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「神」なんて居ないという意見はわかるのですが、ではこの世界はどうやってできたのでしょうか?

恐らく「自然」にできたという返事がありそうですが、
「自然」とはそもそも何ですか?(笑)

「自然」だったら法則も何も無いですよね?
でも、この世界はすべて法則に従ってできてます。

まぁ「神」の定義自体が人それぞれ違うのかもしれませんが。

gooドクター

A 回答 (34件中1~10件)

因みに根源的な選択基準それが「自我」です

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この回答へのお礼

長い間、お付き合いありがとうございました(皆様も)

「自我」・・・・改めてググって調べなおすと、これもまた難しいですね。

でも、まぁそうですよね。
自我によって選択してますよね。

お礼日時:2021/06/06 20:03

物理の根源的な性質として


「楽をしようとする性質」の他にもう一つ「適当ランダムに振る舞う性質」があります(不確定性)
脳作用は上記2つの性質を有しています日常的ではない事に感して「何かを決める」・「何かを選択する」等の場合脳は「適当ランダム」に決めているのです
(表現的ゆらぎ)
この「適当ランダムに決められる状態」事を「ゆらぎ」と言います
一人一人が「適当ランダムに決めている」事から個体差が生じるのです
これは例えば進路を決める等人生においてとても重要な事柄を決めるときにそうしてますし、ジュースを選ぶときにも脳はそうしている(脳作用)のです
根源的にいえば全ての決め事適当ランダムでいわゆる「意思」で決めているわけではないのです
その点を踏まえていえば「意思」とは後付の理由に過ぎません
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この回答へのお礼

度々ありがとうございます。

なるほど。
「意思」は錯覚ということなんですね。

ただ人間の場合「適当ランダム」でも、同じ失敗を繰り返すようなケースもあると思うのです。

これは本能(欲望)を理性(知能)でコントロールできてない状態なんでしょうか。

また、「心」の状態という表現がありますが、それも単なるまやかしで、
脳の一時的な欠陥(エラー)なんでしょうか。

私は精神病んでます(笑)
先天性じゃないので、自分の境遇(経験)によって生じた、ショックの積み重ねの結果です。

あとは、人は偉人と凡人では、およそ同じ人類とは思えない程、人生に差が付きますよね?

一代で巨万の富を築くものもいれば、引き継いだ巨万の富をあぶく銭にする人もいます(あるいは、一生ジリ貧の人も)

 これは「努力」の結果なんでしょうが、
そもそも「本能的」「理性的」にも努力すれば、成就する確率は上がるのですが、気質(性格)的な問題か怠惰な人は、それらを怠る傾向がありますよね。

そういう人生の岐路に立たされても「適当ランダム」で楽な方に流れるのは、
「知能」に元々欠陥がある?ということでしょうか(あるいは遺伝子的な問題?)


>「楽をしようとする性質」の他にもう一つ「適当ランダムに振る舞う性質」があります(不確定性)脳作用は上記2つの性質を有しています日常的ではない事に感して「何かを決める」・「何かを選択する」等の場合脳は「適当ランダム」に決めているのです

→はい。これはわかるのですが、同時に個性というのは「脳作用」だけでなく「遺伝子」的な要素もある気がしました。

更に付け加えると、幼少期においては家庭環境が非常に大事なのはわかってます。三つ子の魂百までじゃないですが、幼児期に意図的な躾、教育を施すことが大事とも言われてます。

だからそういう頭の良い子は「適当ランダム」の選択を極力、排除し、それこそ理性的に、自分自身を成長させているのではないかと思われます。

簡単に言えばその人の「思考の癖」って奴ですね。

お礼日時:2021/06/06 17:44

神が存在している世界を選択している人の心に神は存在する


普遍神を含めて如何なる神も存在していない世界を選択した人の心に神は一切存在しない
と言う事です
何故なら人の数だけで「世界」が存在するからです。
見えている世界は見ている人が作り出した動画=世界だからです
人それぞれ自分に都合がいい動画=世界を作るからです
それをふまえて
質問者さんが見ている世界は質問者さんが作り出した動画=世界でその世界は質問者さんに都合がいい世界です。質問者さんが作り出したその世界に質問者さんは存在しています。質問者さんが何らかの神が存在しているとお考えなら当然質問者さんが見ている世界=質問者さんが作り出した動画=世界に何らかの神が存在している事から質問者さんが見ている世界・存在している世界には何らかの神が存在しているのでしょう。

