システムメンテナンスのお知らせ

森会長の発言を、女性の発言は的をいており役に立っていると言っています。
そのうえで、彼の今の委員会に出ている人(性別は女性)が長く話すのを問題視している発言に思うのですが違うのでしょうか?
主語が女性となっていますが、全地球人の女性というよりも、この委員会で選ばれ発言されている人について言っていませんか?また、彼は年ですので色々な人と関わり政治などで関わってきた人たち全般についてかと思います。
また、そもそもなのですが、差別的な意図があったのでしょうか?
仮に女性に差別の意図を持つ人が、女性に対して、わざわざ役に立っているとか的をいてるなどと言うものでしょうか?

解決策としては会議の空気が読めない出席者がいるわけで、単純に国会のように男女関係なく一人あたりの発言時間をある程度制限するなどで良いような気がします。

まぁトップが言うなら発言内容は完璧であるべきとは思いますがすべての発言に対して一字一句禁止ワードに触れないように言うなど無理ではないでしょうか?彼の発言に限りませんが、昨今のマスコミの叩き方を見ていると、考え方や思想について問題視するのではなく、言葉尻や揚げ足取りに終始しており世知辛い世の中に感じてしまいます。一方でトランプ大統領については甘かった(失言などが多すぎて話題にする意欲がなくなっていた)なと思ったりもします。最近のマスコミの姿勢についてどの様に思われますか?


以下発言内容より

「女性っていうのは優れているところですが競争意識が強い。誰か1人が手を挙げると、自分も言わなきゃいけないと思うんでしょうね」

「あまり言うと(中略)俺がまた(女性の)悪口言ったとなるけど、女性を(中略)増やしていく場合は、発言の時間をある程度規制をしておかないとなかなか終わらないから困る。(中略)誰が言ったかは言いませんけど、そんなこともあります」

「私どもの組織委員会にも、女性は(中略)7人くらいおられますが(中略)みんな競技団体からのご出身で国際的に大きな場所を踏んでおられる方々ばかりです。ですからお話もきちんとした的を射て、(中略)非常にわれわれに役立っていますが、欠員があるとすぐ女性を選ぼうということになるわけです」

gooドクター

A 回答 (20件中1~10件)

#13です。

お礼ありがとうございます。

>属性差別という考え方が世界でのスタンダードですか・・・
やはり、裏が欲しいところではあります。

質問者様が満足する「裏取り」のレベルが分からないので、補足していただきたいです。満足なモノが出せるかどうかは保証しませんが、補足して頂ければ努力はします。

とりあえず、分かりやすい所での説明としては
・「差別撤廃条約の指針の説明には必ず『ありとあらゆる属性差別の撤廃」という言葉が使われる。ということ
・「属性」という単語は、その個人が属している社会集団(肌の色・宗教・国籍・性別など)を表す
ということです。

世界人権宣言・人種差別撤廃条約・女性差別撤廃条約などの、いわゆる「差別撤廃条約」では「ありとあらゆる属性に対する、ありとあらゆる差別の禁止」が書かれていますので、これらを持って世界的に「属性差別の禁止」がスタンダードな考えであると、理解できると思います。

>裏が欲しい根拠としては以下のように私の体験や経験、考えからしてそのようには考えていないと思ったりするのです。

他の回答者の方でも「体験・経験」を元に書いておられる方が居ますが、今回の場合「体験・経験」は全く関係ない、と言っていいです。

他の事例ですが、たとえば「死刑廃止」が分かりやすいでしょう。
日本は死刑存置派が8割程度の多数派だとされていますが、世界ではすでに廃止国のほうが多数派です。では「死刑廃止国の国民は廃止派が多数派なのか?」といえば、実際にはそうではなく、ほとんどの国で「死刑賛成派」が半数を超えます。

つまり「世間一般の感覚」と「人権に対する理想主義政策」は全く別物なのです。

この点において、日本と欧米はかなり異なる部分もあります。つまり「エリート指導主義」か「大衆主義」か、という点です。

ご存知だと思いますが、欧米やほとんどの国は「エリート主義(階級主義)」です。大衆を引っ張るエリートがいるのは当然、という考え方で「エリートが差別撤廃に関して理想主義を貫いている」というのが、欧米の反応を考える時の基点になります。

なので森元首相の発言は「女性」という属性で括った主語を使った時点でアウト、と世界では評価されるわけです。

>まぁトップが言うなら発言内容は完璧であるべきとは思いますがすべての発言に対して一字一句禁止ワードに触れないように言うなど無理ではないでしょうか?

