刹も元々は
その土地の土着性愛神であったらしいです。古代インドの神と言えば、アスラですがそのアスラも、侵略神インドラとの戦いに敗れて、悪神として日本にも伝えられて、そのあと仏教に吸収されて、仏を護る天部の一人となりました。
羅刹も仏教に吸収されて、仏教徒特に法華経を帰依する者を護る役目を普賢菩薩と共に果たしています。

私がお聞きしたいのは、羅刹女の古代インドで悪鬼として登場する前は、
どこの地域で信仰崇拝されていたのでしょうか?

あと、法華経には十羅刹女が登場しますが、その仏像が安置されたお寺はどこにあるのでしょうか?後はラークシャシーと呼ばれていた頃は、十人とも同一人物なのか、それとも別の神が一つにまとめられたのか、その辺も知りたいです。
専門家の方、一般の方どちらでも構いません教えていただければ幸いです。

十羅刹女の名前
・仁藍婆(ニランバ)ランバー ・毘藍婆(ビランバ)ヴィランバー
・曲歯 (キョクシ)クータ・ダンディー ・華歯(カシ)プシュバ・ダンディー
・黒歯 (コクシ) マクタ・ダンディー ・多髪(タハツ)クシーニー
・無厭足(ムエンソク)ラークシャシャ・チャラー
・持瓔珞(ジヨウラク)マーラダーリー
・皇諦(コウタイ)クンティー
・奪一切衆生精気(ダツイッサイシュジョウセイキ)
 サルバ・サットヴァ・オーショハーリー

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A 回答 (3件)

奈良国立博物館のURLです


http://www.narahaku.go.jp/meihin/kaiga/index3.html
先ほどは、2件一緒に書いてしまったのでリンクしない様なので

参考URL:http://www.chohoji.or.jp/dharma/butu2/buppou.html
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すいません、素人なんで難しいことはわからないのですが、和歌山の長保寺に普賢十羅刹女像と言う仏画が有るそうです。


あと、お寺では有りませんが奈良国立博物館にも仏画が所蔵されています。

参考URL:http://www.chohoji.or.jp/dharma/butu2/buppou.htm  http://www.narahaku.go.jp/meihin/kaiga/index3.html
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その仏像が安置されたお寺はどこにあるのでしょうか? ・・・



拝復

あるとすれば、千葉の中山法華経寺でしょうか
あそこは鬼子母神もまつってありますから
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古代インドに進入支配したアーリア人(白人)が土着のドラヴィダ民族を分割支配するために作った制度です。

この区分はインドでは「ヴァルナ」と呼ばれ、本来は肌の色に由来するものでした。当時インドに侵攻したアーリア人の肌が、土着のドラヴィダ民族に比べ白かったため、自らの肌色を頂点として作り上げた階級制度です。

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仏様はむかしインドにおられたお釈迦さまのことです。お釈迦さまの教えられたことを
今に伝え、人々に教えているのがお寺であり、お経です。仏像はお釈迦さまの
姿を映したものです。

子ども向けの古事記や風土記を分かりやすくした絵本がありますので、
イザナミイザナギの国産み神話やアマテラスの天の岩戸神話を読み聞かせて
あげるといいと思います。

また本願寺(京都の東本願寺など)へ行かれればジャータカ(仏教説話)を
子ども向けに分かりやすくした絵本が売っています。人間ブッダ(ゴーダマ
シッタルッタ)の物語はお子さんには難しいですが、動物主人公のジャータカなら
お子さんにもぴったりだと思います。

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余談ながらわが国では、舶来、外国産を表す言葉として、朝鮮、唐が使われていましたが16世紀頃から天竺が加わり、その後南蛮(スペイン、ポルトガル)や紅毛(オランダ、イギリス)が同じ意味で使われています。

インドから中国に仏教が伝わり(西暦2年?)その後中国からたびたび修業僧がインドを訪れています。ハイライトが唐時代にインドを訪れた三蔵法師(西暦629-645年インド訪問)です。三蔵法師はインドから多数の貴重な経典を持ち帰った功績により後世に名を残したわけですが、後に孫悟空の活躍する「西遊記」が三蔵法師の旅をモデルとしたため庶民にまで有名になりました。

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イスラム世界が古代文明に与えた影響についてどんなことでもよろしいので教えてください。

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http://www.nelson-atkins.org/art/CollectionDatabase_ImageView.cfm?id=597&theme=china

この仏像を所蔵している美術館の中国美術担当者が言うには、この観音が身につけている衣装はインド王子の衣装だそうです。

画像をクリックしていくと、細部まで見れます。


古代インドといっても、地理的名ものがあり、イスラム文化の影響を受けた時代と前では違ったでしょうし、ギリシャ文化からも影響を受け、また衣装に変化がみられたり、道具がインドに入ってくるようになったり、入ってくる前の時代の設定なら、その時代にはそういう道具は使われていなかった とクレームがつくかもしれませんが、、、


<むかしむかし その昔> とアバウトでいいのなら

http://www.tirakita.com/idbk/idbk_child.shtml

インドの子供達の絵本だそうです。
これを参考にして描いてみてはどうでしょうか。


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