私が見ている世界は私が作り出した動画=世界でその世界は私に都合がいい世界で私は普遍神を含め如何なる神も存在していない世界=動画を選択即ち作り出しているので私が見ている世界・存在している世界には普遍神を含めて如何なる神も存在していません

重要なのは
私が見ている世界を私以外の全ての人達は見ることができずよって私が存在している世界を私以外の全ての人達は存在出来ません
これは質問者さんにも言えますし、以上の事はAIにも当てはまります
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この回答へのお礼

度々ありがとうございます。

>何故なら人の数だけで「世界」が存在するからです。

はい。それはわかります。
でもそういう結論に至ったのも、人間は「知能」だけでなく「意思」もあるからこそですよね?

それこそ「知能」だけだったら、慣性の法則に従い一番楽な処理をし続けるだけの存在になったと思うのです。



「意思」があるから人類70億通りの「世界」があるのはわかります。

1人たりとも同じは無いと。
視えている世界も、「共感」することはあっても、本当の意味での「完全一致な世界」は見て無いと思ってます。


神は心の中にあり、、、
という文句は、1人1人の意思こそが神に近い存在を指すのかなと感じました。


1000年後、1万年後には、AIが現在の人類が考えているのと同じことを思考すると思ってます。


最初は宇宙の起源、、、、すなわち創造物、神みたいな存在を質問してみましたが、こうやって考えると、AIも同じであると気づきました(ーー;

お礼日時:2021/06/06 16:51

№30を継ぎます。

やはり 論理性〔だけ〕の問題をあつかいます。


9. 神は 絶対性です。ここから 人間はいろんな編集をおこないます。

10. 神= 絶対性

⇒ 属性:相対的な真偽を超えた真理;善悪の彼岸としての至高善( summum bonum )・美醜を超えた普遍美;
     愛憎を超えた慈愛;全知全能etc. /// 有無を超えた絶対無

⇒ 擬人化:絶対者

⇒ 物語化:創造主(経験事物が 被造物)


11. ここで《創造主》が出て来ました。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

はい。私も実はそのように考えたのです。

この世界は創造主の作った創作物なのではないかと(^^;

将来的に超高度なAIは確実に作られます。
1000年、2000年後は、もうそのAIの世界も無限大数に等しい広大な世界観が構築されると確信しております。

となると、人間が作ったコンピュータの中でAIが自律的に色々考え、もしかしたらAI自身も、創作物を作る可能性が高いのです。

生物が「知能」だけしか有していなければ、その行動は知能に応じた同じ結果しか出さない、原始的なコンピュータと同じだと思うのです。

自律的に考える「意思」(AI)を持たせることは、AI自身が「意思」から「物事を考え」、、何かを作り出すのだと思います。
※今、ここでAIと書きましたがAIを人間に置き換えても何ら違和感は生じません。

つまり、このことから人間は創造主とやらが超高度なAI(ここでは人間ではなく、宇宙)を創り上げて、あとは自然に任せて存在し続けているのでは愚考しました。

お礼日時:2021/06/06 16:39

№27です。




論理的な議論のみをしるします。


3. 神は 概念認識としては 《絶対性・非経験・無限》です。

4. 経験世界は 経験的な事物および現象から成ります。まとめて 《経験事象》です。

4ー1. これに対して 超自然および超経験を想定した場合 まとめて《非経験の場ないしチカラ》と呼びます。神のことです。

5. 経験世界は 相対性の世界です。事物が有るか無いかで認識し 事象が因果関係の過程として捉えられる。

5-1. これに対して 相対性を超える絶対性の領域は――したがって―― ものごとの有る無しを超えている。また 原因と結果を合理的に認識して行為の指針とする場合の因果関係から 自由である。

