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現在日本は先進国として認められていますが、どのようなきっかけで先進国へと発展していったのでしょうか?
背景にある事柄や時期などについて返答お願いいたします。

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A 回答 (7件)

 戦後復興のきっかけはやはり「朝鮮戦争」であり、北朝鮮が韓国の併合を目指した戦争で、日本は米国の軍事基地となり輸出により朝鮮景気と呼ばれる好景気になりました。

その後、万博、東京オリンピックを契機に高度成長を継続させ、経済大国と呼ばれるまでになります。
戦後、発展途上国と言われる国家群をテイクオフさせようとして、やや成功したかもと思われるのは極東諸国のみという現状を考えても、単純な問題ではありません。奇跡と呼ばれる、明治維新、戦後復興の原因を少数のイベントに特定することはできないでしょう。
 歴史的に見るなら、日本の歴史は平安頃までの古代王朝、鎌倉幕府からの封建制、江戸時代の専制君主制、明治維新以後の絶対君主制、戦後の民主制とヨーロッパに似た推移をしています(もちろん、かなり異なる部分がありますが)。ヨーロッパに似た、より発展した社会を目指すような風土、変革を受け入れる国民性があったのではないでしょうか。
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何故欧米以外で唯一、所謂先進国になったかに付いては、明治維新という所謂市民革命による近代国家の成立が重要な意味を持つことは言うまでも無いことです。



日本以外の他のアジア諸国は自力での近代国家設立が著しく遅れ、今日日本との差になっています。

さらに言えば明治維新と近代国家造りも偶然なされたものではなく、室町時代から江戸時代にかけての、日本の政治、文化、産業等の発展が、ベースになっていると読んことがあります。

つまり、江戸時代には既に高度な文化が開花し庶民も豊かとはいえないまでも当時としては識字率が高く、圧政や、飢えに苦しむことの無い平穏な生活を享受していました。
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先進国というのが経済的に繁栄し国力も大きいということを意味していると考えます(というのは考え方次第では「公害先進国」とか「高齢化先進国」というような見方もできるからです)。

そして、歴史的に少しさかのぼって考えてみます。

先進国であるかどうかの評価はその時の世界の中で考えるべきものですが、おおむね16世紀までの世界で考えると東アジアでは圧倒的に中国が先進国であり、日本はそれにようやくついていくというぐらいでした。またその時期はイスラム文明が高度の先進性を誇っていて、西欧世界は軍事と武器を除けばたいしたことはありませんでした。

ですから、大航海時代の中で日本にまでたどりついたスペインやポルトガルの人々、特に宣教師たちは「日本の高度の文明性」を本国や教皇に報告しています。また軍事的にもフィリピンなどを侵略していた彼らですが、「決して日本を征服しようとは考えないように(不可能だから)」と進言しています。つまり、この頃の日本は軍事技術的には世界最先端を走っており、経済的にももうすでに先進国であったと言えるかもしれません。

これが停滞するのは徳川幕府による鎖国時代ですが、この頃の評価は難しく、後の資本主義興隆の基礎を作った時代ともいえます。はっきりしているのはこの時期に西欧特にイギリスで産業革命が進展し、経済力が強くなっていくことです。そして19世紀に入ると資本主義のもとで海外へ進出していくことになります。

この流れの中で、アメリカによって日本は開国するわけですがもこの時すでに日本は識字率の高さ、問屋制家内工業の成立など資本主義成立への要件は整っていました。そこへ西欧列強の刺激を受け、軍事的な能力の差を認識して西欧に追いつき追い越せという方向で走り出します。なお、日清戦争に勝つことで得た莫大な賠償金が日本資本主義成立のための原資となったことは有名です。さらに日露戦争で大国ロシアと対等に闘い、先進国として認められていきます。

なお、資本主義が成立した順番で言うと英仏独伊米などに続いて日本は7~8番目であり、この時点ですでに先進国と言えます。

この後、第一次大戦で五大国の1つとなり、第二次大戦の敗戦により一時衰退しますが、戦後の東西対立の中でアメリカと手を結び、軍事的な支出を抑えることにより再び経済大国となることに成功します。

さて、以上のことを理解すると「背景にある事柄や時期などについて」のご質問にお答えすることは単純ではないことがお判りかと思います。現代世界における経済的先進性を言うならばそれは朝鮮戦争をきっかけとした戦後復興がその背景ですし、さらに近代での先進性を問われるのであれば、日清戦争がきっかけの事件でしょうし、その準備をした明治維新あるいは江戸時代の経済的繁栄が背景と言えましょう。

それを支えたのは各時代を通して日本人の勤勉性にあったことも忘れてはいけません(その勤勉性が失われて行きつつあるような気がしてならない今日このごろです)。
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 日本は第1次大戦後の国際連盟では常任理事国に入り、当時既に5大国の一員で先進国でした。

また、軍事面だけでなく、世界的な科学者・社会学者も輩出しており、欧米列強と同じように南極探検隊まで派遣しています(これなど、今で言えば月に人を送るようなものです)。

 何が日本を先進国にしたかを答えるのは難しいですが、勤勉だったことは見逃せないと思います。マッカーサーが1951年5月3日、アメリカ合衆国上院議会(軍事・外交委員会)において次ぎのように言っています。『日本は8千万近い膨大な人工を抱え、それが4つの島の中にひしめいているのだということを理解していただかなくてはなりません。その半分近くが農業人工で、あとの半分が工業生産に従事していました。
 潜在的に日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまでに接したいずれにも劣らぬ優秀なものです。歴史上のどの地点においてか、日本の労働者は、人間は怠けている時よりも、働き、生産している時の方がより幸福なのだということ、つまり労働の尊厳と呼んでもよいようなものを発見していたのです。』

