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日本は何故、朝鮮半島を統治するに至ったんですか。
日本統治と植民地とは同じ意味ですか?
歴史的背景も含めて説明していただけたら嬉しいです。

gooドクター

A 回答 (6件)

>日本は何故、朝鮮半島を統治するに至ったんですか?



いくつかの理由があります。
安全保障も大きな一因ですが、最も大きな要因は韓国(大韓帝国)が
近代化に失敗し、国家を維持することが困難になったので
日本に併合をお願いしてきたから。
近年は戦争への反省から朝鮮半島への進出が日本の大陸進出の足掛かりとか
大東亜共栄圏の一環とか言われますが、併合前は反対意見が大勢でした。

ちなみに、伊藤が暗殺されたのは議会で併合が正式決定された後なので、
併合反対派の伊藤が暗殺されたから併合されたということはありません。



>日本統治と植民地とは同じ意味ですか?

日本による植民地統治という意味ならそのとおり。

よく「併合だから植民地ではない」という意見を見ますが、
併合は国家による領域の支配を正当化する根拠のひとつ。
近代における植民地の定義は
 本国政府の憲法や諸法令が原則として施行されず、
 本国と異なる法的地位にあり、本国に従属する領土
併合時の朝鮮は、最高権力者の総督が日本から派遣され、日本と異なる法の下
朝鮮からの国会議員も選出されず、外地として異なる法的地位でした。
このことから、当時の朝鮮は日本の植民地であると言えます。
 注 事実上の行政の長である知事は官選ですが朝鮮人も就任しています。
   貴族院議員や日本で選出された議員(朴春琴)はいます。
朝鮮併合の時期をみても、ベルギー領コンゴのように
併合した植民地はよくあること。
なので、朝鮮を植民地というのは無知ではありません。


歴史的背景について

・書契問題

明治維新以前は日本と朝鮮は鎖国をしており、日本と朝鮮は相互に数少ない
貿易相手国でした。ただし、日本は国としてではなく宗氏を通じてのもので
明治維新を機に正式に国として親交するため書簡を送ります。
しかし、朝鮮は「中国より下位の日本が天皇の皇の字を使うのは不敬」と
親書の受け取りを拒否します。これをバカにされたと解釈した者が
朝鮮を誅するとする征韓論が起こります。
しかし、現実的には朝鮮を征服するなど無理な話なので
対話による対応が行われました。


・江華島事件

日本と朝鮮が交易するのに、船舶の大型化に伴い海図の作成が
重要になりますが、鎖国で近代化の遅れた朝鮮は海図を用意できません。
そこで日本は独自に測量を行いますが、事情を知らない地方役人が
これを攻撃してしまい武力衝突となります。
このことをきっかけに日本と朝鮮は正式に条約を結びます。(日朝修好条規)


・壬午軍乱

朝鮮は日本の近代化に成功していること参考とするため、
日本から顧問を招いて軍の近代化を図ります。
しかし、財政に余裕がないので一般兵の給与に腐敗したお米を配ってしまい、
大規模な暴動になります。この時、救助を要請した日本の外交官を無視して
暴徒の中に放置したため、日本人は独力で江華島まで脱出します。
この事件を契機に、日本の軍隊の駐留が常態化します。


・甲申政変

福沢諭吉に師事した金玉均が日本の助力をあてに政変を起こします。
しかし、日本の駐留する兵力は少なく、清が鎮圧します。
このとき、駐留した清の軍兵は略奪などの乱暴狼藉を働き、
またも日本に被害が出ます。
そして日本は朝鮮と漢城条約、清と天津条約を結びます。


・日清戦争

朝鮮では圧政に苦しむ農民が蜂起します。(甲午農民戦争)
朝鮮は事実上の最高権力者だった閔妃(国王の正妃)が清に救援を要請し、
閔妃と対立した大院君が日本に助力を求めます。
清が出兵したことで、天津条約により日本も出兵し、
日本と清が衝突します。
ちなみに、この辺りはイザベラバードの「朝鮮紀行」(講談社学術文庫)に
記載されていますので、よかったら読んでね。
日清戦争の結果、下関条約の第一条で朝鮮は清から独立させられます。
この頃の意図としては、朝鮮が独力で一人前の国家となることを
期待しています。



