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「神」が実際に存在しなかったとしても、人類の心の安定において「神」(宗教)を定義づけることは必要不可欠だったと考えます。

 「神」が実際いるかどうかは大して重要ではなく、自分の心を安定させるために必要不可欠だったと最近になってようやく気付きました。

この考えは間違えでしょうか?(確認の意味を含め)

gooドクター

A 回答 (8件)

まずですね。

質問者様の「神」というのはかなり「一神教的な神のイメージ」に染まっていると思うんですね。

たとえば質問者様は「私の中では創造主(=神と言って差し支えない)はいるとは思ってます」と書かれていますが、日本のような多神教だと「この世界そのものを作った神」というのは存在しないのです。

だって創造主がいるなら、それだけが「神」で後の神々は「創造主が作ったモノ」になってしまうからです。創造主がつくったらなら人間と同列になってしまいます。

で、この点に注意を払うと質問者様の「そうなると宗教はなんぞや?ってことになりませんか。」の答えが見えてきます。

実は元々「神」というのは「哲学」と同等だったのです。だからギリシャでは神話の神々はそれほど重視されず、哲学で「人々を幸福(心の幸せ?魂の救済?)へ導くための道しるべ」を議論していました。

ギリシャでの「神」は自然現象を説明するための概念(今でいう科学)で、必ずしも「人々の救済」ではありませんでした。

一神教が生まれる前は世界中どこでも同じ、ただし日本のようにまだ知識があまりにも未熟だと「日食はアマテラスが怒ってお隠れになったんだ!」と恐れるようなこともあったわけです。逆に古代ギリシャでも古代中国でも天文学が発達した後は、日食も月食も「自然現象」と理解されたわけです。

 日本の場合「神道」はアニミズムから進化することなく、仏教が哲学を担うようになり「魂の救済」と言う方向に進化していきました(日本仏教は仏教国の中でも、親鸞などが提唱する「仏による救済」という原理が発達しています)

では「創造主」を標榜する神、つまり一神教はなぜ生まれたかと言うと「強烈なヒエラルキーを社会が必要としたから」です。

一神教を作ったのはユダヤ人ですが、彼らはかなり移動していて、「相当に強力なリーダーシップが必要だった」のです。モーセはその最たるもので、神(紛らわしいのでヤハウェと呼ぶ)から十戒を授かり、ものすごく苦労してカナンに到着します。

この間、人々がモーセをリーダーとして信頼するには「ヤハウェの言葉」が必要だったでしょうし、それを「救済」として信じさせることが人々にとってモーセを必要とする理由になったわけです。

結局ユダヤ人達はカナンにたどり着き、初期のイスラエル王国を作りますが、この王国には人間の王がおらず、ヤハウェが王だったのです。
 つまりヤハウェを頂点としたヒエラルキー(階級社会)が可能であったわけです。

これがヤハウェによる「魂の救済」という概念の原点です。今の欧米はキリスト教、アラブ社会はイスラム教で世界の2/3まではヤハウェが支配していますので、「神」を考える時にどうしても「ヤハウェの宗教の概念」に陥りやすくなるのです。

ヤハウェを信じる人々にとって、ヤハウェは唯一絶対神であり、創造主であり、魂の救済ができる存在ということになります。ヤハウェは哲学も引き寄せ「ヤハウェが実在するかどうか」を考えるスコラ学が中世以降の哲学の基礎になっています。

日本には「哲学がない」と言われますが、それはある意味当然で、一神教的な哲学(スコラ学)は日本では発達しえなかったし、インド哲学は禅として理解されたものの、魂の救済は「絶対他力」に代表される日本的な仏教哲学が利用されたからです。


以上のような概要を踏まえて、個別に回答します。

>「神」が実際に存在しなかったとしても、人類の心の安定において「神」(宗教)を定義づけることは必要不可欠だったと考えます。

はいその通りですが、に限定する必要はなく仏もいますし、日本には神道(アニミズム)もあります。どのような「神」を選ぶかはその人次第です。

>「神」が実際いるかどうかは大して重要ではなく、自分の心を安定させるために必要不可欠だったと最近になってようやく気付きました。

だから「どのよう神を選ぶかはその人次第」なわけです。
ただ、この論法には注意が必要で、日本のように元々多神教の場合は「自分が神(仏)を選ぶ」という考え方が存在する、わけです。

