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I could never forget the fulfilling days that I spent with him
彼と一緒に過ごした充実した日々を忘れられない。

上記文章は、仮定法の条件節が省略され主節のみで表現されています。
一般的に、仮定法は現実と反する仮定を行うものですが、上記文章の場合、省略されている「if節」は、「どのような印象的なことが起こっても」等(一義的には決まらず、他にも様々な内容が考えられるため等と表記)の「Even if節」の譲歩表現と考えられます。
今回のように譲歩表現の場合、主節の内容は現在と反することがなく、「たとえ~でも同じく~」という意味となります。

これまで私は、「if節」が省略された仮定法と遭遇すると、現実に反することを想像している反実仮想表現と一義的に解釈し読み進め、譲歩のことは頭の片隅にもありませんでした。
しかし、譲歩表現「Even if節」が省略された主節のみの仮定法の場合、「たとえ~でも同じく~」という意味となり、現実に反することを想像しているとして解釈すると、全く逆の意味に解釈してしまう恐れがあることに気づき、少しオーバーですが背筋が凍りました。

つきましては、次の点についてご教示願います。
・条件節が省略された主節のみの仮定法の譲歩表現か反実仮想かの見分け方

質問者からの補足コメント

  • 分かりにくい質問で本当に申し訳ありません。
    譲歩表現も反実仮想も仮定法であり、現在の状況とは異なった状況を想定しているのですが、次の通り現実の状況が逆になってしまいます。
    このため、見分け方をご教示願いたいです。(文意から判断するしかない場合は、文意の中にあるヒント等)

    ●譲歩表現
    現実はは彼と一緒に過ごした日々は忘れておらず、何が起こっても忘れられない。
    ・訳例
    【どのような印象的なことが起こっても】彼と一緒に過ごした充実した日々を忘れられない。

    ●反実仮想表現
    現実は彼と一緒に過ごした日々を忘れてしまっているが、ある反実条件ならば、忘れることはなかった。
    ・訳例
    【(実際には忘れてしまったが)心に刻まれるような印象的なことが起こっていたとしたら】彼と一緒に過ごした充実した日々を忘れられない。

      補足日時:2021/06/24 13:28
gooドクター

A 回答 (10件)

I could never forget the fulfilling days that I spent with him


なかなか洞察力がある質問と思いましたが、この文だけをみて、いろいろと状況を想像してみると譲歩でない条件節がきても成り立つこともありそうな気がします。単独では譲歩を匂わす表現ではありますが、やはり文脈次第なのではないでしょうか。

また、仮定法のIf節は非現実な条件を提示しているのに対して、主節は本人の意思、気持ち、性質などを表しているとしたらそれが表に出るのは状況次第と言うことになります。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

>この文だけをみて、いろいろと状況を想像してみると譲歩でない条件節がきても成り立つこともありそうな気がします。単独では譲歩を匂わす表現ではありますが、やはり文脈次第なのではないでしょうか。

仮定法ではない直接法の「if節」の文章でも譲歩表現の場合があり、仮定で読んで文意がつながらない場合は譲歩表現ということになりますが、仮定法の主節のみの表現も同様に文意で解釈するということで理解いたしました。

お礼日時:2021/06/27 09:07

No.8 です。




> 仰っておられるのは、文法的には、仮定法の反実仮想も考えられるが、文意から仮定法の譲歩表現としか解釈できない。私の質問の回答つまり、文意で判断する他ないと受け止めて宜しいでしょうか。

違います。「仮定法の反実仮想」だと申し上げたつもりでした。そもそも「仮定法の譲歩表現」というものが存在するとは思っていません。

「譲歩表現」という意味合いを生み出しているのは “even if” という接続詞です(あくまで “even if” で導かれる従属節が省略されていると考えた場合の話ですが)。で、その “even if” で導かれる節内の法が仮定法だということです。「譲歩表現」と「仮定法」は別次元の話です。


