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武士が自己紹介に際して、○○…家来ではなく、
長州藩士とか薩摩藩士とかと称するようになったのは、いつごろからでしょうか?

gooドクター

A 回答 (7件)

正式な名称で「藩」が使われたのは、明治時代ですが、非公式に大名領が藩と言われたのは江戸中期で、新井白石の著書「藩翰譜」などの言葉が初期の表現だと思います。

江戸時代各藩の武士が所属を公式に何と言っていたのかははっきりしませんが、江戸時代「藩」という言葉は非公式には一般化していたので、「長州藩士」と言った言葉を非公式に使ったとしても、江戸時代中期以降ということになります。ただ大名と同格な武士は旗本であって、藩に所属する武士は、大名の家来ということで、旗本たちからは「ワンランク下」に見られており、さらに「藩士」は知行地を持っていないこともあり、「~候の家臣」という意識であったと思います。自称する時も、そうした事で自称した例が多いと思います。そういう意味で「~藩藩士」と称するようになったのは、明治以降の著作物や劇の中での事となると思います。
ちなみに、明治政府は江戸時代に非公式に一般化していた「藩」という言葉を正式に使ったのですが、逆に言えばそれほどまでに「藩」という言葉は江戸時代に一般化していたと言うことです。当然、明治政府の造語ではありません。小学生が、そうした事を知っているかはわかりませんが、間違って主張する大人はいるようです。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
<新井白石の著書「藩翰譜」>がありますね。
<江戸時代「藩」という言葉は非公式には一般化していた>ですね。
<「長州藩士」と言った言葉を非公式に使ったとしても、江戸時代中期以降>ですね。
江戸時代が進むにつれて、今様に言えば、小池百合知事の部下でなく、東京都の職員である、と自覚してきたのでしょうね。

お礼日時:2021/04/16 09:51

高杉晋作が、草履の裏に、薩賊と書いて踏みつけたって話から、幕末には藩という観念があったと推察。


江戸時代の初期から、**家と**藩、並行して使われてたのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
<幕末には藩という観念があったと推察。>ですね。
正式・公式の言葉でないかもしれませんが、使っていたのですね。
まだ<並行して>ですね。

お礼日時:2021/04/17 09:58

○○藩士と名乗るのは時代劇の中だけです。


実際は『○○家家人。』という風に
名乗っていました。
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この回答へのお礼

ご尤も

お礼日時:2021/04/16 09:31

あのね、「藩」と言うのは明治政府が造った言葉。


「廃藩置県」と言う言葉を作るに当り、「県」に相当する言葉が江戸期にはなかったから。仕方無く「藩」と言う言葉を作った。

今、小学生でも知ってるよ。
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この回答へのお礼

ご尤も

お礼日時:2021/04/16 09:29

そんな自己紹介はしていない。

長州藩士という表現は、明治時代以降に生まれたものなのです。つまり武士が自分のことを、そう呼んだことはありません。
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この回答へのお礼

ご尤も

お礼日時:2021/04/16 09:30

私見ですが


早くから
私は長州の○○ですと言ってたと思いますが。(未確認)

今でも
私は山口県人のxxですと
言わないのと同じと思いますが。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
<早くから
私は長州の○○です>ですね。
長州藩士と称したのは、いつころからでしょう?

お礼日時:2021/04/15 18:55

意味が解りませんが、藩が存在しなければ、藩士とは


言わないでしょう?

藩は、家康が置いたのでは?
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
藩が置かれた後、を想定しています。

お礼日時:2021/04/15 18:53

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