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高卒(短大、専門含む)にジェンダー論教えなくてよいのか?

質問者からの補足コメント

  • 学歴低い奴ほど、性差を考え行動する。

      補足日時:2021/03/15 20:27
gooドクター

A 回答 (8件)

無用なことをやるべきでない。

 ジェンダー論は学問でもないし、倫理的に正しいものでもない。

ジェンダー論はリベラルが政治活動に利用するようになってから、人類の幸福とはかけ離れたバケモノになってしまった。

属性(性別)が違えば特性(能力)が異なるのは当たり前。 昔はみんな、それを公言できたし、受け入れていた。

今は、個人の権利が全体の幸福を優先するようなことがまかり通ている。 
極少数のリベラルの主張に社会全体が合わせなければならなくなっている。 もう、くたびれた。 人間らしく生きるべきだ。
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一般的なジェンダー論は、政治活動になります。

必要はりません。
実際、ジェンダーを叫ぶことで、立法に大きな影響を与えます。
アイヌ法や男女機会均等法等々で実証済み。
なので、政治活動を普通科目として、取り上げて良い筈がありません。
安易に扱うと害悪です。医療・福祉など専門的な分野として、十分な時間を掛けて、その有効性と弊害を検討しつつ、取り扱う必要がある分野と思います。
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性差は現実に存在するわけですから「性差を考えて行動」は当たり前ですし、むしろ現在は性差を考えずに行動したらセクハラに問われる場合もあります。

ジェンダー論なんか教えて「間違った知恵」を付けるくらいなら教えない方がいいです。
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ジェンダーフリーが、社会主義思想と同じで、


いかに男女を不幸にするかを
教えるべきですね。



学歴低い奴ほど、性差を考え行動する。
 ↑
その通りです。

かつて、多くの高学歴者が、社会主義を
賞賛していました。

低学歴者は、あんな理想社会が簡単に
出来る訳ない、と骨髄反射で否定して
いました。

結果、低学歴者が正しかったことは
歴史が証明しています。
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間違った「学問もどき」を、健全な若者に、教える必要は、


全く、ありません。

「性差」は、厳然として存在するもの。
それは、自然界の掟です。

それを「学歴」とリンクさせる「狂信性」こそが、
彼らが、偏狭な「差別主義者」であることを、
如実に示している。

それは、「学問」でも、何でも無い、妄想です。
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いま大学でジェンダー論かましてるフェミは差別主義者ばかりで


教える内容も稚拙で、学問として普遍性、客観性に欠ける未成熟な
戯言だから、そんな確立されてもいない嘘吐きをもっと
初等・中等教育で教える意味がないから。
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少年ネロと、老犬パトラシエは、フランダース地方にあるアントワープから、3マイルほど離れた小さな村に住んでいました。

二人はネロの祖父であるジェハン・ダースという老人とともに、小さな小屋で暮らしていました。ネロは2歳のときに両親を亡くし、ジェハンがこの少年を引き取ったのです。
ジェハンと言えばそのときすでにひどく年老いており、しかもかつての戦争で足を痛めて満足に歩けない有様でした。一方のネロはあまりにも幼く、二人はパトラシエを養うと同時に、パトラシエに養われていました。パトラシエは彼らの大切な友であり、頭脳であり、手足であり、そして生命そのものだったのです。
彼らはとても貧しい生活を送っていました。それでも決して不平を漏らさず、一日にパンのかけらとキャベツの葉を少しという生活に満足しました。少年と老人のたった一つの望みは、ずっとパトラシエと一緒に暮らせること、ただそれだけでした。
パトラシエはフランダースの犬でした。フランダースの犬と言えば、大型でとても筋肉が発達しており、飼い主に奴隷のように使役されて、やがて死ぬまで働かされる一族でした。ネロと老人に出会う前のパトラシエも例に違えず、やはり主人にひどくこき使われる可哀想な犬でした。
生まれて13ヶ月にもならない内に、ある金物屋に安く買い取られ、重たい金物を積んだ荷台を引かされました。この金物屋はひどく残酷な男で、パトラシエにろくに食事を与えず、絶えず彼を鞭で打ちました。それでも、パトラシエはとても頑丈な犬だったので、なんとか死ぬことなくこの生活に耐えていました。
ところが、買い取られてから2年経ったある日、とうとうパトラシエは倒れてしまいます。その日パトラシエは丸一日食べ物も飲み物の与えられていませんでした。パトラシエが道ばたで倒れたその日は、奇しくもルーバンの町の祭りの最後の日で、金物屋は早く村に着きたくてしょうがありませんでした。だから、どうしてもパトラシエが動かないことがわかると、彼を死にゆくまま放っておいて、自分で荷車を押しながら行ってしまったのです。
その時、一人の老人が小さな孫を連れて通りかかりました。彼らは足を止め、他に誰一人として気にかけることのなかったこの可哀想な犬を見て調べました。小さな子供は草の中を走り回り、時々パトラシエを見ました。それが、ネロとパトラシエの出会いでした。

 ネロは大きな夢を持っていました。いつか偉大な画家になり、大きな家を持つ。その傍らにはアロアがいて、毛皮を着た祖父と、金の首輪をしたパトラシエがいる。それはあまりにも現実性のない夢でしたが、ネロはやがてそうなることを固く信じていました。だから、聖徒祭の日、遠くから村中の子供だちの楽しそうな声が聞こえてきても、彼はパトラシエに「やがて今とはかわるのだからね」と言い、未来を信じてじっとただずんでいました。

 雪道でネロの足跡を見つけ出すのは大変でした。寒さと飢えに耐え、震えながら、とうとうパトラシエはネロの小さな足跡が、あの大伽藍(ネロはアントワープの聖母大聖堂の二つの祭壇画を見たいと心に望んでいた。それはアントワープはもとよりベルギーが世界に誇る17世紀の画家ルーベンスの筆によるもので、見るためには高価な観覧料を必要とするため、貧乏人のネロには叶わぬものであった。)の階段へ続いているのを見つけました。「大好きなもののところへ行ったのだ」と、パトラシエは理解しました。
大伽藍の扉は開け放たれていました。少年は石畳の上に倒れており、パラシエが駆け寄ると低い叫び声とともに彼を抱きしめ、こう言ったのです。「ふたりでよこになっていっしょに死のう。人はぼくたちには用がないんだ。ふたりっきりなんだ」パトラシエの目に涙が浮かびました。それは、少年のために流した涙でした。パトラシエ自身は、少年の腕の中でとても幸せだったのです。
  http://fermat.sakura.ne.jp/meisaku/nello/nello_h …  ( フランダースの犬 )


ジェンダーとは. 「ジェンダー gneder」とは、「社会的性」「社会的性差」と訳され、社会的に作り上げられた性別に対する考え方のこと。
https://nekonotezemi.com/column/no200703d/
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今のジェンダー論はLGBTQに合っていません。

それぞれのせいに固執して考えているんですから。性は同じではなく、確かにあるのです。
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