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私たち人間は動物や魚等の生き物を食べます。

YouTubeにて動物の屠殺映像を覗いてみると、コメント欄には「可哀想、残さず食べよう、感謝の気持ちを忘れずに」等のコメントが目立ちます。
(今回は生き物を食べる善悪について焦点を当てた質問ではないので悪しからず)

そこで疑問に思ったのが、例で上げた「感謝の気持ちをもとう」という話です。この理論が通るのであれば、人間同士も「ありがとう」の気持ちさえあれば殺してもいいのではないか?ということです。(人間には倫理というものがあるので人を殺す事は犯罪ですが)
動物や魚、虫、植物、生き物全般、人間は食べたり実験したり人間の為に、人間に向けられた行為です。
役立つから、人間の為になるからという理由であれば
何かしらの目的・効果があるのであれば人を殺す事も上記に上げた理屈が通るのなら問題ないのではないかと思いました。

皆さんはどうお考えでしょうか。

質問者からの補足コメント

  • >hiroparty1
    「私たちの生」のために「手段となって命を失った」ことに対しての「ありがとう」であって、「ありがとう」といえば「人間が人間を殺してよい」ということにはならないと思います

    >この理論が通るのであれば、例えば母子家庭が生活保護を受けていて困窮状況にある中、子が母親を殺した場合、殺人に問われなくなりませんか。(母子双方無職、生活保護対象は一人限定で毎月一人分の補助しかでてない場合)
    何故なら生きていけない、お金が足りないから(=他に生きていく手段が無い) 自分が生きるために母親を(自分の生の為の手段として)殺す事が正当化されてしまうのではないでしょうか。

    No.11の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2021/03/08 18:48
  • >phj ①
    災害や非常時のトリアージが認可されるのはそれが生死を分ける特殊な状況だからですよね。

    例えば一人の男性が死活問題を抱え、何らかの身体障害をもち働けない状況だとします。しかし障害手当や生活保護を受ける基準には満たしておらず給付を受ける事ができません。そこでこの男性が「通りすがりの人を殺して金品を奪った場合」この状況は合法になるのではないでしょうか。
    この場合もこの1人の人間の生死を分ける非常事態な筈です。 しかしこれは立派な殺人罪に問われます。

    No.3の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2021/03/08 20:22
  • >phj ②
    今回の質問の論点とは異なりますが気になったため蛇足です。

    >非常時・災害に、弱者を優先させて避難させ、男性が逃げ遅れて死亡する、というような事もあります。これも「女性や子供を生き残らせる方が社会的な効果がある」とされるからです。

    これは明らかに間違いです。子供/女性/高齢者/障がい者/妊婦/外国人/負傷者等を優先させるのは相対的に'力のない者'だからです。身体的特性・行動発達面での特性により差異がある為、配慮されたものです。女性や子供を生き残らせる為に優先的に救助している訳ではありません。
    又、男性が逃げ遅れて死亡する事例より年齢層別に分けても女性が逃げ遅れて死亡する比率の方が高いです。

      補足日時:2021/03/08 20:24
  • >phj ③
    感謝の気持ちさえもてば殺人は許されるのか
    →「否」 No.7さんやNo.11さんが回答された様に己の生存のために失われた生命をもっと尊重しましょうという「戒め」の言葉。無闇に殺人を許すものではない。この意見は至極真っ当であると思いました。人間が生き物を殺して食べるのは生命活動の動的平衡を持続するため(必要不可欠な要因があって)生き物を殺すが、人間が人間を殺す事に必要不可欠な事情は特段見い出せない。

    しかしだとすれば、人間の生命維持の為に止む無く犯す殺人や人間社会に何らかの(建前上)有益性を齎す(可能性)があるものだとすれば人間が人間を殺す事は許されるのか。生き物にしてよい事が何故人間には当て嵌められないのか、という事です。