「属性で括る発言」をしないように気を付けることがそれほど難しいとは思えません。オリンピックという世界に発信する舞台で、利害関係を調整できるほどの人物が森さんなのでしたら、なおさら「そんな発言は(理解していれば)しないようにできる」と考えるべきだと思います。

逆を言えば、日本では森さんに限らず「属性差別」という意味が十分に理解されていない、ともいえます。それは女性に対してだけでなく男性への属性差別がある、という事も含んでいます。

>例えばオリンピックのカーリング、もちろん、これに限らずですが、オリンピックではやたらと、男性や女性が区別されます。

この点は議論の余地があるでしょう。
特に「トランスジェンダーの元男性が女子選手として登録し、男性並みに記録を出しているのに、IOCが規則を緩めたことに批判が集まりました。

このとき矛盾しているのは、女性選手たちが「元男を女子選手として登録するのはおかしい」という主張をしていることです。

実際、男女混合の競技になれば、カーリングを含めて男子のほうが優勢になります。カーリングは男女差がほとんど無いように見えますが、似たような競技であるボーリングで男女差が厳然とある以上、カーリングでも差は歴然と出ます。

つまりトランスジェンダーを批判した女子選手たちは「男女の別があるからこそ、自分達に利益がある」と考えて発言しているわけです。
 少なくとも「スポーツ」という括りなら、それは正当な考えであると私は思います。

なぜなら、スポーツは「フェアネス(公平)」を基本の一つとしていて、同性でも体重によって階級を分けているものがたくさんあるからです。なので、明らかに差がある男女で区分するのは、平等と公平という二つの基準に適合していると思います。
 
日本の柔道や相撲は元々階級という考え方がないので、日本人には「フェアネス」という考え方があまりない、少なくとも西洋的な「フェアネス」は理解されていない、と私は考えます。
    • good
    • 0

女性差別を意図したものではありません。

 本人がそう言っていますし、文脈からも差別を読み取れません。

論旨は文科省の人事介入による混乱を問題定義したかったものです。 女性委員を40%にするという方針のことです。

森さんのミスは「適正を無視した人事」の結果「女性」による混乱が生じたことを、「女性」という属性が問題であると「印象操作」されかねない発言をした軽率さです。

蒙昧な大衆と悪意ある報道から委員会を守る立場を勘案すれば、管理者としての適性は致命的です。 一方で渉外能力と調整能力は特筆するものがあり、東京五輪実現にはなくてはならないキーパーソンです。

森さん自身が蒙昧な世論に反省すべき点はありません。 反省すべきは、蒙昧な大衆に付け入るスキを与えた甘さです。

以上です。


No.7さんの意見について、経験に基づく肌感覚で異論があります。 性差に対する感覚の国際基準と日本人とに相違についての記述のことです。

discriminationという単語を事例に、国際基準におけるNGワードを不用意に用いたとの否定的論旨です。

>これは、国際基準に照らし合わせると、男性と女性をdiscriminationすなわち差別していることになります。
繰り返しますが、国際基準における差別=discriminationには、蔑視・優劣は含みません。

 ⇒ これは事実です。 感覚に合います。 例えば「女性差別」に蔑視の意図を組み入れたければ
discrimination against womenとします。
women discriminationやgender discriminationでも蔑視感はありますが、二つの単語を組み合わせた結果生まれる印象です。 discrimination単体では
特性の比較や識別と言った感じに受け取られるはずです。

