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普通、戦争終結後、負けた国に賠償金を求めたり、占領したりすると思いますが、第二次世界大戦後の場合は、アメリカが日本に賠償金を求めたことは聞いたことがないし、占領したことは別として、日本の経済を発展させるために、GHQがいろんなことをやりました。何故、恨んでいるはずの敵国に対していろいろと支援したのですか?しかも戦争終結後すぐに、、、

質問者からの補足コメント

  • 何か質問で意味の分からないことがあれば、ご指摘お願いします。

      補足日時:2021/02/25 21:38
gooドクター

A 回答 (7件)

何故、恨んでいるはずの敵国に対していろいろと


支援したのですか?しかも戦争終結後すぐに、、、
  ↑
一つは、二度と米国など白人国家に
歯向かわないようにしたWGIPの
一環です。
米国に従っていれば、こんなに良いことに
なるよ、という訳です。
事実、サウジを始め、米国と仲が良い国は
経済的に成功している国が多いです。

米国としても、豊かにすれば米国の良き
市場になります。



一つは、社会主義に対する防波堤です。

北朝鮮、中国、ロシアと、日本は接しています。
日本を、社会主義に対する極東の防波堤に
しよう、としたわけです。

そのため、日本に再軍備を要請したり
経済的に強力にするため援助したりした
のです。

これは日韓併合で日本がやった施策と
同じです。

半島を、ロシアに対する防波堤にすべく
日本は韓国のインフラを整え、識字率を
4から60%に上げたりしました。
それが、今日の韓国経済に繋がっているのです。
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この回答へのお礼

なるほど!冷戦の事や、日本の技術に関係するのですね!!
ありがとうございました!!

お礼日時:2021/02/28 20:48

>何故、恨んでいるはずの敵国に対し



戦争というのは国の外交行為の一つであり、そこに感情を込める国というのは、まず無い。戦争の開始、継続、終了、戦勝後の統治、全てにおいて感情を込めるのはそこの国民や同盟国の国民。もちろん、戦争の開始や継続に弾みをつけるために国が世論誘導することは普通にある。

>第二次世界大戦後の場合は、アメリカが日本に賠償金を求めたことは聞いたことがないし、

連合国にとっては、第二次世界大戦前の地図に描き戻すことが目的。そのために日独の戦勝領土を元に戻すところに腐心した。そうしないと連合国内で第三次世界大戦が始まりかねないので。第一次世界大戦後のドイツに対する賠償金が念頭にあったことも、先ず間違いないでしょう。経済的観点でも賠償金の徴収より利権の徴発への転換点であったのかもしれませんね。米国、英国、仏国あたりをを満足させる賠償金となるとドイツの二の舞です。

>日本の経済を発展させるために、GHQがいろんなことをやりました。

経済を発展というよりは、経済的自立、軍備の制限で地域経済の安定を画策したのでしょう。下地があるのはアジアでは日本だけとなれば、牙を抜いておくしかないでしょうね。
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No.3回答者: tanzou2さんに一票です。


ロシア・ソビエト連邦共和国の脅威が有ったからです。
ウラジーミル・レーニンが労働者の国を建てて、最初に行なったのは
王族と貴族のシベリア送りです(事実上は死刑です)。
その跡を引き継いだ、ヨシフ・スターリンは資産階級(金持ち)を
シベリヤ送りにしました。
結果、ソ連には、王族、金持ちが居なくなり労働者のみに成りました。
米国の金持ち達にとっては、とんでもない国が登場したのです。
米国の恐れを上手く利用して、人の褌で、第一次世界大戦の敗戦から国
を再生したのが、アドルフ・ヒットラーなのです。
この苦い経験が有るので、試行錯誤の手探りで日本の統治を模索中に、
ソ連の援助を受けた、金日成、率いる朝鮮の共産党軍が攻め込んで
きました。
吉田茂が米国と渡り合って、現在の日本に至ったのは、御存じの通りです。

日本嫌いの、ルーズベルト大統領が病気で死んでくれたのも、日本には
幸いしたのかも?・・・
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アメリカは戦後すぐから日本の経済発展を助けたわけではありません。

 戦後すぐのマッカーサーのGHQは日本の非軍事化、民主化のためにかなり苛酷な対日政策を行いました。 ところが、ソビエトとの冷戦状態が顕在化するようになり、さらには中国革命が現実的な日程に上ってくると、アメリカの対アジア政策が根底から修正を迫まられるようになりました。 そもそもヤルタ会談のときでも、蒋介石を中心とする中国、これをアメリカのアジア政策の要としていたわけですから、その構想が崩れたわけで、日本に対する占領改革を言ってみれば和らげて、非軍事化、民主化から経済復興へスイッチしたのです。 場合によったら再軍備を進める、普通「逆コース」と呼ばれる占領政策の転換が徐々に進行します。 このアメリカの占領政策の転換を公的に確認したのが一九四八年十月に出されたナショナル・セキュリティ・カウンスルつまり国家安全保障会議の13-2号の公文書です。 これにトルーマンがサインしたことによって、アメリカの占領政策は公的に転換したと言っていいでしょう。
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賠償金の件については、あんまり過度に要求してしまうとドイツの二の舞になるんじゃないかってのがあったんじゃないですか。

第二次世界大戦の引き金のひとつは第一次世界大戦後にドイツに課せられた過酷な賠償金だという話だし。対日援助の件については、ユーラシア大陸政策の根拠地・策源地としての価値を日本に認めたんじゃないでしょうか。
 アメリカは今も昔も金のために動いています。恨みとかは二の次。
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この回答へのお礼

先の事を考えていたという訳ですか!!
凄いです!!

お礼日時:2021/02/28 20:49

ひとつは、軍国主義から民主主義への転換。

今もミャンマーに対して圧力をかけている。

もうひとつは当時冷戦前ではあったが反共陣営としての日本にしたかったでしょう。

日本に多くの支援をしたのが現実だったでしょう。
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アメリカは日本人の教育と技術の高さに驚いたのです、そして二度とアメリカに歯向かわない様な施策を展開したのです、その良い例が戦争放棄の条項です、それと徹底的に洗脳しました戦前の教育と戦後の教育の違いを見れば歴然です、その辺は国民にはあまり知られていませんが良く調べると凄い事が分かります、それを知ると日本人は愕然とするはずですが、学校教育とは恐ろしいものですよ。

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