    No.12の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2021/03/09 00:53
  • >phj ④
    実際的に役立つ立たないには根幹的な重点を置いていません。何故なら、動物実験等、解剖等は人間社会に還元する目的が大半を占めるものであるかと思いますが、好奇心によるものや生態系把握の為など多岐に渡る広遠な理由が様々あると思います。ここら辺は生物学者ではないので明確な意図は憶測でしか語れませんが。

      補足日時:2021/03/09 00:54
  • >phj ⑤
    >優先救助について
    「力のない者を優先的に救助することは人間社会の存続に有効的ではない」
    「女性や子供を生き残らせる方が社会的な効果があると明確に書いています」
    これらの発言は非常に差別的です。
    何故女性・子供を生き残らせる事が社会的な効果があると断言できるのでしょうか。
    何故弱者の優先救助は人間社会の存続に有効的ではないと言われるのでしょうか。
    トリアージ問題の云々は今回の質問の論点ではないので多くは語りませんが、あまりに安直過ぎる意見だと感じました。トリアージは功利主義的考え方でグレーな部分が多く、それが事実として現実に起きているからといって一面的な功利で片付けられる問題ではないです。回答者様は社会的効果に重きを置かれて発言されてるようですが、助けられるべき人間は存在するのか、人間はその線引きをすることが許されるのか、議論の余地は終わらない問題です。

      補足日時:2021/03/09 00:55
  • 長くなりましたので画像添付しました。
    そちらからお読み下さい。

    新たに回答して頂いた内容は、回答者様は人を殺す事はなぜいけないのかという今回の質問の主旨とはズレた回答をされていました。私は別に「なぜ人を殺してはいけないのか」という質問はしておりません。質問の意図を正しく汲み取らず一人で話を飛躍されているようですが。それに質問をする事は納得する回答を求める為に質問することのみならず様々な人の意見を聞くためでもあります。それにここでの質問で簡単に納得いく回答を得られる方が難しいかと思います。又、議論、問答の認識を履き違えられておられるようです。意見が食い違ってこそ議論が生まれるのです。納得するだけでは議論は発展せず終わってしまいます。

    「生き物を食べることについて」の補足画像7
    No.13の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2021/03/10 11:09
  • >phj⑥

    「生き物を食べることについて」の補足画像8
    No.15の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2021/03/10 11:19
  • >phj⑦

    「生き物を食べることについて」の補足画像9
      補足日時:2021/03/10 11:20
  • >phj
    補足の上限が10回までの仕様みたいなのでこれ以降の返信はできません、悪しからず。

    「1234」を集めたものを一応もう一度違うフォーマットで添付しますがこちらも仕様により文字の判別ができないかもしれません。
    ここに添付するとなぜか解像度が落ちるので文字識別ができたら縦読みでお読み下さい。

    「生き物を食べることについて」の補足画像10
    No.18の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2021/03/10 13:51
gooドクター

A 回答 (19件中1~10件)

感謝すれば生き物を殺しても良いと言うのは、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教などアブラハムの宗教の人間中心主義の教えです。



仏教やヒンズー教の教えは、感謝の有無は関係なく、殺生は罪です。

できるるだけ罪を少なく生きることが幸福につながると教えます。
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補足は文字の画像が荒過ぎて、パソコンでも読めません。



後、文章が長すぎるし、最初のご質問と違う内容になっています。
このレベルの反論をなさりたいなら、別に質問を立てることをお勧めします。

ひとつだけ読めた
>人間の都合で好き勝手に扱うことは認められうるのか、の議論です。
の部分に回答しておきます。この内容は本質問の主旨から逸脱していないと思うからです。

