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すみません。国語の現代文の解き方ですが、主観ではなく、客観的な答を書くことが求められる。
なので、質問を正確に理解して、それに対する答を本文の中から探す。
本文に書かれてないことを勝手に書くことは主観で答えたことになるので、本文の範囲内で答える。こうすることで客観的に誰が答えても同じ答えが、与えられた質問に対して得られると思うのですが、正しいでしょうか?

また、この際に本文の中で与えられたことから、必然的に導けるようなことがらは、答の中に含めて書いても良いのでしょうか?それともそういう推論は避けるべきでしょうか?
知識の確認しています。よろしくお願いします。

gooドクター

A 回答 (2件)

国語の答えは基本的に本文中から求めるというのは正しいです。


そなうえで、「本文の中で与えられたことから、必然的に導けるようなことがらは、答の中に含めて書いても良いのでしょうか?」ですが、ある程度は問題ないです。
たとえば、本文中には「彼はAに感謝をされて目頭を熱くした」という小説文があったとして、このときの「彼」の気持ちを書きなさいたあった場合。
本文中には「目頭を熱くした」という反応しか書かれていませんが、求められている答えは「気持ち」ですので、反応や行動を気持ちに変換する必要があります。
よってこのときの回答は「Aに感謝をされて感動した」等になります。本文中には感動などと書かれていませんが、むしろ本文中に書かれていることを変換することが求められる問題なので、この解で大丈夫という形になります。
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>こうすることで客観的に誰が答えても同じ答えが、与えられた質問に対して得られると思うのですが、正しいでしょうか?



「本文の中のことば」「本文の中の表現」を使って書け、という設問ならそうでしょう。
ただし、ふつうは「本文中に書かれたこと」を適切に要約する、言い換えることも必要になるので、「誰が答えても同じ答え」にはならないことが多いでしょう。
「推論」はしてもよいと思います。それは「主観的」ということではなく、客観的・論理的であるはずですから。
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