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太宰治は戦争未亡人だった愛人と心中を遂げたそうです。
名声のあった人気作家が、どうして自殺なんかしたのでしょうか?
自殺するつもりなら一人でもできます。
愛人と心中するにはよほどの理由があると思います。

よろしくお願いします。

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未亡人」に関するQ&A: 未亡人

A 回答 (7件)

太宰には自殺癖がありました。

最後の山崎富栄との自殺は5度目の自殺です。2度目の自殺(心中)では自分だけ助かっています。

太宰治は芥川龍之介に多大な影響を受けており、その自殺願望は彼が芥川龍之介を好きだったからだとも言われています。芥川賞を取りたいと生涯願っていましたが「すでに新人に非ず」と最終候補から外され非常にショックだったようです。

>名声のあった人気作家が、どうして自殺なんかしたのでしょうか?
>自殺するつもりなら一人でもできます。
>愛人と心中するにはよほどの理由があると思います。


本人じゃないのであくまで推測の域を出ないのですが、彼は一人じゃ死ねなかったのではないでしょうか?

またわざと自殺する振りをして周りを困らせようとしていたという説もあります。(困らせるのが目的なので本当に死ぬ気はない。自殺癖ではなく自殺未遂癖)
↓このHPでは彼が「境界型人格障害」だったという説を挙げています。
http://www.so-net.ne.jp/vivre/kokoro/borderppl.h …

たまたま相手の女性が本気で死ぬ気だったので、釣られて逝ってしまったという説もあります。いずれにせよ真相は藪の中です。

参考URL:http://www.geocities.jp/showahistory/history2/23 …
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太宰治は芥川龍之介に多大な影響を受けていました。

それが、間接的な原因ではないでしょうか。
ちなみに芥川龍之介の自殺の理由は「将来に対するぼんやりとした不安」です。

「マインレンデルは頗る正確に死の魅力を記述してい」ますよ。
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初めまして。


二十歳くらいのときに太宰の作品を立て続けに読んでた時期があって、そのなかの、ある作品を読んだとき「はは~ん」と感じたことがあるんですが『人間失格』だったか『道化の華』だったか忘れてしまいました・・・。
ただ彼は相当屈折したタイプだったろうと思います。心中の理由にしても、その複雑な性質にふさわしく幾つもの理由が重層的に重なり合っていたと思います。まず望んでいた賞が手に入らなかったこと、女性とのもつれた関係、学生時代に味わったコンプレックス等、外から見て分かりやすい理由だけでも一つ二つでは済まないうえに、内面的に一般人には想像し難い屈折、嗜好、演技的志向性とでも言うべきものを内包していたのではないかと思います。

心中事件にしても私は、おそらく彼一流の演出であったろうと感じます。演技志向の強さの方が女性に対する情よりも強かったのではないだろうか、女性側が彼のそんな本心に気づいていたかどうかは分かりませんが多分太宰は自己に対する思いのほうが強く女性は片思いの立場であったのが本当のところではないでしょうか。太宰の死を賭したお芝居に女性は引き立て役であることを知ってか知らずか参加した。知っていて「友情(恋情)出演」したのであれば、やはり惚れていたんでしょうね、彼に。或いは他の女に先を越されるよりはと心中相手に自分を選んでくれただけでも満足であった、とか。

まあ、モテる人ですよね。頭が良くてハンサムで才能があって、でも屈折してて危険で、だらしないとこがあって母性本能がくすぐられる。これぞデカダン、「無頼派」の名に恥じないってもんです。

個人的には深入りしたくないですけどね。私だったら「死ぬんだったらアンタだけ死んで!」って言ってしまいそうです。男性に冷たいほうなんで・・・。
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猪瀬直樹の「ピカレスク太宰治伝」を読めば自殺の経緯が詳細にわかります。

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私の記憶では、確か何度か自殺(心中)を試みていますが、毎回自分だけ生き残ってしまって(死にきれないで)いたそうです。


 一人で死ななかったのは、肉体だけでなく、死んで初めて愛しい人と魂まで一つになれると思ったからだと思います。
 自殺の原因は、人気作家故の苦悩、亡くしてしまった愛しい人のいない世界をひとりで生きていかなければいけない孤独、そういったものに絶望してしまったのではないのでしょうか。
 きっと愛しても愛し足りなくて、そういう結果に走ったのだと私は思います。

 自殺の原因はあくまでも、残されたものの推測でしか無いと思いますが・・・・・。
 
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太宰治は、一人で自殺したこともありますが、、、


結局、自分の寿命が無いなら、いっそ自分の手で綺麗に終らせたいとか思ったのでは・・・。
(めちゃめちゃ推測です。。。)
でも、一人で死ぬのが嫌だったから愛人と心中したのではないでしょうか?

