今度関東では、詩人の金子みすずさんの番組をやります。
あるHPで名前を知り、観てみようと思っていましたが、番宣で流れる詩が気になります。
私には「海の中では何万の、鰯のとむらいやるだろう」とかいう箇所が不気味でたまりません。
命の尊厳をうたってるのでしょうか?奪う命の多さを嘆いているのでしょうか?
でも、奪われる命の多い少ないで、嘆きの違いがあるとは思えません。
本来やりもしない「弔い」という表現が指すものは、なんなのでしょうか?
彼女は他の生命を全く口にしていなかった訳ではないと思いますので、他の生命を奪っている
自分に対するものだったのでしょうか?
私は、人間は他の生命を糧にすることで、生かされていると考えています。
全ての動植物を、他の生命と定義しての事です。
ですから、日常肉や魚を食べてる時にも、この方はこんな事考えて食べてるのかと不気味なのです。

あの詩が流れてから、観る気が失せてしまいました。
読み取る力が無いからか、こんな風に思ってしまう私は、変かもしれませんが。
皆さんのご意見を伺いたいと思います。

A 回答 (2件)

人間が大漁を喜んでいるその時に、海の中では鰯が弔いをしている・・・。

人間っていつも自分の視点でばかり物事を見ていますよね。でも、人間にとっては「大漁」という喜ばしい出来事も鰯にとっては「弔い」という悲しい出来事である。「命」に分け隔てなく優しい眼差しを注ぐ金子みすゞならではの繊細な感性だと思います。
みすゞの他の詩をご覧になればすぐに分かると思いますが、彼女の詩はとても優しく暖かなものばかりですよ。
番組がどんな内容のものかは存じませんが、少しでも金子みすゞに興味を持たれたのであれば彼女の詩集を読んでみてはいかがでしょうか。
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この回答へのお礼

アドバイスありがとうございました。
ネットで作品等を少し見てみました。
私がこの詩から受けた感情は、金子みすゞさんの生涯そのものだと思いました。
彼女をお好きな方が、詩を見てどう感じ取っていらっしゃるかはわかりませんが、
生をうたいながらも、死を感じさせる不思議な詩が多いですね。
私は、それに拒絶反応した気がします。

意にそまぬ政略結婚、淋病と闘いながらの、詩に理解の無い夫との荒んだ生活。
やがて詩作、投稿仲間との文通さえ禁じられるなど、彼女にとっては生きる事
そのものが、大変なことだったのですね。

でも離婚後、可愛い盛りの子供を、夫に連れて行かれる事への抵抗として、自ら
死を選んだ彼女が怖い気がします。
私ならおそらく、そういう選択はしないでしょう。
でも、アドバイスに従って多少なりとも、みすヾさんの作品に触れてみたことは
良かったと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2001/08/25 16:21

その詩は読んでいませんが、詩は自分が表現したいものを隠喩(暗喩)や直喩を使って表現することが多いので、表現法に気を奪われず作者がそういう表現で何をいわんとしているかを理解する必要があります。



いわしの死を歌った詩ではないでしょう?
いわしは仲間の死の弔い(人の死を悲しみいたむこと、または葬式)をする筈はありませんね。いわしのとむらいやるだろかは隠喩のひとつだと思いますが・・
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。

>隠喩のひとつだと思いますが・・
そうですね。「とむらい」で表現したものを作品や生涯を読み見て、金子みすヾさんの
生活の中にある心情だという気がしました。

お礼日時:2001/08/25 16:09

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Q「尊厳」とはどういう意味ですか?

辞書で調べたところ、以下のような解説が出てきました。

【尊厳】
[名・形動]とうとくおごそかなこと。気高く犯しがたいこと。また、そのさま。「人間の―を守る」


質問:この解説、まったく抽象的でわからないのですが、「尊厳」とはどういう意味でしょうか?


質問2:「彼は自分の尊厳を守るために、将来有望な経歴を犠牲にした」という文が、ある本にあるのですが、ここで使われている「尊厳」とはなんですか?

Aベストアンサー

>「尊厳」とはどういう意味ですか?


質問:この解説、まったく抽象的でわからないのですが、「尊厳」とはどういう意味でしょうか?