 「先進国になったきっかけ」ではなく、「戦後急速に復興するきっかけ」は何だったかと問われれば、『朝鮮戦争』にあったと言わざるを得ないと思います。朝鮮戦争以前、アメリカは東アジアや東南アジアに対する賠償を、日本の工業設備を解体して海外に運ぶ現物賠償させる方針でした。つまり、日本を工業国から農業国ににし二度と工業国になれないようにしようと考えていたのです。それも日本が占領した国より決して生活レベルが上がらないようにというものでした。
 それが、朝鮮戦争が起こると共産国の防波堤になれるのは極東では日本しかないということで、日本を再び工業国にすることにしたのです。そして交渉でもアメリカが仲介に入らず、個別の2国間交渉になったことも大きかったと思います。日本は賠償金を値切ることができたし、実際に支払ったのは日本が戦後復興した後の60年代~70年代でした。
 それも、遅れていた東・東南アジア諸国は日本から貰ったそのお金で日本の進んだ製品を買いたがったので、日本の商社は、アジア諸国に自社の販売基盤を築くことができました。(つまり、日本は戦争には負けたけれども、戦前に求めていたアジア経済圏を手にいれる事ができたのです)
 
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一言で言えば、アメリカの防共戦略に乗っかったからです。



戦後、日本の戦争賠償と連合軍の日本の戦後処理計画は、日本の工業施設の海外移転による賠償(工場を賠償債権国に移転して、現物賠償とする)と日本を農業国にして、再軍備の道を閉ざす。でした。

これが、ソビエトとの対立激化の中で、方針転換されて、日本の賠償を『工業製品』での賠償、日本の工業化。になり、マーシャルプランの日本版が推進され、日本製品に特別に低い関税率が施されて、特別処置の輸出振興がなされたのです。

低関税でアメリカから外貨を稼ぎ、『工業製品』の現物賠償で、修理のための部品需要が東南アジア諸国に生まれて、輸出主導の体制が整います。
更に、朝鮮戦争やベトナム戦争の『戦争特需』が起爆剤になり、先進国への道を邁進できたのです。
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時代は明治まで遡り日米通商条約等により、欧米諸国と対等に貿易(植民地にならなかった)が出来、


容易に海外の技術を入れる事が出来たと言う点です。

そして、幕末の時点で世界的にも珍しい識字率があります。
明治になり国民学校が出来、教育にも熱心だったことも上げられます。
又、日本人の持つ勤勉さや創意工夫の努力により工業立国に成っていきました。

その結果、戦前には飛行機、戦車、軍艦等を自国で開発出来るようになり、
一時不幸な期間がありましたが、戦後それらの技術を平和利用に転用し
経済的にも発展し今のような先進国になったのです。

No1の方の言うとおり戦後米国がアジアの中心にしようとしたと言うのも事実ですが、
それには、工業立国に成功している日本を選んだので当然の成り行きです。
又、それに答えられるアジアの国はありませんでした。
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この回答へのお礼

返答ありがとうございます。
たいへん勉強になりました。優れた技術が日本を先進国にしたのですねぇ~。

お礼日時:2005/02/20 00:34

第二次世界大戦で敗戦直後に起きた朝鮮戦争で警戒したアメリカが、日本を東アジアの中心にしようと考えたからです。

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この回答へのお礼

返答ありがとうございます。
ついでといったらなんですが、日本が先進国になるために具体的に行った事にはどんなことがあるのか教えていただけますか?

お礼日時:2005/02/19 23:58

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Q戦後日本の急速な高度発展・技術革新の理由は?

戦後の日本は、奇跡とも呼ばれる超高度発展を遂げたと言われますが、
なぜ日本だけがこうした成長を可能にしたのでしょうか?
また、自動車産業やカメラなど日本が世界のトップシェアを誇る分野は多くありますが
成長当時の日本が世界に台頭してきたとき、世界の反応はどんなものだったのでしょうか?
分かりやすくまとめてある本やサイトがなかなか見つからないので
お勧めの文献などあればそちらも教えて頂きたいです。
分かりにくい文章で恐縮ですが、宜しくお願いします。

Aベストアンサー

素人ですので、常識的な回答を。
1.朝鮮戦争の影響。敗戦で産業が壊滅状態になった日本が急速に回復した第一の理由は朝鮮戦争に伴う、特需。後方補給基地として、アメリカが安心して食料や雑貨、資材の調達、船舶・車両等の修理、などができる国は、当時近隣で日本しかなかった。中国は東側、台湾は政権が成立したばかりで産業基盤がない、朝鮮は戦争当事国。となると、日本しか無い。
2.安保条約による軽武装・産業優先政策。
東西冷戦の中で、日本がアメリカの傘の下、軍事費に予算を使わずに産業育成に資金を使うことが出来た。極東アジアは当時東側の影響が強く、日本はその防波堤の役割を担うため、アメリカが軍事的に保護政策をとった。そのため、日本自身で軍事費を負担することが最低限で済んだ。そのため、産業育成に湯水のごとく資金を注ぎ込むことが可能だった。
3.政府による産業育成、保護政策
「日本は唯一成功した社会主義国」と揶揄されるほど、大蔵・通産等の業界保護政策、金融保護政策は徹底していた。有名な「護送船団方式」、外貨割り当ての政策利用。また、1ドル=360円体制を死守するなど、輸出産業育成を政策課題としたこと。