あんまり答えになってなくてすいません。
ただ、どんなに何を言っても「太宰のみぞ知る」だと思います。

参考URL:http://www.mb.ccnw.ne.jp/ou_tou/nenpyo/nenpyo.html
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薬物中毒という説もありますが。

。。
以前こちらで質問されていました。

http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1108574

参考URL:http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1108574
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Q太宰治と志賀直哉の確執について

最近太宰治の「如是我聞」を読んだのですが、その中で太宰が志賀のことを名指しでけちょんけちょんにけなしていました。
ウィキペディアで調べたところ、太宰が最初に「津軽」の中で志賀を批判し、それに立腹した志賀が太宰をけなす発言をし、だんだんエスカレートして遂に「如是我聞」が発表されたということらしいのですが、この対立の経緯について詳しく知りたいのです。
参考になる書籍やHPがあったら教えてください。また、上に書いたこと以外のことをご存じであれば教えてください。お願いします。

Aベストアンサー

こんにちは

太宰は「津軽」で、蟹田町に行った時に旧友達が太宰を囲んで宴を開いてくれた
時のことを書いています。その中で、当時、大作家として名を馳せていた"五十
年配の作家"(志賀直哉と名指しはしてないが「神様」と呼ばれている、と書い
たことで明白)について聞かれ、人の悪口を言って自分を誇るのは甚だいやしい
ことだが、と前置きしながらも、世間も文壇も、その大作家を畏敬に近い感情で
評価していることに、一種、腹立たしい感情を持っていたのか、彼の作風を厳し
く批判しています。きっと志賀直哉自身にというより、彼に象徴される世間の偏
った高尚趣味(と太宰は思っている)若い作家達の彼へのとりまき、へつらい、
に嫌悪感を抱いていたのかもしれません。(やっかみも少しはあったかもしれま
せん)(^^) それを読んだ志賀直哉が、座談会の席上で仕返し(?)に
太宰の作風をけなすなどしてバトルが始まったようです。

でも、私は、ことの発端は、有名な、太宰と井伏鱒二との確執のような気がします
。井伏は太宰が故郷青森から上京した時から頼っている文壇の先輩であり、私生
活でもいろいろと面倒をみてもらっていた作家です。太宰は候補になっていた第
一回芥川賞を逸したり、その後もあの手この手で受賞の依頼をするなどしても
(川端康成におねだりの手紙を書いたりしていますね)思うように行かず、また
女性問題等でもトラブルがあるなど、徐々に生活に行き詰まりを感じ、
薬物中毒に陥ったりしていきます。
井伏も当時は貧乏作家で、さほど将来を嘱望されるような作家ではありませんでした。

そんな中、井伏が「ジョン萬次郎漂流記」で直木賞を取りますが、
その作品に盗用が見られるとし(後に大傑作とされる「黒い雨」にも盗用
論争)それに嫌悪した太宰が、井伏批判、そしてその背後にある文壇、世間、そ
の象徴である"老大家"の志賀直哉批判、と日頃の不満が発展し、たまりにたまったうっぷんを
はき出すように、意を決して「如是我聞」を発
表するに至ったのではないでしょうか。
遺書には「井伏さんは悪人です」とありますね。

「如是我聞」で太宰は「その者たち(老大家)の自信の強さにあきれている。
……その確信は……家庭である、家庭のエゴイズムである」などと言ってますが、
私は、津軽の名家に生まれながら真の家庭的愛情に恵まれなかった太宰の本音が
そこに伺えるかなぁという気がしています。

「如是我聞」は、死ぬ数ヶ月前、心中した山崎富栄の部屋で、
新潮社の編集者、野平健一が口述筆記し、死後に発刊されていますね。

参考文献といえるかどうか判りませんが、「ピカレスク」(猪瀬直樹・小学館)
にはとても興味深いものがあります。

私見ですが書いてみました。

こんにちは

太宰は「津軽」で、蟹田町に行った時に旧友達が太宰を囲んで宴を開いてくれた
時のことを書いています。その中で、当時、大作家として名を馳せていた"五十
年配の作家"(志賀直哉と名指しはしてないが「神様」と呼ばれている、と書い
たことで明白)について聞かれ、人の悪口を言って自分を誇るのは甚だいやしい
ことだが、と前置きしながらも、世間も文壇も、その大作家を畏敬に近い感情で
評価していることに、一種、腹立たしい感情を持っていたのか、彼の作風を厳し
く批判しています。き...続きを読む

Q太宰治の作品が賞賛される理由

太宰治の作品が賞賛される理由

よろしくお願いします。

太宰治の作品をいくつか読みましたが私は太宰作品がなぜ賞賛されるのか理解できませんでした。

読んでいて何か心に触れるものはありますが、それ以上に何だか疲れると言うか、つまらないと言うか…

私の読解力が足りないと言えばそれまでの話なのですが、太宰作品の魅力や真髄は何なのでしょうか。

「こんなところに注目すると理解が広がる」等々あれば是非とも教えて下さい。

Aベストアンサー

太宰が賞賛される理由は大きく分けて二つです。
ひとつは、自殺前後に『人間失格』を発表したから。今でもその風潮は残っていますが、自身の暗黒面を告白した小説は文壇の受けがいいのです。
もうひとつは、当時にしては技巧派だったからです。『斜陽』や『人間失格』のように破滅していく人間を巧みに描くこともできましたが、『女生徒』、『駆け込み訴へ』、『お伽草紙』など、全く違ったタイプの作品もそれぞれ高い水準で書いています。

特徴的なのは、読者の読みに対する寛容さです。どう読んでも作品が否定しない。どんな作品でも多様な読み方はできますが、太宰の作品はその幅が尋常でなく広くて、高度な読解力を駆使せずとも多様な解釈ができます。人生訓として読む人もいれば馬鹿話として読む人もおり、現実問題を考える上でも役に立ち、どう解釈しても正解だから研究対象としてももってこいで、非常に使い勝手がいい。