ただし、森氏自身は日本語で語っており、discriminationは英訳者の所業ということを忘れないでください。 


>そして、オリンピックは国際大会であり、オリンピック憲章は英語が原文ですので、基準も英語で考える必要があります。
 ⇒ これは適正な訳語が用いられなかったことが原因であり、森さんの責任とは無関係です。 強調したい点です。

>今回、森氏の発言は、男女をequality(等質)ととらえず、discrimination(区別)しちゃったということで、これは国際基準ではアウトです。
 ⇒ これ、嘘です。 少なくとも、リベラルに汚染されていない日常会話では男女無関係に年齢無関係に普通に使われます。 属性による特性の相違についてのdiscriminationのことですよ。

 ⇒ 比較文化論という学問をご存じだと思います。 文化と言う「属性」と、これにより生じる「特性」の相違を比較するものです。 正にdiscriminationを目的とする学問です。 こういった領域は文化だけでなく、生物学や社会学、経済学、工学でも広く利用されています。 私は工学という分野で利用させてもらっています。 社会学での利用で糾弾された事例があるかもしれませんが、一般事例ではないと思います。

 ⇒ ここで、反論を記したかったのは以下の理由です。

社会全体がリベラルからの予測不能かつ過剰な糾弾を防御するために委縮しています。 そして、その意味のない防御態勢に「諦念」を感じる20年間がありました。 今は、「諦念」ではなく「国際基準」と呼ぶようになりました。 矛盾すら感じなくなっているのかもしれない。

国際基準という言い方をするならば、(大手)日本企業も十分に準拠しています。 息苦しいほどです。 北欧との比較は意味がありません。

 ⇒ 一昨年まで英国に住んでいました。 そこでの経験でも、日本同様の矛盾が内在していることを実感しました。 世界各地で同じ建前(ポリティカルコレクト)と矛盾があります。 国際基準=「諦念」~「降参」です。

 ⇒ リベラルが標榜する「建前論」に国際基準が移行するプロセスを肌で感じてください。 No.17さんの回答がしっくりきます。
    • good
    • 0

おっしゃっている内容には同感です。



日本では昔から、「女三人寄れば姦しい」や「井戸端会議」の言葉があるように「火の無い所に煙は立たない」ので、個人差はあるものの、「女性が多いと時間が長くなる」は、先人も認めている女性の特性でしょう。

しかし、海外の履歴書に性別欄や年齢欄が廃止されている国から見れば、男女を区別する日本は遅れていると見られるのでしょうね。

※履歴書の性別欄、写真、年齢欄って本当に必要?国への問いかけ。履歴書はどう変わるのか
https://www.buzzfeed.com/jp/sumirekotomita/rirek …


しかし、そもそも「生物学的性差」(下記)があるのだから、男女の思考が全く同じであるとの主張も無理がありますね。

1.1 外形的性差
1.2 生殖能力に関する性差
1.3 ホルモンと性差の関係
1.4 遺伝子に関する性差
1.5 薬物の効果や副作用における性差

※性差
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%80%A7%E5%B7%AE


ジェンダー平等を唱えている人が、本当に目的を達成したいなら、オリンピックの男女別競技は廃止して、男女混合で開催し、「男女別の風呂」や「男女別のトイレ」を廃止して、「男女共同の風呂やトイレ」を実現するように訴えるべきなのに、その姿勢が見られないのは不思議ですね。

「性差」があることを認めて、生活や行動するのが適切だと思うのですが、無理でしょうね・・・。
    • good
    • 0

「サイレントマジョリティ」は、あなたの考え方で正しいと思います。



たとえば、マスコミはボランティアの辞退者が続出していると言っており、
実際にも数百名にも及ぶので、それなりには問題でしょう。
しかしボランティアの総数は、12万人以上もいるそうだから。
すなわち「辞退者は1%にも満たないレベルの少数派」と言うのも事実です。