◇辞書的には妥当な解説だと思いますが、その熟語の使われる前後のセンテンスやシチュエーションで、より意味や意図が分かり易い、適切な言葉があったり、日常的には、より平易な言葉で言い換えたり言い表します。

◇類似語や同意語として、プライドとか誇り、名誉、矜持、本分、ルーツ(根源)、アイデンティティ等を、伝えたい意味合いからその中で最適な言葉を選び使われるケースが多い。

◇会話・話し言葉の中では語感・語韻で伝得るのが難しかったり、難解な点で余り使われない、逆に法律や学問的には権威や格式,意味の強さから良く使われる。<ex、尊厳死・死者の尊厳を守る>


質問2:「彼は自分の尊厳を守るために、将来有望な経歴を犠牲にした」という文が、ある本にあるのですが、ここで使われている「尊厳」とはなんですか?

◇心の拠り所、一番大切にして来た誇りや信条、生き方(生き様)や出処進退の価値観、モットー

Q人生の経験は全ての糧になる 全ては技術より経験である この文に矛盾、反論をしてください。

人生の経験は全ての糧になる
全ては技術より経験である

この文に矛盾、反論をしてください。

Aベストアンサー

全ては人から何でも始まっている

Q「死刑」は「生命の尊厳」を前にすると意味が無くなる??

いかなる、理由があろうとも、「命の尊厳」の前には太刀打ちできないのではないと思い始めました。もちろん賛成派の主な意見は理解しています。しかし、「殺人者」の人格・人権の否定を行っても良い根拠はどこにもありません。

被害者の感情についても、もちろん被害者にとっては酷です。しかしそれを根拠にするのはどうかと・・・。「被害者が悲しむから」死刑賛成は因果関係がおかしいと思います。

ということは80%にもおよぶ死刑賛成派はいったい何を考えているのかという結論になりかねません。

「法律で決まっているから」といっても不備のある法律なんていっぱいありますし、そのうちのひとつであるといわれればそれまでです。

そもそも、「生命の尊厳」なんて不確かなもの、意味がわからないもの!!っていうのは限りなくナンセンスです。

なにより「命の尊厳」がある以上この議論に賛成する
余地はあるのでしょうか?

Aベストアンサー

 本日は非常にタイムリーな質問というか問題提起を戴きました。80%にもおよぶ死刑賛成派がいます。そこで、法の前には「生命の尊厳」が平等であること、社会を制御する法と刑罰の程度の流動性に関して分析的なお話をしたいと思います。
 ちょうど米国であるギャング殺人鬼Williamsがハリウッドスター(シュワ)によって加州法による死刑を執行されました。ネットアンケートでは宣告された殺人鬼を死刑執行が当然であるが74%、それは野蛮な報復で何も改善しないが26%でした(20万回答の分析)。回答者は主にアメリカ人で、911に対するイラク攻撃以後の報復主義的な傾向がうかがえます。かつてアメリカを風靡していた穏健な進歩主義者:リベラリストはどこへ行ったのでしょうか。殺人鬼Williamsは晩年は改悛して子供たちにギャングの悪さを教える本を書いていました。かわいそうな話です。
 911事件以後アメリカは人権外交と平行して、人権を損ねるものに対決する姿勢を強めています。そのおかげで、北朝鮮による拉致のことで何か言ってくれるのは米国だけです。一方で、利権がらみの疑いを映画にされたようなイラク攻撃にも手を緩めません。これらの緊迫した背景が、半社会的なものに対する嫌悪感や危機感となり、この世論調査と無関係ではないことは疑う余地がありません。
 ヒトの体や心と同じく、ヒトの集まりである社会も不完全で、純粋な”命の尊厳”を等しく守れないのが真実で、どうすれば、それが”命の尊厳”の平等を維持できるかが世の中では常に非常に重要な課題です。
 囚人のジレンマやナッシュ理論を持ち出すまでもなく、個々の”犯罪者”予備群に最良の選択をするようにしむけければいけません。科料の重さ軽さはそこで決定されます。もし、極刑である死刑を廃止して、凶悪事件が増加すれば、復活するのは、ナッシュ理論にかなっているでしょう。いままで長い歴史のなかで、人類は、ある均衡点にあるとします。そして依然としてでなく、死刑支持が復活していることを考えると、ナッシュ平衡が社会的緊張によって移動するといった流動性を帯びたものであることがわかります。その意味するところは、人類が別の存在にならない限り、死刑はなくならない(なくすることができない)ことかもしれません。
 社会契約法の精神に元ずく、法律は個の「命の尊厳」を絶対とするものでなく、「命の尊厳」の平等を絶対とします。法の前に命は平等であり、命が法律に対して絶対であるとか有利であるのではありません。(リベラル思想の規定はそうですがどこかにいってしまいました。リベラル思想の発祥の地アメリカではいまや誰もリベラル思想を中心にすえて世の中がうまく回ると信じていません。)そのためには「命の尊厳」を犯す悪意に対して制裁を許容します。その制裁の強さが極刑の程度を規定します。なお制裁は報復を目的とするものではありません。「被害者の悲しみ」故の死刑は単なる報復主義で現在法の立場ではありません。あくまでも社会の制裁です。
 最後は蛇足になりましたが、われわれはたった一つの命の尊厳をかけて、世の中で生活しているのです。命だけは平等です。法の出自はその平等を守るもので、特定の生命の尊厳を守るものではありません。現象を客観的にみますと、法による罰の強さは、不完全で不均一な社会を構成するそれぞれの要因を制御するために、ナッシュ均衡(かそれに近いもの)で規定されています。アメリカではリベラルな考え方で社会を運営する試みはとうに失敗して再びアンチリベラルに傾いています。
 なお、根拠が明確でないーという意見は、ナッシュ平衡の前の色々な判断の理由がはっきりしないということですが、では反対だと考えていて、やっぱり殺人鬼は恐いから賛成というふうな形で、流動的な形で個々では判断されているとお考えください。判断は市民生活上の恐怖や嫌悪の感情も入ってのことです。
 長文で失礼しました。