たとえば『人間失格』は、先に書いたように私小説的な告白小説とも読めますし、学校なんかではこの作品から人生についての何かを学ばせようとしますが、ギャグ小説ともマゾ小説とも、ゲイ小説とすら読むことも出来ますし、破滅の美学を描いた耽美的な作品とも読めます。聞いた話ですが、海外では幼児期に性的虐待を受けた子供の精神病の症例として研究されている例もあるらしい。
何ならミステリー的に読むことも出来ます。「いままでずっと仮面を被ってきた」と告白する葉蔵の手記は、そもそも信用に足るものなのでしょうか? 親にまで素顔を隠し続けてきた葉蔵が、今になって突然、見ず知らずの読者に向かって「隠してきた素顔を披露します」と言い出すこと自体、ものすごく不自然な行為です。それなのに多くの読者は、その前提を何の疑問もなく受け入れてしまう。
この手記自体が葉蔵の巧みな「お道化」だとすれば、読者は「読者」という、作品に巻き込まれることのない絶対安全な立場にいながら、たかだか作中人物に過ぎない葉蔵に騙されるという体験をしたことになります。『人間失格』を読んで共感を覚えた読者全てが葉蔵の詐術に騙された被害者だとすれば、アガサ・クリスティの大仕掛けにも劣らぬスケールの大きい話になると思いませんか(笑)

そういうわけで、太宰の作品の印象は、読者が「どう読むか」で大きく変わります。
「太宰は自分の好きなように読める」ということを念頭に置いておけば、楽しく読めるかもしれませんし、やっぱりつまらないかもしれません。
今読んで「つまらない」と思うなら、それはそれで正解なので、無理に読むことはないでしょう。

太宰が賞賛される理由は大きく分けて二つです。
ひとつは、自殺前後に『人間失格』を発表したから。今でもその風潮は残っていますが、自身の暗黒面を告白した小説は文壇の受けがいいのです。
もうひとつは、当時にしては技巧派だったからです。『斜陽』や『人間失格』のように破滅していく人間を巧みに描くこともできましたが、『女生徒』、『駆け込み訴へ』、『お伽草紙』など、全く違ったタイプの作品もそれぞれ高い水準で書いています。

特徴的なのは、読者の読みに対する寛容さです。どう読んでも作品が否定...続きを読む

Q三島由紀夫の割腹自殺の理由は?

彼が自衛隊に乗り込んで演説をして、そのあと割腹して自殺をした、
ということは知っているのですが、(学校でちょっと習った)
彼は、何故そういう行動にでたのでしょうか。
なぜ、自殺しなければならなかったのか。割腹することにどんな意味がかくされているのか。とかその理由が知りたいです。
右翼・左翼者だったのでしょうか。

そして、その行動を当時の人はどう捉えていたのか。
(例えばあきれていた、とか、尊敬した、とか。)

三島の割腹で世間にどんな影響をあたえたのか、

など、ふと気になって、三島について学校の先生に聞いたら、思いっきりひいて変人扱いされてしまいました・・。(で、聞きそびれてしまって。)
知っていたら、教えて欲しいです。

Aベストアンサー

 
  あまり三島については、詳しくないのですが、わたしの知っているというか、考えられることを述べます。
 
  >彼は、何故そういう行動にでたのでしょうか。
 
  三島由紀夫という人は、非常にナルシシズムの強い人でした。また、自己の性的同一性に不安感を抱いていました。非常に明晰な思考力があり、優れた感性の持ち主でしたが、論理的に思考すると言う点では、問題がありました。あるいは、もしかすれば、三島は敢えて、論理的に考えることを避けたのかも知れませんが、やはり、美的感性判断が優先していたのでしょう。
 
  三島は女性が優越する家庭で育ち、男らしさにコンプレックス(複合感情)を抱いていました。また自己の肉体が貧弱で、男らしくないとも感じていました。彼は優等生で秀才で、上級職公務員になりますが、学習院時代から小説を書くことを得意とし、東大に進学してからも、やはり小説を書いていました。彼の小説は、一種の人工の美の小説で、彼のコンプレックスの補償の一面があります。
 
  三島は、自己の美的志向と、自己の男性性の確認のため、「男性の美学」というものに憧れ、「おとこ」たる者、生まれ来てなすべきことは、最善には何かという問いで、それは国家のために自己の命を犠牲にすることだと考えました。国家あるいは、祖国、日本の伝統に殉じることこそ、男の本懐だと考えました。そのようにして国に殉じることで、自己の「男性性」がまっとうされると考えました。
 
  男性の優位性を法的にも承認したのは、明治天皇制国体でした。また、伝統の武士のエートスは、男性の「いさおし」を讃美するものとして、三島は、武士の理想の姿を自己に重ねようとしました。こうして、彼は、古い武士のいさおしの理想を語ると共に、国に殉じることこそ、男子の本懐で、その場合の「国、祖国」とは、彼の美意識からして、大衆が跋扈する近代・現代社会ではなく、身分制があり、優れた者が人々を指導する貴族制社会、モデルとすれば、明治の天皇制国体だと考えました。また「日本の古来よりの伝統」は、天皇制にあるとも考えました。
 
  これが、三島が「右翼思想家」と見做される理由ですが、三島は、理論的右翼というより、美的右翼ともいうべきで、西欧の美術や文学でも、男のいさおしを称え、生死の美学を語るものは、これを評価しました。例えば、古典ギリシアなどです。
 
  三島はまた、「老醜」というものを嫌いました。若い絶頂の美のなかで、国に殉じて死んで行くのが望ましく、美しく、べんべんとして年を取り、老醜の姿、人生を晒したくないとも願っていました。「神々に愛された者は若く死ぬ」ということは、三島には、理想でもあったのです。
 
