卒論で「記述に還元できない領域を作家がどう扱ってきたか」というテーマを設定しました。今のところプルーストとドゥルーズとブランショなどを中心に書きたいなあと思っているのですが、参考になる本を薦めていただけたらすごく助かります。フランスでなくても構いません。

A 回答 (3件)

『プルーストとシーニョ』をご存知なら話は早いです。


お書きになられている記述に還元できない領域について
もっともドゥルーズが詳しく書いているのは『意味の論理学』
です。表層と深層を区別して、深層についての文学すなわち
あなたのおっしゃられる記述に還元できないものの文学として
アルトーを論じています。ナンセンスの構造やパラドックスの
構造で、さらにこの記述領域の形式を論じています。

『プルースト~』では、シーニョがこの表層(記述)と深層を
とりむすぶ蝶番のようなものでしたよね。だからプルーストの
テキストは、たんなる事件の記述と深層の時間がたえず交互に
あわわれていますよね。『カフカ」ではこのシーニョの概念が
もっと性格づけられて、ブラックボックスのような
働きだけをうみだす機械になっていきました。
晩年の『消尽』はベケットによるまさに「記述の限界まで
表現を消尽する」様子が描かれていますよ。

とても面白いテーマだと思うので、頑張ってくださいね。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございます。とても参考になりました。薦めていただいた本全部読んでみようと思います。

お礼日時:2001/10/04 04:36

ブランショについてでしたら、M・フーコーの『外の思考』(朝日出版社)などはいかがでしょう。

記述に還元できない領域、言語の「外」について書かれています。ドゥルーズは『フーコー』という著作で「文言」について書いてます。「文言」に関してまとまったものとしては、『ジル・ドゥルーズの試み』市倉宏祐 他(北樹出版)があります。ドゥルーズの「言語」や「文言」に関する思想にはフーコーの影響が強いと思いますので、挙げときました。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

遅れてすみません。アドバイスをありがとうございます。大変参考になりました。挙げてくださった本は知らなかったものばかりなので全部読んでみようと思います。ドゥルーズを研究しようと思ったのは彼の「プルーストとシーニュ」にすごく感銘を受けたのからなのですが、この「シーニュ」という発想はドゥルーズのオリジナルなんでしょうか?気合の入った卒論にしたいと思っているので、また何かありましたらアドバイスいただけるとすごく助かります。ありがとうございました。

お礼日時:2001/09/03 12:27

記述に還元できない領域??


それをもう少しご説明定義してくださいね

この回答への補足

遅くなってしまいすみません。例えば人間を一人描写しようとして、その人の属性とか特徴とかさまざまなことを書き尽くしても、それは「情報の束」になってしまいますよね。でも一人の人間は情報の集まりだけでは表しきれない部分、(ここが記述に還元できない領域)を持っているはずで、それをなんとかして言葉で表現しようというのが文学の一大テーマだと思うのです。でももちろんそれは不可能なものの探求ですから「書けない」と言い出す人も出てきます。例えばバタイユは言葉が無能力だから書けない、みたいなことを言ってました。プルーストのすごいところは「書けない」ことを言葉のせいにせず、人間の感受性や能力に原因を持っていって、もっと豊かに感じることが出来たらきっと書けるはずだと信じて探求を続けたところなのだと思います。

補足日時:2001/09/03 12:06
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qドゥルーズの「強度」概念について

ドゥルーズが、「強度」概念について著作の中で記述している箇所をご存知でしたら教えていただけないでしょうか?

「強度」概念自体についてのまとまった記述として、有名なのは『差異と反復』の第五章ですが、それ以外の著作ではどれに記述されているか、なかなか見当たらず……。

著作名と、章や頁数も教えていただけるとありがたいです。

よろしくおねがいいたします!