 本日は非常にタイムリーな質問というか問題提起を戴きました。80%にもおよぶ死刑賛成派がいます。そこで、法の前には「生命の尊厳」が平等であること、社会を制御する法と刑罰の程度の流動性に関して分析的なお話をしたいと思います。
 ちょうど米国であるギャング殺人鬼Williamsがハリウッドスター(シュワ)によって加州法による死刑を執行されました。ネットアンケートでは宣告された殺人鬼を死刑執行が当然であるが74%、それは野蛮な報復で何も改善しないが26%でした(20万回答の分析)。回答...続きを読む

Q英語の勉強の方法を教えてください 中二です他のやつと同じくらい勉強しても他のやつはみんな85点以上位

英語の勉強の方法を教えてください
中二です他のやつと同じくらい勉強しても他のやつはみんな85点以上位はとれるんですけど英語だけ50点近いです
勉強の仕方が悪いのでしょうか、、、

Aベストアンサー

他のやつと同じくらい、というのは時間でしょうか?
どのような勉強方法を取っていますか?
テスト勉強ということなら、そもそもその考えを捨てましょう。
テストは普段の勉強の積み重ねです。
まず単語ですが、テスト前にまとめて覚えようとしない事です。
1日に数を決めて、確実に覚えるようにします。
トイレやお風呂、テレビのCM中など、隙間の時間を使えば結構出来るものです。
何回も書いて覚えるのも一つの方法ですが、限られた時間の中では非効率です。
暗記モノはインプットとアウトプットが大切です。
入れるだけでなく、外に出す作業をしないと定着しません。
入れただけだとテストになって、アレなんだっけ?rだっけ、lだっけとなります。
前の日に覚えたものを自分でテストしてみて、書けなければ覚え直して次のを覚えましょう。
そうすればテスト前は確認だけで済みます。
公立だと不定詞、助動詞あたりだと思います。
不定詞はともかく助動詞はそれほど難しいものではないので、
教科書を暗記するほど何度も読んで下さい。
教科書に出てくるイディオム(熟語)例)look after などは必ず出ると思って下さい。
他のテストは点が取れているのですから、力はあると思います。
今までのテストは取ってありますか?
ただ点数だけを気にするのではなく、どこをどのように間違えたのかよく分析して下さい。
そうすればどうして50点近い点数をとったのかがわかるはずです。
出来れば直し専用のノートを作り、間違った問題はやり直しましょう。
テストで問題を解くときは、肯定文なのか、疑問文に書き換えるのか、否定文にするのか等
今何をしようとしているのかきちんと考えてから解きましょう。
その他に気を付けることは時制(現在・過去・未来形)、人称(特に三人称単数)。
?のつけ忘れや単語の写し間違いなどの細かいミスをなくしましょう。
英語は日本語よりずっと規則性がはっきりしています。
例えば三単現の文を疑問文にするときは、
①Doesを付け、②動詞を原形に戻し、③?を付ける
というように、○個の手順を行う、とパターンを覚えるとわかりやすいですし、
確かめの時も役立ちます。
あとは類似問題をひたすら解いて下さい。下記のサイトなどお勧めです。
http://happylilac.net/english.html

