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無意識に他人を「馬鹿」と心の中で見下してしまう癖があります。自称進学校に通う高校3年生です。

話の主題は前述したとおりですが、1年ほど前の自分はそのいわゆる「馬鹿」の1人でした。校内模試は300人中良くて200位ほどで英文法は受動態や助動詞から理解しておらず、古典も四段活用から全然覚えられていないような始末でした。
しかしコロナで自粛期間に入ったことを契機に受験に向けて勉強を始め、今ではもう半年くらい校内模試で学年1位を取り続けています。
3年生になりほとんどの授業が今までの復習になったことで、今までの勉強が功を奏しどの授業でも知っていることばかり先生に説明される状態になりました。そんな中でクラスの人達は先生に質問されても「分かりません」の一点縛り。その毎日が続くと次第に「え?基礎的なことなのにどうして分からないの?」「去年の私じゃあるまいし今まで何してたの?」とクラスの人達へ思うようになってしまいだんだん「馬鹿だねw」という思いへ移行していきました。

志望校へはまだまだ学力が追いついていないのに日常生活では周りの人達を見下す、慢心する、というような自分に嫌気がさします。慢心して良いようなレベルでは無いのに気付くと必死に基礎的な勉強をしている人を心の中で笑ってしまったり事ある事に「どうして分からないの?」と心の中で思ってしまいます。もちろん他人に勉強を教えるときには丁寧に教えますが、心の中であっても一瞬でも他人を見下してしまう自分が嫌です。

どうしたら自分よりもまだ劣っている人を見下さず、己に慢心せずに目標に忠実になれるのでしょうか。
塾では自分より頭の良い子もいるので大丈夫なのですが、学校では自分は分かることを周りは「分かりません」と答えることばかりで本当に無意識に「え、なんで?」と思ってしまいます……。

gooドクター

A 回答 (11件中1~10件)

こしゅがさん、こんにちは。



誰かを見下してしまうとの悩みということですね。
見下すということに嫌悪を示すと同時にそう思ってしまう自分に憤りを感じている、文章を読んでこしゅがさんが自分の心に向き合いっていることが感じられました。

さて、見下しているという自覚があるということは相手よりも自分が優位だと思う、つまり相手と自分との間に上下関係があると感じているということかと思います。そして、この場合、比較対象は学力や勉強の効率といったことですね。
その項目で言えば、確かにこしゅがさんは相手よりも勝っているかもしれません。特に自粛期間中に人よりも頑張って学力を伸ばす努力をしたというのならなおさらその想いは強いでしょう。他の人が簡単に「分からない」などと言ってしまうのを聞いて憤るのも当然だと思います(人は不公平と感じるときに往々にして憤る傾向があると思っています)。

ここで、あらためて考えたいのは本当にその人が人間として完全に劣っているのか?という点です。
今、見下しているのは学力という点で劣っている(と思い込んでいる)ただ一つの物差しに過ぎません。
そもそも、人間として勝っているとはどういうことなのでしょう。頭がいいこと?テストで点数がいいこと?走るのが速いとか打ち込める趣味があるとか、笑顔が素敵とか聞き上手とか、人間の素晴らしさにはいろいろあると思います。比べるときにどの物差しを使うかということです。人によって好みは様々なので勝っている人間というのは誰かが作り出した幻想に過ぎません。つまり、自分で決めていいものなのです。言いかえれば、人間にはそもそも優劣など無いのです。

高校生の頃は私もその人の学力や容姿など一方向の物差しだけで判断することが多かったように思います。
仕事をするようになってからはいろんな物差しで見るようになったので、その人の良い面悪い面がよく見えるようになりました。そうして今思うことは誰にでも良い面悪い面があって良いところしか無い人というのはいないということです。けれど、自分にとって良い所が多い人と付き合うと楽しいということはあります。
話がそれましたがどの人のことをどう思い、誰と付き合うかはこしゅがさんの自由です。
こうして悩みと向き合っていること自体が素晴らしいと思うので、これからも自分を見つめ直すことを続けていって欲しいと思います。私も内省するのが好きな方なので。
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うーーーん。

きっと、これってシンプルな話じゃないかな。

「見下す」と表現していることから推察すると、質問者さんの社会の構図は、上下で成り立っているはず。「私が上であなたは下、または私が下であなたは上」のような価値観で、常に質問者さんの視界には相手がいるのでしょう。だから、質問文で「見下す」と表現されているかのように感じられます。

このような価値観ですと、本質的には、いつまで経っても他人様を見下したまま。上を向いて学習した結果、歩んだ先で下にいる人に気づてしまったんだから、相手を見下しても不思議ではありません。

ではどうすべきかという問いですが、シンプルに「目の前だけをみる」はいかがでしょう。

ウサギとカメの話ってあるじゃないですか。端的に言うと、足早のウサギとノロマなカメの話で、ウサギがカメをばかにして休んでいると、知らないうちに追い抜かれている様子が描写されてますよね。

では、二者が見ていた先にはなにがあったのか、この問いを考えた経験はありますか。結論を言えば、「ウサギはカメをみて、カメは目の前のゴールをみていた」です。

現状、あなたは進学校に通い、受験勉強をされています。きっと、成績成長度から推察すると、コロナ禍の時期に、誰よりも学力向上に励んだことか。

しかし、成長したあなたは今、何をみているのか。誰よりも早く走れるようになったけれど、誰よりも目の前のことをみれなくなってしまっては、元も子もありません。

あなたが見ているものは何か。もし、相手ばかりを見ているのなら、都度見ている先を修正するよう心掛けてみてください。
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人間は他者を見下して優越感を得る事で安心する生き物です。


それは生まれ持った本能であり、業ですから逃れる事は出来ません。


見下し蔑みが行き過ぎれば偏見や差別が生まれます。
しかし「他者より優位に立ちたい」という欲求を無視すれば、人は努力し競争することもなく進歩しなくなります。

差別心を持たず、下を見ず常に上を向き、健全な競争をしていくことが理想なんでしょうね。
難しいことですが。
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こんにちは!