認めらる、という主張もあるし、近年のヴィーガン主義は認められない、という主張をしているので、社会的な論争はあります。

ただ私は「認められる」と考えます。理由は「動物側は決して人間の都合を考慮しないから」です。

たとえば動物は山に食料が無くなれば、里に下りて田畑を荒らします。熊のような肉食獣は腹が減っていれば躊躇なく人間も襲います。

つまり彼らは「自分達の都合で、他の動物などを好き勝手に扱う」わけで、人間の都合に対する考慮などは一切ありません。

ならば「なぜ人間だけ、動物たちに配慮すべき」なのでしょうか。

地球上のすべての生き物は「それぞれすべて生存競争を生き抜いている」わけです。

もしこれが「人間の都合で勝手に扱うことは認められない」とすると、動物実験無しで行われた初期の種痘すら「天然痘という生物を人間の都合で撲滅する行為」となり「人間都合だから認められない行為」となります。

布団を天日に干すことすら「人間の都合で、布団についたダニを殺すことは認められない」となります。

人間が「生きる事」つまり食事だけでなく、病気にならないこと、そのために掃除をすることなどは、すべて「他の動物にとっては都合が悪いこと」であり「人間の都合で行われいる他生物の排除」であるわけです。

なにも動物実験に限定する必要はありません。すべての生き物は「それぞれの都合で、他の都合を考慮することなく、他を殺す」のですから、人間が生き残るため「人間の都合で好き勝手に扱うことは認められる」です。

後、トリアージの歴史や、ナポレオンにより意味合いが変化し、それが「差別的待遇」になったかどうかの議論は、人間同士の「差別」の問題であって「人間の都合で好き勝手に扱うことは認められうるのか?」という本質問の主旨から逸脱しています。
 これの回答を得たいなら、別に質問を立てることをお勧めします。
この回答への補足あり
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そもそも論を言えば



ありがとうてな感謝の気持ちで殺人なんて

( ̄~ ̄;)たんなる快楽殺人であって

生存競争の中で起きる殺人って
感情は捨て去られるとは
思いますよ

極限状態なんかでだと
仮に船で遭難だとかね

生き残るために殺人を犯す場合には
スマン!てな謝罪の方が現実味のある話だと思いますよ

殺人が起きる前に、自己犠牲なんかで
海に飛び込んだりする人が居たとしたら

ありがとうの感謝の気持ちになるかも知れないけどね
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問題ないです。



「餓死寸前で生きるために金品を強奪する過程で殺す」という面倒な条件をつけず、「ただ機会があったから、幼児を犯して殺した」という場合でも感謝すれば許されるでしょう。

ただ、動物も同じですが、許す、許されない、という問題と反撃される、されないは別問題です。

例えば、生き残るために大型捕食動物の子供を殺せば、親に殺されます。
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#12です。

お礼ありがとうございます。

>実際的に役立つ立たないには根幹的な重点を置いていません。

それだと質問者様が提示した「「感謝の気持ちをもとう」という話です。この理論が通るのであれば、人間同士も「ありがとう」の気持ちさえあれば殺してもいいのではないか?」という部分と矛盾しませんか?

回答者はあくまでも「質問者様の提示する前提」に従って回答しています。

もし「ありがとうの気持ちさえあればいい」というのが「実際に役に立つたたないの問題ではない」なら『根本的な倫理論が破綻するので回答できない』というのが回答になります。

>これらの発言は非常に差別的です。
これも根本的な倫理が質問者様の中で破綻しています。

「ありがとうと思うなら、人を殺しても合法」なのですから、差別的かどうかは議論の埒外でしょう。
 とはいえ、個別の部分に回答します。

>何故女性・子供を生き残らせる事が社会的な効果があると断言できるのでしょうか。

人間に限らず「動物」というのは「次世代が存続することが最高の社会的効果」だからです。

そもそも「社会」とはある種族の集団を意味します。社会を維持するためには常に新しい個体が生まれることが重要で、死ぬ個体の数が生まれる個体を上回れば社会はいずれ崩壊します。

新しい個体を産むためには「女性」が必要です。人類の場合、男性が一人でも理論上は毎日別の女性と性交し1年で365人を妊娠させることが可能ですが、女性は一度妊娠したら1年近く次の子を産むことはできないし、子供が成人するまでに時間がかかるので、子育ての負担も大きくなります。