もちろん、国の基盤として、義務教育が浸透し、良質で均質な労働者が多数存在したこと、そもそも戦前からそれなりの産業基盤があったこと、などがこれらの背景にはあるでしょう。

外国の反応ですが、60年代 made in Japan と言えば、「値段は安いけど粗悪品」の代名詞でした。少し前の、中国製品に対する私たちの反応を思い出してくれれば良いと思います。あれと同じです。また、「猿まねジャップ」ということも60年代から70年代前半には良く聞きました。これは製品だけではなく、テレビ番組や文化そのものへの批判です。

今、ネット右翼などという人達(たぶん若者)が、よく韓国に対して同じような発言をしています。当時を知っている我々からすると、「かつては日本も同じように欧米から言われてたんだけどな」と思い、痛々しく感じます。(だから、私は絶対にそういうことは言いません。それは国が発展するときに一度は通る道だと思いますので)

日本製品の評価が目に見えて「良くなってきたな」と、庶民レベルでも実感するようになったのは、70年代後半からですね。電化製品・車などドイツ製品と日本製品が、同じテーブルで比較の対象になるようになってきました。

素人ですので、常識的な回答を。
1.朝鮮戦争の影響。敗戦で産業が壊滅状態になった日本が急速に回復した第一の理由は朝鮮戦争に伴う、特需。後方補給基地として、アメリカが安心して食料や雑貨、資材の調達、船舶・車両等の修理、などができる国は、当時近隣で日本しかなかった。中国は東側、台湾は政権が成立したばかりで産業基盤がない、朝鮮は戦争当事国。となると、日本しか無い。
2.安保条約による軽武装・産業優先政策。
東西冷戦の中で、日本がアメリカの傘の下、軍事費に予算を使わずに産業育成に...続きを読む

Q日本はなぜ先進国になれた?

日本はなぜ先進国になったのですか?


日本が先進国になれたキッカケはなんですか?

Aベストアンサー

もともと日本が先進国だった、もしくは先進国としての下地はあったってことです。

戦国時代のことですが、火縄銃の保有国は日本が世界最大数を保有しっていたと言われています。
30万丁とか50万丁とか世界最大の軍事国家(?)
戦国時代だったこともありますが、当時の日本では量産体制が出来ていたってことです。他国では職人一人がすべてを作っていたのに対し、日本では分業性で行い量産を行っていたために世界最大の保有数することができたってことです、ヨーロッパやアメリカで、作業を細分化し均一な品質の製品を大量生産をする300年も前に。

その後の鎖国ため停滞はしたが、もともとベースがあったとこに明治からの先進国に技術を取り入れ、
それが零戦など戦闘機や戦艦大和などが世界一言われるまでになったってことでは

Q日本が発展途上国から先進国になったのはいつ?

日本が発展途上国から先進国になったのはいつでしょうか?
昭和初期かなーと思っていますがあってますか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

万博以後でしょう。


その頃から、日本もいよいよ先進国の仲間入りだね。ということで、
実質的にはそれ以降に中身が伴ってきたのだと思います。

Q日本はどうして発展できたのか?

こんばんわ。
最近幕末~の日本史について学んでいるのですが、
幕末~明治維新、そして戦争を体験して敗戦、そして高度経済成長を短期間でとげていった日本のすごさに、新ためてびっくり、そして疑問がわいてきます。
日本は元々まずしかったはず、なのにここまで発展できたのはどうしてなのでしょうか?日本史の本を読んでいると、いろいろな時代に偉人がでてきます。こういう人たちが他の国より多く出現したから成功できたのでしょうか?
また、他の国(にたような環境としてアジア)はどうして日本のようにならなかったのでしょうか?

Aベストアンサー

こんばんは。

ご質問の文章を、「幕末~明治維新、第2次世界大戦の終戦~高度経済成長の終わりの2つの時期が短期間だった」と解釈してよろしいのでしょうか?