6. 経験世界は 有限である。定量性と定性性とがあるが いづれもうつろいゆかざるを得ない。数量としては 二で割ったら半分になる。

6-1. しかるに《無限》は 二で割っても三で割っても 商はもとの無限である。

7. 人間の認識にあり方をめぐって 経験世界では 可知(既知および未知)と不可知とがある。不可知とは 知り得ないと証明された未知である。

7-1. しかるに 非経験・絶対性・無限については 《知り得るか知り得ないかが 知り得ないナゾ》である。これを 《非知》という。


8. 表にまとめます。

(§4)
非経験の場・・・・・・・・・・・経験事象
(人には《非思考の庭》)     (事物&現象)
超自然・・・・・・・・・・・・・自然(人には《感性の原野》)
超経験・・・・・・・・・・・・・経験(人には《思考の緑野》)

(§5)
絶対性・・・・・・・・・・・・・相対性
有無を超え因果律から自由・・・・有るか無いか;因果関係の過程

(§6)
無限・・・・・・・・・・・・・・有限
(二で割っても元の無限のまま) (二で割ったら 半分になる)
真無限・・・・・・・・・・・・・可能無限も実無限も有限性

(§7)
非知・・・・・・・・・・・・・・可知(既知&未知)と不可知
incomprehensible incom-     不可知= proved incomprehensibility
prehensibility



つづく
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この回答へのお礼

度々ありがとうございます。

お礼日時:2021/06/06 16:32

神の存在の是非について


私の見ている世界・私が存在している世界においては普遍神を含めて如何なる神も一切存在しません
何故なら私は普遍神を含めて如何なる神も存在しない世界を選択しているからです
量子の世界の特異な振る舞いを研究によって
人の意思が見ている世界を決定する
人それぞれ見ている世界が違う
事が示唆されました
上記はそれに基づくものです
当たり前ですが何らかの神が存在している世界を選択している人が見ている世界存在している世界には選択した神が存在しているとなります
以上から
普遍神を含めて如何なる神も存在しない世界
何らかの神が存在する世界
両方が存在しているとなります
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この回答へのお礼

度々ありがとうございます。

つまり神は人の心の中にある、訳ですな。

ただ、我々人間は「意思」の力によって、架空の世界を創り上げる力があります。※例えば、ディズニーランド、映画の世界(スターウォーズ)、etc

我々はそれらの世界を「架空」で創造物であることを知ってます。
何せ作ったのは人間ですから。

でも、ディズニーランドの世界の架空の存在にとって、、その架空の存在が意思を持ち始めたら、その存在にとってディズニーランドは現実の世界になるのではないでしょうか(苦笑)

え? 何言ってるの!?なんですが、1000年後もディズニーランドが存在し続け、そこの架空の人物にAIを埋め込んだら、ミッキーマウスにとっては、
ディズニーランドこそが現実の世界であるのです(笑)

 人類が生み出したコンピュータもいずれAIが超高度になり、間違えなく、
AI自身が自分の存在について自問自答する日が来るでしょう。

でもAIにとっては、我々が創られた存在であるとプログラミングされて認識することはあっても、それらAIにとって「人類」こそが神になる訳です。

少なくともコンピュータを0から作り始めたのは人類ですから。

ってことはです。
人類では絶対に認識不可能な雲の上の存在はあっても不思議では無いと感じてます。

お礼日時:2021/06/06 12:37

「だれにも解らない」ということは判っています(笑)☆

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この回答へのお礼

ありがとうございます。

いや、信仰心のあつい方は、神の存在を認識しており
この宇宙の創造も教え込まれて信じてます。

 無宗教の人の方が少ないのがこの世界です。

太古では「生贄」が平気で行われてました。
流石に今の時代ではそんなのは無くなりつつありますが、
「神の名のもとの」虐殺や殺人は今でも行われてます。

お礼日時:2021/06/06 12:19

1. 神は いると人間が強く思っても また いないと言い切っても そのどちらの説についても人間がただしいと証明することは出来ません。



2. 神と人間のわれとのカカハリは いろんな場合があります。

A1 おれは神を見たぞ。
B1 見えるわけないよ。

A2 目に見えなくても 心の目に見えるんだ。
B2 そのように感じてもまた心に思ってもそれらはみな 
  やがては消え去る有限で相対的な現象であるに過ぎな
  い。

A3 いやいや 神は 身の感性でも心の知性でもなく
  それらの経験事象であることを超えている。
   つまり その意味で霊性である。
   霊性なるチカラが 感覚や理性に言わば降りて来る
  んだ。
B3 だとしても それが独り善がりではないと証明する
  ことは出来まい。

A4 独り善がりであると証明することも出来まい。
B4 うむ それはそうなるが。・・・信じるのは 自由
  ということか。

A5 そのとおり。
B5 ん? なら どう認識すればよいのか? 認識がで
  きないではないか。

A6 いやいや。認識し得ないとも 証明し得ない。認識
  し得るとも言い切れない。
B6 どうするんだ?

