いつでも医師に相談、gooドクター

あれほど陸海軍は対米戦を研究して米国とは絶対に戦ってはならないと結論を出していたのに何故、軍令部は山本に真珠湾攻撃をやらせたのか未だに謎です。山本がやらせろと迫ったかはら仕方なく許可下と米軍の記録にある。出鼻をくじくという大義名分たったと言われるが、どうも違う様です。
対ソ連の北進論の通りに何故やらなかったのか、対ソ連、対英なら勝てたと言われていますが、真実はどうなんでしょうか?

gooドクター

A 回答 (4件)

戦えば負けるという結論は確かに出ていた。



それと同時に
「時間がたてば彼我の戦力差はますます開き、戦争をすることもできなくなる」
という結論も出ていた。

メンツを取るか実を取るか、その瀬戸際に立たされたのである。
その結果
「このままジリ貧になるなら、戦いになるうちに戦端を開いた方がよい」
という意見が大勢を占めるようになった。

このあたり、誰が主導したということはない。
日本人特有の「空気」というやつである。

それに加えて日本の組織は陸軍、海軍、政府、外務省、財務省その他で全く連携が取れておらず、各自がバラバラの見解でバラバラに動いていた。
「天皇大権」のもと、他のセクションに干渉することは、内閣と言えどできなかったのである。
「空気」ができた背景には、こういう指揮者不在の政府機構の欠陥もあった。

そんな中で「戦争は回避しよう」などと言えば「臆病者」呼ばわりされ、例えば予算を大幅に減らされる。
当時の日本は貧乏であり、予算も資源も各省の分捕り合戦だった。

現在でも「尖閣諸島や竹島はあきらめよう」といえば売国奴呼ばわりされる。
武田信玄が大将の犯しがちな過ちの一つに
「分別ある者を臆病とみること」
を挙げているが、まさにそれが全国規模で起こるのである。
すでに、三国同盟交渉の際の海軍省に対する右翼の絡み、二・二六事件など、そういう事態がいくつも現実になっていた。

こういう状況で「戦争は止めよう」と言い出せる人物などまずいない。
米内や山本、井上は、それでも言い出せる得難い人材だったのである。
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回避しようとしても無理、と


判断したのではないですか。

イラク戦争を見てください。
米国はありもしない大量破壊兵器を口実に
イラクを侵略しました。

ベトナム戦争もしかりですね。
トンキン湾事件を自己演出し、本格的な
戦争へと突入しました。

え?
これらは第二次大戦後の話だろうって?


○テキサス独立戦争
アラモの戦い 1836年2月23日 - 3月6日の13日間
守備隊が全滅し、世論を激高させた。

○米西戦争 1898年 2/15 ハバナ湾で、
米国戦艦メイン号が謎の爆発沈没。
米兵266名が死亡。
スペインの仕業だ、ということになり世論が激高。
これを受けて戦争に。
戦後、米国政府は事故だったと発表。

○第一次大戦
ルシタニア号事件。
第一次世界大戦中の1915年5月7日にドイツ海軍の潜水艦「U-20」より、
南部アイルランド沖15 kmの地点で雷撃を受け、
わずか18分で沈没した。
短時間での沈没のため船内から脱出できなかった
乗客1,198名が死亡した。

ルシタニアの犠牲者の中には128名ものアメリカ人
旅行客が含まれていたことから
以後アメリカ国内ではドイツに対する世論が急速に悪化、
これが2年後のアメリカ参戦のひとつの伏線となった。



どうしても戦争したければ、口実など
いくらでも造れるのです。

こんなこと、日本軍部だってとっくに
研究していたはずです。
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では、解説いたしましょう。



まず、戦後マッカーサーのアメリカ議会公聴会での証言
(日本が戦争に至った経緯について)をご存知ですかね?

彼は、
日本が戦争に始めた要因は「安全保障」の面からである。
と証言してます。

つまり、侵略でも侵攻でもなく自国の国体を守るために戦争を始めたのだ
と言ったのです。
(余談ですが、命のやり取りをした敵将がそう証言しているのに
この日本の中に侵略戦争だったと自虐ネタをぶっこむ左翼バカがいることに
あきれます)

戦争に走る始まりから書くと長くなりすぎますのでその辺は割愛して
直前の様子から直前の経緯を書きます。

物の視方はあっちから見るのとこっちから見るのとは違うことがあります。
日本はアジア諸国が植民地になっており、この白人支配からの開放(大東亜共栄圏)を計画しすすめようとしていました。
しかしこれは他方(白人社会)から見ると東南アジアへの進出を目論んでいると見えたのです。

もちろん日本は資源の乏しい国ですからスケベ根性もあったには違いありませんが、植民地にしたり属国に使用などとは考えてはいませんでした。
あくまでも西洋人に植民地にされている国々から不利のない経済連携(主に輸出入)を目指したのです。
しかし、彼らにはそうは見えず、日本を脅威に感じた国々でABCDライン包囲網(アメリカ、イギリス、中国、オランダで日本に経済封鎖を仕掛けた)というものを作り日本を追い込んだのです。

イギリス、オランダはお察しの通り東南アジアに植民地を持ち
このおかげで本国が超潤っていたため、ここに手を突っ込まれることを
極端に嫌ったのです。

日本はゴムがない、スズがない、鉄がない、石油がない、という国になってしまうわけです。
そうなると、単純計算で2千万人の未就労者が出てしまい
国体が崩れる危機にありました。