上記のように解釈して話を進めます。

一言で言うならば「内戦などがなく、政治が安定していた」でしょうね。
同時期の他の国々は内戦状態にあったと思いませんか?上記2つの時期共に中国は内戦状態ですよね。

それに比べて日本は、明治維新期に「西南戦争」があった以外に内戦はないですよね。そう言う状況下で国家・国民が一体となり「富国」のために突き進んだ結果だと思います。

まぁ、日本国民族と言う民族が、「他(の文化・文明)を吸収しやすい民族だから」という捉え方もありますが。。。

Qアメリカは何故超大国になれたのか

 アメリカは何故今世界一の国になったのか、その原因が知りたいです。

・私の推測では、建国してからまだ歴史が浅く、古い体制にとらわれず、政策がとれる点。

・様々な人種が存在するので、それぞれが納得できる合理的で、効率的な制度が整っている。

・色んな資源が豊富にあるから。例えば移民などの人的資源や広大な土地資源、石油など。

・19世紀の世界ナンバーワンの国であったイギリスと、言語が同種のため、容易に色々な事を学ぶことができたから。

などが理由として挙げられるのではないかと思っています。


この他にも何か、理由が分かる人が居たら教えていただけないでしょうか。

また、今後の世界経済がどう進展していくのか、予想できる方がいたら、その意見も聞いてみたいです。

因みに私は21世紀はアメリカの一人勝ちとは行かないと思います。

かと言って中国もなんだか危うい。

一体、どこの国が覇権をにぎるのでしょうね。

Aベストアンサー

>アメリカは生産基地だった、とありますが、要するにアメリカは独立前、南米で取れた作物などを輸出するための基地だったということでしょうか。

いえいえ。
アメリカ大陸がモロに生産基地だったのは、スペインが南米に進出した頃です。
日本で言えば、戦国時代の頃ですね(ポルトガル人が種子島に漂着した時期)。
この頃欧州はアジアの強国と比べてさほど大差ないレベルでした。
新大陸に人を送り込む力がそれほど強くなかったのです。航海技術も不完全でしたし、身も知らぬ新大陸に行きたがる人がそれほど多くなかったわけです。ですから、南米では金銀の採掘と砂糖などの生産だけを行いアメリカで食べる食糧は欧州から輸入していたほどです。欧州でも出来る事はアメリカでやる余裕はなかったわけです。

英仏が北米に進出したのはもう少し後です。
だいたい、徳川家光が徳川幕府の足場を固めた辺りです。
この頃欧州はアメリカからの富でかなり力をつけてきました。さらに、100年以上も海を行き来していたので航海技術もかなり上達しています。大量の物資を安全に欧州に運ぶ事が出来るようになったわけです。つまり、海を横断するコストが下がったわけです。
またアメリカ大陸が発見されて100年以上経っていたので、アメリカ大陸で生まれアメリカ大陸で育った人も増え始め、見知らぬ大陸が身近になり大陸へ進出する事への抵抗感が和らいだというのもあると思います。当初は出稼ぎの場だった新大陸が第二の故郷になり始めていたわけです。
そうすると、今まで見向きもされていなかった北米でも儲けられるようになったわけですし、アメリカ大陸でも食糧が生産されるようになったのです。

初期の北米の植民地もヨーロッパの為の植民地だったことには変わり有りません。しかし、スペインが中南米でやった事は、略奪に近かったのに対して、英国が北米でやった事は普通の産業に近かったわけです。
普通の産業に近い事をやれば、その植民地が普通の国に近くなるのも当然でしょう。かくして北米は普通の国に近づき、普通の国のように他国の支配を受け入れる事に反発して、独立したわけです。


>給料が良かったから欧州から様々な人がやってきたとは、まるで高度成長期の日本のようですね。
>東京に職を求めて地方から集団就職するみたいな感じですね。

正しくその通り、基本的には全く同じです。
経済では、ヒトでもモノでもカネでも、余っているところから足りないところへ流れるのが基本です。
何故なら、ヒトが余っているならば給料が安くなり、ヒトが足りなければ給料が高くなるからです。同じようにモノならば価格が、カネならば金利が、上下に動きます。
今で言えば中国はヒトが余っているので、人件費が安く。日本はカネ(貯蓄)が余っているので、金利が低いのです。

>産業革命が生まれたのはイギリスだが、それを育てたのはアメリカ…まさにそうですね。自動車や電気・電話など画期的なものばかりですよね。

その通りです。
ぶっちゃけ1860~1950年くらいまでのアメリカは、本当に『神』です。アメリカは、良くも悪くも20世紀のありとあらゆる事に大幅に関わっています。

電気が一般化したのはエジソンが電球の商品化に成功し、普及させたからです。
石油を大々的に利用し始めたのもアメリカが最初です。元々は灯油を光源として用いられていましたが、灯油ランプが電球に駆逐された後は、内燃機関(エンジン)が開発されコレが後のガソリン車に繋がりました。
また、WW1を契機に石油科学が発展し、天然ゴムに変わる石油ゴムが開発され、その後石油繊維も開発されました。WW2ではプラスチックが開発されました。
電話も、ベルがアメリカで開発しました。
コンピューターも殆どアメリカが発展させたようなものです。戦後、電話ネットワークの維持に真空管大量に必要になり、真空管より長持ちして高性能なトランジスタが開発され、これがコンピューター産業発展の起爆剤になりました。

科学技術だけでは有りません。
前述のフォードがはじめた大量生産方式もアメリカ発ですし、何万人という従業員を管理する為の『大企業』という組織形態もアメリカが開発した物です。松下幸之助が考案しその後の日本企業のモデルになった事業部制も、GMのアルフレッド・スローンが考えた組織形態を日本流にアレンジしただけです。
日本の品質管理方法もアメリカのエドワーズ・デミングが研究した物を日本が発展させたものですし、テイラーの科学的管理法がなければ日本の労働者の技能がここまで急速に進歩する事はなかったでしょう。

日本の戦後復興の要因一つは、アメリカで開発された最新の技術をパクリまくったからというのもあります(トヨタの自動車も、ソニーのトランジスタも、シャープの液晶など、戦後の日本の技術の大部分は元を辿ればアメリカ由来のものです)。

当時の日本の技術者たちはアメリカの学会に参加しまくって、発表内容を写真で取り捲ったそうです。当時は『ジャップがなんかやってるぞ』とか笑われていたようですが、必死に研究しまくって一時は追い抜いちゃったわけです。
(当然現実では、このようなやり方よりも本などで勉強したり、特許契約をした事の方が多かったです)