  三島は非常に几帳面で、例えば、割腹自殺の前にも、依頼された原稿の最終原稿を、時間通りに仕上げ、これを、編集者に渡しています。
 
  三島は、自分の人生を自分で、美的に演出したかったのです。思想的に見れば、また価値があるかも知れませんが、三島自身にとって、右翼とか天皇制は、自分の美学を支えるための要素で、いさぎよく、美しい「死の機会と意味を与えてくれる」装置であったと言えます。三島は自分の手で、自分の意志で、自己の人生を美的に完成したかったのです。また、その死が、日本の伝統のなかで、意味を持つようにしたかったのでしょう。こういう訳で、色々複雑な動機があり、しかし、やはり、自己の死を自分で選び、夭折し、美的な人生を実現したかったというのが基本的な動機だと思います。
 
  >そして、その行動を当時の人はどう捉えていたのか。
 
  次の質問の答えと重なりますが、三島の思想や著書をよく冷静に読んでいた人や、世間一般の人は、驚くと共に、自己の美学に陶酔して、ぎりぎりの決断で死んだのだと捉えたでしょう。非常識あるいはアナクロニズムで驚いた人、理解できないと感じた人もいましたし、外国では、日本人はいまでも「ハラキリ」するのか、と驚いたとも言われています。
 
  他方、右翼の運動者たちには、三島の(美学的)国粋主義や憂国の考えに共鳴して、高く評価した人もいましたし、三島は時代が必要とする行為を、命を投げ出して、身をもって示した英雄だという捉え方もあったでしょうし、三島の自決を、うまく利用しようとする、右翼や国粋主義者もいたでしょう。
 
   >三島の割腹で世間にどんな影響をあたえたのか
 
  以上に述べた通りで、世間は驚いたのですが、三島の思想が大衆に浸透することはありえませんでした。三島は、自己の美学に殉じたので、アナクロニズムなところのある、一つの国粋の理想に殉じようとする者の見本とも取られましたが、広く共感を社会には得ることができず、大きな影響とはならなかったでしょう。(右翼思想の象徴としての役割は果たしましたが、いまは、その影響も小さくなったことでしょう)。
 

 
  あまり三島については、詳しくないのですが、わたしの知っているというか、考えられることを述べます。
 
  >彼は、何故そういう行動にでたのでしょうか。
 
  三島由紀夫という人は、非常にナルシシズムの強い人でした。また、自己の性的同一性に不安感を抱いていました。非常に明晰な思考力があり、優れた感性の持ち主でしたが、論理的に思考すると言う点では、問題がありました。あるいは、もしかすれば、三島は敢えて、論理的に考えることを避けたのかも知れませんが、やはり、美的感性判...続きを読む

Q太宰治を好く人、嫌いな人。

まず、太宰治を好きな人は、その放蕩さがいいとか、駄目人間な感じが面白い、みたいなことを言いますよね。
でもそれは皮肉なんじゃないか? と思ってしまいます。好き、というよりは馬鹿にしているような、見世物駄目人間太宰治をただ怖いもの見たさの笑いものにしているだけのような気がするのです。酒の席に一興投じる不幸話、その堕落ぶりが他人ごとだからみたいな。情けない駄目人間の馬鹿道化を代わりに演じて醜態を晒してくれて、その分かりきった結末の恐怖を見て楽しませろ、いいぞ、もっとやれ! みたいな、とか。

そして太宰治を嫌う人は、その放蕩さと駄目人間が受付ない。不幸自慢の自己陶酔、弱さを切り売りする詐話師、読んでて気持ち悪いとかなんとか、色々言われてますよね。

私はまだ、彼の方の人間失格しか、それもまだ読み途中なのですが、それくらいしか触れ合ったことがないので、まだ意見を言える立場ではないのですが、しかし、好く人も嫌う人も、誰も太宰を軽く扱っているような気がして、なんだか切ないです。人は分かり合えないと大きな話をするわけではないのですし、もっと彼を重んじろとは言いたいのではないのですが、扱いを見てみると、何と言えばいいのか、言葉が見当たらなくて、眉潜め俯いてしまいます。私も色々と人間失格だから、憐憫や同情があるのでしょうか。

太宰治が好きな方、そうじゃないけどお答えしていただける方、どなたかご意見ください。
太宰は嗤われて嫌われる、負の遺産なのでしょうか? 世に出ても愚者の道化で立場はないのでしょうか? 彼のような小説や人間は、今の世ではどう扱われるのでしょう?

でも、太宰は人間失格を自伝としていますので、もしかしたら、彼の思惑通りなのかもしれませんが。

まず、太宰治を好きな人は、その放蕩さがいいとか、駄目人間な感じが面白い、みたいなことを言いますよね。
でもそれは皮肉なんじゃないか? と思ってしまいます。好き、というよりは馬鹿にしているような、見世物駄目人間太宰治をただ怖いもの見たさの笑いものにしているだけのような気がするのです。酒の席に一興投じる不幸話、その堕落ぶりが他人ごとだからみたいな。情けない駄目人間の馬鹿道化を代わりに演じて醜態を晒してくれて、その分かりきった結末の恐怖を見て楽しませろ、いいぞ、もっとやれ! みた...続きを読む

Aベストアンサー

>太宰は嗤われて嫌われる、負の遺産なのでしょうか?