あるいは、スポンサーからの批判の影響も大きかったらしいけど。
そりゃ企業だって、この件で公式見解を求められたら、森会長の失言を擁護する様なコメントを発する筈がありません。

私自身も会社経営者で、個人的には、たとえば、この時期に実行委員会のトップを入れ替える人事など、狂気の沙汰などと思ってますが。
しかし公式見解を求められたら、「森会長の立場や発言の場などを考えれば、甚だ不適切な発言であり、当社としては全く受け入れられない」みたいなことを言うしかありませんからね。
従い実際にも、森会長に対して擁護的な意見は、オフレコとか「関係者」として匿名でしか発せられません。

外圧の影響も大きいとは思いますが、海外でもサイレントマジョリティの実体は、日本と大差はないと思いますよ。
これも実際に、当初のIOCは「謝罪,撤回で問題は終わり」みたいなコメントも出してたでしょ?

ただ、これをあくまで問題視する一部が、声を大にして批判し続けるし。
また、その声に対し、サイレントマジョリティは、公然と批判はしません。日本国内だけであればまだしも、今回の失言は世界的に影響を及ぼした結果、「一部の声を大」が世論みたいになっちゃった現象かと思います。

とは言え森会長も、現職総理の時代から失言の多い人物として有名だったので、晩節に痛い目に遭うのも仕方がないと思いますほか。
やはり日本は、男尊女卑的な部分が根強い面も否定できないので、これを機に、少なくとも公式の場では、差別的な言動に注意する風潮が高まれば、結果オーライじゃないですかね。

言い換えれば、人間なので表裏があるのは当然ですが、その使い分けは必要で。
日本の中では、ある程度は信頼や共通認識などもあり、腹を割ったりするのもアリですが、海外を相手にする際には、ダブルスタンダードくらいが当たり前で、もっと慎重にならねばなりません。
    • good
    • 0

そもそもが・・


「わしの会議でゴチャゴチャ発言して長引かせる奴は気に入らん」
であって、
男は事前に色々聞かされたり、過去に圧力受けたりしてるからダンマリ・・
って構図じゃないでしょうかね。
    • good
    • 0

発言のソースは↓でしょうか。



【日刊スポーツ(朝日)の森元発言全文から「女性は優れている」「女性を選ぶ」が削除されていると話題に】
https://netouyonews.net/archives/post-66631.html


この問題ですが、日本が嫌いな野党とマスコミと意識のお高いつもりの皆さんが、与党を叩きたい為に森氏の発言の一部を誇張して騒いでいるだけだと思います。

しかし、彼らは自分達のしている事については責任を取る気は無いようです。


【朝日新聞出版コンテンツ「男性がたくさん入っている会議は時間かかる」2014年に男性蔑視か】
http://crx7601.com/archives/57682845.html


【蓮舫「学校を辞めたら高卒になる!就職はどうなる!」 高卒を馬鹿にする発言して批判殺到wwwww】
https://mona-news.com/archives/82822470.html


【蓮舫「男だから女だから、との決めつけではなく、多様性を認め合う社会を私は創りたい」→2016年の蓮舫「男なら泣くな!」】
https://mona-news.com/archives/85093658.html
「森会長の話は、そもそも、女性差別なのでし」の回答画像15
    • good
    • 0

話を単純にしましょう。

小学生が次の運動会の話し合いをしているときに、その話し合いをしていたリーダーが、「女の子は何でもかんでも自分も何か言いたいと言っているから話が長くなる」と言ったら、質問者の方はそのリーダーに何と言いますか?さらに「僕のところは大丈夫だけど、他の所では困っているみたい」と言ったら何と答えますか?その回答が知りたいです。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答いただきありがとうございます。
その文章だけ切り取るとそうなりますよね。でも、全体を見るとあれあれ意味違くない?となったのです。その例だと、あの人って結構、ああいう言い方するけど実際には主語が大きいだけでXXXさんと仲が悪く彼女の事名指しで言いたくないだけだよね。とか、実際には超フェミニストで言い方古い人だよね。とかなるかもしれません。
最近はネットなどでタイトルだけしか見ない人が多いですが、今回、内容が気になりよくよく読んでるとなんかタイトルとえらく違う!と感じて質問しています。単純化しすぎるたり、マスコミが取り上げたり、伝言ゲームのように海外にまで伝わると意味すら変質して、その人が言った内容と真反対になることがある。その様に思ったのが今回の話です。