昔の人がアメリカを特別視するのも当然の事だと思います。

・オマケ日本の果たした役割
ただし、新技術開発が得意なアメリカに対し日本が得意だったのは『既存のモノを安く作る』ことでした。良い例が電卓で、当初十万→数千円にしてしまいました。安い→普及という事ですので、日本の果たした役割は小さくないです。
つまり、コンピューターを開発したのはアメリカですが、それを安くして電卓を作ったり、炊飯器や掃除機に搭載させたのは日本で、これが世界のコンピューター市場を飛躍的に拡大させたわけです。

>アメリカは生産基地だった、とありますが、要するにアメリカは独立前、南米で取れた作物などを輸出するための基地だったということでしょうか。

いえいえ。
アメリカ大陸がモロに生産基地だったのは、スペインが南米に進出した頃です。
日本で言えば、戦国時代の頃ですね(ポルトガル人が種子島に漂着した時期)。
この頃欧州はアジアの強国と比べてさほど大差ないレベルでした。
新大陸に人を送り込む力がそれほど強くなかったのです。航海技術も不完全でしたし、身も知らぬ新大陸に行きたがる人がそれほ...続きを読む

Qなぜ日本は植民地にされなかったのですか?

19世紀、他のアジア諸国は欧米列強の植民地にされたのに
なぜ日本は植民地にされなかったのですか?
日本の教育水準が高かったからですか?
それとも単に運がよかったからですか?

Aベストアンサー

日本は鎖国していたとはいえ、オランダを通じて最新の科学、軍事技術もわづかに取り入れていました。
アヘン戦争の時、中国側の大砲は1600年代のヨーロッパ製だったという…
江戸幕府も同じなのですが。
ところが長崎に高島しゅうはん、という人が役人でいて、脇荷貿易の権限もっていて新式大砲を研究していました。それは出島にくるオランダ船が礼砲を撃つと威力、性能が進化しているのをしっていて、です。
幕府も国防上、江戸へ呼んで演習。一日でその平地は「高島平」(たかしまだいら)になりました。今もそう呼ばれてます。伊豆代官江川が引き継いで、青銅砲でない鋼鉄砲をつくる高熱の製鉄炉(反射炉)をつくろうとしたり(大砲、兵学などはなんとかヨーロッパの技術においつこうというカンジ)、日本人は形式・格式でガチガチのバカな武士社会の中でも一部の有能な、志ある人たちに助けられてなんとか西洋とわたりあえる学術・軍事・文化・行政制度をもっていたのです。
(ほとんどの藩はド貧乏、借金まみれ。一部の外様大名とかだけです。意識あったのは)

ペリーが来航した時も(一年前くるっていったのに来ないと思って内緒にしちゃったバカな幕府上層部のせいで大慌てしたが)、一年後返事をもらいにくる、といったあと年明け10ヶ月にきた時には、無防備だった江戸湾に砲台島を築かせて防衛体制つくった(江川が指揮)
これが砲台場、今の「お台場」です。
これにはペリーも驚いた。
あと吉田松陰みたいに単身(2人だったけど)黒船に乗り込んで
「我アメリカに行かんと欲す」と叫びまくって返ってきた若者とか。
こんな人他のアジアの国にはいなかった。

日本は天文、数学、測量でもヨーロッパの文献研究したり、和算でも微分積分できたらしい。水準高かったンですよ。富豪商人は学問する人たちが多いとか、そういうこともあったらしいし、町民文化も小説、演劇、レベル高かったです。

アメリカと国土交渉する際もペリーが小笠原はアメリカ人住んでる、国際的に通じる文書で証明しない限りアメリカ国土だ、といった時、フランス語版・林子平著三国通覧図説をだして、出版年からも日本領土だと証明。
松平定信が迫害した林子平の著作が、大黒屋光太夫一行のうちロシア日本語学校教師にのこった一人とドイツ人言語学者の手で訳されて、小笠原諸島をまもったわけですね^^

ま、そんなこんなで、日本は他のアジアの国より運がよかった。
・一応、統一国家でまとまってた。いくつか勢力が争ってるとかじゃなかった
・文化水準がヨーロッパと同程度だった(これは不思議なものである)
・一部の蘭学者のおかげで、外国の情勢なども在る程度はつかんでいた?!ジョン万次郎がいたといなかったじゃ、また違ったろうなぁ
江川さんがいなかったら大変だったと思うよ
・穏健バランス派の阿部が老中(筆頭?)だったのもよかった。水野忠邦だったらボロボロだったんじゃないかなぁ
最後は大分大胆に物事運んだけど。
・武士階級、常時帯刀武装してる階級が行政してる、というのはなかなかすごいかも^^
・シーボルトが日本の文化レベルを紹介する書物を発表してくれていた
(ペリーもちゃんと読んでた)→日本は交渉するレベルの国だと思ってもらえた。おそらく礼砲をちゃんと返せる国なんてアジアで日本ぐらいだったでしょう。

兵力でいえば、この前NHKでもやってましたが薩摩とイギリスの争い、中国のイギリス艦隊きた時は薩摩ボロ負けですよ。海戦は特に。
最初、不平等条約だったのもしゃーない。
しかし、交渉のテーブルがある、というのは在る程度、相手を認めてのことだし、全面開戦しなかった、というのはお互いのメリット、リスクも含めて必然だったのかも。
まぁ頑張りましたね、当時の日本^^

日本は鎖国していたとはいえ、オランダを通じて最新の科学、軍事技術もわづかに取り入れていました。
アヘン戦争の時、中国側の大砲は1600年代のヨーロッパ製だったという…
江戸幕府も同じなのですが。
ところが長崎に高島しゅうはん、という人が役人でいて、脇荷貿易の権限もっていて新式大砲を研究していました。それは出島にくるオランダ船が礼砲を撃つと威力、性能が進化しているのをしっていて、です。
幕府も国防上、江戸へ呼んで演習。一日でその平地は「高島平」(たかしまだいら)になりました。...続きを読む

Q日本は強かったの? 他国から歴史をみたら日本なんてなんてことない国だったの?

