高校時代に使っていた日本史の資料集に載っていた、如意輪観音像の実物をずっとみたいと思っています。
細かくは覚えていないのですが、特徴は…
 手が6本(8本?)ある 
 あぐらをかいている(片方は下ろしていたかも)
 全身が金色
 腰を少しくねらせていて、とても官能的
 法隆寺とかにある仏像よりももっと肉感的(ふっくら?ぽっちゃり?)
こんな曖昧な情報でいいのかもわかりませんが、何しろ10年以上前のことなので、記憶も薄れています。
資料集の写真なので、公開していない仏像である可能性もありますが、それでも、どこのお寺にあるかは知りたいなあ、と思っています。
如意輪観音像ならこのお寺にあるよ、とかでも構いません。何かご存知の方は教えてください。よろしくお願いします。
ちなみにその資料集は、A4横開きで、表紙の色が薄い黄色かベージュ、後ろに相当なページをさいて年表が載っているものです。(出版社名は覚えていません)

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A 回答 (4件)

如意輪観音像の彫刻遺品であると思われますが、現在、日本国内には文化財指定


のものだけでも約40件ほどの遺品が伝わっています。
なかでも有名なのは大阪観心寺の像と、京都願徳寺の像で、この2件が国宝に
指定されています。したがって、教科書や参考書に掲載されるのは、そのどちらか
であると思います。なお、如意輪観音像は基本的な姿勢がどの像も同じですので、
貴殿の知りたがっておられる像につきましては、やはり写真そのもので確認させて
もらえば、より確実になってくるかと思います。
また、如意輪観音像関連の文献については、沢山ありますが、至文堂の日本の美術
シリーズに含まれるものが適当かと思います。ナンバーは312番です。
なお、当方は仏教彫刻史専門の在野研究者のひとりです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
願徳寺ですね。
インターネットで「願徳寺」で調べても、写真は出てこなかったので、
自分で調べてみることにします。
情報ありがとうございました。

お礼日時:2001/09/19 22:03

高校の日本史に出てくる如意輪観音像には観心寺のものしかありません(高校で習うほどの文化史的価値のある如意輪観音像はこれくらいしかないのです)。

ほぼ全ての高校日本史の資料集に載っているはずですので、本屋の高校参考書のスペースで立ち読みして確認されるとよいと思います。

ちなみに、観心寺如意輪観音像は平安初期仏像彫刻として一括される仏像の一つです。平安初期仏像彫刻は、それぞれが強い個性を持つことを特長とし、この観心寺如意輪観音像は、特に官能的なことで有名です。
(参考)平安初期彫刻の謎 : 天平の終焉と新時代の仏師たち / 松村史郎著. - 東京 : 河出書房新社 , 1988.12.
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おそらく、大阪府河内長野市にある、観心寺でしょう。

ふっくら、ぽっちゃりです。官能的でもあります。蛇足ですが、奈良にも、すばらしい、仏像のあるお寺がたくさんありますので、大阪、奈良で小旅行などいかが。
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この回答へのお礼

そうですね。奈良は大好きです(^^)。個人的には京都よりも好きですね。
いつか、ひとりでゆっくりお寺を巡ってみたいと思っています。

お礼日時:2001/08/27 01:12

自信ありませんが、観心寺(大阪府)の如意輪観音像はどうでしょうか。

毎年4月17,18日の両日特別開扉されるそうです。
写真は
http://www.fin.ne.jp/~ms25/atorie/hotoke2.htm
説明は
http://www.japan-net.ne.jp/~jm2bpm/kanjinji.htm
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
写真を見てみたのですが…なんだかちょっと違うような…。
姿形は確かに同じだと思います。
(如意輪観音像って、みなあの格好なのでしょうか?)
でも、もっと全身金色で、目が大きかったような気がします。
写真を見たおかげで、だいぶ思いだしてきました。ありがとうございます。

お礼日時:2001/08/27 01:09

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亡き伯父が趣味で彫った仏像ですが、
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そこで伯父がどこにある仏像を手本にしたのか知りたいのです。
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おわかりになる方ありましたらよろしくご教授お願いします。