小説を残さなかったら、あるいはそういう人間として忘れられていたかもしれませんね。そういう仮定的なことは回答が難しいと思います。
でも彼は生前も熱烈なファングループに囲まれていましたから、小説だけではない、彼自身の人間にも魅力があったのだろうと思います。
ひとついえることは、太宰治は彼の書いた小説で高名になり、彼自身もその小説もいまだに多くの人たちに愛されているということです。首記のそういった疑問を持っているひとも少なくないかもしれませんが、彼の存在は日本文学の宝であり、負の遺産などでは絶対ないと思います。

ご存知だろうと思いますが、三島由紀夫は太宰治が嫌いだったようで、彼の面前でそう告白したそうです。でも彼は見た目はさらりと受け流したようです。

Q眠るように死ぬ方法ってあるでしょうか?

あくまで健康な人が眠るように死ぬ方法、または眠ったまま二度と起きないという風に死ぬ方法ってあるでしょうか?
これは自殺志願のための投稿ではなくて、自分もいつか死ぬわけですからこんな死に方ができたらいいなと思っています。
医療の現場で行われる安楽死・尊厳死ってこういう方法なのでしょうか?またはこれに近いでしょか?

Aベストアンサー

「突然死」という言葉を聞いたことがありますか?
昨日まで元気だった方が、朝になっても起きてこないので、見に行ったら死んでいた。
こういう事例はよくあるそうです。
10年以上前になりますが、兵庫医大の法医学の教授の講演を聞きました。
テーマは「突然死」
突然死のおよそ80%は、虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞など)だそうです。
その中で、就眠中に亡くなるのは、およそ65%くらいだそうです。
急性心筋梗塞でも「眠るように」とはいかず、ある程度は苦しんだ末に亡くなるのでしょう。
私も、眠るように死ねればと思っております。
回答になってなければ、ごめんなさい。

Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオ...続きを読む

Q作家と自殺

過去の質問を見ました。
私も単純に、作家で自殺した人は多いと思っていました。それを不思議にも思っていました。
でも過去の、作家と自殺の関係を尋ねる質問では、回答された方はみんなその意見に批判的で、有名な作家が結構自殺している(芥川龍之介とか太宰治とか)から、作家と自殺を結びつけるのかもしれないが、実際は数多くいる作家の中で自殺したのはほとんどいないとか、作家が自殺するんじゃなくて、自殺する原因のある人が物を書くとか、そんなことが回答されてました。
なるほど~とも思ったのですが、私はまだ作家で自殺する人が多いと思ってしまいます。
それが不思議なんです。
そのことをつい先日、文学部に通ってる友達に話したところ、その友達はこう言ってました。
「その作家たちは、こうあるべきだと自分の中で思い描いてる世界(?)があって、その世界と現実とのギャップに悩んで、どうしようもなくなって死ぬんじゃないか」と。
なるほど!とまた思ったのですが、じゃあその作家が思い描く世界って?とも思ってしまうのです。
その作家が理想とする世界とはどのようなものなのでしょう?
それとも死にたくなる理由が他にあるのでしょうか?
それ以前に、やはり私の、作家で自殺する人が多いという考えは間違っているのでしょうか?
批判的な意見でもなんでも構いませんので、みなさんが作家と自殺との関係で思うことがあったら教えてくれませんか?

過去の質問を見ました。
私も単純に、作家で自殺した人は多いと思っていました。それを不思議にも思っていました。
でも過去の、作家と自殺の関係を尋ねる質問では、回答された方はみんなその意見に批判的で、有名な作家が結構自殺している(芥川龍之介とか太宰治とか)から、作家と自殺を結びつけるのかもしれないが、実際は数多くいる作家の中で自殺したのはほとんどいないとか、作家が自殺するんじゃなくて、自殺する原因のある人が物を書くとか、そんなことが回答されてました。
なるほど~とも思ったので...続きを読む

Aベストアンサー

 すくなくとも高度経済成長期以降、自殺する作家はずいぶん減ったと思います。むかしの作家は貧乏だった。スランプが来てかけなくなると食うのがたいへんだった。あまり高尚ではありませんが、おなかがすくと人間悲観するものです。
 それから、自殺した作家というのはなかなか英雄的である。話題とするに足る。そのせいで特にそういう人ばかり持上げられすぎているきらいがあると思います。たとえば太宰の自殺はあきらかに衝動的な心中で(作品上のゆきづまりはあまり感じられない)、しかしそれにもかかわらず芥川とか川端の自殺とおなじ範疇でくくられる。「作家だから(芸術上の悩みで)自殺した」という人と、「作家がたまたま(生活上の悩みで)自殺した」という人がごちゃごちゃになりすぎているような気もします。
 きちんとした統計をとったら、絶対に自殺しなかった文学者のほうが圧倒的に多くなると思いますよ。日本にかぎっても、大伴家持、紀貫之、藤原定価、紫式部、清少納言、式子内親王、世阿弥、井原西鶴、近松門左衛門、芭蕉、一茶、蕪村、太田南畝(蜀山人)、為永春水、十返舎一九、馬琴、幸田露伴、尾崎紅葉、正岡子規、夏目漱石、森鴎外、谷崎潤一郎、志賀直哉、みんなふつうの死にかたです。ただ、明治以降になると急に自殺する人が増えますよね。これはたしかに注目に値すると思う。
 明治の気風として「理想と現実がズレたらそれをなおさなければならない」という理想主義的な部分があるように思います(たとえば維新もそうだけど)。江戸時代のような「本音と建前ちがってていいじゃない」という気軽な生きかたが廃れてしまったことが、作家にかぎらず、明治の人々を追いつめた原因ではないでしょうか。