他のやつと同じくらい、というのは時間でしょうか?
どのような勉強方法を取っていますか?
テスト勉強ということなら、そもそもその考えを捨てましょう。
テストは普段の勉強の積み重ねです。
まず単語ですが、テスト前にまとめて覚えようとしない事です。
1日に数を決めて、確実に覚えるようにします。
トイレやお風呂、テレビのCM中など、隙間の時間を使えば結構出来るものです。
何回も書いて覚えるのも一つの方法ですが、限られた時間の中では非効率です。
暗記モノはインプットとアウトプットが大切です。...続きを読む

Q尊厳や誇りの生物学的な意味は何ですか?

人間が抱く「尊厳」とか「誇り」といった感情は、生物学的に見てどういう意味があるのですか?(あるいはどういう役割を果たしているのですか?)

例えば戦争で敵の捕虜になった兵士が、辱めを受けるぐらいなら死を選ぶというケースがありますよね。

これは生物学的に見れば、個体の存続とか種の保存の観点からすると、矛盾した行為にしか思えません。

単純に考えると、辱めを受けても生き延びた方が生命としては得なのに、敢えて尊厳を守るために死を選ぶという行為がなぜDNAにプログラムされているのですか?

Aベストアンサー

進化論馬鹿というのはいくらでもいますので別に質問者さんをせめているのではありありませんよ。質問されているだけですからね。

進化と関係のない文化的問題の議論において、進化論から離れらないようでは、いくら進化論や科学を勉強して詳しくなっても、トンデモ科学者です。進化論で自殺とか欲情とかうんぬんするのはまったくおかしな議論です。非生物学であり非科学であり非論理的な迷信の類です。そうした迷信的科学の乱用は否定されなければなりません。さもないと科学を考えれば考えるほど逆に非科学的な人間になってしまう科学の自殺になるからです。
科学者が科学的だと思ったら大間違いです。賢いと思うのはさらに間違いです。

生物学的に繁殖可能であれば同一種とみなす場合、白人黒人黄色人種は種として独立されていないのですから、人間に関する進化論は慎重に適用されるべきです。ましてやイタリア人は民族名に基づくものです。民族は一人も殺さずに進歩したり消滅したりできます。文化的な集団に過ぎないのです。日本人のDNAを持っていてもイタリア人になれます。そもそもその用語ではDNAの議論になりえないのです。
ドーキンス博士に言わせれば個体ではなく集団で、進化論を語るのはナンセンスです。しかもその集団が文化的集団であれば言うまでもありません。
やはり進化論で文化を語るべからずを原則とした方が不毛な議論を避けることができます。文化を進化論で語る必要性はないのです。科学的議論ではなく、単に、お気に入りの道具を使用したいがために無理な使い方をしている遊びに過ぎない事を自覚すべきです。

イタリア人が進化論的に有利という論理はおかしいのです。
100%ナンパされる日本人女性は進化論的に不利なのでしょうか。
逆にイタリア人女性が来日しても日本人女性よりもナンパされる確率が高くなるとは思えないので、今度はイタリア人が不利という理屈になってしまいます。ましてや子供に言葉などの文化を伝えるのが女性であるとするとすればイタリア人にとって日本人女性をナンパすることはイタリア文化にとって有利になるとは言えません。つまりイタリア人にとって有利にならないのです。
こうした議論は、科学用語の遊びにすぎません。進化論を唱えればなんでも科学的になるというのは気のせいです。進化論を「味の素」ならぬ「科学の素」にしてふりかけまくったら脳によくありません。
イタリア人がナンパするのもイタリア人の文化なのです。イタリア人が日本で育てば、あるいは逆に日本人がイタリアで育てば、どうなるか、そんな事は健全な大脳で考えれば自明です。