画像はこちらも参考にどうぞ http://blogs.yahoo.co.jp/alfasalon/65190259.html

Aベストアンサー

No.1です。
奈良薬師寺金堂の薬師三尊像です。向かって左側が月光菩薩です。
この像がモデルと思います。因みに国宝です。
写真は、下のサイトからお借りしました。
http://www.bell.jp/pancho/k_diary-16/2015_07_31.htm

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そのポーズは、生まれたての嬰児に甘露の水をそそいでいる姿です。

http://pddlib.v.wol.ne.jp/photo/stamp/hibokanon.htm

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こんにちは。
 仏像の好きな方は沢山いらっしゃいますが、ほとんどが個人的に楽しんでいらっしゃるので、なかなか複数の人数で集まるということが起りにくいようです。と言うよりも、ひとりで仏像を見て回る、というのが日本人の大部分の仏像ファンのあり方なのだろうと感じています。
 そういった仏像ファンの多くは、仏像と対面している時の時間をものすごく大切にされますし、自身にとって素晴らしい時間だから心行くまで楽しみ、同時に仏像の前で自分に向き合っていろいろ思うのでしょう。それが面白く価値ある瞬間だから、多くの方は一人で仏像めぐりをすることを好むのかもしれません。
 仏友、というのは、私自身は、「仏像と対面している時の時間や、仏像と対面して自身を見つめなおしてゆく時間を、分け隔てなく共有出来る存在」なのだろうと思います。仏像の趣味が同じ、とか、一緒に仏像を見に行く、だけの相手は、仏友というよりは単なる同行者に近く、仏像との瞬間を共に共有し後々まで語り合ってゆけるかどうかは疑問です。
 私は「仏友」に近い概念は、たぶん「戦友」という言葉にあるのだろうと常々思っていますが、仏像巡りを真剣にやればやるほど、それだけ共感や結びつきを強く持てる相手でないと一緒に熱中し共に感動しあうことが出来ないことをこれまでの経験からなんとなく理解しております。
 親友であれば、色々なことを自由に自在に話して楽しんで一緒に笑うことも出来ますが、それは主観的に終始するし、馴れ合いにもつながります。戦友は、共に必死になって事にあたりますから、それ以上の結びつきがあり、主観よりも客観的な考え方をもってシビアになれる面があり、時には仏像見学の後で議論したり喧嘩したり罵り合ったりも出来ます。そういう友人は、ある意味では親友よりも信用出来ます。
 私は、自身が仏像の研究者であり、仏像ホームページの代表も兼ねているせいか、仏像巡りというのは楽しさよりも、苦しさやしんどさの部分のほうが大きいなあ、といつも感じています。そういう場合でも一緒になって突き進んで、私がへたばったら「この野郎、立て、そんなことで仏像に出会えると思ってるのか!」と怒鳴りつつ、強引に腕を引っ張って立たせてくれる相手がいてくれたら、ものすごく心強いです。生死を共にする、といえば大げさですが、少なくとも気持の上ではそれに近いものを共有し一緒に寺を目指す戦友のような存在こそが、最高の「仏友」になってくれると思うのです。
 そういう「仏友」を得ようと思った時、私はまず自分で行動することが肝心だと思い、色んな方法をとりましたが、寺や博物館で仏像を熱心に見ている仏像ファンらしき人に声をかける、ということだけは絶対にやりませんでした。彼らは彼らの仏像との時間に浸っており、その大切な時間を邪魔してはいけないと感じていたからです。仏像ファンの誰もが前向きに出て話せる場でなければ、声をかけても話題が生まれにくいと思っていたのです。ですからネットのメーリングリストやチャットへの参加、同好会への参加、仏像見学ツアーへの参加、ホームページなどの掲示板での交流、などの方を積極的にやりました。同時に仏像の文章や論文などを投稿したり発表したりしている人に手紙やメールを送ったり、博物館の講座や講演会の後に行われる交流勉強会などで同席した人と話したりして、一人、また一人と「戦友」を増やしていきました。そういう方法のほうが、仏像巡りの相手を見つける早道だと思っていたからです。
 その何人かが私たちの仏像ホームページのメンバーに加わってくれ、現在に至っています。そうした仏友(実際には戦友に近い)たちと行動していて実感する言葉が「一蓮托生」です。好きとか楽しいとか、そういう次元よりももっと上の何かがあり、「こいつらとなら苦労も生死も共に出来そうだ」なんて真面目に思ったりしてしまいますが、そう感じられること自体がとても幸せなのだということに、最近気づいたので、いまでは感謝しながら彼らに接しています。
 仏友、というのは本当に難しく、苦労なしには得られないレベルの友人なのだな、と思いますし、それだからこそ自分で色々アタックしたり方法や機会をフルに使って自身にとっての最高の仏友を根気よく探しつづけるべきだと思います。楽な方法では、決してよい友には巡りあえないと思います。まずはチャレンジ精神をもって自分の足で動いて探しに出かけてみてください。

