教えて!gooにおける不適切な投稿への対応について

浄土真宗は差別されてきた寺ですか?

gooドクター

A 回答 (4件)

徳川将軍家の菩提寺は増上寺で、これは法然の浄土教です。



浄土真宗は、法然の弟子の親鸞を後世の弟子たちが親鸞を開祖として新宗派を作りましたが、別に同じ浄土教の仏僧・一向俊聖を創始者とする「一向宗」がありました。

そして、戦国時代初め頃に浄土真宗本願寺派に、中興の祖・蓮如が登場すると、教義が似ている一向宗の信徒たちが、浄土真宗本願寺派と合体して活動し始めた。

結果はご存知の通り、戦国時代に一向一揆が頻発し、武家勢力と大激戦を演じている。蓮如は驚いて、破門するぞと脅しをかけたが、急進派の一向衆は大人しく従うような連中ではなかった。

信長の石山本願寺合戦が有名だが、北陸では一向宗の国が登場し、徳川家康も三河一向衆の内乱で討死しかけるほどの大苦戦を強いられている。

そして、江戸幕府が成立して仏教管理が厳しくなると、浄土真宗は「一向宗」に改名させられてしまった。徳川将軍家の菩提寺は増上寺で、これは法然の浄土教です。浄土宗側から「浄土真宗」という名称が紛らわしいとクレームが付き、幕府がそれに従ったのでしょう。
幕府はどうしても浄土教を上に観ているので、その分、浄土真宗は軽んじられる部分も多かったでしょう。

ちなみに「一向一揆」を主導した本家の一向宗は、布教方法が似ていただけで教義が違う「時宗」に強制的に組み入れられ、活動を制限されています。流石に家康を苦しめた一向宗は幕府から特に厳しい眼で観られていたということでしょうか。
    • good
    • 0

いいえ!弾圧されたのです。


差別と弾圧は全く別次元の事です。
学校の教科書では、教えない事ですが、かって、加賀の国は浄土真宗
の門徒(信者)によって、100年間近く、独立国でした。
徳川家康も浄土真宗のの一揆には手を焼きました、一揆に加担する
家臣が相次ぎました、その中には、その後、家康の片腕となる、
本多正信親子が居ました。

浄土真宗は小難しい修行をしなくても、南無阿弥陀仏と念仏を
唱えれば、誰もが浄土に行ける、との事なので大きく広まりました。
人が集まれば、往々ににして、時の勢力に反対する力が生まれます。
支配者にとっては、一番、困る事なので、力で抑え込もうとします。
これが弾圧です。
    • good
    • 1

浄土真宗は寺ではありません。



宗教集団で、
その拠点が寺です。

「浄土真宗は、差別されてきた宗教集団ですか?」
ですね。
    • good
    • 2

いいえ

    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

gooドクター

このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

このカテゴリの人気Q&Aランキング