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私たちの身体を構成している分子や原子は、絶えず分解され捨てられまた新しい物が入ってきて、置き換えられているそうですね。
1年もすればあらかた置き換えられて、私たちは別人になってしまいますね。

質問は、1年前の別人の私たちを、今の私たちと疑うこと判断しているのでしょうか?

A 回答 (21件中1~10件)

結論から言うと、人の記憶がその人の存在そのものを定義しています。



例えば、脳に外傷を負ってしまい人格が全く変わってしまった人がいます。
このフィネアス・ゲージという人は神経科学において、脳の外傷と人格の変化に関係があることを示す初の症例となった人です。
彼の脳に鉄棒が貫通しました。これにより彼は、記憶を維持しながらも計画性や感情の制御がまるきりなくなってしまいました。外傷を負う前は模範的な人間だったそうです。

私は彼を「フィネアス・ゲージという人間の記憶を持った別人である」といえると思います。

しかし、少なくとも当時の周りの人間は、「彼をフィネアス・ゲージ本人ではない」と判断しません。
あくまで「彼は別人のように変わってしまった」と形容します。
あなたは彼をどう判断しているのでしょうか。


遺伝子情報と彼の持つ記憶で別人であるかを判断すれば本人です。
でも、実際に遺伝情報を調べたわけでもありませんし、本人の持つ記憶が本人を証明するとしても、本人自身の記憶がなくても本人として扱われるケースもあります。

つまり、多くの人が1年前の自分たちを別人と定義しないのは、その人自身しか知らないような記憶を持っているからという確固たる自信と、その記憶が喪失したり人格が変化しても、周りが「彼は本人である」と判断するから、といえるでしょう。

私たちは睡眠時に記憶の取捨選択が行われ、物理的に脳内の老廃物を水で洗うかのように除去しています。果たして同じ人間といえるのでしょうか。どこが別人の境界線かで、あなたの判断はまるっきり変わってくると思います。
ただ、私たち本人の証明というものは、かなりあやふやなものであることは確かです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
<多くの人が1年前の自分たちを別人と定義しないのは、その人自身しか知らないような記憶を持っているからという確固たる自信と、その記憶が喪失したり人格が変化しても、周りが「彼は本人である」と判断するから>ということになりますね。ハードが順番に代わってもソフトが依然残っておれば。

お礼日時:2021/04/05 19:09

記憶が人格ですから、記憶があれば人格が維持されます。




本当は怖い認知症。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
<記憶があれば人格が維持>していると、本人も周りも思わざるを得ないのですね。

お礼日時:2021/04/05 19:06

これは突っ込みようによっては、とても面白い質問になると思います。



我々人間の60兆の(異説有り)細胞は、7年で全部入れ替わると私も昔聞きました。
その一つ一つの細胞の中の元素やら分子やらが、1年ほどで入れ替わるということなんでしょうね。

物質的には全部入れ替わるけれど、その細胞の枠、一人の人間の枠は変わらないわけですね。相変わらず、細胞として人間として活動を続けるのですから。

ということは、その「枠」というものが存在するということになります。

同じことが蟻とか蜂の集団にも言えると思います。昆虫ですから一つ一つの個体の寿命は短いでしょう。死んでは生まれの繰り返しで、虫たちは同じ活動を繰り返すわけです。ですから、その「昆虫の集団」という枠があるということになるでしょう。

我々の精神・自我は1年たっても、7年たっても変わらないのですから、物質とは直接関係はないということになりそうです。その「枠」と関係していると考えられるわけです。

随分、曖昧なことを言ってしまったかも知れませんが、少々興奮しておりますゆえにご容赦のほどを。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
<その「枠」というものが存在する>のですね。
その<枠>って何でしょうか、難しいものですね。

お礼日時:2021/04/04 18:08

記憶は覚えていますよ。

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この回答へのお礼

ご尤も

お礼日時:2021/04/04 18:06

存在は流れだから。

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この回答へのお礼

ご尤も

お礼日時:2021/04/03 19:20

誰かが云ってます。


この世のものはすべて性質で出来ていると。

でも、私は思います。
この世は、大、大、大、精神の意の力、意思の表れであると。
この精神の意の力が宇宙となり、物質となるのだと。

だから、物質も精神の表れだと。
まして生物は、精神そのものであると。
アメーバでさえも。

物資=精神ならば、細胞も精神であり、細胞の集まりが生物ならば、その生物の細胞の精神の集まりが心となるはず。

生命は細胞の精神の集合体であると、云ってみたい。

一個の生命を作り上げている細胞群の一つ一つは、短命でもそこを埋め合わす新たな細胞が作られるから、集合体としては大きな変化がないのだと思う。

故に、「私」は「私」であり続ける。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
<精神>が<私>を作っているのですね。
その精神さえつながっていれば、集合体の<私>は細胞の変化にかかわらず、ということですね。

お礼日時:2021/04/06 18:45

この質問に接して思うには「嗚呼、やっぱり心と体は別なんだなぁ 」と云う事です。



死ねば二度と“私”に会えないのだから、心にも寿命があるのでしょう。

でも、肉体の細胞の寿命よりはずっと長いから、いつまで経っても“私”で居られるのでしょうね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。
<心にも寿命>
<肉体の細胞の寿命よりはずっと長い>のですね。

お礼日時:2021/04/03 19:19

1年程度なら同じ人だよ。



変わらん。きちんと昔を継承。
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この回答へのお礼

ご尤も

お礼日時:2021/04/03 19:18

詰問されなくても


自問自答ですら
エンストしてしまいますよ!

(  ̄▽ ̄)にっこり
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この回答へのお礼

ご尤も

お礼日時:2021/04/03 19:17

正確には、意識の継続が行われてると


勘違いしながら継続されてるだけなんですけどね

その勘違いを補正するために
家族や友人知人などなど
人の繋がりがあるのかも知れないですね

より、正確な勘違いをするために


ここまでくると、暴論になってくるかな?( ̄~ ̄;)
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この回答へのお礼

再三のご回答ありがとうございました。
<勘違いしながら継続されてる>のですね。
本当にお前か?と詰問されたら立ち往生ですね。

お礼日時:2021/04/01 18:30

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