第一次、第二次世界大戦の時代
私は今まで、日本はアメリカに負けたけど、日本は戦争に強かった。と思っていました。零戦とか戦艦大和とか聞くし、神風特攻隊を出撃させたのは、作戦には疑問を持ちますが、とにかく日本は強かったんだと思っていました。でも、実際そうなんでしょうか?戦争に関して知識は豊富ではないですが、昔のVTRなどをみていると、簡単に言うと、ずるい方法をとったりしていたようにいわれてました。(約束破り?)
私は日本で日本の歴史を勉強するので日本は負けたけど、すごかった、強かった、というような感じを受けるものが多いですが、ほかの国から歴史を見たら、日本なんてなんてことなかった かのような存在だったのでしょうか?教えてください

Aベストアンサー

ご質問が「第一次、第二次世界大戦の時代、日本は強かったの」
ですが、
「アメリカには勝てないが、かなり強かった」といえます。

第二次大戦の時期の列強陸海軍ランキングを仮に作成してみます。

陸軍
1) アメリカ
2) ドイツ
3) ソ連
<この間、かなりの差>
4) 日本 4) フランス 4) イギリス
7) イタリア
(他はランキング対象外)

海軍
1) アメリカ
2) 日本
3) イギリス
<この間、かなりの差>
4) イタリア 4)フランス
6) ドイツ
(他はランキング対象外)

<陸軍について>
日本陸軍は弱かった、人命無視のムチャクチャな作戦をやって自滅して行った…という悪いイメージがありますが、仔細に見るとそうでもありません。

A) 支那事変は、蒋介石率いる国民政府が、上海周辺にドイツ軍事顧問団の指導で建設した第一次大戦型の塹壕陣地(第一次大戦の常識では『突破不可能』。ゼークトラインと呼ばれた)を建設した上で、上海に駐屯していた海軍の上海特別陸戦隊を襲撃し、救援にやってくる日本陸軍を、上海周辺の塹壕陣地に誘致して殲滅する、という計画で始まりました。

蓋を開けてみますと、上海特別陸戦隊は意外なほど頑強に戦って陸軍の援軍が来るまで持ちこたえ、杭州湾に上陸した日本陸軍3個師団は、国民政府が頼みにしていたゼークトラインを「浸透戦術」を巧妙に用いることで少ない損害で突破し、国民党軍を包囲殲滅しながら国民政府の首都である南京へ進撃しました。

これは蒋介石にとって全く予想外のことで、国民政府軍は総崩れとなりました。日本陸軍は、上記のランキングでは「ランキング対象外」の国民政府軍より「遥かに強かった」と言えます。

ウィキペディア 第二次上海事変
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E6%AC%A1%E4%B8%8A%E6%B5%B7%E4%BA%8B%E5%A4%89

B) ポツダム宣言受諾の「後」に、ソ連軍が北方から千島と南樺太に侵攻しました。
千島列島の北端である占守島、日本領であった南樺太には、比較的装備が良く、兵員も充実した守備隊が残っていました。
8月15日以降のソ連軍の攻撃に対し、占守島と南樺太の陸軍部隊は善戦し、
「占守島においては、上陸したソ連軍をもう少しで海岸に追い詰めて全滅させるところまで戦う」
「樺太においては、ソ連軍の南下を食い止め、南樺太の日本人が北海道へ逃げる時間をかなり稼ぐ」
という戦いぶりを見せています。

<海軍について>
日本海軍については、アメリカに次いで世界第二位の戦力を持っていたのは異論がない所で、戦前においては、東太平洋は「日本の海」でした。

「空母機動部隊」はアメリカと日本だけが編成して運用できたものですし、18インチ砲搭載の戦艦を建造できたのは日本だけです。第二次大戦終結までに完成させた大型空母の隻数で言えば、アメリカが圧倒的に多いわけですが、次に多いのは日本です。第三位のイギリスにかなり差をつけているはずです。

無限の物量と高度な技術を持つアメリカと戦っては、昭和19年のサイパン沖海戦で日本空母機動部隊が壊滅し、レイテ沖海戦で航空機の援護のない「レイテ湾への特攻」を命じられた水上部隊がろくな戦果を挙げられずに甚大な被害を受け、「沖縄への大和特攻」(坊の岬沖海戦)で終わったわけですが、アメリカ海軍相手にここまで戦える海軍は日本海軍だけだった、というのは紛れもない事実でしょう。

ご質問が「第一次、第二次世界大戦の時代、日本は強かったの」
ですが、
「アメリカには勝てないが、かなり強かった」といえます。

第二次大戦の時期の列強陸海軍ランキングを仮に作成してみます。

陸軍
1) アメリカ
2) ドイツ
3) ソ連
<この間、かなりの差>
4) 日本 4) フランス 4) イギリス
7) イタリア
(他はランキング対象外)

海軍
1) アメリカ
2) 日本
3) イギリス
<この間、かなりの差>
4) イタリア 4)フランス
6) ドイツ
(他はランキング対象外)

<陸軍について>
日本陸...続きを読む

Q何故日本はアニメや漫画が発展したのでしょうか

他の国にもそれぞれあるとおもうのですが、日本のように子供のみるものという位置づけではなく発展した国はあんまりないようなきがします(あったらおしえてください)

なぜでしょうか?