A7 事態をそのまま把握して言葉にすればよい。
  《神は 知り得るかはたまた知り得ないか それが人
  間には 知り得ない。
  ( incomprehensible incomprehensibility )
B7 ぢゃあ 神はいないと言っても 間違いではない。

A8 神はいると言ってもだ。けれども この《いる》説・
  《いない》説は 両方が同時に成り立つと見ていなけ
  ればならない。
B8 ん? えっ? 

A9 神は 《有るか無いか》の相対的な経験世界を超え
  ているのだから どちらか一方だけに決めることは無
  理だ。
B9 だから 《神は有る》説も《神は無い》説も 同時
  に成り立つって? しかしそうなら 《有る無い》を
  超えたひとつの神をそれとして名づけておけばよいで
  はないか?

A10 《普遍神》?
B10 そうかも。・・・しかし その普遍神が《創造主》
  たぁ 何のことだ? そんなことは聞いてない。どう
  なんだ?
  ★ この世界はどうやってできたのでしょうか?


つづく(?)
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

ふほほ~。
実は自分の頭の中も整理ができなくなりつつあります(笑)

私(人間)が死んだら、神の有無なんて関係ない話で、
私の死=私にとっての神も同時に消えますよね。

生きているからこそ、神の存在を予想(想像・創造?)できるのであり、
いやいや、そんなものは無いのだよ、

この大宇宙はとてつもない年月を経て、色んな偶然が重なった産物なんだよ~というのはわからなくもない。

お礼日時:2021/06/06 12:15

脳神経細胞も生命体ですから活動(脳作用)するにはエネルギーが必要です


思考も脳作用の一つですから思考するにはエネルギーが必要です
脳細胞の基本は「作用」するしないです
この点についてはコンピューターにおけるオンオフと同じです
例えば空腹感を感じたとする
それに応じて次に下記の選択肢から選択するとする
食べない
食べる
食べないを選択した場合
「腹がへったが食べない」
しかしながらそれでは自身が納得出来ないとすると自身が納得するための「理由付」をします。仮に今「仕事中」の場合それを「理由付」として
「腹がへったが今仕事中だから食べない」
それが「思考」の基本です
知性とは理性と感性の総称です
理性・感性どちらも生存戦略の賜物です
ちなみな感性の一つ感情は反応を素早く取らせる為のトリガーです
例えば敵にであって戦闘態勢を素早く取れるようにする為に「怒り」と言う感情が湧くのです
因みに「怒り」と言う感情が湧いて相手を殴る体勢をとったとしても一定時間殴るのを我慢すると「怒り」と言う感情も治まります。
意思については別で回答します
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この回答へのお礼

度々ありがとうございます。

人間の本能的な行動による思考(意思)は、まぁわかるのですが、
我々の意思は変幻自在にいかようにも変わります。

以前の回答で慣性の法則の観点から、規則的な動きを繰り返すのは物質にとって一番楽な状態とありましたが、人間の場合、その法則から完全にハズレてますよね?

いわゆる、生存競争の為の最低限の行動以外にも人間は余計なことを考え(まさに今私がこのような質問を考えつく行為も)、人によっては自我の崩壊(つまり自殺)もあります。

 例えば、自分の置かれた状況が酷かったり悲惨だったりしても、
意思の力によって乗り越える人と、挫折する人と出てきます。

もはや意思の力は慣性の法則とは完全に逸脱しており、私達はなぜ考えるのか?なぜ生きているのか?というところまで着ちゃってます(^^;

先進国の少子化なんて、完全に種の保存からはかけ離れた事象ですし、
生物そのものに備わる「本能」以上に「意思」の力の存在を感じます。

お礼日時:2021/06/06 12:10

この世界とは、宇宙/時空です。

宇宙とは、時間と空間です。その中に物質やエネルギーがあります。時間と空間は、どうやってできたのか。
私は、時間も空間も「初め/始め/誕生/起源」は無く、永遠の無限大の過去から既に存在していた事象で、無限大の大きさと広がりを持ち、無限大の未来まで永遠に時間は流れ続けると考えています。なので、「どうやってできた/誰が創ったのか」とかの問いは、意味を持たない、問う事自体が無駄な事と考えています。その理由を下記に述べます。