・乙未事件

日清戦争の結果、いやいや独立した朝鮮は日本にすり寄っています。、
しかし、三国干渉で日本よりロシアが有力と見るやロシアにすり寄ります。
閔妃は大院君によって国王と婚姻しましたが、大恩ある大院君が目障りで
ことあるごとに排斥していました。
そこで大院君は日本の助力で閔妃を暗殺します。
しかし、肝心の国王(高宗)が大院君を受け入れず大院君は失脚します。


・露館播遷

日本の影響を危惧した李完用はロシア公使館に国王を逃がします。
そしてロシア公使館で政務を行います。
戦時下でもない一国の国王が国内の外国公館で政務を執るなど前代未聞で
朝鮮の自主性を放棄したものとみなされます。
当然、ロシアは好き勝手に要求をします。


・大韓帝国

ロシア公使館では朝鮮の意向はほとんど聞かれないのに、
ロシアは過大な要求なので国王は約1年で自分の宮殿である慶運宮に帰り、
ついでに大韓帝国を名乗ります。
しかし、国王は浪費するばかりで産業育成や近代化を全く行わず、
お金に困って安全保障など全く顧みないで外国に権利を売ります。
隣国がこんなのでは困るので日本が買い戻しますが、
やがてロシアと対立します。


・日露戦争

ついに日本とロシアが韓国をめぐって衝突します。
肝心の韓国は中立を宣言しますが露館播遷で信用を無くしていたので
無視されます。
結局は日本と一緒になることになり、第一次日韓協約が結ばれます。


・第二次日韓協約

韓国政府は日本と協約を結びますが、韓国皇帝は日本から便宜を受け取りつつ
こともあろうに日露戦争中にロシアと通じたことがばれて日本が激おこになり
より日本に有利な第二次日韓協約を結び、韓国の外交権を取り上げます。
最近の解釈では、よくこの協約の時に伊藤が韓国の大臣を呼びつけ
叱ったことから、日本が武力を背景に恫喝したことになっています。


・ハーグ密使事件

日本からの協力金で一時しのぎはできましたが、お金が無くなった皇帝は
今度は世界に日本をやっつけてくださいと密使を送ります。
当然日本の世論は激高します。
日本政府も「この際併合すべきでは」と考えましたが、
協議の末にまだその時ではないとの結論になり、
最終的には統監である伊藤任判断をゆだねます。
伊藤は日本の指導で韓国が自立することを望み、当時の韓国首相の李完用は
皇帝に退位促して第三次日韓協約を結びます。


・併合

当時、韓国の歳入は1000円程度。日本からの借款だけでも3000円程度あり、
近代化を行う余力はありません。
ハーグ密使事件までは韓国国内では日本に対抗する民意が多く
国債報償運動で民間から日本への借金を返して見返すつもりでしたが、
密使事件で急速に民意がしぼんでしまい、都市部を中心に日本への合邦を
望む意見が大勢を占めるようになります。
(国債報償運動は主催者がお金を自分に投資して全顎無くなりました)
万策尽きた李完用は日本への併合を希望し、日本がそれを受け入れました。
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A:日本は何故、朝鮮半島を統治するに至ったんですか。


→安全保障の為(主に対ロシア)

B:日本統治と植民地とは同じ意味ですか?
→違います。(そもそも、植民地にはしていません。)



>歴史的背景も含めて説明していただけたら嬉しいです。

やれやれ・・・
「植民地」とか言っている時点で無知確定。
そして、そのような者ほど気軽に要求する。

以下の内容は、簡略化されたものです。
個々の詳細を知りたいなら、それ毎の質問を個別に立ててください。
それらは個別に説明するだけでも、回答1つ分の文章量になります。

尚、知らない用語は、まず自分で知らべて下さい。
私は努力する者の手伝いはしますが、怠け者を甘やかす事を親切と思ってはいません。


1:明治政府が朝鮮国と国交を結ぶ。
2:日清戦争で朝鮮を独立させる。
3:日露戦争でロシアから朝鮮を守る。
4:色々とやらかしたので保護国にする。
5:それでも色々とやらかした挙句破たんして日本に併合を要請する。
  →最初は断ったが色々あって併合する。


