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ロマン主義者は言う。哲学とは創造であると。

<実在するもの>と言う名の障壁はない。(エマソン)

言葉の外には、言葉がそれに対応するよう努めなければならないものは"何も無い"。(ローティ-詩としての哲学-)

その通り。しかし、詩が生まれるのは、実は想像力によってであろうか?それは創造なのだろうか?

私の知るところでは、詩は、風が運んでくるのである。
詩人達は、実に作らない人々であった。
詩だけではない。建築の巨匠さえも、"それ"は私の作ったものではない、と語る。(ルイス=カーン)
かのミケランジェロも、似た様なことを言い残している。

名も無き詩人から芸術の大家まで、創作者たちは、作らなかった。

作る作用から解き放たれる事。

哲学も又、実はこの様にあるのでは無いだろうか?
それをここでは、"旅をする哲学"と呼びたい。

そして、皆さんに旅をする哲学をしていただき、それによって得られる幾ばくかの言葉を、いただけたらと思う。

回答は無くても構いません。
それくらいの心構えの前提で、よろしければお答えくださいませ。

gooドクター

A 回答 (6件)

★ "旅をする哲学"


☆ すなわち 《人生は 巡礼の旅である》。



ひとは 世の中にあって感受性のはたらくままに ものごとをさまざまに受け留める。

自分自身の中から現われた思惟に対してさえ あれっ おれはこんなことを思っていたのかといぶかしみを持って受け留めざるを得ない場合がある。

人びとの思わくは多様であり 振る舞いも一様ではなく 受け留めの中では取り分けそれらに対するよしあしの判断がおのづと付いて来る。



もし おのれのあやまちをみとめたときには 心の内に折れ返って思いと振る舞いを俎上にのぼせるようにしてその過去を振り返り考え直す。それは あたかも聖なる場所をおとづれて膝まづきこうべを垂れているかのようである。

かくして わたしは《わたしがわたしであるわたし》に立ち戻る。

かくして 人生は おのづとあたらしい場所をもおとづれるかのように巡礼を繰り返す旅路にある。


おそらくこの旅は ――ひとの心というものがそれほどに大きいものであるなら――あたかもみなその《わたしの心》の中で繰り広げられる。とも考えられる。





デルフォイの神託は 得られるか? というふうな表現を敢えて用いるとしたら その答えは どうか?

神託は とうぜん《広い意味の哲学》である。

単純に言って 哲学は 芸術と科学とである。

芸術の中で その表現の抽象度が高くしかも内容に深みがあって純粋度の高いものは 詩である。

話を端折って言って 詩から得られる(詩を読んで得られる)ヒラメキは 科学の理論に結晶しけっきょく同時に応用実践としての政策である。



このような タトへとして言ってアポロンの庭が 世界である。庭は いくつもに分かれているから 巡礼の旅をする。世界は 哲学する旅である。
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この回答へのお礼

美しい。
これはbragelloneさんの敬虔さが物を言っているのでしょうか。
それとも、隠しがちな言葉への愛着がこれを編み出すのだろうか。

ありがとうございます。

お礼日時:2020/12/29 17:29

音楽家が「メロディーが降りてきた」なんて言います。


音楽に限らず、あらゆる芸術が、いや、哲学でも科学でも商売でも「閃き」によるところは大きいと思います。

閃く、ということは、どこかにあったということになるでしょう。ですから、それは創造ではなく、発現ということになると思います。

そういうことでしょ?

ただ、風が運んでくるもの、なんていうと、何でもよくなっちゃうから、いいものができないという、貴族的衰退をもたらす発想になりかねないと思う次第でございます。
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この回答へのお礼

ある種の極地で生まれるそれを、発現と言うか、啓示というか、イデアと言うか、形相と言うか、それは自身にしっくり来るもので良いのです。それが、"風が運んでくる"、より狭めた言い方をすれば、"風による啓示"、でも問題は無くて、"旅をする哲学"の本質は、私が作ったのではない、と言うことに至る所なのであります。

誰々の説では云々、、、私の考えでは云々、、、ではないところの哲学の言葉を、ぽつりぽつりといただけたら、望外の幸せにございます^_^

お礼日時:2021/01/02 14:33

私個人の独り言


全ての事柄に答えを出せる解き方は一つも無い。
何故なら全てが繋がっているにも関わらず個々バラバラには解き方を作っているから。
全ての事柄を繋ぎ合わせ全ての事柄に答えを出せる為の解き方を導き出さない限り人は「真の答え」に永遠に辿り付けない。
と思う今日この頃
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この回答へのお礼

