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【日本史】日本の入れ墨の起源って飛脚からですか?もっと昔から日本人は入れ墨を入れる文化があったのでしょうか?

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A 回答 (6件)

文献的には3世紀末(280~297年)に掛れた魏志倭人伝に、倭人


(弥生時代後期の日本人)は体に入れ墨をしていると記録されています。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AD%8F%E5%BF%97 …

以下は魏志倭人伝からの原文引用とその部分の意味です。
<男子無大小、皆黥面文身。>の意味は<男子は大小の区別なく、みな
顔や体に入墨をする。>です。 
更に続いて<今倭水人好沈没捕魚蛤、文身亦以厭大魚水禽、後稍以爲飾。>とあり、その意味は<いま倭の水人は、好んで潜って魚やはまぐりを捕ら
え、体に入墨をして、大魚や水鳥の危害をはらう。後に入墨は飾りとなる>
です。
入れ墨の図柄は色々あったようで<諸國文身各異、或左或右、或大或小、
尊卑有差。>とあり、その意味は<諸国の入墨は各々異なり、あるいは
左に、あるいは右に、あるいは大きく、あるいは小さく、身分の上下に
よって差がある。>です。


それより古い縄文時代の土偶の模様に入れ墨を思わせる物があります。

したがって、入れ墨の風習は考古学的にも文献学的にもかなり古い昔から
あると言えます。
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日本に限らず、海洋民族には刺青の風習があります。

海で遭難すると、水死体は膨れるため、判別するために、家計特徴のある刺青で遺体を判別するためです。
寒い所だと、フィッシャーマンセーターの柄が同様の役割になります。

魔除けなどの目的の場合、面積の小さい刺青でした。
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東南アジア一帯には昔からあったことが知られています。


今のサモアとかのものなども同根でしょう。
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3世紀の魏志倭人伝に「男子は大小無く、皆黥面文身す」と書かれていて、


男性は大人も子供も顔と体全体に入れ墨をしていた日本最古の記録になります。
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縄文時代に文身黥面てのがありましたよ


体が全身か腕や脚なのかとか説は別れますが
土偶などにも見られます

アイヌ民族や、沖縄のハジチなど
そういった伝統的な刺青文化残ってましたね
奈良時代に儒教が入ってきて廃れたといいますが。

戦国にはドッグタグ的に入れた人もいるといいます
これはスマトラ沖地震のあとにタトゥー入れる人がいたり
漁師がぶくぶくの土左衛門でも誰かわかるように入れたりのと同じ用途ですね
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起源はもっと古いですよ。


縄文弥生時代にすでに盛んに刺青がされていました。当時は魔除けとか呪術とか宗教的なものや身分を表すものであって、ファッションではなかったそうです。
それが禁止されたのは中国からの儒教の教えがきっかけです。
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