お礼日時:2021/02/15 07:21

#7さんの回答が正解です。

とはいえ「日本国内の事情」と「海外の事情」は異なります。

日本国内での騒ぎは若干「騒ぎ過ぎ」で「女性」という言葉をジジイが口に出してネガティブなことを言った!、という反応のほうが強いです。
 これは「お母さん食堂」が問題になったのと同じで「騒ぎ過ぎ」なのです。

ただ、海外の反応は違います。これが#7さんの書く「discriminationで否定されていることは(中略)ある集団の属性を規定し、個人の個性より優先して考えること」が批判する土台にあります。

日本人は差別を「優劣」で考えますが、欧米人の認識する「差別」は優劣じゃないんです。欧米の基準でのdiscriminationは「社会制度として区別があるか」なのです。

だから
・アジア人だから頭がよい、黒人だから頭が悪いとはいえない
・キリスト教徒だから文明的、イスラム教徒だから非文明的とはいえない
・男だから話が短く、女だから話が長いとはいえない
というように「人々を属性で分けて、発言すること」がdiscriminationなのです。

もっともこれが個人的な発言なら問題視する必要はありません。ただ森元首相は「属性差別にもっとも敏感な国際スポーツ機関」の長であったわけで、その人が「属性」を使った発言をすることは、不注意以上に外国人からは「本当に属性差別という言葉の意味が分かっているのか?」と疑問符をつけられることになるわけです。

ですから、あの発言が「女性差別的」なのか「事実」なのかに関係なく「属性で括って話したこと」そのものが国際的にはアウトなんです。

>例えば、この組織委員会に参加する女性(世界中の女性ではない)は話が長い。こういった言い方でもNGになりますかね?

ええ、女性で括ればアウトですね。だって「世界中の女性の話ではない」のに、なぜその組織だけそういう女性達ばかりなのでしょうか?その根拠を共有できない場所で「属性で括る」のはアウトです。

>正直、このくらいのことは普通に行ってしまいそうですし、一昔前だとクレヨンの肌色など気にもしませんでしたし・・・

日本では気にされないですよね。それは肌の色とか宗教で日本人が「差別」する認識をもっていないからです。それぐらい日本は単一民族です。
(単一民族と書くと「差別だ!」と怒る人がいますが、日本は「どのような属性であっても、基本的に日本の価値観を信奉している、という点で単一民族と言って差し支えないです。もちろん外国から来た人たちの価値観を尊重するのが前提ですが、日本はイスラム教でもキリスト教でもなんでも受け入れるのでむしろ問題は少ないです。ま、欧米人は理解していませんが・・)


>なんといいますか、たしかに正しいのだろうけど、なんだか世知辛い、言葉狩りというような気もしてならないのです。

それは日本が「肌の色も、宗教もちがい、価値観そのものが違う人たち同志を融合する社会」という経験を持っていないからです。
 これはむしろいいことなのですが、欧米人には理解できません。

>NGになるという裏が取れれば大変ありがたいです
世界ではあまりにも当たり前の概念なので、裏を取るのはものすごく難しいですね。

むしろ日本では「属性差別」を多用しているのは女性の方なので「男性」という属性で差別されても、鈍感になり過ぎているのが問題です。
    • good
    • 2
この回答へのお礼

非常に詳細な回答いただきありがとうございます!!

