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閔妃は嫉妬深くて旦那の愛人は拷問して追い出したとか言われることがありますが、
イザベラ・バードの朝鮮紀行における閔妃虐殺事件の箇所を読むと、暗殺団が宮殿に乱入したとき、王様や側室がいたという記録が出てます。
側室が何人かいたわけです。
そうすると閔妃に関する嫉妬深くて残虐な性格というのは後世の創作なんでしょうか?

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A 回答 (2件)

高宗には側室が何人かいました。

李坧(純宗)の弟李堈もいますが
その母も含めて権勢に邪魔にならないものは排斥されていません。


閔妃が残虐な拷問をしていたという噂は当時からありました。
「張嬪、朝鮮宮中物語」という本で1894年発効の井上角五郎原案
櫻癡居士(福地源一郎著)のもので、張嬪という宮女を拷問する話。

「7.張嬪ト題スル小説発売禁止ノ件」
(アジ歴 レファレンスコード:B08090006300)

 張嬪と題する小説発売差止めの義に付上申
(中略)
 往々筆を事実の外に走らせたる一部の宮中物語りにして、
 篇中王妃陛下の行跡に関し其輯録する所捏造に出でたる事柄も有之。
 殊に、篇末張嬪最後云々の一段に至っては、
 杜撰尤も甚しき趣に致承知候。

しかし、発行直後には井上馨が直々に、他国の王族に対して
ウソで悪口を書くのは外交問題として発禁処分されました。
ここにもあるように、当時から杜撰な捏造扱いされていますが、
現在はなぜか「発禁は事実を隠すため」という説が多く
それらは特命全権大使(当時)井上馨のこの上申は無視されます。
張嬪は、閔妃の子の李坧の兄である李墡(完和君)の母李氏や
弟の李堈(義和君)の母張氏とは別の女性とされますが、
実際に資料には張嬪の名は見られないので、やはり捏造と思われます。


では、閔妃が残忍でなかったかというとそんなことは無く
自分を取り立てた大院君を嫌って清に幽閉させたり
甲申政変で煮え湯を飲ませた金玉均は刺客を送って暗殺後
死体を凌遅刑にしてバラバラにして各地で見世物にしたうえ
その家族を奴隷としました。

ちなみに、勘違いされやすいのですが「国母」の本来の意味は
国王の母親なので、閔妃は国母というのは間違っていません。
ただし、贅沢三昧で国費を浪費し、国政を私物化して
朝鮮が日本に併合される要因を作ったのは閔妃です。

イザベラ・ビショップは閔妃と面識があったので
朝鮮紀行では悪評はあまり書かれていません。
暗殺の下りも、当時の風説を基に記載しているため
本文では皇太子(李坧)が閔妃が剣を持った日本人に
追いかけられるのを見たとしていますが、
李坧本人は、犯人は禹範善で国母の仇と証言しています。
史料としては優秀ですが、他の史料とも比較が必要ですよね。
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高宗の愛人だった李尚宮のことですね。

彼女は先に長男を産んでいたので、自分の子供を次の王にするために追い出したということでしょう。嫉妬というよりは権力闘争ですね。

性格的には残酷・残忍だったという評価は、韓国以外ではほぼ定着しているようです。非常に頭が良く、弁舌も理路整然。政敵を出し抜く手腕もなかなかのものですね。
惜しむらくは、贅沢三昧が過ぎたということでしょうか。せっかくの頭脳を自分が贅沢三昧することや、そのために国を切り売りするようなことに使ってばかりでしたからね。
国民の恨みを相当買っていたでしょうし、だからこそ、閔妃を襲撃した朝鮮人たちにあのように残忍な殺され方をされたのでしょう。これも彼女の酷薄さと自分の贅沢のために国民を犠牲にしたことの反動でしょうか。

今の韓国では、閔妃は朝鮮人とともに襲撃した日本人に殺されたということになっているので、殉国の人・国母として讃えられていますが、国を滅ぼした最大の張本人であることは間違いありません。
すくなくとも、私には亡国の最大の責任者を「国母」として讃える韓国人の理屈がまったく理解できません。
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