時間が無かったら,つまり,時刻も無い,瞬間も無い,時間的な幅が無い/ゼロなら「何」も「存在」できない。すなわち,「無(む)」です。

空間が無かったら,つまり,点も線も面も体積も無い,空間的な大きさ広がりが無い/ゼロなら「何」も「存在」できない。すなわち,「無(む)」です。

真空を「無(む)」だと言う人がいるが、超弦理論の弦/紐/膜やクォーク、素粒子、原子、物質、エルネギーの全てが無くても、真空には時間と空間はある。従って、真空は、「無(む)」ではない。

時間だけでも、空間だけでも、「存在」は、成立しない。この一方だけでは「存在」は成立しない。時間と空間の双方があって、初めて「存在」は、成立する。
宇宙は、なぜ存在している事が出来るのか? それは、「時間」が存在し、「空間」が存在しているからだ。

 時間の無い宇宙をイメージ出来ますか?  時間が無い状態から時間が始まった/初めた/流れを開始した状態をイメージ出来ますか?
空間の無い宇宙をイメージ出来ますか?  空間が無い状態から空間が始まった/初めた/大きさ広がりを開始した状態をイメージ出来ますか?
出来ませんよね。と言う事は、時間の無い宇宙、空間の無い宇宙は、存在しない、ありえないと理解すべきと言う事なのだ。
 ビッグバンで宇宙が誕生して、時間も空間も誕生したのなら、ビッグバンの「前」は、時間は? 空間は? どうなっていたのか?との疑問が湧く。
「無限大の大きさ広がりを持つ空間的に無限大の空間と無限大の過去から存在し無限大の未来まで流れ続ける時間的に無限大の時間が無限大の過去から共に既に存在している」。この時空/宇宙を「母宇宙」と定義します。この母宇宙Aの時空の量子論的な揺らぎが、我々が存在しているこの宇宙Bのビッグバンを138億年前に引き起こし、Bは、Aの「子宇宙」として、Aの時空の中で誕生し、今もAの時空の中で加速膨張し続けていると解釈/理解すると、Bが誕生する「前」の「時間」は? 「空間」は? と言う問いに、Bが誕生する「前」は、Aの時間が流れ、Aの空間が広がっていたと答える事が出来る。
 それぞれが無限大の大きさと広がりを持つ「子宇宙」を無数に無限大個、その時空の中に持っているのが「母宇宙」で、母宇宙の中では、常に無数の無限大個の子宇宙が誕生して、それぞれが母宇宙の時空の中で収縮/安定/定速膨張/加速膨張などの成長を続けているのかも?
 こうした多数の宇宙が存在するとの考えを「マルチバース」と呼びます。
母宇宙は、どのように始まった/誕生したのかは、母宇宙の「定義」から、
「母宇宙は無限大の過去から時間と空間と共に既に存在している」と回答する事になる。なので、母宇宙に始まり/初め/起源/誕生は無い。

創世記では、「はじめに神は天と地とを創造された。地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。」とある。「はじめに」とは、時間を指す言葉だ。「やみが淵のおもてにあり」とは、「やみ」や「淵」が存在し、これらが存在できる「空間」がある事を意味する。神が天地創造を開始した時には、既に時間も空間も存在していたのだ。
 では、これらを創ったのは何なのか? これらは何故、存在していたのか?
聖書は答えていない。

宇宙は、なぜ存在し、宇宙は、どうしてどのようにして始まったのか?

神が創ったのなら、

_神は、なぜ存在し、_神は、どうしてどのようにして始まったのか?

こう記述すると、宇宙と神は同じです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

実はここのお礼を書いているうちのもう1つのことを思い浮かびました。

「時間」と「空間」が初めから存在していた。
それに加え「意思」も存在するのではないかと。

時間と空間があって、物質が発生してもそこに「意思」が無いと、
生物も自然も、淡々と機械のように法則に従って、動くだけではないかと。

お礼日時:2021/06/06 12:02
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