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日本が大平洋戦争で大敗を回避するためには、どうしたら良かったのでしょうか?

1 最初から開戦しない
2 早期に降伏する

山本五十六連合艦隊司令長官の話を聞いたのですが、【早期講和】は絵に描いた餅ではありませんかね?

自分から喧嘩を吹っ掛けておいて、頃合いを見計らって講和を願い出るなんて、誰が考えても虫の良い話だと思うのですが…。

gooドクター

A 回答 (25件中1~10件)

蘭印インドネシア、スマトラ島の原油は、どちらかというと航空機用ガソリンにはちょと向かず、艦船向け。

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『日本が輸入している主な原油の性状例』


Yahoo!知恵袋 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/questio …
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炭化水素タイプによる原油分類


原油タイプ 代表的な原油名 適した製品・特性の例
・パラフィン基原油 ミナス、大慶 潤滑油、パラフィンワックス
・ナフテン基原油 ベネズエラ 高オクタン価ガソリン、アスファルト
・混合基原油 アラビア、カフジ良質 灯油、潤滑油、重油
・特殊原油 台湾、ボルネオ 高オクタン価ガソリン、溶剤
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ミナス油田は、インドネシア・スマトラ島中部、リアウ州パカンバル市北方約 20km(陸上)にあるインドネシア最大かつ東南アジア最大の油田


太平洋戦争が始まる前に NPPM 社の手で試掘位置の選定が完了していた
・・・・・・・・・・・・
進駐した日本軍が掘削発見したが
・・・・・・・・・・
生産には至らなかった
原油はパラフィン基(ガソリンのオクタン価が低い傾向)で粘性が高い超重質油。
原油性状は、比重 20.3°API、イオウ分 0.19 %、ワックス分 14.05%、流動点+ 15.9 ℃

こちらも
http://daihonnei.wpblog.jp/navy-tanker-circumsta …
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参考PDFファイル『中国石油・ガス開発の動向―主要油田別探鉱・開発の動向―総合エネルギー動向分析室 郭 四志』


黒龍江省大慶油田の原油性状は中質(参考資料では重質となってるが間違い API度※33.2)でワックス分が多く(22.4%)、低硫黄である(0.08%)。
但し流動点が32.5度と高い(。

※API度(ボーメ度)
https://kenkou888.com/category21/api.html

原油生産量は2002年まで100万バレル/日水準(最大生産量は1995~1997年の112万バレル/日)
現在では90万バレル/日前後とされ中国最大。

大慶地域は北部の寒冷地であるため、高流動点原油はハンドリング上の配慮を必要とし、大慶~撫順パイプラインでは60~70km ごとに上圧・加熱施設が配置されている(神原 達編『中国の石油産業』アジア経済研究所1991年 p.66)。

大慶油田の発見から10年後の昭和44年、遼寧省遼河平原で中国第3の油田となる遼河油田が発見された。
日本が集中的な石油探鉱を行った阜新地域より東に山一つ超えた所。
性状はアスファルト分が多い、中質に近い重質油(API度28.7)。
原油生産量は1995年の1,552万トン(31万バレル/日)をピークとして2003年1,322万トン≒26万バレル/日。
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勝利油田もそうだけど、台湾も忘れないで。



http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServl …

新聞記事文庫 石油(08-174)
大阪毎日新聞 1932.11.22(昭和7)

台湾油田はすこぶる有望だ
天然ガスは世界一
飯高日石技師長談

以下略

国営『台湾中油』
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B0%E6%B9% …
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満州の石油を探し出せれば、そもそも戦争起きません。


大慶油田
https://blogs.yahoo.co.jp/houzankai2006/54632966 …

よく大東亜戦争に関するIFで、満洲にある大慶(ターチン)油田が戦前に発見されていたら歴史は大きく変わっていたかもしれないと言われます。
旧満州地区、現在の黒龍江省のハルビンとチチハルの間に広がる松遼盆地の湿原に存在する大慶油田は1959年に発見され年間4000万トンから5000万トンの原油を産出する大油田です。

陸軍燃料廠(石井正紀著 光人社NF文庫)などを読むと、戦前に発見するチャンスは十分にあったとされます。
ところがそれに対する反論として大慶油田の原油は重質油で、例え発見しても戦局に寄与することはなかったと主張する者がいるのです。
私は素人なので何とも言えないのですが、ネットで調べてみるとある技術者の方の意見として、
「大慶油田の油は確かに重質油ではあるが、現在開発されている非在来型の重質油と比べればずっとまともな油質で、輸送が難しいのなら油田近くに製油所を作れば問題ない」
とのこと。

その方は、大慶油田の重質油云々で非難する連中は大日本帝国無謬論者で、発見できなかった失敗を認めたくないための、言い訳に過ぎないと述べておられました。

ここで重質油とは何ぞや?と思われる方がいると思います。
ググってみると「アスファルトや重油などが得られる、比重が大きく粘り気の強い原油」とのこと。
これなら効率は悪くなるものの、油田の近くに製油所を設ければいいだけだと素人考えでも理解できますね。
重油が多く取れるのなら艦船動かし放題、アスファルトなら道路や飛行場作り放題でラッキーとさえ思います(苦笑)。
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日本軍は真珠湾攻撃をしないで南方方面へ進軍し先ず石油資源を確保し、補給線を構築してイギリス軍を撃破すれば石油資源も手に入れられ艦船や航空機の燃料の心配も無く為り、戦艦ヤマトも自在に活動できた可能性が有ります、そうしておいて欧米と講和すればあの惨めな敗戦は防げたかもしれません、日本軍は結局石油資源の欠乏に依り敗戦したと言っても過言ではないと思います、その意味で先ずは石油資源の確保を目指すべきでした、それをいきなり真珠湾攻撃でアメリカ国民に火をつけてしまったのが敗因ではないかと思います。

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NHKと朝日新聞社を潰してたら大平洋戦争を回避できたかも…


https://ncode.syosetu.com/n0129gu/12/
「日本が大平洋戦争で大敗を回避するためには」の回答画像17
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開戦反対派だった五十六にしてみれば、米国の戦備が整っていない戦争初期に圧勝して講和に持ち込む戦略しかなかった。



しかし、講和に持ち込むには、現実的には三国同盟の脱退と、中国からの撤兵、対米賠償、対独宣戦布告と欧州戦線への参加が最低限必要だろうから、当時の東條内閣が呑めるはなしではないだろう。

ゆえに選択肢としては開戦しないことしかない。

しかし、それとは別に、現実の大敗北の歴史を選択する考え方もあるだろう。
今でも多少あるが、戦後ほどない頃、特に経済成長が軌道に乗り始めたまだ貧しかった頃には、戦争を否定した平和国家になったことを喜ぶ声が非常に多かった。多くの論壇が「負けて良かった」という論説をぶち上げていた。

実際のところ、日本政府の形式としては、戦後日本が参戦して戦争に兵を送って最前線で兵火を交えたことはない。それで敗戦後の80年近くを過ごしている。
それが今に続く護憲派の主張の根拠だろう。
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