したがって「男は一人でもいいが、より多数の女性と子供が生き残る方が社会が継続しやすくなる」わけです。

なので、女性と子供をすくうことは「社会的な効果が最大である(他の属性よりも効果が高い)」といえます。

>何故弱者の優先救助は人間社会の存続に有効的ではないと言われるのでしょうか。

先に念を押しておきますが、これは「差別の問題」ではありません。そもそも「有難うと思うなら人を殺しても合法ですか?」という質問なのですから、倫理を問う質問ではない、と私は理解しています。

ならば、上記のように「社会的な効果としてもっとも効果があるのは、女性と子供を優先的に救助することである」のは明白で、それ以外の弱者救済は本質的には「社会的効果が小さい」といえます。

ただ「殺していいのか?置き去りにして死んでもいいのか?」という、質問者様が提示する主題を離れるなら、もちろん「弱者救済そのものは社会的な効果がある」といえます。
 しかし、そこには「倫理」という概念が入る余地があるので、この主題においては無視している、というだけの話です。

>回答者様は社会的効果に重きを置かれて発言されてるようですが、助けられるべき人間は存在するのか、人間はその線引きをすることが許されるのか、議論の余地は終わらない問題です。

何度も書きますが「社会的効果で合法なのか?」と質問したのは貴方自身です。

また私は防災の現場で仕事していますので、トリアージの問題は一般の人よりは知っています。
 なので平時の「議論」は重要ではあるといえますが、現実に災害が起こればそこでは「待ったなしの選択」があるわけです。
 そこでは議論している時間自体がありません。

従って#12に書いたように
「人間社会の存続を優先する」という「人間社会に役立つからと考える」基準で、人間もまた他の人間によって殺されている(または救助がなく放置死する)ことは現実に起き
ている、のです。
この回答への補足あり
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動物と人間は違うから


駄目ですよ

動物でも、不用意に殺してると
罪に問われる国もありますよ

人間を不用意に殺しても、罪に問われない国があるから

そこならOKかも!知れないね
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まだ、この討論は続いていたのですね。


「人が他人を殺す」のは、止むを得ず「自分の命を守るための自己防衛」は
合法とされます。
但し「相手の命を奪って迄、自己防衛する必要があったか」は、必ず論点の的になっていますね。

これは「生命を持った動物の生存」に関わる事だからです。
しかし人間は「社会」という集団の中で、「共存共栄」する事によって
人類の活動の繁栄を継続するという道を選択しているからです。

そして合法で有っても罪として悔いた生涯を送られる方も居られれば、
違法で有っても「俺は正しい」と最後まで主張する者も居ます。

ですから、「人が他人を殺す」には、人間としての倫理が正しく機能しないと、私の使った言葉「共食い」になってしまうのだと思いますよ。

「合戦」「戦争」など、痛ましい歴史が刻まれています。
その時は「戦争なのだから殺してよい」が倫理であり、
しかし正しい倫理では無かったと、反省と、半鐘を馴らし続けています。
私は長崎の出身です。
貴殿は原爆被害の写真をご覧になったことがありますか?
これを見て、勝ち、負け、倫理など、私の立場からは「糞食らえ」です。
命は、取り返しは出来ませんから。

いかなる理由があろうとも、戦争・人殺しが有ってはいけません。
動植物に対しても、無為に命を奪ってはいけません。
人間が生き残るのには、止むを得ず「食料」になってもらうしかない。

しかしその食い残しを残飯として処分している中国、
日本でも飼えなくなった動物の投棄、
それぞれの立場で「理屈」はありますが、「屁理屈」です。
法律で違法か、合法か、議論しなければならないのは、
人間の愚かさの常です。

質問者さんには、独自のお考えがあるようです。
それを否定・批判する事ではありません。
回答者は、質問者さんからの「問答」を受けて回答しています。
ご納得されなければ、それはそれで仕方が無いと思いますよ。
立場の違い、倫理観の違い、価値観の違い、皆違います。
それを互いに受け入れられるように議論していきませんと、
水と油で「回答」として融合する事はありませんよね。
「問答」になっていないのです。