最初から、人間以外の動物に自殺も集団自殺もアリマセン。自殺というのは人間の文化的行動です。言うまでもなく自殺の議論は非生物学です。
ヒトの意思に基づく行動の説明を、ヒトが生物というだけで生物学で説明する飛躍は、科学的飛躍の中でもかなり短絡的な部類です。前近代的思考です。現代科学を駆使する非科学者がたくさんいます。

進化論馬鹿というのはいくらでもいますので別に質問者さんをせめているのではありありませんよ。質問されているだけですからね。

進化と関係のない文化的問題の議論において、進化論から離れらないようでは、いくら進化論や科学を勉強して詳しくなっても、トンデモ科学者です。進化論で自殺とか欲情とかうんぬんするのはまったくおかしな議論です。非生物学であり非科学であり非論理的な迷信の類です。そうした迷信的科学の乱用は否定されなければなりません。さもないと科学を考えれば考えるほど逆に非科学的な...続きを読む

Qパイを奪い合うの語源は?

素朴な質問ですが、ここで使っている「パイ」の語源が何かをご存じの方解説してください。
以前から気になっていたので宜しくお願いします。

Aベストアンサー

すでに何人かの方々がおっしゃっているように、「パイを奪い合う」の「パイ」は「アップルパイ」の「パイ」と同じ、pie です。

では、なぜ食べ物のパイが「分ける前の全体」という意味になったかというと、丸い形のパイをピザと同じように放射線に沿って等分し、たくさんの人に分けたことに由来するようです。円グラフのことを英語で pie chart というのも、これで納得がいきますね。

Q人間の尊厳の意味

人間の尊厳とは、人間を人間たらしめるものと漠然と理解していますが、
命の尊さも含めもう少し具体的に理解したいと思います。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

浅学ですが回答します。

尊厳を辞書で引くと、
「[名・形動]とうとくおごそかなこと。気高く犯しがたいこと。また、そのさま。」
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/131972/m0u/
と出ます。
しかし、この辞書的な説明では、回答に使うのはあいまいなので、私の解釈を書きますと、
尊厳とは「人間個人が持つ不可侵な権利と考え方、ポリシー、権限」も指しているものと私は捉えています。

人間というものは基本的には動物の一種ですから、生命を維持するか、あるいは生命を捨てて自分自身の考え方(尊厳)のどちらを優先するかについては、一般的には生命の維持を選択します。
ですが自己の生命よりも自己の尊厳(考え方、ポリシー)を優先し、結果他者を救う事も多々有ります。

動物は基本利己的な部分で動きます。ですがときたま利他で動いたりします。
この無償の愛の部分に人間は心打たれたりしますが、自己の生命を犠牲にしてでも他を助けるという、人間としての究極の愛に我々はこの上ない感動を持ってしまいます。
この愛を完成させる、人間の根底を為す一要素として尊厳があるのではないかな、と考えています。

浅学ですが回答します。

尊厳を辞書で引くと、
「[名・形動]とうとくおごそかなこと。気高く犯しがたいこと。また、そのさま。」
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/131972/m0u/
と出ます。
しかし、この辞書的な説明では、回答に使うのはあいまいなので、私の解釈を書きますと、
尊厳とは「人間個人が持つ不可侵な権利と考え方、ポリシー、権限」も指しているものと私は捉えています。

人間というものは基本的には動物の一種ですから、生命を維持するか、あるいは生命を捨てて自分自身の考え方(尊厳)の...続きを読む

Qまた、「命の大切さ」指導です…

ご存知のように、東村山市で中学生によるとんでもない事件が起きました。

心いたむ事件ではあります。私個人としても、いろいろな思いはあります。が、今回の質問は…

さて、こういうことがあると、決まってお上(文部科学省や、教育委員会)から、
「児童生徒に、命の大切さについての教育を改めてして欲しい」
という通達がきます。

正直なところ、私ども、常日頃からしているつもりなのですが。
もっと効果的で、心に染みるような指導でもしろということでしょうか?私は、今でこそ違いますが、以前中学生を教えていたことがありました。