Aベストアンサー

未確認の又聞き情報ですが、
『ベルクソンの哲学』ドゥルーズ 宇波 彰 訳 法政大学出版局 P91

但し、ご質問者ご指摘の部分より、詳しいとは考えにくいのですが。

Q卒論の研究のしかたについて とても恥ずかしい話なのですが、卒論の研究のしかたがわかりません 私の

卒論の研究のしかたについて

とても恥ずかしい話なのですが、卒論の研究のしかたがわかりません

私のテーマは、曽根崎心中の冒頭でお初が観音巡りをする意味についてです

最初にすべきことは「観音めぐりとはなんぞや」を調べることだと思うのですが、「観音めぐりはこういうものです(完)」となってしまいそうで、進め方がわかりません

ゼミの教授に相談したら笑われて終わりました

どのように進めていけばいいかの例のフローチャートのようなものを知りたいです

本当にこんな恥ずかしいことを聞いてしまって情けないのですがよろしくお願いします

Aベストアンサー

最終的なテーマと、最初の取っ掛かりは目星がついているということですね。
ただ、「観音めぐりはこういうものです」とまとめたものから、最終テーマへと繋げる道筋というかアプローチが掴めない・見えてこないというのが、ご質問の主旨で合っていますか?
大きく言うと、論文の組み立て方を聞きたいということかと解釈したのですが。

最初の取っ掛かりと最終的なテーマがはっきりしているんでしたら、テーマに関係する論文(先行研究の論文)はもう読んでいますか?まずこれをしないと何も始まりません。すでに研究され尽くしているテーマでしたら、卒論テーマには難しいですし。

先行研究等、他の方の論文一つ一つが、質問者さんの言う「進め方」の参考例です。
単純に論の内容だけを見るのではなく、論の出発点からテーマとなる結論に、どういう風にアプローチしているか(研究手法)や、結論までをどういう風に組み立てているかといった論文の構成を意識してみていますか?
そこから得られるもの・ヒントは多いと思いますよ。


あとは質問者さんが一つずつ「何故?どうして○○なのか?」と立ち止まって、ご自身の目的(解き明かしたいもの)を整理することが大事だと思います。

「曽根崎心中の冒頭でお初が観音巡りをする意味について」をテーマにするのは、質問者さんが「何でだろう?」と思ったからですね。それで「そもそも観音巡りって何?」という次の疑問が出てきて、まずこれを調べなくてはと思った。目的がはっきりしているから、次にやることも見えてきたわけです。

では、質問者さんが疑問に思ったのは観音巡りについて“だけ”ですか?「曽根崎心中の冒頭でお初が観音巡りをする意味について」がテーマなら、どこで(いつ)=『曽根崎心中』の冒頭でどうして、誰が=お初なのはどうして、何を=観音巡りをどうしてするのか、といった複数の疑問が同時にあるのでは?


指導教授の方には、たたき台のようなもので良いので、テーマに向かって今こんなことを調べていて、その結果から新たな疑問が出てきたとか、自分で動いて考えていることを具体的に示した方が良いのかもしれませんね。
いずれにしても、経過経過で指導教授の方とそのテーマについて議論する位の気持ちで、よく相談したほうが良いですよ。
ご質問拝見した限り、決して丸投げしようとしているのではなく、ご自身で考えようとされている姿勢を感じましたので。
話し合って行けば、指導教授の方にもそういう姿勢は伝わると思います。


※もしご質問の主旨からずれた回答でしたら、補足頂ければ改めて回答いたします。

最終的なテーマと、最初の取っ掛かりは目星がついているということですね。
ただ、「観音めぐりはこういうものです」とまとめたものから、最終テーマへと繋げる道筋というかアプローチが掴めない・見えてこないというのが、ご質問の主旨で合っていますか?
大きく言うと、論文の組み立て方を聞きたいということかと解釈したのですが。

最初の取っ掛かりと最終的なテーマがはっきりしているんでしたら、テーマに関係する論文(先行研究の論文)はもう読んでいますか?まずこれをしないと何も始まりません。すでに...続きを読む

