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自分が美しいと思うものは他人も美しいと感じているとは限りません。逆も同じことが言えると思います。なぜ人々は美意識がそれぞれ違うのでしょうか。

A 回答 (24件中1~10件)

人それぞれ性格や感じ方、経験が違うからかな…♪



美しいものに感動するのって、心の栄養だと思います。

きれいなものや繊細なものに癒されたり、優しい気持ちになれたり、華やかなものや鮮やかなものに元気や勇気をもらったり、自然や人の姿に強さを見たり、感動したり…

きっと、その人の性格や経験によって、欲しい栄養剤が違うからかな…(^^)
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この回答へのお礼

みなさん、たくさんのご回答をお寄せいただき誠にありがとうございます。いずれも大変勉強になりました。

お礼日時:2021/06/04 15:54

美意識が違うと思っているのは微細な差にこだわる本人たちだけで、


別の集団から見ると、誤差のうちに入ってしまって、ほぼおなじなのではないですかね。
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美意識がみんな同じだったら どうなるか考えて見るとよい。

美男美女は ほんの一握りの人に限られ、大部分の人々は結婚できなくなる。芸術家、アーティスト、アーチスト(同じ意味の言葉だけど私なりの使い分けがある。)とかも、ごく一部の人しか生き残れない。世の中、随分と単調になり、生きるに値しなくなる。
 多分、美意識が それぞれ違うからこそ人間は生き残ったのだろう。
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人それぞれ価値観や性格が違うから当たり前じゃん。

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価値観の差です。



みんなが同じ顔をして同じ考えだったら面白いですか??

そんな世の中・・面白いわけがない、、
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それが個性という物です。

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清朝の詩人王漁洋の詩に



十日雨糸風片裏。
濃春烟景似残秋。

という句がある。
ものに感じやすい人は、必ず経験していよう。
花もまだ散らない春の盛りに、どうかすると雨にもならず曇った儘に暮れていく黄昏の、疲れたような静けさと、なにか誘い出すような肌寒さとが、ふいとあの悲しい秋の暮であるような感じをさせることがある。
ちょうどそれと同じよう三十歳は、男の盛り、その盛りを意識する強い豪慢な心の底に、ふいと感ずるともなく感ずる寂寞の思いの、いかに悲しく、いかに気味悪いであろう。
初冬の凍った明るい朝なぞ、忽然冷えきった鏡の面に、こめかみの白髪を見出したときの驚愕、絶望、それは、事実に対する恐怖であるが、これは、自分の心が生み出す空想の恐怖である幻覚である。
たった二、三年前までは「白髪花前又十年」等といって、こと支那の詩人が喜んで歌った老境に対しても、人には、誰でもDecadenceの趣味があるもので、僕は、荒廃した宮殿の跡に月の光の彷徨うごとき詩景を思い浮かべることもできたが、いざそれが目の前に迫ってきたかと思うと、僕は、もう夜半の枕頭に時計の響きを聞くさえ堪えられない心地がしだした。
白髪の生えぬうち、皺一つ寄らぬ内、もう一度、あの情死を約したような恋がしてみたいとつくづく思い初めた。
肉を毟り心を刺すこの一念は、世間から言えば分別盛りの年齢の僕をして十九、二十歳の青年よりも甚だしく、到る処の艶かしい小路小路を彷徨わせた。
なんという狂乱であろう。
しかし、急せれば急せるほど、僕は、もはやどうしても二十歳のときのよう、他愛なく夢見るように遊ぶことはできないらしく思われた。
生活に対する今日までの経験がなにごとに拠らずすぐと物の真底を見透かして興味を殺いでしまうし、それと同時に、路傍に聞く新しい流行唄等も、僕には、時勢の変遷に従う趣味の低落を悲しましめるばかりで、僕は、あれほど喜んだ歓楽の巷に置いて、かえって他には、感じられない寂寞に襲われる場合が多かった。
僕は、死のうと言った以前の恋人を思い出す。
今頃は、どこにいて、なにをしているのか。
どうかして一度廻り逢いたい。
なぜ僕は、あのとき死ななかったのであろう。
芸術は、果たして恋よりも美しかっであろうか。
僕は、最も麗しいものとして情死を歌ったことはなかったか。
ああ……
僕は、独り寂しく去って返らない過去を思い返すより仕ようがあるまい。
それが詩人の、否、すべての人間の満足して受けねばならぬ運命であろう。

~永井荷風~
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美感に個体差があるのは、脳神経細胞が「ゆらぐ」からです。

「ゆらぐ」ことによって個体毎のバラツキが生じます。
個体毎のバラツキこそが「個性」であり「ゆらぎ」が多様性を生み出しています
具体的に言えば脳神経細胞の「ゆらぎ」が脳神経の働きに影響を与えその影響が脳内ネットワークの構築にも影響を与えるのです
ですから美感の差は「ゆらぎ」であって脳の基本構造には関係ないのです
因みに「美感」に深く関わっているのが「性衝動」です。
性的パートーを選ぶ際の基準に「美」があるからです。他の回答者さんがおっしている「動物としての人と共通な部分」はまさにそれを指していると思われます
但し脳神経細胞のゆらぎによってその対象にバラツキが生じます。
例えば「鉄骨」と結婚した女性がいますがその女性の性的対象が鉄骨である事からその女性の性的衝動と鉄骨とがゆらぎによって紐付けされたと言う事です
それ故にその女性は鉄骨に美を感じているのです
ですから脳神経細胞の本能的働きは共通するが結果は必ずしも共通するわけではありません

人間は社会的な生物種である事から社会的に優位な生存戦略を取ろうとしますし、人に他者と共感し得る能力がある事から多くの人と共通の価値観を持とうしそれが美感に影響します。
但し生理的に合う環境合わない環境がありかつ必ずしもすべての人が他者と共感するわけでもありません。
結果として多くの人達と異なる美感を持ちうるのです
それについても脳神経細胞のゆらぎが影響します
故に他の回答者さんが仰っている
「人間なら皆共通の美感がある」と断言することは出来ませんし「日本人が特に美しいと感じるものがある」についてもすべての日本人に当てはまると断言することは出来ません
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脳の構造に原因があります。



美意識は、情動神経によって
決まります。

その情動は、脳の構造に応じて
三種類に分かれます。

第一・・動物として人に共通な部分

第二・・同じ文化圏に共通な部分

第三・・その人だけの部分



人間なら皆共通に美しいと感じる
モノがあります。

日本人が特に美しいと感じるモノが
あります。

その人だけが美しい、と感じるモノが
あります。
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美感が何に結びつくかによるかで変わるので多くの人達が美しないと断言するような対処でも美を感じる人がいるのはそのためです。

これは脳内のネットワークの発達度合いや複雑度合いとは関係ない事柄です
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