教えて!gooにおける不適切な投稿への対応について

【日本史】昔の日本には雨という概念がなかったのですか?

昔の江戸時代とか、晴れ、霽れる、曇りの3つしか天気がなかった?

晴れが現代の晴れ

霽れる(はれる)が雨上がり

曇りが曇りと雨の意味だったのでしょうか?

gooドクター

A 回答 (7件)

「雨が霽れる」「雨止む」という言葉が使われるのであれば、「雨の概念がある」のでしょう。



https://www.ndl.go.jp/landmarks/details/detail32 …
https://www.enshuryu.com/%E6%9A%A6/%E8%99%8E%E3% …
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%A8%E4%B9%9E …
文献に見える最古の雨乞いの例は、『日本書紀』皇極天皇元年(642年)の条の記述である。
戊寅。羣臣相謂之曰。随村々祝部所教。或殺牛馬祭諸社神。或頻移市。或祷河伯。既無所効。蘇我大臣報曰。可於寺寺轉讀大乘經典。悔過如佛所訟。敬而祈雨。
庚辰。於大寺南庭嚴佛菩薩像與四天王像。屈請衆僧。讀大雲經等。于時。蘇我大臣手執香鑪。燒香發願。
辛巳。微雨。
壬午。不能祈雨。故停讀經。
八月甲申朔。天皇幸南淵河上。跪拜四方。仰天而祈。即雷大雨。遂雨五日。溥潤天下。(或本云。五日連雨。九穀登熟。)於是。天下百姓倶稱萬歳曰至徳天皇。

これによると、7月25日から蘇我蝦夷が雨乞いのため大乗経を輪読させたが、微雨のみで効が見られなかったので同29日に止めさせた。しかし、8月1日に皇極天皇が天に祈ると、突如大雨が降り、天下万民は共に天皇を称えたとある。この記述以前にも、平安時代に編纂された仏教史書『扶桑略記』には、推古天皇33年(625年)の条に、高麗僧恵灌に命じて雨乞いの儀式を行わせたという記述がある。

仏教の浸透とともに読経法会による祈雨が盛んとなり、天武天皇4年(675年)には天皇の命令で祈雨の法会が行われている。やがて密教の隆盛とともに、祈雨の儀式は読経法会よりも修法が重んじられるようになる。神泉苑は空海が雨乞いを行った場所として知られる。真言宗小野随心院を開創した仁海は、9度の雨乞いの要請に応えて9回雨を降らせ「雨僧正」の異名を取った。日蓮は真言律宗の良観と雨乞い対決をしたと伝わる。
「【日本史】昔の日本には雨という概念がなか」の回答画像7
    • good
    • 0
この回答へのお礼

みんなありがとう

お礼日時:2021/04/22 21:41

「雨という概念がなかった」または「3つしか天気がなかった」なんてことはありません。


農業生産や水運にも直結することから、天候を記録する役人なんかもいたくらいで、表現用語もたくさんあります。
江戸時代の日記や天気記録が現在も多数残っており、これらをデータベース化したものすら存在します。
http://tk2-202-10627.vs.sakura.ne.jp/

大快晴、快晴、快霽、蒼天、大晴、はるゝ、日和よし、日和好、日和好冱

曇り、雲あり、大曇り、一面陰雲満、有雲、鰯雲多し、雲靉靆、鬱雲多、陰少、陰る、薄陰、陰勝、雲折々日色を覆ふ、花陰

雨、小雨、猛雨、時雨、村雨、繊雨、雨蕭、霪雨、雨森々、沛然、霈然、霂霡、霖淫、霖雨、大澍、霎、白雨、涼雨

「梅雨」を「つゆ」と呼ぶようになったのも江戸時代からだと言われていますし。
    • good
    • 0

いいえ、天気を表現する言葉山ほどあり。


もうすこし気象用語を勉強したら。
    • good
    • 0

「曇りが曇りと雨の意味だったのでしょうか?」


どこから知識を得たのかはわかりませんが、誤った認識です。その知識を伝えた人に「間違った知識だ」と教えてあげてください。
    • good
    • 0

雨(あめ)は天(あめ)と同一の日本語で、つまり漢字が伝来する以前からあったヤマト言葉の一つなのですが・・

    • good
    • 1

江戸時代の松尾芭蕉の「五月雨を集めて早し最上川」という有名な俳句にありますし,古代から雨はあった筈です。


もっと昔の万葉集あたりにも,雨の語句が載っているのではないかと思います。
日本ほど,雨の呼び方が多い国は世界にないと言われていますし。
    • good
    • 0

そんな訳ないでしょう。


二十四節気にも「雨水」とか「穀雨」がありますし。
    • good
    • 0

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

gooドクター

このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

人気Q&Aランキング