そうですね…、あなたの投稿を読んで、『ウサギとカメ』の話しを想い出しました。あなたは昨年まではカメだった。しかし、一念発起してウサギになりましたが、人を見下して昼寝をしている間にカメに追い抜かれてしまいました。そんな様子が思い浮かんでいます。

まだ、志望校のレベルではない様子なので、比べる相手が違います。今、置かれている環境に流されていると、泣きをみますねぇ。

社会に出たら、優越感に浸る事も無くなるので、大海に出ても挫けない精神力を養う事をお勧めします。人と比べる事の無意味さも、分かってくると思います。

アフター567以降の世界は、今までの価値観が通じない世界になります!
今年のダボス会議のメインテーマ「グレート・リセット」が、どのように世界に広まるか注目です!(^_^;)
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本物の進学校ならそのような事態は起こり得ない。


「自称進学校」とはどの程度の話なのですかね。

偏差値50以下なら、そんなことで慢心しても何の意味もない。
まあ、それでも鶏頭牛尾という言葉もある。今後も鶏頭で居続けるなら良い人生を送れるでしょう。レベルの高い大学には行かないほうが良いかもしれない。
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人間なんて、みんな一緒です。


主さんだけが特別なわけではありません。
ただ、社会に出て見ると、頭がいいことが必ずしも良いとは限らないということがわかります。特にいわゆる「学校利口」なタイプは社会人としては「使えない」ことが多いです。
これから勉強以外のことも、沢山学びましょうね
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あなたの頭の良さで、他者を侮蔑する愚かしさも理解して行けるはず。


そしてその人一倍の反省も、その頭の良さで心痛くても自己に厳しく自戒でき、その必要性の証拠を掴むことができるはず。
更に自己の間違いを削ぎ、心の肉壁を削る苦痛の断捨離の連続の痛みにも忍び強い意志で耐え続け、その証的感覚を体得し得るはず。
その時には、隣人の足を拝んで洗える人になっている。
どうかいつも謙虚に。
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学生気分の子供だからで、来年には治っているんじゃない?



高3ってある意味、学生の最上位であって、大学生って学者の最下位だから。
サル山の大将気取りは今だけ。
世界の広さを知ってはじめて己の未熟に気がつけるし、他人を尊重できる。
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それは仕方が無いのでは?



あなたは本来、心根の優しい方なのかと。しかし、世の中、たいていの場合、馬鹿な行動を取る人ばかりです。ただ「分かりません」と答える人の何割が本当に分からないのか。単に「面倒くさい」とそう答える人も居ます。まあ、馬鹿な行為に間違いは無いのですが。

大学に行けば、代わるでしょう。
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正直言うと私は「正しく、見下して」います。



結論を言うと「人を見下すとモチベーションにつながる」という話です。

見上げてばかりだと首が疲れる。「人を見下してはいけない。上を見て成長するんだ。」

まず、上を見て成長するのは正しいですが、少し異なります。
上だけ成長していてもメンタルがやられるだけなんです。

下を見ると行動したくなりますよ。

人を見下すのはダメだとか言われがちですけど、見下すのはすごくオススメです。

だってエネルギーになるから。

言っちゃ悪いですけど、この世の中には同じ人間とは思えないほど、とんでもなくヤバい人たちがゴロゴロいます。

そんな人たちを見て私は思います。
「自分はこうはなりたくない」と。

これが行動の原動力になるんです。

でもモチベーションが上がらないことで悩んでるときは、自分より下を見ることで自分はすごいんだって自信が持てるようになるし、もっと成長したいって思えるようになります。

上を見るとキリがありませんが、上を見ると自分の「成功」の基準を上げることができるようになります。
基準が高いと努力目標が高くなり、自分のパフォーマンスにも影響してくるんですよね。

例えるなら100点満点のテストで100点を目標にしている人と、赤点を回避することだけを考えている人で、実際の点数に大きく差が生まれるのと同じです。

100点を目標にしている人の方が高くなって当然じゃないですか。

赤点回避だけを考えていたら満点だった…なんて人は絶対にいないはずです。赤点を回避するだけの努力しかしませんからね。

上と下を使い分けようということです。

「見下すなんて自分にはできない」と考えた人もいるでしょう。それはそれで構いません。

今回はモチベーションの原動力が欲しいと悩む人に「こんな方法もあるよ」というのを1つ紹介したまでです。

別に「見下してることを周りに言う必要はない」ですよ。
そして「見下していることに罪悪感を持つ必要もありません。」
思考は自由ですから。

上を見て高い目標を掲げて、下を見て頑張ろうと意気込む。

これが何かを達成するコツです。だから見下していいと思いますよ。

私はいつも「正しく」、人を見下しています。
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