 すくなくとも高度経済成長期以降、自殺する作家はずいぶん減ったと思います。むかしの作家は貧乏だった。スランプが来てかけなくなると食うのがたいへんだった。あまり高尚ではありませんが、おなかがすくと人間悲観するものです。
 それから、自殺した作家というのはなかなか英雄的である。話題とするに足る。そのせいで特にそういう人ばかり持上げられすぎているきらいがあると思います。たとえば太宰の自殺はあきらかに衝動的な心中で(作品上のゆきづまりはあまり感じられない)、しかしそれにもかかわら...続きを読む

Q彼氏が自殺しました。

彼氏が一カ月前に自殺していました
原因は私にあるとおもいます。

彼はとても一途で そしてすこし心が脆かったし
二年間の付き合いで 別れようとか別れたいとかいう言葉を口にしたことはありませんでした。
毎日大すき!っと言ってくれていました

私たちは車で二時間かかる距離で 遊ぶ回数は私は仕事であり、彼は学生であり
私の休みは土日は確実にないので あまり時間があわなくて
月一で彼の家にとまりに行く程度でした

彼と付き合ってくうちに 私は何度か別れたいとおもうときがありました
その時は 彼氏がバイトもしないで奨学金で専門学校に通ってることに無償にいらいらしてたり
彼氏の恰好が v系寄りで少々派手だったり 彼の愛情が重く感じたり
そんな理由でした。

一度本気で別れようといって連絡をとらなくしました
そしたら 着信が90くらい来たり メールのあらしが来て
最後のメールで

俺はお前がいなきゃ生きてけない ごめん 死にます
という文面で 首吊りのロープの写真がはられてました

私は怖くなって 怖くなって警察に連絡しました

警察から後ほど連絡きたら そのときは大丈夫だったそうでした


それから話し合うことになって 会って話し合いました
その時も彼の部屋で話し合ったのですが、
私は命をかけごとに使うことはおかしい と言いました 彼は別れたくないし 俺が死んだってお前には連絡いかないから大丈夫だよ^^
言ってました・・

それからまた寄りを戻すことにしました
そのころは、ただ死なれるのが怖かったんです 本当に死なれる気がしてどうしょうもなかったのです。

一回目の自殺予告のまえに
ミクシーのほうで 死にたいとか もとから身長175cmで体重45キロくらいのかなり細身な体だったのに 首をつって余計なものが出ないように断食をする!って書いてあり その結果40キロまで落としてました その様子で 家族に精神病院にまでつれていかれたそうです。


正直自分でも ただの死なれるからどうしよう という思いで付き合っていても
連絡は取る気になれなくなって めーるの文面もつめたい雰囲気になり
どうしてつめたいの?
俺なんかしたかな?

などと聞かれるのも億劫になって

私は寄りを戻した後 また別れたいと メールを送りました

どうして?俺お前がいなきゃ生きていけないよ?
どうして?

メールをシカトして逃げると

また逃げるの?臭いものには蓋?
会って話し合おう

けれど 会って話し合っても変わらないのはわかってて
私は逃げてメールをシカトして ミクシーのつぶやきもみたくなくて
マイミクをはずして
なにもかも逃げました



そして彼は前見たくは メールも着信もなくて 
ミクシーのにっきでは
最初は死にたいっておもったけど いまおもったらあんなやつのために死ぬのはもったいないわwwwwwwwwwwwwwwwwクリスマスは長門だなwwwwwwwwwwww
って書いてあり 安心しました

けれど二日後 彼氏の友達から 相談のってたんだけど 昨日の深夜に死ぬっていってて ありがとうってメールが来た後 連絡がつかない 俺はいま東京にいるしどうもしてられないから 頼むから探してくれ
というめーるが仕事の休憩中にきました
休憩が終わる五分前で
家族の電話番号もしらないし どうしようとおもって
けれど仕事にもどって けど不安になってどうしようもなくて 一時間後にロッカーにもどって
携帯をひらいたら彼氏からメールがきていました




○○が自殺しました

遺言のほうに伝えてほしい方が書いてあったのでその方に連絡します

兄より



でした 私は彼氏の携帯に電話して そしたらお兄さんがでて
現実を知り泣き崩れました。






私には何も遺言はありませんでした
ただ 遺体には ポケットに私とのプリクラを入れて
手にはペアリング
それだけの持ち物でこんな寒い深夜に山で首をつりました


そしてミクシーのにっきに 
彼女を責めないでください すべて弱い自分に原因がある
お酒のせいですこし気がらくだ
やっぱり世界一かわいい さすが俺が愛した人だ



それだけ書いてありました


後悔しかありません
そして今ではこんなにも引きずって
なぜ振ってしまったのか こんなに自分を愛してくれてた人を どうして捨てたのか
どうして救ってあげられなかったのか
後悔だらけです
そしてできればあとをおいたい。
会いたい
ただそれだけです

これからさき一生このきもちをひきずっていくかとおもうと もう人生を終わりにしてもいいかなと思います


だれかのアドバイスをききたいです
また同じような経験をして今 どうやって暮らしているのか・・

できるかぎり質問にもこたえます
よろしくお願いします

彼氏が一カ月前に自殺していました
原因は私にあるとおもいます。

彼はとても一途で そしてすこし心が脆かったし
二年間の付き合いで 別れようとか別れたいとかいう言葉を口にしたことはありませんでした。
毎日大すき!っと言ってくれていました

私たちは車で二時間かかる距離で 遊ぶ回数は私は仕事であり、彼は学生であり
私の休みは土日は確実にないので あまり時間があわなくて
月一で彼の家にとまりに行く程度でした

彼と付き合ってくうちに 私は何度か別れたいとおもうときがありました
その時は ...続きを読む

Aベストアンサー

度々すみません。
誰かを愛したら、誰かの優しさに縋り付くのではなく、自ら愛を与えなさい。

あなたはできる事は全てしました。
彼との交際中に、彼に愛を与えたじゃないですか?
それは彼にとっては宝でかけがえの無いものです。

あなたが自我を堪えて、彼に嘘の愛を与える事が全て解決できたと思いますか?