もうそろそろ、このご質問も締め切られて良い時期ではないかとご提案します。
この回答への補足あり
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#3です。

補足拝見しました。

そもそもご質問の「効果・目的」について質問者様は「役立つから、人間の為になるからという理由」だと定義しています。

これを「その人個人の役に立つからと考える」のか、それとも「人間社会に役立つからと考える」のか、という基準の違いで答えが違ってきます。

私の回答は当然に「人間社会に役立つから」であって、個人同士の損得では考えておりません。

もし質問者様が「個人の損得も含む」と考えるなら、別に殺人に限らず、窃盗も詐欺もなんでも「犯罪者が有難うと思う」こと正当化されることになってしまうわけです。だから当然にそういう前提は排除されると考えています。

なので
>「通りすがりの人を殺して金品を奪った場合」
個人の身勝手な行為ですので、正当化されません。
逆にトリアージが許容されるのは「全部受け入れたら救える命も救えなくなる」という人間社会の存続にかかわるから正当化されるわけです。

>子供/女性/高齢者/障がい者/妊婦/外国人/負傷者等を優先させるのは相対的に'力のない者'だからです

その通りですが、だからこそ私は「女性や子供を生き残らせる方が社会的な効果がある」と明確に書いています。妊婦はともかく/高齢者/障がい者/妊婦/外国人/負傷者/は弱者救済であって必ずしも人間社会の存続に有効であるとはいいがたいです。

ただ「弱者優先」という名称である以上、高齢者と障害者・負傷者はそこに入るし、彼らを先に救済するのは「確実に逃げ遅れる」からでもあります。健常な男性なら自力で脱出でき尚且つ生き残る手段を自力で講じることができる(かもしれない)というのが脱出の順番を遅らせる事につながっているわけです。

これは、少なくとも「非常事態で可能な限り人命を救う」というこれまた人間社会の存続に重要なテーゼを含んでいるので、正当化されうるとはいえますが、かといって「女性と子供」ほど確実な社会的効果はないでしょう。

いずれにしても「人間社会の存続を優先する」という「人間社会に役立つからと考える」基準で、人間もまた他の人間によって殺されている(または救助がなく放置死する)ことは現実に起きています。
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人間は「平等」であるというのが現代社会の事本的前提です。

食物や実験動物は「人間の生活のための手段」として利用するのですから、「平等」な立場ではありません。その一方動物の「生命」という意味では「平等」だという考え方もあります。菜食主義やビーガンといった人たちの主張です。こうした「人間優位」の世界観と「生命」の重要さという考え方を調和させるのが「ありがとう」という感謝の気持ちです。
つまり「私たちの生」のために「手段となって命を失った」ことに対しての「ありがとう」であって、「ありがとう」といえば「人間が人間を殺してよい」ということにはならないと思います。現代は「命は平等」であり人間を手段として扱うことはそれに反しているからです。当然、戦争も殺人も人体実験も許されないと思います。
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そこで疑問に思ったのが、例で上げた「感謝の気持ちをもとう」


という話です。この理論が通るのであれば、
人間同士も「ありがとう」の気持ちさえあれば殺しても
いいのではないか?ということです。
 ↑
そうなりますね。
感謝の気持ちを持とうなんてのは
罪悪感を少しでも軽くしようとする
方便です。



役立つから、人間の為になるからという理由であれば
何かしらの目的・効果があるのであれば人を殺す事も
上記に上げた理屈が通るのなら問題ないのではないかと思いました。
 ↑
これもその通りです。
役に立たない人間を、医学のために
人体実験してても良いことになります。



皆さんはどうお考えでしょうか。
 ↑
こういうのは偽善なのですから、どう理屈を
つけても、矛盾や説明不可能な事象が生じて
しまうのです。
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