命の大切さを教える以前に、「人の話を謙虚に聞こうとする態度を持っていない子」には、すべてが無駄だったような気がしています…(すみません、愚痴でした)だって、そういう子に限って……でしたから……。

いつも話を聞いている子は、「またかよ」となり、聞く耳を持たない子には、まさにぬかくぎ状態。どちらに転んでも、効果的な指導になりにくいこの「ご通達」。

この通達を、どう受け止めて、どうやって子供におろしてやるべきか。ヒントがあったらいただきたいところです。

ご存知のように、東村山市で中学生によるとんでもない事件が起きました。

心いたむ事件ではあります。私個人としても、いろいろな思いはあります。が、今回の質問は…

さて、こういうことがあると、決まってお上(文部科学省や、教育委員会)から、
「児童生徒に、命の大切さについての教育を改めてして欲しい」
という通達がきます。

正直なところ、私ども、常日頃からしているつもりなのですが。
もっと効果的で、心に染みるような指導でもしろということでしょうか?私は、今でこそ違いますが、以前...続きを読む

Aベストアンサー

「songbook」さん、始めまして。
「sanbi」さんや、「rimei」さんに被る部分がありますが、ご容赦を。

昨年、何処かの学校の教師が鶏だか何かの解体をして、食するような指導を計画したところ、親の反対で断念した記事がありました。
曰く「かわいそう」「残酷」・・・。

「生き物」を飼い、「殺害(言葉は悪いですが)」して、「解体」し、「食」する実践報告が、瀬戸内だったか何処かでありましたね。

今の日本人は、「純粋培養」されすぎていませんか?
「死」は、病院で。
「生」も、病院で。
「暴力場面」は、自主規制。
「性」も、自主規制。

反面、「美談」や「努力」「成功」のオンパレード。

清濁併せ持つのが人間です。
「食」という行為は、他の「生物」の「死」の上に成り立っている、「原罪」です。

何時から日本人はこの「原罪」を忘れてしまったのでしょうね。

とある掲示板で論争をしたことがあります。
「もっと、底辺で生きている方に目を向けて」(私)
「努力すれば、成功する」(相手)
「努力しても、だめな時がある」(私)
「努力の方向と、ポイントが合っていない」(相手)
「皆が皆、成功するわけではない」(私)
「何をすれば成功するか、見極めるのも努力。そうしないのは怠け者」(相手)
要約するとこのような話です。

今の世の中、トップに為る事だけが価値を持ち、世の中を底辺で支えることは、眼中にも無いのでしょうか?

親や教師が、「命」の大切さ、「人権」を説いても、
自分の近くにホームレスの方たちが、住み始めると「怖い」「環境が悪くなる」と、排除を始めます。

とりとめも無く、長くなりました。
ただ一言云える事は、親や教師の「言葉」が薄っぺらだと言うことです。
「人権」を唱えるなら、「人権」違反に常日頃から敏感になりなさい。
「命」の大切さを唱えるなら、「死」をも大切にしなさい。
死ぬことを知らずして、「性」は語れません。

「「いのち」を食べる私たち(ニワトリを殺して食べる授業---「死」からの隔離を解く)」
村井淳志著 教育資料出版会 1700円

「songbook」さん、始めまして。
「sanbi」さんや、「rimei」さんに被る部分がありますが、ご容赦を。

昨年、何処かの学校の教師が鶏だか何かの解体をして、食するような指導を計画したところ、親の反対で断念した記事がありました。
曰く「かわいそう」「残酷」・・・。

「生き物」を飼い、「殺害(言葉は悪いですが)」して、「解体」し、「食」する実践報告が、瀬戸内だったか何処かでありましたね。

今の日本人は、「純粋培養」されすぎていませんか?
「死」は、病院で。
「生」も、病院で。
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Q人間の尊厳とは?

世界大戦、原爆投下、文化大革命、中東問題、
アフリカはじめ貧困、子供兵

人間の尊厳とは?
どんな時代背景や状況下でも
守るべき重大課題でしょうか?

しかし時代によっては、殺人が合法であったり
当たり前の日常、弱い人を虐げる事それを楽しむ風潮などが
あるのも事実です。
人間の尊厳という観点で見ると、戦争で英雄として上げられている
ナポレオン、カエサル、中国では毛沢東、日本では戦国武将など
多くの人命の上に築き上げた地位は賞賛する価値があるでしょうか?