Qガタリ、ドゥルーズ、フーコーの本を探してます

デリダ、ドゥルーズ、ガタリ、バルト、フーコーあたりの構造主義哲学者の本を安く入手する方法を教えて下さい。
特にドゥルーズとガタリの共著「千のプラトー」が読みたいですが、高くて手が出ません。
地方なので図書館には構造主義の本はありません。頑張って夏に上京して神田まで行きましたが、おのぼりさんには広すぎてどこをどう探していいかわからず挫折…。調べて入ったとこでも結局、高くて買えず、タイトルだけ拝んできたようなかんじです。
Amazon以外でこういった哲学書の中古を扱っている古書店についての情報をご存知でしたらお願いします。
また、英文は読めますので、海外サイトでPDF文書があった場合はURLをお願いします。(フランス語は自信が無いです)

Aベストアンサー

地元の図書館を愛している者です。

図書館には相互貸出制度というものがあります。地方都市の小規模の図書館には所蔵していない本でも、県庁所在地や都市部の大きな図書館から借りてもらうことができます。
多くの場合は請求を出してから一週間から十日ほどかかるとは思いますが、急ぐのでなければそれを利用なさってください。
そうして何度も借りていれば、図書館の側が「これは所蔵するに足る本である」と認識してくれるかもしれません。図書館の役目は、市民の多くが望む本をそろえるだけでなく、希望者数はたとえ限られていても、良書、非常に有意義ではあっても、個人には手の出しかねる価格帯の本をそろえるということもあるように思います。
地元図書館の書棚を作るのは、住民であるわたしたち自身でもあるはずなんです。

『千のプラトー』を読もうと思ったら、『アンチ・オイディプス』も読まなければならないだろうし、『差異と反復』だって読まなきゃならないでしょう。さらに、それらを読むための参考文献や概説書だって必要です。それこそ、リゾームのように、読んでいく本というものは、読めば読むほどひろがっていくものです。その何冊かは自分の手元に置いて、常時参照しなければならなくなってくるのですが、その何冊かを絞り込むためにも、図書館は重要です。ですからどうぞ、地元の図書館に、まず、リクエストをなさってみてください。

Web上では構造主義以降の文献は、その一部の引用など、探せばヒットすることがあるかと思いますが、まとまった形で読むことはむずかしいかと思います。

地元の図書館を愛している者です。

図書館には相互貸出制度というものがあります。地方都市の小規模の図書館には所蔵していない本でも、県庁所在地や都市部の大きな図書館から借りてもらうことができます。
多くの場合は請求を出してから一週間から十日ほどかかるとは思いますが、急ぐのでなければそれを利用なさってください。
そうして何度も借りていれば、図書館の側が「これは所蔵するに足る本である」と認識してくれるかもしれません。図書館の役目は、市民の多くが望む本をそろえるだけでなく、希望者...続きを読む

Qモーリス ブランショからの引用

はじめまして。

以下のモーリスブランショの引用が、どの本の第何章にあるか教えていただけませんか。よろしくお願いします。

「言語は、この世においては、何よりもまず、能力である。語る者は、力を備えたものであり、暴力をふるう者である。名付けるとは、名付けられたものを遠ざけて、それをひとつの名前という便宜的なかたちで所有する暴力的な行為である」

Aベストアンサー

『来るべき書物』(粟津則雄訳 筑摩書房)だそうです。

 http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=930900

 http://f59.aaa.livedoor.jp/~walkinon/language.html

おもしろそうなので、図書館で予約しました。必要なら、さらに何章にあるのかも調べます。

Q流動性選好説

流動性選好説により、利子率は、流動性を犠牲にすることの対価とされ
ますが、取引的需要も流動性選好と考えるのでしょうか?

Aベストアンサー

> 流動性選好説により、利子率は、流動性を犠牲にすることの対価とされますが、取引的需要も流動性選好と考えるのでしょうか?