> 反実仮想あるいは譲歩表現と、どちらとも取れる場合は、意味が逆になってしまいますが、

すみません。何を疑問に思っておられるのかが、まだよく分かりません。

「意味が逆」といいうのは、補足に挙げられた2つの訳例において、「●譲歩表現」の方は「現実には彼と一緒に過ごした日々は忘れていない」ことと「●反実仮想表現」の方は「現実には彼と一緒に過ごした日々を忘れてしまっている」のことを言っておられるのでしょうか。だとすれば、No.8 にも書きましたが、後者の方で「何を反実仮想しているのか」の捉え方が違っているため意味が逆になっていると感じられているのだと思います。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

>「譲歩表現」という意味合いを生み出しているのは “even if” という接続詞です(あくまで “even if” で導かれる従属節が省略されていると考えた場合の話ですが)。で、その “even if” で導かれる節内の法が仮定法だということです。「譲歩表現」と「仮定法」は別次元の話です。

譲歩表現と仮定法を並立して表現したので違和感を与えてしまっていました。
あくまでも譲歩表現の中には仮定法を使うものがあり、仮定法の全てが含まれる訳ではないですよね。


>「意味が逆」といいうのは、補足に挙げられた2つの訳例において、「●譲歩表現」の方は「現実には彼と一緒に過ごした日々は忘れていない」ことと「●反実仮想表現」の方は「現実には彼と一緒に過ごした日々を忘れてしまっている」のことを言っておられるのでしょうか。だとすれば、No.8 にも書きましたが、後者の方で「何を反実仮想しているのか」の捉え方が違っているため意味が逆になっていると感じられているのだと思います。

まさに仰るように、反実仮想には変わりないのですが、何を反実仮想しているかが違うために、意味が逆になってしまうと言うことを表現したかったのですが、言葉足らずでした。
文意で判断ということですよね。

お礼日時:2021/06/26 23:07

No.1 です。

ご質問の趣旨をちゃんと理解できているかどうかまだ心許ないのですが、違っていたら、またご指摘ください。

補足中に「譲歩表現も反実仮想も仮定法であり」とお書きですが、当初のご質問には「今回のように譲歩表現の場合、主節の内容は現在と反することがなく、『たとえ~でも同じく~』という意味となります」とお書きになっています。この2つの記述は矛盾しているように思えて、よく理解ができません。質問者さんが譲歩表現をどう解されているかは一先ず措くとしても、ジーニアス英和では、「if節では仮定法も可」と言っています。更に、ネット上には、下記のような資料もあります。even if が導く節中では、直説法も仮定法も使えて、直説法を使った方が仮定法の場合よりeven if 節中の状況が実現する可能性が高いということです。
https://eigobu.jp/magazine/even-if#heading-5528

下記サイトの2ページ、冒頭部分は “If節に過去形が現れた文の表す「時間関係」と「現実性」は「過去形からの推論」と「文脈からの推論」との相互作用によって決定される” と言っています。If節のない主節だけの仮定法についても同じことが言えるのではないかと思います。なお、ここに言う「文脈」は、「『副詞類』に限らず、『話者の百科事典的知識』」までも含んだ広い概念とのことです(下記サイト4ページ、下から5行目)。
http://pragmatics.gr.jp/content/files/SIP_002/SI …

“I could never forget the fulfilling days that I spent with him” という文において “could” を仮定法だと解釈すれば、「彼と一緒に過ごした充実した日々を忘れことなど到底できない」という意味になるものと思います。
講談社英和中辞典 could の項
4《仮定法3:感情的な表現》なんなら〔ひょっとして〕・・・しうる;《否定文で》とうてい・・・しえない。 - 一部略 - I couldn’t think of that. そんなことはとうてい考えられない。

仮定法が表しているのは、質問者さんが補足にお書きのように「現実は彼と一緒に過ごした日々を忘れてしまっている」ことに対する反実仮想ではなく、「現実には忘れることなどできない」ことに対する肯定文での「なんなら〔ひょっとして〕・・・忘れることができうる」という反実仮想になり、それの否定は「とうてい・・・しえない」となる、といったようなことかと思います。この理は、省略されている “even if” の導く節中が仮定法である場合でも同じだと思われます。「現実は彼と一緒に過ごした日々を忘れてしまっている」のであれば、そもそも彼と一緒に過ごした日々のことについて言及することは考えにくく、「現実は彼と一緒に過ごした日々を忘れてしまっているが、ある反実条件ならば、忘れることはなかった」という内容を表現するような事態を想定するのは難しいのではないでしょうか。

