教えて!gooにおける不適切な投稿への対応について

1. 個性や多様性を重んじるなら なんで多様性を合唱し個性をあたかも栽培育成しようとするのか? 逆効果ではないのか? 分かっちゃいないではないか?



2. 《日本人には個性がない・個人がいない また論理性もないのだ》などとという命題を 後生大事に胸にしまって ただただ保守勢力に対して条件反射のごとくアンチ勢力をつくろうとし続ける。のは何故か?

3. 日本人には《ひとりなる生き方では もののあはれを知るのみ。知ってみながよき阿呆にならねばならないのだ》という念仏をとなえることが 《善良な市民》であるというクウキがただよう。このクウキをお二階から〔とも分かられずに〕やわらかくつつみ押さえる保守のクウキがにじり入ってくる。だから ふたつのクウキの共存体制だと思っている。それと知らずに 思い込んでいる。


4. この二層構造なるクウキの呪術の園(ツァウバーガルテン)から解き放たれることこそ 自由ではないのか? 一発で済むことのはずだ。


5. このところ 一階の人間から見れば われらがおニ階さんは 失態つづきのエラーばかりだ。アンチ保守の善良な一階市民の〔代表を自任する〕人々は この敵失を突っつきどんちゃん騒ぎだ。たのしそうに。

5-1. ――この二層構造からの解放を模索しこころみなくてはならないのではないか? いまはもう《青天を衝く》時代とは また異なるはずだよね?


6. この《アマテラス公民 - スサノヲ市民》の連関するシステムが じつは逆立ちしていると知るなら それで古いもののすべては おしまいになるのではないか?


7. 個性と多様性の話ぢゃなかったの? ――ん? いや そうだよ。そうだよね?

gooドクター

A 回答 (4件)

で、「教育」とは。


おのおのが主体的であれ、ということの目的でなされるものです。
その目的以外の教育を、教育とはみなさない。そのように法的に定義されています。
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この回答へのお礼

★ で、「教育」とは。
おのおのが主体的であれ、ということの目的でなされるものです。
☆ そうでしょうね。

主体性の上に個性も発揮されるものと思います。



★ その目的以外の教育を、教育とはみなさない。そのように法的に定義されています。
☆ うむ。まぁ そうでしょうね。つまり 特に子どものときには 引っ張り出す(エデュケイト)という他からの(外からの)刺激も必要かも分かりません。

お礼日時:2021/03/14 23:20

個性はあってあるもの。

人に理解してもらう必要のないもの。理解してもらわなくても、本人が困らないもの。それが個性です。「.個性を育てる」それは、他者に理解を求める必要のない自分を確保しなさいということです。
多様性というのは、「許容力」のことです。多様性を受け入れるのか、受け入れられないのか。受け入れられないなら、多様性に欠ける。そういうことです。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。


★ 個性はあってあるもの。
☆ 無くて七癖と言いますが このクセないしエートスが 個性であると考えます。



★ 人に理解してもらう必要のないもの。理解してもらわなくても、本人が困らないもの。それが個性です。
☆ 理解してもらってもかまわないのでは? 要は その個性がよく活用されることかも分かりません。

個性ないし多様性が あたかも――社会的動物であるなら――指揮者のいないオーケストラのごとく互いに共生することにおいて 社会に貢献するというかたちがよいのではないかと思います。



★ 「.個性を育てる」それは、他者に理解を求める必要のない自分を確保しなさいということです。
☆ ええ。上に言ったこととは別に 理解されていなくても構わないと思います。善良な市民としての生活共同が成り立って これが保たれていけばよいと思います。



★ 多様性というのは、「許容力」のことです。
☆ なるほど。個々のひとにあっては そういう心の有り様になりましょうか。


★ 多様性を受け入れるのか、受け入れられないのか。受け入れられないなら、多様性に欠ける。そういうことです。
☆ 共生あるいは共同自治 これが うまく行っているなら 個性が生かされ多様性を奏でつつ よい社会なのだと思われます。

お礼日時:2021/03/14 22:53

ロシアのヴォルガ川は、サンスクリットとかアヴェスターにも登場し地得るのですね。

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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。

▲ (ヰキぺ:ヴォルガ川) ~~~
スキタイはヴォルガ川を「湿気」という意味の "Rā"(Ῥᾶ)と呼んでいた。

『アヴェスター』には「神秘の流れ」という意味の "Raŋhā" と言及され、
サンスクリット語では同じ意味で "rasā́h" と呼ばれている。

ソグド語では「血管」という意味の "r'k"(*raha-ka、vein, blood vessel)と呼ぶ。

現代モルドヴィン諸語では "Rav"(Рав)と呼ぶ。

スラブ民族はスキタイ系の名称を翻訳した借用語の「ヴォルガ」と呼んだ。

▲ (wikip:Volga) ~~~
The Russian hydronym Volga (Волга) derives from

Proto-Slavic *vòlga "wetness, moisture",

which is preserved in many Slavic languages, including

Ukrainian volóha (воло́га) "moisture",
Russian vlaga (влага) "moisture",
Bulgarian vlaga (влага) "moisture",
Czech vláha "dampness",
Serbian vlaga (влага) "moisture",
Croatian vlaga "moisture",
Slovene vlaga "moisture", and
Macedonian vlaga "moisture", among others.
~~~~~~~

お礼日時:2021/03/13 02:55

>個性をあたかも栽培育成しようとするのか?


していないでしょう。質問者様の思い過ごしか誤解か妄想です。
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この回答へのお礼

ご回答をありがとうございます。


☆☆ 個性や多様性を重んじるなら なんで多様性を合唱し個性をあたかも栽培育成しようとするのか?
☆ 《多様性が大事だ 多様性・多様性・・・というふうにみんなで〔と思えるほどみんなで〕合唱しているとすれば》です。

そういう事態が事実ならば 《個性をあたかも栽培育成しようとしている》と見ます。



ですから ダイヴァーシティの合唱がなければ わたしの命題は間違いです。

お礼日時:2021/03/09 09:22

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