僕もそう思う^^

お礼日時:2020/12/30 12:50

私の知るところでは、詩は、風が運んでくるのである。


  ↑
名言ですね。
自分で考えたのですか。
だとすれば素晴らしいと思います。

彫刻は美を創造するモノではない。
材料にひそんでいた美を掘り出すだけで
ある。
これと共通しているような。

アリストテレスの形相ですかね。
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この回答へのお礼

おほめいただいて嬉しいです^^
何か良いことありそうな。

>これと共通しているような。

tanzouさんがこの言葉を素晴らしいと思ったのは、この言葉の示すところが、tanzouさんの世界にすでに存在していたのだとも考えられます。ただ、それには未だ名前が与えられていなかった。それが、この言葉によって形相を得て、明らかに認識され、その素晴らしさを感受したのだと。

形相には二種類あると私は思います。
一つは物の真実としての形。もう一つは、司る法理としての形相です。
これによるとミケランジェロは、芸術家としての法理、司る形相に従って、ものの美としての形相を掘り出したのであります。

お礼日時:2020/12/29 18:07

哲学と芸術を混同してると思う。

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この回答へのお礼

哲学とは愛知であると聞きました。
ならば言葉とはその道であり目的でもあるでしょう。
論理とは何か?
ロゴスとは何か?
詩とは何か?
ミュトスとは何か?
求めたところのものを、内在的には知って居なければならい。
その意味で知とは本能的に知られたところなのかもしれない。ただベクトル(志向性)として、内在しているのだ。

哲人が本能的に知るところは、言葉として生じた時に至芸の知識と言われる。それが論理として編まれた時に、学は成る。

僕はそう思う。

お礼日時:2020/12/29 17:52

哲学の旅って


素敵ですね

質問を読みながら
ふと、頭から沸き上がったのが

そもそも、哲学って( ̄~ ̄;)なに?

世の中の真理をもとめる行為とかって言われるけど
なら
自由な散文詩的に書いてみますね


そもそも
人とはなんぞや?
その謎の人が沢山あつまって社会ができたけど
社会とはなんぞや?
その謎の社会の中でも様々な行いがおこなわれて、悪い奴もいたら善い奴もいてる
そうなると
善とはなんぞや?
悪とはなんぞや?
その謎の善悪の考え方から
正しさとはなんぞや?
その謎の正しさの根元をもとめて
生きてることがとりあえず正しい
みたいな解には辿り着くんだけど
そうすると!
人は、死んだらどうなるのか?
何故にうまれたのか?
誰がうみだしたのか?
自然発生したなんて話だと
自然にあるまま、獣のように生き抜くだけが、人であるはずなんだけど
獣のように生きてないのが人であって
何故に、獣と人を分離したのか?
人を人として、自然から分離したのは
何者かの企みなのか?
神なのか?
真理なのか?
そもそも、自然とは空間そのもので
この空間すら、自然発生したのか?
それとも、何者かの企みで構築されたのか?
そんな事を考えてたら
時間だけが過ぎていき
何故に時間は過ぎるのか?
時間が止まれば、もっと考えられるのに
Σ(考える事ができる時間なんかも
ワシ個人では限られてて
ワシだけでは足りない時間だけども
ワシ以外にも物好きは
沢山この世には居てて
さらに、過去にも偉大な物好きが沢山いてて
未来にも当然、物好きは産まれてくるだろうとはおもったりもする
なら、ワシが考えても仕方ないことなのかと言えば
ワシが考えなければ
代わりに、こんな物好きな話を考える危篤な人も少なくて
居たとしても
頼むのもおかしな話だと思うから
ワシは死ぬまで、考えているんだろうなぁ~


こんな言葉が、頭をよぎりましたよ

(  ̄▽ ̄)にっこり
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この回答へのお礼

そうなのです。旅する哲学は素敵なのです^^

これまで旅をしてきたわしさんも、何度でも旅に出てみてください。そしてそこで生まれた言葉を、ぽつりぽつりでも良いので聞かせていただけたら、僕はしあわせですね^^

さらば世界よ さらば君よ
そしてまた出会う 永き日に 
僕はその時を 忘れないでいるよ

お礼日時:2020/12/29 17:37

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