“I could never forget the fulfilling days that I spent with him” という文で、この “could” を直説法の “can” の過去形と解釈して「彼と過ごした充実した日々を忘れられなかった」といような意味にしたければ、“I could never forget the fulfilling days that I 【had】 spent with him” としなければならないのではないでしょうか(理由はお分かりと思いますので割愛します)。この理は、省略されている “even if” の導く節中が直説法である場合も同じだと思われます。

以上のことから、ご質問に提示の “I could never forget the fulfilling days that I spent with him” は仮定法と解すべきものであり、“could” は、「現実には忘れられないことの反実仮想として『なんなら〔ひょっとして〕・・・忘れることができうる』という意味で、その否定文であるから、『とうてい忘れられない』」となるものと思います。仮に省略されている従属節が “even if” が導くものであって、その従属節中が直説法で記述されていたとしても、それは、話者が「従属節中で述べられている状況が実現する可能性が仮定法で記述されている場合よりも高い」と認識していることを表すだけで、主節の意味に変わりはないと思います。

以上のことから、ご質問されている “譲歩表現と反実仮想表現を見分ける” ということ自体が意味を持たないのではないかという気がします。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。
私の分かりにくい質問を解釈しようとされていただいたこと感謝いたします。

>補足中に「譲歩表現も反実仮想も仮定法であり」とお書きですが、当初のご
質問には「今回のように譲歩表現の場合、主節の内容は現在と反することがな
く、『たとえ~でも同じく〜』という意味となります」とお書きになっていま
す。この2つの記述は矛盾しているように思えて、よく理解ができません。

当初の質問は、「今回のように『仮定法の』譲歩表現の場合、~」を意味して
おりました。ただ、仮定法ではなく直接法であっても、譲歩表現の場合、主節
の内容は、『たとえ~でも同じく〜』という意味となるので、私の表現が不十
分であるため、混乱させてしまい申し訳ありませんでした。

>「現実は彼と一緒に過ごした日々を忘れてしまっている」のであれば、そも
そも彼と一緒に過ごした日々のことについて言及することは考えにくく、「現
実は彼と一緒に過ごした日々を忘れてしまっているが、ある反実条件ならば、
忘れることはなかった」という内容を表現するような事態を想定するのは難し
いのではないでしょうか。

及び

>以上のことから、ご質問されている“譲歩表現と反実仮想表現を見分ける”
ということ自体が意味を持たないのではないかという気がします。

仰っておられるのは、文法的には、仮定法の反実仮想も考えられるが、文意か
ら仮定法の譲歩表現としか解釈できない。
私の質問の回答つまり、文意で判断する他ないと受け止めて宜しいでしょう
か。

議論を振り出しに戻してしまい恐縮ですが、今回は、文意からの解釈が可能で
あり、概して文意で解釈しなければならないことは理解できたのですが、反実
仮想あるいは譲歩表現と、どちらとも取れる場合はは、意味が逆になってしま
いますが、其の場合は、文章作成者が誤解のない表現をするため、心配無用と
いう理解で宜しいでしょうか。

お礼日時:2021/06/25 13:06

例えば下記例題に置いて、譲歩のevenが省略されれるこがある↓



(Even) If I were rich, I would not give money to him.
たとえ私がお金持ちだとしても、彼には金をやらない。

要するに文脈でevenが省略されてるかどうかを判断するのは分かる。

しかしif節もないのにそれが譲歩(evenの省略)か仮定法なのかなど判断などできるはずがない。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

参考にさせていただきます。

お礼日時:2021/06/25 13:16

まだ理解されてない。

if節がないのに何故に仮定法になるのですか?
仮定法の意味を持つのは

① 仮定法現在
② 仮定法過去 (if 節が伴います)
③ 仮定法過去完了 (基本としてif節が伴いますが、主節だけでif節が無くとも仮定法の意味を持つ。多分、この例外が仮定法過去②の主文にも当てはまると間違った解釈をされてる)

I could have never forgotten the fulfilling days that I (had) spent with him.

