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日本史についてです。なぜ、中世(平安時代末期から戦国時代まで)の日本の硬貨は鋳造されず、中国から輸入された硬貨を使ったのでしょうかノート3行〜6行程度で仮説を立てよ。という問題です。歴史が苦手すぎて困っています。至急お願い致します(_ _*))

A 回答 (8件)

日本では708年の和同開珎以降、250年の間に12種類の貨幣が造られましたが、その流通範囲は主に近畿地方に限られていて全国に広まらなったこと。


また、銅不足から貨幣の質が落ちたため民衆の銭離れが起こり、政府の力も弱体化したため、10世紀末には皇朝銭の鋳造は中止されたから。
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この回答へのお礼

ありがとうございますm(_ _)m1番早く回答して下さり分かりやすかったので、解答欄に書かせてもらいました。おかげで締切30秒前に提出することが出来ました(~_~)

お礼日時:2021/05/21 20:51

確かに通貨には、信用力の裏付けが必要だったのですね。



良い質問に、良い回答があり、勉強になりました。

質問に対する回答ではないのですが。
奈良の大仏の、銅供給はどこからかを調べましたら、すでに大きな銅山が有ったのですね。

長登銅山
https://www.c-able.ne.jp/~naganobo/douzanato.html
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この回答へのお礼

たまにこれくらいも分からないのかくそが!みたいな回答をされることがあるので、皆さん丁寧に教えてくださって本当参考になりました!

お礼日時:2021/05/21 20:55

当時の日本は物々交換が主流だったから。



商品はもちろんだけど、通貨も需要の裏付けを必要とする。
たとえば1枚10万円の金貨を作ったとして、それを持てる経済力のある人がいなければ、宝の持ち腐れになる。
むしろ資源と労力の無駄遣い。

だったら、わざわざコストをかけて工場を作り、やはりコストをかけて工場を維持するより、必要分を外国から輸入した方がよい。

古代ローマも、建国当時は自前の銅貨すら持っていなかった。
その後経済が発展し需要が高まるにつれ銅貨→銀貨→金貨と増やしていった。
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この回答へのお礼

物々交換!?そっそれはもっと前の話ではないのでしょうか?!回答して下さりありがとうございますm(_ _)m

お礼日時:2021/05/21 20:56

国内生産するより安上がりだったからでしょう。


当時の対中輸出品は、美術・工芸的付加価値が高かった日本刀とか扇子とかが飛ぶように売れていましたからね。輸出代金の決済通貨は宋銭などの中国通貨でしょうから、それを国内通貨としても利用したということでしょう。
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この回答へのお礼

そうみたいですね!回答して下さり、ありがとうございますm(_ _)m参考にします!

お礼日時:2021/05/21 20:56

信用力の問題です。



ジンバブエでは、自国の通貨に信用力が無く
ハイパーインフレが起こり
収拾がつかなくなりました。

それで、米国ドルを通貨として使用
することにより、インフレを抑えることが
出来ました。

それと同じです。

当時の中国は、今の米国以上の超大国で
発行する貨幣の信用力も抜群だったのです。
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この回答へのお礼

( ゚A ゚)ホウホウありがとうございますm(_ _)m

お礼日時:2021/05/21 20:54

自給自足経済、物々交換の経済では、貨幣経済は成立しません。

まず大量の余剰生産がおこる必要があります。そしてそれを交換するシステムが必要となります。その交換システムを経済圏と言います。そこでは、生産物の交換はある程度共通の価値で行われます。そこでその価値を示すには、金などの希少物では、経済拡大に対応できないので、ある程度充分な量が供給できる生産力が必要となります。そこで中国の貨幣が、その役割を果たしたと言うことです。富本銭や皇朝十二銭の時代は十分な経済圏が成立していなかったこと、そして、中世は中央政府に十分な貨幣の生産力がなかったことが挙げられます。従って古代は貨幣流通の地域が限られ、中世では全国に鐚銭が現れ「撰銭令」などが必要となったわけです。
つまり「余剰生産」「経済圏」「貨幣鋳造力」と言った言葉で上の文をまとめればよいと思います。
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この回答へのお礼

細かく い所までありがとうございますm(_ _)m勉強になります!

お礼日時:2021/05/21 20:53

仮説の意味をご存じない方の回答ばかりですね。


仮説なんだから既に肯定されている物否定されている物以外なら何でも良いのですね。

例えば「発見されていないだけで鋳造され流通もしていた。」でも「プリペイドカードが普及していて鋳造するほど硬貨の需要が無かった」とか幾らでも書けるでしょう。
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この回答へのお礼

確かに仮説なので、あまり考える必要はなかったですね(笑)プリペイドカードは面白いです笑

お礼日時:2021/05/21 20:53

仮設を立てよ、ということなので、歴史の見方、考え方をしてみましょう。



まず「鋳造するため」には何が必要でしょうか?
・銅などの金属鉱山
・貨幣鋳造する施設
・採掘や鋳造するための人員や燃料など
・それらを統率し、貨幣として流通させる政府
などです。

また鉱山から銅を掘りだし、鋳造施設に送ったり、出来た貨幣を各地に輸送手段も必要です。

さて、平安時代までに鋳造された貨幣は「皇朝十二銭」と呼ばれます。
最初の貨幣は和同開珎 708年(和銅元年)で、最後の貨幣は乾元大宝で958年(天徳2年)に鋳造されました。


最初の貨幣が作られた708年ごろに何があったかと言うと701年に大宝律令が施行されて、朝廷が日本を完全に統治出来る体制が整った時期です。

逆に958年から50年ぐらい経った1000年代に入ると、武士の台頭が起きていますね。

そういう視点で見てみたとき「戦国時代の終わり」というのはどういう意味を持つのでしょうか?

それを考えてみると、仮説が出来ると思います。
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この回答へのお礼

歴史が大の苦手な私に細かく答えだけでなく教えて下さりありがとうございますm(_ _)m

お礼日時:2021/05/21 20:52

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