1→朝鮮を近代化し、協力して列強の圧力に対抗する為。

2→当時の朝鮮は清国の属国(奴隷)状態で、このままでは近代化は不可能

3→朝鮮内の内輪揉めにロシアが介入して、乗っ取られかけた。

4→日本は朝鮮は自力で独立を維持できないと判断した。
世界は「自立できないなら仕方がない。むしろバ○を監督してくれるなら有り難い」と容認。

5:保護国になっても失政を続けてどうにもならなくなって「このまま最貧国として滅びるより、一等国の日本人になりたいです」とか言い出す。

日本は「こんな貧乏人の面倒などみたくない」と断ったが、しつこくお願いしてくるので受け入れる。
世界からは、問題が一つ減ったと歓迎される。


併合後は、日本の援助で大発展。




WW2後は、日本に侵略されて酷い事をされたニダ。と賠償を要求。
「日本は何故、朝鮮半島を統治するに至ったん」の回答画像5
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朝鮮国会が、真っ赤の赤字で倒産したので、日本に統治してくれと決議。

日本は余裕なしと断ったが、ヨーロッパ諸国より、先進国の仲間に入りたければ、面倒を見ろとなり、仕方なしに。

単位は忘れましたが、人間らしく生活させようとすると、30の収入しかない地域に80の予算となってしまいました。それに、朝鮮の皇帝を大日本帝国の貴族として迎え入れました。
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下に日清戦争と日露戦争をごっちゃにしている人がいるので。


ロシアが南下政策を続け、中国の東北部を占領し、日本海側から朝鮮半島を占領した。
そして、次に狙ったのが日本という訳なのだ。
まだ、日本を本格的に攻める気はなかったようなのだが、日本軍は危機感を強め、仁川に上陸し、そこで日露戦争が勃発した。
そこから燎原の火のように闘いは中国の東北部に広がっていき、日本海では旅順艦隊と日本海軍が大海戦を繰り広げ、日本側が大勝利となった。
そこでロシアは、世界最強と言われたバルチック艦隊を日本に向けて派遣したが、これも日本軍によって撃破されてしまった。
このことで大陸で勝ったとしても軍艦がなければ日本に行くことが出来ないと言うことで、戦争を止めると言うことになった。
日本軍としては、戦いに勝ったことでロシアが占拠していた中国の東北部と朝鮮半島を統治することにした。日本としては大変な戦費と人命をかけて奪い取ったものを手放したくなかったということなのだ。
それに朝鮮半島は、ロシアにとっては日本を攻めるための橋頭堡になるのと、日本軍にとっては中国や東南アジア諸国を手中に入れるための足場として重要な位置にあったからなのだ。
植民地にするかどうかについては、日本国内で論議があった。
植民地に反対していた伊藤博文を馬鹿な韓国人が暗殺してしまったので、日本の最重要人物を暗殺したという意趣返しもあって植民地にしてしまったのだが、韓国では植民地に反対していた伊藤博文を殺した馬鹿を英雄として祭り上げている。
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真面目に答えます。

明治政府の中には「国境=主権線」以外にその国の国益を守るための「利益線」があると考える人たちが「山県有朋」を中心に軍隊の中に多くいました。朝鮮半島は日本の利益線だとしたのです。朝鮮半島の人にとっては迷惑で一方的な話ですが、そのように考えられ、その利益線は欧米の植民地とは違うという主張が、当時の政治家や軍部の勝手な言い分でした。その違いは「欧米の支配から、その地を守っているから」というものです。
当然、その後、利益線は拡げられ、満州や東南アジアにまで及びました。その結果、いつの間にか「大東亜共栄圏」という考え方が生まれました。共栄するために、日本に資源をよこせという脅しをかけるのは、その辺のチンピラと変わりません。そういう意味では、欧米の植民地より悪質かもしれません。いまでも右翼は「大東亜戦争」と呼び「日本の統治した地域は発展した」といいますが「アメリカが統治してくれたおかげで日本が発展した」とは言いません。おかしな話です。
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日清戦争を、調べたら書いてますよ。

日本と中国が、朝鮮半島の支配権を、巡り戦った戦争です、日本が、勝ったために朝鮮半島は、日本の支配・統治するようになりました。統治と植民地は、違うって意見もあるけど、今現在も朝鮮半島の人々を、見下したような態度を、取る日本人を、見ると完全に自分たちの方がエライ!って思っているのでしょうね。
 判らない事が、有れば日清戦争で確認してください。

 現在の日本人の中に流れているミトコンドリアを、調べてみると30数種類もの型が、有るそうです。その中には、朝鮮系や・南方系・アフリカ系アングロサクソン系などです。人種の坩堝と呼ばれているヨーロッパですら6種類です、これから考えると、親に逆らったのかな?
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