貨幣需要は、取引需要と投機的需要(及び予備的重要)に分けられます。
流動性選好説は、投機的需要と利子率の関係性を明らかにしたものであり、取引需要とは別です。

Qプルーストの場面で

こんにちは。あまりプルーストに詳しくないものです。ナラトロジーの研究に使うのに、以下の部分がどのあたりになるのかわからず困っています。「失われた時を求めて」からだと思っていたのですが、登場人物がジャンということで、ジャン・サントゥイユの肖像が出典でしょうか。
ジャンがマリー(メアリ?)と数年前に利用していたホテルの近くを通りがかって、当時「何年かたったらきっとこんな気持ちでいるだろう」と思っていた自分の気持ちと、実際の今の気持ちを比べるという内容で、
「ときどき彼は思い出すのだった。雨の中ホテルの近くを通るようなときにまるで巡礼者のように彼女をホテルに連れて行ったときのことを。そういった日々を思い出しても、当時思っていたようなメランコリーの気持ちは感じられなかった。」
みたいな内容です。
この内容を英訳で入手したいのですが、どの作品のどの部分か分かれば大変、大変、ありがたいです。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

『ジャン・サントゥイユ』なのは間違いないんだけど、どこだったかなあ……。と思いながら全集を手繰って探し出しました。

私が参照したのは筑摩書房版『プルースト全集』第13巻「ジャン・サントゥイユIII」(1985年刊)ですが、作品全体のわりと後半にあたる「ジャンの社交生活」という章の「ジャンがマリ・コシシェフに再会する」という節(p.112)にそのような箇所があります。
マリと利用していたホテルではなくマリの屋敷である(どっちもhotelですけど)という部分、連れて行ったのが彼女ではなく女中であるという部分が異なっていますが、「雨の日の巡礼行を思い出しながら、かつてはマリに無関心になる日が来たらどうしようと憂鬱になっていたのに、ジャンはもはやそんな気分にもなれない。なぜならその無関心に憂鬱さをもたらしていた愛はもうなくなったから」という内容は一致しているので、この箇所でまず間違いないと思います。
ただし章題のほとんどはプルースト自身がつけたものではなく、プレイヤード版の編者がつけたもので、筑摩版はこれを踏襲したものです。英語版が同じ編集方針を採ってくれているとよいのですが……。

『ジャン・サントゥイユ』なのは間違いないんだけど、どこだったかなあ……。と思いながら全集を手繰って探し出しました。

私が参照したのは筑摩書房版『プルースト全集』第13巻「ジャン・サントゥイユIII」(1985年刊)ですが、作品全体のわりと後半にあたる「ジャンの社交生活」という章の「ジャンがマリ・コシシェフに再会する」という節(p.112)にそのような箇所があります。
マリと利用していたホテルではなくマリの屋敷である(どっちもhotelですけど)という部分、連れて行ったのが彼女ではなく女中であ...続きを読む

Q流動比率について教えて下さい。

流動資産があって、流動負債が0の場合、流動比率はどうなるのでしょうか?無借金でも0ということはないのでしょうか?分母(流動負債)が0になるので疑問に感じました。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

流動比率を出すのは財務の安全性を評価するためです。一般的には200%以上が望ましいとされていますが・・・。
そういう目的をもった経営指標ですから、分母がゼロの場合は、指標を出すまでも無く「安全」だということになります。
つまり流動比率を出す必要が無いということです。

Qプルーストの書簡・エッセーの原文

マルセル・プルーストの書簡集(もしくは書簡選集)と、芸術に関するエッセーのフランス語での原文を探しています。英語(例http://www.amazon.com/Proust-Art-Literature-Marcel/dp/0786704543/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1385885016&sr=8-1&keywords=marcel+proust+essay)ではすぐに見つかるのですが、原文がなかなか見つかりません。


ネット上での無料閲覧か、それがなければもしくは本の形態でも、どうすれば手に入るでしょう?