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Q阿弥陀像と釈迦像の違い

後光がありOKサインをしてたら阿弥陀様とわかるのですが、
後光もなく、手が座禅ポーズ(禅定)で、隣にほかに仏像もない場合、(例えば鎌倉大仏でしょうか)、
阿弥陀像と釈迦像の違いを教えてください。

Aベストアンサー

 鎌倉大仏の印は・・・先程の印の説明文をコピーしますが

  上生 じょうしょう ひざの上で手を組む。親指と人差指で輪を造る。
    坐像(ざぞう=座った姿)では一番多いタイプです。阿弥陀の定印とも呼ばれます。


 釈迦如来坐像でぱっとみ、この鎌倉大仏と同じように見える印は

定印(禅定印)…心の安定を表わす身振りで、釈迦が悟りを開いたときの姿をとらえたもの。
      ぜんじょういん
          膝の前で掌を上に向け、左手の上に右手を重ね、親指の先を合わせた印で、
          釈迦が瞑想している時の姿を表わす。
          阿弥陀如来の場合は、阿弥陀定印(あみだじょういん)、
          胎蔵界大日如来の場合は法界定印(ほうかいじょういん)と言う
                        

    親指と人差指で輪っかを作ってない印ですね。


 URLを表示して丸投げをしているとおっしゃいますが、一番わかり易いだろうなぁと思うものを私が検索し、質問者さんご本人が画像などを目で見て説明文を読んでもらうほうがよりよく理解できると思いますし、納得されると思います。

 まあそういう行為を丸投げって言われればそれまでですが。

 丸投げだとお思いになって気分を害したのなら申し訳ございません。

 私はこの質問に対して多くの時間を費やさせてもらって、私自身も勉強になりました。

 なので、まだ納得できない場合はご自身で色々調べてみてください。
 

 
 

 鎌倉大仏の印は・・・先程の印の説明文をコピーしますが

  上生 じょうしょう ひざの上で手を組む。親指と人差指で輪を造る。
    坐像(ざぞう=座った姿)では一番多いタイプです。阿弥陀の定印とも呼ばれます。


 釈迦如来坐像でぱっとみ、この鎌倉大仏と同じように見える印は

定印(禅定印)…心の安定を表わす身振りで、釈迦が悟りを開いたときの姿をとらえたもの。
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          膝の前で掌を上に向け、左手の上に右手を重ね、親指の先を合わせた印で、
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Q阿弥陀如来像と釈迦如来像の違い

インターネットの中で仏像の説明で(清朝時代に制作されたものとの説明あり、戦争当時の略奪品とありました)釈迦如来像とありますが、坐像で光背はありません。印は上品下生印の来迎印です。仏像の解説の中に(阿弥陀如来像は,禅定印と来迎印の像がほとんどです。坐像の場合は,禅定印・来迎印の両方の像があるのですが,立像の場合は,来迎印のみなのです。ですから九種類の印があっても禅定印と来迎印さえ覚えておけば,阿弥陀如来を簡単に見分けることができるのです)とあり阿弥陀如来かと思うのですが、釈迦如来像にも上品下生印の来迎印はあるものでしょうか。

Aベストアンサー

釈迦の来迎印はないと思います。
なぜなら、来迎印とは、阿弥陀の本質を表しているはずだから、です。


私も、やはり来迎印に似た印を結んでいるかも、と思います。来迎印は、基本的に「左右OK」マークですよね。


釈迦如来に、それによく似た印を結んだものがあります。
「右手の指まっすぐ・施無畏印」「左手指まっすぐ・与願印」の像です。

もちろん、両方ともポーズは同じです。


もし来迎印をとっていて、なおかつ釈迦であるというなら、それを書いた方が間違えたか、かなり特殊な例ではないかと思います。


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