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1.聖書に説かれる「神」とは、つまり何だと思いますか?

2.釈尊が説いた「仏」とは、つまり何だと思いますか?

3.カントのいう「物自体」とは、著書の中でどのような定義になっていますか?

どれか一つのお答えでも結構ですし、比較論をしていただいても結構です。

A 回答 (7件)

「神と仏と物自体と」の回答画像7
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この回答へのお礼

本の宣伝ですか?

お礼日時:2021/05/06 00:45

仏教的な愛



慈愛・・・環境や状況すべての事を愛する
自然や他人など自分自身が産まれてきたことをかえりみて、憎んだり恨んだりするよりも愛しく思うかな?

( ̄~ ̄;)

キリスト教はやはり、汝・隣人を愛せよ
集団的な愛かも?
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この回答へのお礼

わしやけどさんは素直な人なんでしょうね。

素直な心でいられれば、周囲のものすべてを慈愛の目で見られ、恩を感じたり感謝の念を持ったりできるけれど、それができない人はそれが、つまり、へそが曲がっているんでしょうね。

それで、嘘をついたり、人を欺いたりすることが積み重なって、人間、汚れてゆくのでしょう。

お礼日時:2021/05/02 22:59

1.二元論的にいうところの「光」明るさ・・・


2.光でも闇でもない人。
3.自分で調べてみるのも面白うござる。
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この回答へのお礼

光と闇か、うーん深いかも。

その視線で見れば、カントは浅い?

お礼日時:2021/05/01 21:57

追記



1なら愛とはこうあるべきだ!

2なら愛の形も人それぞれ

3なら愛だの恋だの悩むよ、目の前の人を大切にすべし

雑多な回答もしてみましたよ

(  ̄▽ ̄)にっこり
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この回答へのお礼

なるほど。

私の仏教観からすると、仏とは実は愛(慈悲)そのもの、愛(慈悲)で世界は成り立っていると言える。
最近そう思ったのですが、違うかなあ。

お礼日時:2021/05/01 21:55

Σ(゜Д゜)興味深い質問に(^人^)感謝



ニャンポコリンさんならではの質問構成に、1日考えてきましたよ

1の問われる回答は、合理的てなことはと思いますね

現代においてのキリスト教徒の多さを考えたなら是可否かはとりあえず置いといて
より多くの指示を得てるてな事実から
わかりやすく、合理的にしたんだと
思いますね

信じる者は救われて、信じない者は天使のラッパの音とともに滅する

ですもんね~( ̄~ ̄;)

世の中の神様てな考え方の統合的な感じの合理性ですね

2の仏教が説いたってあるけど、個人的には仏教が語ったてな表現に代えさせて貰いますね
理由は回答に含まれます
なんで仏教は語ったなのな?
仏教ら合理的な考え方ってより、柔軟性を尊ぶような考えなのかと!
柔軟性?( ̄~ ̄;)

何かしらの教えを説いて、信じさせる合理的な考え方より

何かしらを語りかけて、諭すとか悟らせる方がしっくりきますのでね

なら、なんで自発的に悟らせるのか?
仏教の話だと、仏や菩薩・如来様なんて沢山、沢山居てて!
特定のひとつだけしんじろってな感じではないですもんね

世の中ってあれも正しくてこれも正しくて、全ての事が正しいからこそ、全ての事が間違ってるとも言えますもんね

天上天下唯我独尊

この言葉が頭に浮かんでしまうんですけどね

合理的に纏まるよりも、個人・個人が柔軟的に生きていく事を仏になる

なんて勝手に思ってるんですけどね

自己中心的なんて言われる場合があるけど
すべての人が自己中心的になれば、お互いに中心を尊重しあえますもんね


3のカントの言葉は( ̄~ ̄;)
難しくて著書を読んでないから言葉から想像するなら
現実的に生きろ!
何が現実なのか?てな話にはなるけど
目に見えて、手に振れて耳で聞こえる
そういった他人に説明しやすい事だけに
こだわったのかと思いますね

個人の考え方って
他人には見えなくて、解りにくくて
抽象的になりやすいからこそ

抽象的にならないように物にこだわったんかなぁ~

宗教的な話で、死後の世界観や精神の世界観にこだわってても
腹は減るから、今を考えようみたいな話ですね

1日考えてみたけど、相変わらずの乱文なのは
御容赦くださいませ(  ̄▽ ̄)にっこり
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この回答へのお礼

1.万人が認識できるように、真理というものを、分かりやすく表現したということですか?

2.仏教は、釈尊の説いた八万宝蔵と言われる多くの経典のうち、色々な経を拠り所としているので、様々ですけれど、キリスト教の神は絶対者ということに対し、仏教では、悟れば我々も仏になれるということが、大きな違いということになるでしょう。

3.18世紀は科学がグンと発達していた時期ですから、確かなことだけを考えることが「正しい」と思えたのだろうと思いますが、もっと深いところがあるのかも知れません。

お礼日時:2021/05/01 21:51

「仏」とは大慈悲の人。

・・勇気の行動となって現れます
 だから・・死んだ人じゃねえぞ

カントのいう「物自体」とは
我々が認識するのは現象の背後にある物自体ではない。
物自体そのものは認識できない
人間の認識は対象そのものをあるがままに受容するのではなく、
自らに備わった内的な枠組みにあてはめて受容する

物質的側面の「色陰」と、精神的側面「受陰」とを説いた
仏教の五陰世間論に近い?・同じか
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この回答へのお礼

大慈悲、勇気がキーワードですね?

アプリオリに備わった内的枠組みというのは、多くの人に共通するものなのでしょうね。

五陰世間ですか、うーん、難しいですね。

お礼日時:2021/05/01 21:35

1神とは宇宙精神でしょうね。

人間から見た。

2仏とは悟った人 真理を観た人でしょうねえ。

3カントの著書の定義は実際知りませんが 物自体で存在です

物じゃなくとも存在する言葉や概念も存在です

明滅しながらアイデンティティを持って量子論的に存在します

存続します。(存続 つまり循環が存在に有利だからそうなる)
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この回答へのお礼

1.聖書の著者たちは(大勢いるようですが)神を宇宙精神であるとの理解であったということですね?

2.仏とは真理を悟った人、うむ、そうですね。

3.カントはこれを認識できないと考えているので、定義というのは変かも知れませんが、どういう記述があるのかなと思うわけです。

お礼日時:2021/05/01 21:27

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