Aベストアンサー

>日本のように子供のみるものという位置づけではなく発展した国はあんまりないようなきがします
ご指摘の通りです。
何故?となると、文化論になり恐ろしく堅苦しい話になります。

その前に、
現代のアニメや漫画の始祖は手塚治虫ではありません。(念のために)
日本アニメの始祖とされているのは幸内純一です
下記サイトをご参照ください

幸内純一 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/幸内純一

寺内の作品かどうかは不明ですが、現存する最古のものをyou tubeで見ることができます。

日本現存最古のアニメ「なまくら刀」発見 - YouTube
www.youtube.com/watch?v=sFDt5CK6f5c

当時は、TVはありませんからすべてフィルムによる映画です。
沢山作られました。

後年大野信郎がアニメでアカデミー賞を受賞しています。
下記サイトをご参照ください

大藤信郎 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/大藤信郎

第二次世界大戦中には軍部が教育用のアニメも作っています。
you tubeで見れます

桃太郎の海鷲
投稿者:solakumo•

動画の動きがスムーズであるのは現代と遜色がありません。

漫画については、歴史的に遡ると定義次第で相当に古いものまで遡ってしまいます。
漫画のように絵を主体として、物語を伝えるという手法は非常に古いものです。
現代の漫画には「はだしのゲン」や「美味しんぼ」のように時事問題にまで発展するものがありますから、ユーモアの要素だけで議論はできません。

明治以降の近代漫画の始祖とされるのは北澤楽天です。
手塚治虫もこの人の影響で職業漫画家になっています。

北澤楽天 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/北澤楽天

江戸時代の黄表紙、合本などと呼ばれる大衆向けの書籍は絵が書かれた周りに台詞が書き込まれています。
この台詞のやり取りで物語を進展させる手法を取っています。
基本的には現代の劇画と変わりがありません。(吹き出しという手法が使われていないだけです)
一枚絵の浮世絵でも、描かれている人物の台詞が書き込まれているものが沢山あります。

このようなスタイルの書籍や絵画は日本独特のものとして発達しました。
諸外国では現代の挿絵のように、関連する情景がアクセサリーとして描かれているだけです。
日本は版木という技術がありましたから、文字だろうが絵だろうが自由に印刷できました。
西欧のようにアルファベットの活字を使う印刷方法では絵を入れるというのは至難の業でした。
結局、文字と絵は別々のページということになりました。

日本は絵巻物という文化が発達しました。
一つのストーリーを長い巻紙に時間の経過に応じて絵を描き並べていく手法です。
多くは寺院の由来や高僧の伝記でした。
源氏物語絵巻のように貴族階級の子女の娯楽向けに発達したものもあります。

仏教を布教するのにあたり絵解き講釈という手法が採られました。
大衆に絵を見せて、その絵の情景や登場人物の説明をしながら仏教の教義を教えました。
地獄絵などは、現在も残っています。
これを横長の巻紙に描いたのが絵巻物です。

以上がざっとしたアニメと漫画のむかしのお話です。

このように大衆の間で発達した文化を時の権力者が認めて活用奨励するという文化は日本独特のものです。
中国や西欧では、王侯貴族の文化と大衆文化に厳然とした区別があったのの対して、日本は、階級間の文化の障壁が低いというかむしろ曖昧だったといえるでしょう。
古くは、万葉集には王侯貴族の歌も防人と呼ばれる民衆の歌もなんら区別することなく収録されています。
後白河法皇が編纂した梁塵秘抄という歌集があります。
当時(平安時代)の大衆の間で流行した歌謡を集めたものです。
今でいえば、路上ライブの歌を総理大臣が集めて全集にしたようなものです。

サブカルチャーとカルチャーの差が曖昧で線引きが難しいというのが日本文化の特徴です。
王侯貴族が外来文化を導入しても、たちまち民衆に浸透していきました。
一方で、民衆によって淘汰され支持が続いたものが伝統文化として伝えられ残されてきました。
歌舞伎も元々は卑賤なものだったのが、いまやなにやら高尚な舞台芸術になっています。
アニメや漫画もこの文化の一部であると言えるでしょう。
今や政府も産業界も家電自動車にかわる外貨獲得手段として大騒ぎしています。
女子高生発の携帯絵文字もそのうち著作権料が入ってきますかね?

>日本のように子供のみるものという位置づけではなく発展した国はあんまりないようなきがします
ご指摘の通りです。
何故?となると、文化論になり恐ろしく堅苦しい話になります。

その前に、
現代のアニメや漫画の始祖は手塚治虫ではありません。(念のために)
日本アニメの始祖とされているのは幸内純一です
下記サイトをご参照ください

幸内純一 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/幸内純一

寺内の作品かどうかは不明ですが、現存する最古のものをyou tubeで見ることができます。

日本現存最古のアニメ...続きを読む

Q戦前の日本は先進国だったのですか?

