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日本の歴史(軍事史)と軍歌について詳しい人にお聞きします。

『流沙の護り』という軍歌のモデルとなった部隊はどこですか?

歌について調べてみましたが

・昭和12年(1937年)に作られた曲で、作詞者の紫室大介氏は関東軍の将校であった記述はあったが、それ以上の詳しいプロフィールはわからなかったようです。

歌詞によると
・(流れ豊かな黒竜江の 岸の茂みが我が住処)とありまして、YouTubeで見たら
滿蘇國境で、黒竜江の向こう岸はシベリアと書いてありました。

それなので、満州の国境警備隊の部隊なのかなとは思ってはいるのですが どこでしょうか?

どこの部隊の歌なのかが詳しく分かりません。

分かる方がいたら教えてください。

gooドクター

A 回答 (1件)

満州国が成立後も、ソ連は満州を国として認めていませんでした。

ですからソ連と満州国の国境は画定していなかったのです。ですから黒竜江(アムール側)の両側で対峙していたのです。

満州国とソ連が対峙しているといっても、実質的には満州国は日本の傀儡政権でした。軍事はすべて日本軍がになっていたのです。ですから実際に対峙するのは日本兵だったんですよ。

特に部隊ということよりも関東軍の歌といえるでしょう。

もっとも国境を守るはずの関東軍がソ連が進行してきたときに在留邦人を放置したままいちはやく自分たちの家族達をつれて、おまけに退却のときに橋まで爆破して撤退したため、残された人達は塗炭の苦しみをおうことになります。
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この回答へのお礼

こんばんは、教えていただきありがとうございます。

作詞者の方は関東軍の将校だったみたいなので、やはり関東軍の歌なのですね。

勉強になりました。

お礼日時:2021/05/08 18:45

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