Aベストアンサー

もし引用するのであれば、本の方がいいでしょう。
英語版は Gallimard 版の "Contre Sainte-Beuve" の翻訳ですから、
Amazon.fr このタイトルの本を探してください。
ちなみに今見ると、EUR 7,79(1,149円)でした。


無料ならいいというのであれば、
"Contre Sainte-Beuve"で検索してください。
pdf 版があります。

http://promethee.philo.ulg.ac.be/engdep1/download/proust/french/pdf/Contre%20Sainte-Beuve.pdf

Q管理会計論の財務情報分析の流動比率について

管理会計論の短答の問題で分からない問題があります。
管理会計論の財務情報分析の流動比率についての問題です。
問題は下記です。
問題.
総合スーパーなど、現金販売のみを行なう業種においては、流動比率が極端に高く計算される傾向にある。
回答.×
総合スーパーなど現金販売のみを行なう業種においては、売上債権が存在しないため、
流動比率が極端に低く計算される傾向にある。
-------------------
このような感じなのですが、流動比率は、
流動資産÷流動負債は分かるのですが、現金販売で現金を貰おうが、売掛金になろうが、
どちらも流動資産なのではないのでしょうか?
なので、極端に低く計算されるというよりか、流動比率は同じになるのではないのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>現金販売で現金を貰おうが、売掛金になろうが、
>どちらも流動資産なのではないのでしょうか?


ごもっともです。
掛売りをしても、手元の現金で購入できる範囲でしか買わない、と仮定すれば仰る通りです。
現金がありすぎて掛けで買う必要がないケースなどが考えられますね。


しかし、ごく一般的に考えて、現金販売よりも、掛け販売の方が売れるはずです。
なぜならば、掛け売りだと、手持ちの現金以上に購入可能だからです。
たとえば、将来に備えて余分に買ってくれるかもしれません。

つまり、売り手の流動資産は、「現金のみの場合<現金+売掛金の場合」という図式が成り立ちます。
したがって、現金のみを取り扱う業界では、流動比率が低くなる傾向にあるわけですね。




※以下補足です

では、掛け販売のみの場合と比較するとどうなるのでしょうか?
現金販売のみのディーラーと、ローンのみのディーラーを考えてみましょう(現実的ではありませんが)。
当期だけみれば、ローンの組めるディーラーの方が、流動資産が多いはずです。

Qプルーストの「失われたときをもとめて」

上記の作品の「スワンの恋」という章に登場するスワンと言う人物とナレーター役のひとはどういう関係なのでしょうか?

もしよろしければ回答をお願いします。

Aベストアンサー

スワン家は、語り手(マルセル)の家族と親しいユダヤ人一家です。

あの有名なマドレーヌを口にする場面で、レオニー叔母が日曜日の朝、紅茶に浸したマドレーヌを出してくれたコンブレーのことを思い出す。その叔母さんの隣人がスワン家です。

当主のシャルル・スワンは美術品を蒐集し、フェルメールを研究し、文学や演劇にも造詣の深い教養人で、しかも高級娼婦(ちょうど『椿姫』の主人公のような)だったオデット・ド・クレシーと結婚します。そのために上流社会から締め出されることになりました。

「スワンの恋」という章は、このスワンとオデットの恋愛を描いているのですが、三人称で語られ、全体とは異質な形式を取っています。当初、プルーストはスワンを主人公とした三人称の小説を構想したのですが、途中でそれを放棄し、いまあるような一人称の小説になりましたが、最初の構想がそのまま取り残された部分であるといわれています。

この物語は、マルセル(語り手)の生まれる以前の物語です。やがてマルセルはスワンとオデットの娘、ジルベルトに初恋をすることになるのですが、スワンという人物は、マルセルにとって精神的な父ともいえる存在で、「スワンの恋」という物語が、以降に展開される『失われた時を求めて』の予告ともなっている、という構造を取っています。

スワン家は、語り手(マルセル)の家族と親しいユダヤ人一家です。

あの有名なマドレーヌを口にする場面で、レオニー叔母が日曜日の朝、紅茶に浸したマドレーヌを出してくれたコンブレーのことを思い出す。その叔母さんの隣人がスワン家です。

当主のシャルル・スワンは美術品を蒐集し、フェルメールを研究し、文学や演劇にも造詣の深い教養人で、しかも高級娼婦(ちょうど『椿姫』の主人公のような)だったオデット・ド・クレシーと結婚します。そのために上流社会から締め出されることになりました。

「スワ...続きを読む


人気Q&Aランキング