日本が経済発展して先進国になったのは70年代と聞きましたが、それでは

1.国際連盟の常任理事国だった戦前の日本は先進国だったのでしょうか?

2.そうだとすれば、ドイツも戦前は先進国で、戦後日本と同じように経済発展して先進国になるまでは暫く後進国の状態だったのでしょうか?

Aベストアンサー

なかなか難しい質問をしますね。
日本の戦前の経済レベルは、近代国家として産業革命成し遂げ、それなりの工業力もあり、技術水準も一部では引けを取らないところがあったというくらいでしょう。
つまり、マンガ雑誌で例えればガンガンとジャンプを比べてみてください。
上のほうのレベルではそれほど差がありません。しかし、全体の平均値で見ればレベルの格差は非常に大きいようなものです。

例えば軍事技術で言えば
日清戦争の時(1894-95)は殆どの武器、兵器は輸入品でした。
日露戦争の時(1904-05)は半分くらい国産でしたし、その後はほぼ全て国産化しました。
しかしこれは、国力のかなりの部分を兵器開発に注いでいたからだとも言えます。兵器開発能力も所々に優秀なモノがあったのも事実ですが、総合力ではアメリカやドイツに劣っていましたし、何よりも数を生産する能力においては圧倒的な格差が存在しました。

次に、産業構造で言えば、日露戦争後くらいにようやく産業革命に一区切りが付いたわけですが、それでも日本はまだまだ弱小国でした。
日本の経済力が飛躍的に上がったのはWW1(1914-18)の時ですが、WW1後ですら日本の工業は繊維(生糸や綿織物)などの軽工業が中心でしたし、第一次産業に就業する人が国民の50%を占めていたのでむしろ農業国だったといえます。
世界恐慌を機に重工業化が進みましたが、それでも国民の半分くらいは農民という構造は変わっていません。

という訳で
1.
精一杯背伸びして列強の仲間入りしているけど、足腰の強さ地力の強さではアメリカには全く適わないし(まあ当時のアメリカは欧州全部と戦争しても勝てるくらいの力があったわけですが)、ドイツにもかなわない。
全ての力を戦争に注ぎ込んでもちょっと本気を出したアメリカに一蹴される程度の国力でした。

2.
ドイツは戦前の時点で世界第二位の経済大国でした。
日本人一人当たりのGDPがドイツに追いついたのは70-80年代です。

なかなか難しい質問をしますね。
日本の戦前の経済レベルは、近代国家として産業革命成し遂げ、それなりの工業力もあり、技術水準も一部では引けを取らないところがあったというくらいでしょう。
つまり、マンガ雑誌で例えればガンガンとジャンプを比べてみてください。
上のほうのレベルではそれほど差がありません。しかし、全体の平均値で見ればレベルの格差は非常に大きいようなものです。

例えば軍事技術で言えば
日清戦争の時(1894-95)は殆どの武器、兵器は輸入品でした。
日露戦争の時(1904-05...続きを読む

Q日本はなぜ敗戦国なのにアジアの経済大国になったのか?

日本は第二次大戦で敗戦国になり、賠償金も払っていたのですよね?
戦後は貧乏で大変だったと親たちも言っていました。

一方中国や韓国は戦勝国だったのではないですか?
戦後のスタート地点では日本より有利な立場だったはずですが
なぜそれらの国より日本が経済的に豊かになってしまったのでしょう?

Aベストアンサー

 日本は韓国には賠償金という名目ではないのですが、数億ドルの金額を払いましたよ。しかし、中国は賠償権を放棄して平和条約に調印しました。
 中国も朝鮮も内戦に苦しんだのがハンディでしたね。でも日本が朝鮮戦争でボロ儲けできたのが幸運だったという人がいますがこれは全く違います。米軍は物資の調達を本国から行なうよりも朝鮮の近くで行なう方がずっと経済的なのですべての国に注文を出そうとしましたが、その能力がなんとかあったのが日本だけだったのです。その日本も米軍が出す当時としては想像を絶するスペックを血の出るような努力でクリアしたからこそ注文を請けられたのです。やはり日本が持っていた技術力が世界的に見ても高い水準を維持していたことと勤勉な国民性がたった10年でもはや戦後ではないと当時の内閣が宣言したのです。
 ベトナム戦争が終わって30年が経過してやっと成長の兆しが見えだしたたベトナム経済の現状を見ると、それがいかに早いものであったかが分かりますね。
 これは何も戦後だけではないのです。明治維新後、たった27年でまさかと世界中が思った日清戦争に勝利し、その10年後には世界最強と恐れられたロシアをやっつけてしまうほどの工業力をつけたのです。これは江戸時代の末期には既に工業水準が欧米のそれに近づいていたことと、やはり勤勉な国民性故のことでしょう。

 日本は韓国には賠償金という名目ではないのですが、数億ドルの金額を払いましたよ。しかし、中国は賠償権を放棄して平和条約に調印しました。
 中国も朝鮮も内戦に苦しんだのがハンディでしたね。でも日本が朝鮮戦争でボロ儲けできたのが幸運だったという人がいますがこれは全く違います。米軍は物資の調達を本国から行なうよりも朝鮮の近くで行なう方がずっと経済的なのですべての国に注文を出そうとしましたが、その能力がなんとかあったのが日本だけだったのです。その日本も米軍が出す当時としては想像を...続きを読む


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