もちろん列強と戦争すれば負ける可能性は高いこともわかっていました。
しかし、ここで彼らの要求を呑んで、満州や当時日本であった朝鮮半島などを手放せば、さらなる要求を突き付けてくるのは明白でした。

外交において武力や制裁を背景に一方的な要求をのめば
さらなる要求を出すのは当たり前のことです。

ここで戦争を避けるために飲んだら、次は日本に不利な貿易条件や
領土領海についても大きく譲歩させられることは目に見えていました。
さらには沖縄よこせ、九州よこせ北海道よこせ、とやってくることさえ当然と考えたわけです。

この経済封鎖が効いて備蓄石油もいよいよ9か月分になってしまいました。
この量は戦争ができるギリギリの石油量だったのです。

御前会議において陛下が戦争は避けられぬのか?
と出席者にお尋ねになられると
永野修身軍令部総長がこういったのです。
「戦わざれば亡国と政府は判断されたが、戦うもまた亡国につながるやもしれぬ。しかし、戦わずして国亡びた場合は魂まで失った真の亡国である。しかし、最後の一兵まで戦うことによってのみ、死中に活路を見出うるであろう。戦ってよしんば勝たずとも、護国に徹した日本精神さえ残れば、我等の子孫は燦輝するであろう。そして、いったん戦争と決定せられた場合、我等軍人はただただ大命一下戦いに赴くのみである」

これで決定した。

実際、この言葉通りになっている。
負けたけど、わずか20年で戦った護国の精神が日本を見事燦輝させたではありませんか。

話がそれてしまいましたが
戦争を避ける=欧米の要求を呑む=亡国となる
だったので戦争ができるギリギリの石油量を考慮して戦争に踏み切ったのです。


真珠湾攻撃は山本五十六が提案推進していたのです。
軍令部はそのその投機性の高さから反対する意見が根強くあったのです。
当初、永野軍令部総長もアメリカとの戦いについては南方資源地帯の確保と本土防衛を主軸とした迎撃作戦を構想しており、太平洋まで出てアメリカと直接対決することまで考えてはいなかったのです。
「余りにも博打すぎる」と慎重な態度を示していました。
しかし、山本五十六が真珠湾奇襲作戦通らなければ連合艦隊司令部一同が総辞職すると強く詰め寄ったため、最終的に軍令部が折れる形で決着したのです。

また山本自身本来アメリカとの戦争は負けを覚悟していました、
つまり負けると思っていたわけですが
アメリカに打撃を加え、少しでも負けを伸ばすには唯一この作戦しかないと考えていたようです。
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この回答へのお礼

そうですマッカーサーは確かに自衛戦争であっと証言しています。ABCD包囲陣が続くと約1千万人の失業者が出る事が最も重要な課題でしたし、石油が無いという事は軍艦も戦車も軍用機も使えない丸腰になるわけで座して死を待つに等しい。そこで真珠湾攻撃より早く陸軍は山下邦文、マレーの虎が一気にシンガポールを落として資源確保に成功しました。大東亜共栄圏など単なるスローガンに過ぎず日本は生き残りを賭けた戦いを始めたわけです。結果的にアジア諸国は白人から日本がぶんどったわけです。開戦当初から東南アジアからの輸送船やタンカーの量を分析すると米軍の進行と共に米国潜水艦による撃沈数がうなぎのぼりとなり最後には輸送量は殆ど無くなります。確かにルーズベルトは蒋介石やスターリンとは非常に親しく非戦論を唱えて大統領になれたので枢軸国の日本からの真珠湾攻撃は渡に船だった事は確かです。米軍の記録では真珠湾をやらせないなら連合艦隊司令長官を辞めると言うのでやらせたとあります。しかし、山本はヒットマンに過ぎない。あれだけ反対意見があってやるには黒幕がいるはずではないでしょうか。対米戦がなければ
勝てたはずです。常識では米国とやるはずがない。
総力戦ですから負けは覚悟のイクサなんてすから。
陸大卒の秋山が東大と協力して綿密な計算をして理論的に対米戦は不可という決定事項があったにも関わらず奇襲好きのヒットマン山本を動かしたのは誰かという謎です。太平洋は陸軍の足を引っ張っただけでなんにもなっていません。戦前の常識の通りの結果です。

お礼日時:2021/03/27 19:04

当時日本の軍備に対し米国中心の資本主義陣営は不公平貿易及び共産国も含め白人国家は日本に軍縮を強制しました。

しかも白人国家連合により日本の資源を断つよう世界に圧力をかけ日本の産業にダメージを与えました。
海軍軍令部と言うより陸軍大本営が政府に圧力を掛け開戦させたのです❗軍令部は世界中に情報網があったので開戦には否定的でした。国内産業保護の為資源確保が急務の為やむを得ず開戦せずにいられなかったのです。現在北朝鮮が昔の日本の立場なんです。窮鼠猫を噛むと言う事です。
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この回答へのお礼

陸軍主犯説は東京裁判史観のでっち上げと言うのは明らかになっています。ABCD包囲陣は確かにありましたがマレー進行により英国軍を破竹して資源確保には成功しました。太平洋は全く意味を成さなかったのです。そんなことは陸軍と東京帝大の研究、つまり秋山機関でとっくに日本、特に陸軍はわかっていたし対米戦は全く勝ち目がないという認識で一致して対米戦はやってはならないというのが常識だったのです。陸軍の後押しは東京裁判のでっち上げです。日米の専門家の間では常識です。

お礼日時:2021/03/27 18:15

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