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イザベラ・バードの朝鮮紀行を読んでいたら、収穫期の農民の脱穀シーンが出て来ましたが、道路で地面に米や粟を引きずるようにしながら、ホウキで掃く要領で脱穀していたと書かれてましたが、
当時の李氏朝鮮では脱穀用の器具は普及していなかったのですか?

A 回答 (3件)

半島で水稲が普及するのは日本に併合されている時期で、日本が灌漑設備を作って、寒さに強いイネを持ち込んでからです。



李朝の頃は庶民は雑穀を食べていました。千歯扱き(せんばこき)は日本では江戸時代に開発されましたが、それが持ち込まれるのは併合期のようです。
日本では、千歯扱きができるまでは扱箸(こきばし)という長い鉄箸で帆を挟んでそぎ落としていました。
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当時の朝鮮は世界最貧国という評価でした。


貧乏人は他国にも多かったとはいえ、大半は欧州列強の植民地でしたから、欧州人が経営する農地ではそれなりの近代的農機具も使用されていたでしょうから、当時の朝鮮人農家ではそうだったとしても不思議はありません。
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ある程度普及はしていたと思いますが買えない農民などはそのような代替え手段を使っていたのでしょう

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