属性差別という考え方が世界でのスタンダードですか・・・
やはり、裏が欲しいところではあります。

裏が欲しい根拠としては以下のように私の体験や経験、考えからしてそのようには考えていないと思ったりするのです。

男女についての違いは例えばアメリカの番組を見ていても地図が読めるとか読めないとか面白おかしく検証したり、アメリカ人の知人はお局様がぁーと愚痴っていたり、若いものは赤髪がとか考えていることは正直日本と大差がないような気もするのです。トランプ政権にしても半分程度のアメリカ人は日本人が眉をひそめるようなことについても気にしていないわけでしょうし。
※ヨーロッパは縁がなくわからないですが・・・

例えばオリンピックのカーリング、もちろん、これに限らずですが、オリンピックではやたらと、男性や女性が区別されます。場合によっては身体検査までして女性のような見た目でも問題視したりします。身体的特徴による差が大きくても若干のルール変更でなんとかなることもある物もありそうですし、LGBTqが大きく叫ばれている現在でも、女性と男性、この2つだけに属性を振り分けたがります。また、障害者と健常者という属性も障害者に必須の補助具は利用不可として、実質、属性による差別をしているように思うのです。これらについては属性差別とは考えないのでしょうか?

ちびくろサンボについてのお話もNo7さんが出されていましたが、一時期、不遇な時期はありましたが、現在では日米ともに販売されているようです。

お礼日時:2021/02/15 07:16

>森会長の話は、そもそも、女性差別なのでしょうか?


国際的にみたら女性差別だと思います。
女性は話がながい、これを仮に男性、女性の中に話が長い人がいると
言っても差別発言ととられ可能性があります。

なんだそれと思いますが、これが世界の流れなんです。
オリンピックという世界に対しての公的な発言では
余りにも考えてないと思います。
この手は会社でも講習に力をいれてます。
自分は60過ぎなので、昔はこんな言葉問題ないだろうと
思っていますが、どの場面で使うかが大事だと思います。

ちなみに厚切りジェイソンのコメントで、森さんが
コメントした、わきまえるという英訳では立場を知れという事に
なったそうです。
    • good
    • 0

No7です。



「NGになるという裏」と言って良いかわかりませんが、一つの例をお示ししたいと思います。

ちびくろサンボという童話の絵本がありました。
黒人の子供が、トラをパンケーキにして食べるというほほえましい童話です。

しかし、この絵本は「黒人差別を助長する」ということで、現在は事実上発禁となっています。

この本をどれだけ読み直してみても、黒人を侮辱したり、貶めたりしている部分は見つけられません。
日本人の多くは、「この本のどこが黒人差別なのか?」と疑問を抱きました。
髪の毛がちじれてるとか、くちびるがぶあついとか、そういう説明を読んでも、それがなぜ蔑視になるのか理解は困難で、欧米の人たちは神経質なんだなとの感想を持った日本人が多かったと思います。

discriminationを蔑視ととらえず、区別ととらえると欧米でこの本がアウトとなったわけがしっくりきます。
ステレオタイプ化した黒人少年の表現は、他人種と比較しての黒人を明らかにdiscriminateしています。
    • good
    • 1
この回答へのお礼

再度回答いただきありがとうございます!

こちらの例につきましてはむしろ区別は問題視されないという例になっていませんでしょうか?
日本の場合、森さんの件もそうですが兎に角、外圧に弱い。ただこの一言に思ったりします。発禁について気になり調べてみたのですが、自主規制で出版されなくなったというのが事の真相のようです。そして、現在では超大手の出版社から復刻版が販売されているそうです。
また、アメリカのアマゾンについても調べてみたのですが、Kindle版などもありますし普通に売買がされており特にNGとはならないと思うのです。
https://www.amazon.com/s?i=stripbooks&rh=p_27%3A …

また、区別についてですが、例えばオリンピックのカーリング、もちろん、これに限らずですが、オリンピックではやたらと、男性や女性が区別されます。身体的特徴による差が大きくても若干のルール変更でなんとかなることもある物もありそうですが、LGBTqなど大きく叫ばれている現在でも区別をしたがり、これもちょっと不思議になってきました。

お礼日時:2021/02/15 07:04

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

gooドクター

このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

人気Q&Aランキング