ならば貴方の言う仮定法の意味を持つ。

前から言っているように助動詞は全て(will, would, can, could, may, might etc.)推量の意味を持つ。違いは確信度だけです。

仮定法過去完了の主節以外はif節がないなら仮定法とは思わないこと。

I will never forget the fulfilling days that I spent with him
I would never forget the fulfilling days that I spent with him
I could never forget the fulfilling days that I spent with him

どれが仮定法の意味になるの?
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

助動詞の過去が出てくるといまだに身構えてしまします。
貴方の仰るように解釈すればよいのですが、頭に様々なことが浮かんできて、残念ながら未だに悩んでしまいます。

まだ、慣れるまで時間がかかりそうです…。

お礼日時:2021/06/25 13:15

こんな用法もあり:



could
〔主節だけの場合;婉曲的な表現〕…できるだろう;…かもしれない
He could do it.
彼ならできるだろう
It could be true.
本当かもしれない
Could you have left your umbrella at the bus station?
もしかしてバス停にかさを置き忘れませんでしたか
https://dictionary.goo.ne.jp/word/en/could/#ej-1 …
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

助動詞の過去が出てくるといまだに身構えてしまします。
まだ、慣れるまで時間がかかりそうです…。

お礼日時:2021/06/25 13:13

もしそのような場合はif節の省略はできないのではないでしょうか? 実際は忘れていると解釈するには無理があると思います。

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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

お礼日時:2021/06/25 10:41

tried

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この回答へのお礼

訂正ありがとうございます。

お礼日時:2021/06/24 13:33

この文は普通に考えて "(even) if l trid" 「もし仮に忘れようとしたとしても」が省略されていると思います。



でも実際は特に忘れようと試したわけではなく単に誇張で「仮にそうしたとしても!」と言うニュアンスを入れるために事実に反した仮定法の形をとっているだけだと思います。
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この回答へのお礼

ご回答有難うございます。

Snoopy58さんの解釈は、譲歩ですよね。
次の反実仮想表現と解釈する人は皆無なのでしょうか。
可能ならその理由をお教えいただけると有り難いです。

●反実仮想表現
現実は彼と一緒に過ごした日々を忘れてしまっているが、ある反実条件ならば、忘れることはなかった。
・訳例
【(実際には忘れてしまったが)心に刻まれるような印象的なことが起こっていたとしたら】彼と一緒に過ごした充実した日々を忘れられない。

お礼日時:2021/06/24 13:33

> しかし、譲歩表現「Even if節」が省略された主節のみの仮定法の場合、「たとえ~でも同じく~」という意味となり、現実に反することを想像しているとして解釈すると、全く逆の意味に解釈してしまう恐れがあることに気づき、



仰っていることの意味がよく分からないのですが・・・。仰っているようにご提示の文で省略されているのが “Even if how impressive thing would happen” とかだったとした場合、『「たとえ~でも同じく~」という意味とな』るのであれば、その結果、文全体としてはどういう訳文になるとお考えなのでしょうか?

ご提示の “I could never forget~” の文について、
(1)条件節が省略された主節のみの仮定法を譲歩表現と考えた場合の訳文
(2)条件節が省略された主節のみの仮定法を反実仮想と考えた場合の訳文
をそれぞれ提示していただけませんでしょうか。
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この回答へのお礼

分かりにくい質問で本当に申し訳ありません。
譲歩表現も反実仮想も仮定法であり、現在の状況とは異なった状況を想定しているのですが、次の通り現実の状況が逆になってしまいます。
このため、見分け方をご教示願いたいです。(文意から判断するしかない場合は、文意の中にあるヒント等)

●譲歩表現
現実はは彼と一緒に過ごした日々は忘れておらず、何が起こっても忘れられない。
・訳例
【どのような印象的なことが起こっても】彼と一緒に過ごした充実した日々を忘れられない。

●反実仮想表現
現実は彼と一緒に過ごした日々を忘れてしまっているが、ある反実条件ならば、忘れることはなかった。
・訳例
【(実際には忘れてしまったが)心に刻まれるような印象的なことが起こっていたとしたら】彼と一緒に過ごした充実した日々を忘れられない。

お礼日時:2021/06/24 13:28

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