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エリ・エリ・レマ・サバクタニ

って本当にキリストが言ったこと?

「Eli, Eli, Lema Sabachthani?」 とは、ヘブライ語で「神よ、何ゆえに我を見捨てたもうや」という意味で、イエス・キリストが処刑される際に言った言葉である。

宗教

gooドクター

A 回答 (7件)

歴史的にイエスの関する資料は皆無です


(マルコの福音書15章34節)にありますが、創作です

参考
http://rokusann.sakura.ne.jp/newpage5.html#raberu3
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マルコによる福音 15章33~


昼の十二時になると、全地は暗くなり、それが三時まで続いた。三時にイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」 これは、わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。

ところで、
マルコによる福音 15章6~
ところで、祭りの度ごとに、ピラトは人々が願い出る囚人を一人釈放していた。
さて、暴動のとき人殺しをして投獄されていた暴徒たちの中に、バラバという男がいた。 群衆が押しかけて来て、いつものようにしてほしいと要求し始めた。 そこで、ピラトは、「あのユダヤ人の王を釈放してほしいのか」と言った。 祭司長たちがイエスを引き渡したのは、ねたみのためだと分かっていたからである。 祭司長たちは、バラバの方を釈放してもらうように群衆を扇動した。 そこで、ピラトは改めて、「それでは、ユダヤ人の王とお前たちが言っているあの者はどうしてほしいのか」と言った。 群衆はまた叫んだ。 「十字
十字架につけろ」 ピラトは言った。「いったいどんな悪事を働いたというのか」群衆はますます激しく、「十字架につけろ」と叫び立てた。 ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバを釈放した。そして、イエスを鞭打ってから、十字架につけるために引き渡した。
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この「祭りの度ごとに、ピラトは人々が願い出る囚人を一人釈放していた」という制度やしきたりなどもなかったそうなので、ピラトの質問も、祭司長の扇動も、群集の叫びも、成立の基盤のない作り話ということのようです。
そうなると、十二時に暗くなり、三時にイエスが叫んだという話しも、根拠のない作り話である可能性が高いでしょう。

日本と違い、このあたりでのことが、1世紀前後でも伝承記録された可能性そのものを否定はできないですが、当時、処刑者の声を聞き取ったりできる状態で処刑地に集まることができた人が、どのような人であり得たか、それをどのように伝承しうるかを考えるだけでも、非現実的であることは分かるでしょう。
ピラトは、ユダヤ人の処刑には何の痛痒も感じない人で、いちいち裁判手続きをとらずに十字架送りするので、エピソードとしても出来が悪すぎのようです。
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福音書にかかれてます。


旧約聖書の言葉で、その続きが「それでも、私の信仰はゆるぎません」
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イエスキリストの断末魔、神であり人間である最後の言葉、誰でも逃れようのない死に直面すると人間としての弱さの一面が出てしまう、我々もイエスキリストに習い人の子の弱さ出そう、完璧に罪人たちの犠牲となられ全人類の救い主となられた、人間らしいところも見せないと人々が着いて来ない、イエスキリストが3年間救いの働きをしたとき数え切れない奇跡を起こし弟子たちは神の真似はできないと思っていた、ましてや2000年も時が経てば聖霊の働きしかない、人の子の弱さを神にゆだねることによって生きているときも死を迎えた時もイエスキリストの恵み約束が完璧に果たされる、誠に誠に生ける神イエスキリスト全人類の救い主、ほかに神はいない。

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新約聖書自体は「史実」ではなく「神との約束事」が書かれた書物です。

しかも成立はイエスの死後です。そう考えると「信長公記」の記述が織田信長のことをすべて正しく書いてないのと同じで、「絶対に言った」とは言えないでしょう。
ただし、キリスト教の教えの中では「矛盾がない」わけでそれは「本能寺の変」の時に「是非に及ばず」と信長が言ったのかというのと同じで「信長の言動としては矛盾がないので、言ったことになっているわけです。
そうした事の有名な言葉に「板垣死すとも自由は死せず」という言葉があります。彼は刺された瞬間そうした言葉は絶対に言っていないと、周囲の人たちは言っています。でも現代に残る名言となっています。
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幸福の科学で、最初に出版された「大川隆法霊言全集 第5巻」に「イエス・キリストの霊言」があります。

(この書籍は、会員のみが購入できた本です。)
そこでイエスは次のように答えています。

イエス:間違っています。

イエス:「エリヤ、エリヤ、ラファエロ、エリヤ、エリヤ、ラファエロ、サバイタア」

イエス:エリアおよびラッファエロを私は読んでおりました。「迎えに来なさい」ということです。
「私は今死ぬときが来た。この地上を去るときが来た。光の天使たちよ。私を迎えに来なさい」と、そういうことを私は言ったのです。

なお、これ以外にも、ヘロデ王の幼児狩りは作り話だとか、処女懐妊論は誤りで、後世の人が私を神格化するために考え出したことであり、私自身は正常な夫婦の営みのなかに生まれてきたと答えられていました。
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