私はそうは思えませんよ。

彼は自分の問題に彼自信が立ち向かうべきだった。
人を巻き込み、人の人生をうばってまで成せる事は、決して彼の力とは言えません。

あなたは幸せになりなさい。
辛さを経験しただけ、大きくなりなさい。
人の弱さや辛さがわかった今回を、忘れろとは言いません。

バネにして、誰かを愛した時、その人をありのままあなたの綺麗な目で見て、尊重してあげてください。

甘やかす事がすべてではありませんよ。

時には厳しく突き放す事が愛でもあります。

あなたは、この事を彼にしましたよね?

今は辛い、自分を責めるのも理解できます。
でも、あなたの人生はあなたが創るべきです。
厳しく書きましたね。ごめんなさい。
ただ命を粗末にして、後悔しているのは彼自身でしょう。
あなたまで悩むと、彼はますます辛くなりますよ。
彼への供養は、あなたらしく生きること。

度々すみません。
誰かを愛したら、誰かの優しさに縋り付くのではなく、自ら愛を与えなさい。

あなたはできる事は全てしました。
彼との交際中に、彼に愛を与えたじゃないですか?
それは彼にとっては宝でかけがえの無いものです。

あなたが自我を堪えて、彼に嘘の愛を与える事が全て解決できたと思いますか?

私はそうは思えませんよ。

彼は自分の問題に彼自信が立ち向かうべきだった。
人を巻き込み、人の人生をうばってまで成せる事は、決して彼の力とは言えません。

あなたは幸せになりな...続きを読む

Q汚れつちまつた悲しみに・・・

中原中也の、汚れつちまつた悲しみに・・・、という有名な詩の意味を、どなたか教えてください。この詩は、いったい何を表現しているのでしょうか?伝えたいことはなんなのでしょう。ひたすら悲しい、ということは伝わってくるのですが、あまりよく分からないのです。

Aベストアンサー

 
詩にしても和歌にしても、俳諧にしても、これはこういうできごとの折りに造られたものだ、という説明を聞いて、意味が分かるとかは本当はおかしいのです。

作品を読んで、聞いて、何かの心の感銘を受けて、その後、その作品が作られたときの状況や経緯をしって、なるほど、よく分かるということで、作品としての感銘・感興は、説明と独立していなければならないのです。

造られた状況が分からないと、感銘がないとか感興がないというのは、作品になっていないのです。

中原中也の詩は、その点、少し問題があるのです。読んでも、よく意味が分からないとか,何を言っているのか感興がないという人がかなりいるのです。その他方、中也の独特な作風というものに惹かれる人がかなりいるのも事実なのです。

幾つかの作品を読んでみて、中也は、その言葉にどういう思いを込めたのだろうか、と考えていると、ある程度,何かが分かってきます。無論、分からない、感じられないということもあります。

この作品は、著作権が切れているはずで、引用してもよいはずです。全文は、下の参考URLにありますが、一行置きに繰り返される、「汚れちまった悲しみに」と「汚れちまった悲しみは」をはずしてみます。次のようになります:

>汚れつちまつた悲しみに

>今日も小雪のふりかかる
>今日も風さへ吹きすぎる

>たとへば狐の皮裘(かはごろも)
>小雪のかかつてちぢこまる

>なにのぞむことなくねがふなく
>倦怠(けだい)のうちに死を夢む

>いたいたいしくも怖気づき
>なすところなく日は暮れる……

「汚れちまった悲しみに」という表現が、自嘲的で投げやりな表現だという感じは確かにあるのです。「悲しみ」が「汚れる」とは、何と気障な、とも感じるのですが、他方、これは非常に自嘲的な言葉に響きます。それでは、「汚れちまった悲しみ」を除くと、詩はどうなるかというと、上のようになります。

二連目の「たとへば狐の皮裘(かはごろも)」というのは、何を言っているかよく分からないのです。感覚的に分かるか分からないかの問題のようになります。

しかし他の行は、通俗的な言葉のようで、しかし、

>今日も小雪のふりかかる
>今日も風さへ吹きすぎる

ここには、何か痛々しい感情の苦痛と絶望のようなものが、造形されています。この表現自体、まだ自嘲的な感じがしますが、中也の他の作品を見ると、やはり、こういう自嘲的な感じの言いまわしが出てくるのですが、しかし、他方、その部分だけを見ると、高度に冷静に緻密に彫琢された、詩的形象が含まれています。