宗教的観点でみるなら、その人達は重たい罪を犯しているのでは?

現代に生きる私はもちろん人間の尊厳とは人類の絶対的な
守られるべき重要事項、絶対課題だと考えます。

しかし国や時代によってはこの人間の尊厳
とは意味を成さないものなのでしょうか?

Aベストアンサー

>人間の尊厳とは?
どんな時代背景や状況下でも守るべき重大課題でしょうか?

『人間の尊厳』とは、当時の人間が許容しえる根本的人権と看做されるものである。
これは、流動的かつ個別的判定が行われるものであって、○○権という話ではない。
例えば、『人間の尊厳』として消極的安楽死(尊厳死)が許容される場合もあるが、一方では、それが許容されない場合もある
簡単な話、人間の尊厳とは確立したものではなく、主観的かつ流動的かつ個性のありえる概念であって、それが権利である保障さえないものである。

>しかし時代によっては、殺人が合法であったり当たり前の日常、弱い人を虐げる事それを楽しむ風潮などがあるのも事実です。
人間の尊厳という観点で見ると、戦争で英雄として上げられているナポレオン、カエサル、中国では毛沢東、日本では戦国武将など多くの人命の上に築き上げた地位は賞賛する価値があるでしょうか?

『人間の尊厳』の意味次第である
命・名誉が人間の尊厳の根底にあるとは断定しきれないし、当人がもっとも重要視する価値観が『人間の尊厳』でありえることを想起すれば、指摘については、人間の尊厳の意味を個人レベルで精査した上で回答するしかない。
少なくとも小生の『人間の尊厳』でいえば、賞賛・批判もどちらでもありえるだろう。

>宗教的観点でみるなら、その人達は重たい罪を犯しているのでは?

宗教次第である。宗教によっては、異教徒を改宗するための殺人行為を厭わない場合もあるのだから・・・

>現代に生きる私はもちろん人間の尊厳とは人類の絶対的な守られるべき重要事項、絶対課題だと考えます。

小生は、『人間の尊厳』を尊重したいと思う
しかし、その『人間の尊厳』が、他者の尊厳や公益性を著しく貶めるものであれば、絶対的な尊重の価値はない、と考える。


>しかし国や時代によってはこの人間の尊厳とは意味を成さないものなのでしょうか?

『人間の尊厳』は当時社会の認容次第でもあるから、意味を為さないとは言えない。
ただし、意味を為す保障がありえるわけでもない。独善的なものであることも当然ある
国・時代・社会にとっては意味を為さないことはありえる独善的なものでもありえることを踏まえて思慮するべきであろう。
『人間の尊厳』とは、それほど難解かつ主観的かつ抽象的なもので、当人しか捉えることが出来ないものである。もっといえば、当人でさえ流動的なものであって不安定なものであろう。
厳然とした『人間の尊厳』などという概念があるとすれば、それは尊厳の意味が軽いしか思えないのだが、仔細を論じれるほど確定的かつ固定的なものではない、というべきだろう


以上

>人間の尊厳とは?
どんな時代背景や状況下でも守るべき重大課題でしょうか?

『人間の尊厳』とは、当時の人間が許容しえる根本的人権と看做されるものである。
これは、流動的かつ個別的判定が行われるものであって、○○権という話ではない。
例えば、『人間の尊厳』として消極的安楽死(尊厳死)が許容される場合もあるが、一方では、それが許容されない場合もある
簡単な話、人間の尊厳とは確立したものではなく、主観的かつ流動的かつ個性のありえる概念であって、それが権利である保障さえないものである。
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Q一度、体を壊しても酒とかタバコや過食を止めない人と自殺する人では、命を軽んじているのはどちらでしょうか。

こんばんは。

他者の人生を尊重するのはもちろん、自分の命(与えられた生命?)も大切にしなければいけませんが。

(どうしてそうなのかは、ホントにそうなのかは、ここでは語り合わないこととします。)