中也の詩は、どこかユーモラスで自嘲的な言いまわしと、綺麗な詩的形象と、そして悲哀というか、切ないような悲しみの三つの要素から大体できているのです。

この作品にも、この三つが含まれていて、この場合、詩的形象が一番希薄というか、形象はあるのですが、それが自嘲的な表現に隠れてしまっています。

どこかユーモラスで自嘲的な言いまわしは、中也が自分自身を反省的に眺めている結果,出てくるのだとも感じられるのです。この詩の場合、自虐的とも言えるレベルまで来ているのですが、しかし、上に抜き出したラインを見ると、詩の形象彫琢は行っていることが分かるのです。

中也の詩は、自意識過剰で、自己の感情に溺れているようにも思えるのですが、良く読むと、冷静にそのような自己を眺めている視線があるのです。「自嘲」とは、そういう状態だとも言えるのですが、中也の場合、ただ自嘲に溺れこんでいないというのが、彼の作品を「詩」と評価する人たちの見方でしょう。

自嘲し、悲哀の感情に溺れているように見えるなかに、冷静に詩の言葉を彫琢している中也という詩人がいるということになるのです。すると、これは、単なる自嘲や自虐ではなく、もっと複雑な屈折した意識のありようの表現であるとなります。

どこかユーモラスな自嘲的な屈折した、いわば青年期の自己の客観視のような視点と距離の取り方、それに先に述べた,詩としての形象彫琢と、悲哀という組み合わせで、「中原中也世界」というものが出来あがっているのです。

自嘲的な視点に心動かされる人と、詩的彫琢に心動かされる人と、悲しみのある言葉に心動かされる人がいるということになるのですが、これらは、どれも、中也の詩の世界を前提にしているのです。

この「汚れちまった悲しみに」は有名な作品ですが、これは詩ではなく、青年が日記に書くような感傷的で自意識過剰な言葉の羅列だと感じられる人には、これはそういうものに見えるのです。

立原道造という青年詩人がいて、若く亡くなりますが、彼の感傷的リリシズムの詩は、エピゴーネンが一杯あるが、しかし、立原はエピゴーネンとは一線を画しているという評価を昔,読んだことがありますが、「一線はなかった」というのが答えだったと思います。

中也の場合も同じで、こういうスタイルのエピゴーネンはたくさんいるのです。そこで一線があるのかというと、あるのですが、ないとも言えます。しかし、中也の詩は模倣できないのです。こういう自嘲的で悲哀のある詩の真似はできますが、「中也の詩」にはならないのです。

この詩は、投げやりになり自嘲的になって、「人生はこんなものさ」と言いつつ、感傷的に悲しみや絶望をうたっているように思えますが、どこか、「冷静さ」が入っているのが特徴なのです。自分を反省して自嘲する自分自身を、また冷静に眺めている自分がいるというような構造です。

何重にも、こういう自己観察、自己省察の視点があるのではないかというのが中也の詩で、立原の詩は、ここまで自己省察した視点がある意味ないとも言えます。

立原の詩は、詩的空間からある距離を置いて、詩を形象している作者がいるのですが、中也の詩は、もっと自己観察・自己省察が錯綜しており、もっときっちりした詩的イメージを彫琢できながら、敢えてそれをしない中也という存在が感じられるのだとも言えます。

実はわたしもこの詩はよく分からないのです。しかし、中也の他の詩のなかに、その哀切さと美しさに心動かされる作品があるのであり、そこからすると、この詩にも、大きな感銘を受ける人がいるだろうと想像できるのです。

この詩がよく分からない場合は、中也の他の作品を読んでみて、どれか心に感銘を受けるものがあれば、もう一度引き返して、この詩に戻ってくると、違って見えてくる可能性があります。

最初に述べたように、この詩がどういうできごとの背景で造られたのか、関係がないのです。

No.1 の方の回答が簡潔で見事に中也の詩の構造を言い当てているのですが、そういう意識は、実は大勢の人が持っていて、しかし、彼らは中也ではないのです。しかし、中也の詩に心動かされる人たちなのです。

「近代人的意識」と言えば、小林秀雄につながって行くのが分かるでしょう。
 
>汚れちまった悲しみに
>http://macalfa.tripod.co.jp/YomuFiles/yogore.html
 

参考URL:http://macalfa.tripod.co.jp/YomuFiles/yogore.html

 
詩にしても和歌にしても、俳諧にしても、これはこういうできごとの折りに造られたものだ、という説明を聞いて、意味が分かるとかは本当はおかしいのです。

作品を読んで、聞いて、何かの心の感銘を受けて、その後、その作品が作られたときの状況や経緯をしって、なるほど、よく分かるということで、作品としての感銘・感興は、説明と独立していなければならないのです。

造られた状況が分からないと、感銘がないとか感興がないというのは、作品になっていないのです。

中原中也の詩は、その点、少し...続きを読む

Q人間の3大欲とはなに?

この質問は このジャンルでふさわしいのかどうかちょっと迷ったのですが・・・。

人間の 3大欲といわれるものがありましたよね。
あれは 食欲と 後はなんでしたでしょう?

また その「人間の3大欲」という言葉は
誰が 言い出したのでしょうか?

Aベストアンサー

人間の三大欲望は
食欲 睡眠欲 性欲 です。
食欲は,物を食べ,エネルギーにする事。
睡眠欲は,睡眠をとり,脳を休ませること。
性欲は,トイレで用をたしたり,エッチをしたり,する事
この3つはある程度は我慢が出来ますが,人間が生きていくためには必ず必要なことです。欲望というより,必要不可欠なことです。
でも、このことを言った人はわかりません。昔からの言い伝えではないでしょうか?

似たような語で,「衣・食・住」これは、生活の上のことです。


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