体を悪くしても、止めないもの。
・酒
・タバコ
・運動不足
・過食
これらが長期になり、死因ともなることがあります。

私が思うに、このような人は、好きでそう嗜んできた人のように思えます。家族の心配よりも自分の嗜好を優先している。。そんな風に思えます。


また、別に、、

自殺に踏み切った理由
・経済的な生活苦
・孤独感
・いじめ等によるストレス
・過度の責任感によるストレス

私が思うに、このような人は、明日を信じていたのではないかと思います。もしくは、毎日を責任もって生きてきた。
(なんとなく日々を過ごしていた人より。)
信じていた分、挫折も大きかったのかも。

でも、がんばりが足りなかったのは、自殺した人。
そうされているような気がします。

命を軽んじているのは、どちらでしょうか。


※ ほんわか湧いた疑問です。(あくまでホンワカとです。)
※ できれば、質問文に矛盾や違和感を感じても、強く返さないでください。
※ 質問に対する直接の回答でなくても、感じたことでもお聞かせいただければ幸いです。

よろしくおねがいします。

こんばんは。

他者の人生を尊重するのはもちろん、自分の命(与えられた生命?)も大切にしなければいけませんが。

(どうしてそうなのかは、ホントにそうなのかは、ここでは語り合わないこととします。)

体を悪くしても、止めないもの。
・酒
・タバコ
・運動不足
・過食
これらが長期になり、死因ともなることがあります。

私が思うに、このような人は、好きでそう嗜んできた人のように思えます。家族の心配よりも自分の嗜好を優先している。。そんな風に思えます。


また、別に、、

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Aベストアンサー

 遊んで死ぬことと真面目に死ぬことのどちらも、究極的には「死に対して、どういった覚悟をもつか」ということの違いだと思います。つまり、遊んで死んでも、真面目に死んでも、どちらも「覚悟」があってそうしたのだろう、ということです。

「酒、本気でやめないと、死ぬよ。」「そんなモロに言うの?」と夢二。会ったことない伸二に同情的。そしたら伸二がぼくの顔見て言ったよ。「いいよ、先生。死んでもいいもん。俺、死ぬの、怖くないもん。」笑ってそう言った。「笑って?」と夢二。伸二、死ぬ事、ずっと昔から、どこかで覚悟してたんだ。覚悟して、働いていたんだと思う。(死ぬのは、こわい? 徳永進 著 P93)

 そしてまた、日本人の「死」とは本当に「死」んでしまうことだけではないと思います。日本人にとっての「死」は、一見相反するようであっても、共通した土台(覚悟)を持っていればそれを「死」と呼びます。つまり、多様な死があるのです。

殺すという言葉はいろんなメタファーをもっているんですね。いろんなレベルの、死の状況を含意している。西洋における死のイメージ、殺すという言葉が持っているイメージと比べて、日本のほうがはるかに多義的で豊富だと思うし、柔軟な考え方をしていると思いますよ。
(日本人の「死」はどこにいったのか 山折哲雄・島田裕巳 著 P108)

 まじめな理由の死ならいい、不真面目な理由の死は駄目、ということではなく、しっかりとした「覚悟」があればよい死なのです。これは同時に、日本人にとって「覚悟」が「死」と密接にかかわっていることを意味します。例えば、実際には死んでおらず生きていても、何らかのことを行わないと誓った場合に「○○は死んだよ…(たとえば、「以前の俺」とか)」といいますよね。なかなか聞く機会はありませんが。もっとポピュラーなところですと、「死ぬほどがんばる」という言葉でしょうか。

 日本人にとっては、覚悟がある所に「死」がある。なので、しっかりとした覚悟さえあれば遊んで死ぬことと真面目に死ぬことのどちらか一方が命を軽んじているとは言えないと、私は思います。

 遊んで死ぬことと真面目に死ぬことのどちらも、究極的には「死に対して、どういった覚悟をもつか」ということの違いだと思います。つまり、遊んで死んでも、真面目に死んでも、どちらも「覚悟」があってそうしたのだろう、ということです。

「酒、本気でやめないと、死ぬよ。」「そんなモロに言うの?」と夢二。会ったことない伸二に同情的。そしたら伸二がぼくの顔見て言ったよ。「いいよ、先生。死んでもいいもん。俺、死ぬの、怖くないもん。」笑ってそう言った。「笑って?」と夢二。伸二、死ぬ事、ずっ...続きを読む


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