しかしイスラム教の文化では「神を自分で選べる」と主張しても「アラー(ヤハウェのアラビア名)は偉大なり。アラー以外に神はいない」で話が終わってしまいます。

逆に先進国(欧米)で精神を病む人が多いは、元々一神教の価値観でありながら、様々な神を選べるようになったため「なにに魂の救済を求めるべきなのか分からない」ことになったからです。その結果欧米ではローマ時代に戻ったように多神教的な考えを持つ人がどんどん増えています。

> 私なりに思ったのは宗教を通じて、自分の心を高い次元へ持っていくことが、結果的に自身の幸福(幸せ)に通ずるのではと愚考します。

その通りですが、たとえば仏教の解脱なんかはまさに「自分の心を高い次元」に引き上げてくれますが、一神教からみればこれはトレーニングであって宗教ではない、どれだけ頑張っても「哲学止まり」です。
 でも日本人は仏教を宗教と認識するわけです。

自分の心を「高い次元」にもっていくのは、宗教でも哲学でもいいです。
何を選ぶか、それを実践できるか、が重要なのだと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
詳しく感謝です。
一神教の方々は辛いですな。

 日本人はそういう意味ではフリーダム。

>自分の心を「高い次元」にもっていくのは、宗教でも哲学でもいいです。

→なるほど。
問題は「高い次元」も人それぞれ違うんですよね(笑)

変な話、我々は全員同じ視界(視力・視野)で景色や相手を見たり、
同じ味付けの料理を食べますが、それによってどう感じるかは「個人差」があります。

同じ「おいしい」も
同じ「きれい」も

正確には違う。

だから「高い次元」とやらも恐らく違うものでしょう。
※何をもって高い次元とするかの定義もまた違うでしょうし。

ほんと、人とは何ぞやです(^^;

お礼日時:2021/07/03 19:31

確率論や生物学的/物理学的/化学的に諸々と考えて見ても、卵生の生物から胎生の生物に分化(いわゆる 進化)した事が「時空/宇宙/神」に何らかの意思や目的があるのでは無いのかと思わせる/そう考えざるを得ないのでは無いのかと 思えてきます。

何か理解しがたい事象を説明するのには「神」と言う概念は必要なのかも知れません。
 地球に生命が生まれた確率は10の4万乗分の1、つまり、50mプールの中に腕時計の部品を投げ込んで、水の流れだけで時計が組み立てられるのと同じくらいの確立だと言う。我々が存在しているこの宇宙がビッグバンで誕生してから約138億年と言うが、50mプールに時計の部品を投げ込んで、138兆年、138京年の間、待って居たら水流で時計が完成するのか? 多分、幾ら待っても永遠に待っても水流で時計は完成しないだろう。
 卵生で卵を産んで繁殖していた生物が、どうして、突然/唐突に子宮で子を育て産み落とす胎生に変化したのか? DNAの突然変異が徐々に蓄積されて卵生から胎生に分化(進化)したとの説明は非常に困難だ。卵や卵の殻を作るのを止める/子宮を完備し母体と胎児を臍の緒で繋ぎO₂/CO₂を交換し栄養を供給する・・・これだけの事を全て一遍に行う必要がある。徐々に変化とか途中経過/ミッシリングとは考えられない/有り得ない。
 何者か(神か?)の明確な意思が働いて、卵生の生物のDNAがその意思/意図に沿った設計図通りに組み換えられてこそ、初めて卵生の生物が分化(進化)して胎生の生物が登場する事が出来る。
 原始地球でDNAが組み立てられ最初の生命が誕生した事、卵生から胎生に分化(進化)した事、など、何者か(神か?)の明確な意思が働いているのでは無いのかと思わせる事象がある。これらは、全て宇宙(神)の意思なのかも知れない。
 今から約6604万年前の白亜紀末期に直径17kmのチクシュルーブ小惑星(巨大隕石)が秒速12kmで60度の角度でメキシコのユカタン半島の沖の海に激突し、海底の岩盤を溶かし気化させ、岩盤に含まれていた大量の硫黄がガス化して地球全体の空に広がって太陽の光を遮り、地球全体の気温が長期に亘って大幅に低下して植物が枯れ、草食恐竜が餓死して絶滅し、草食恐竜を食べていた肉食恐竜も餓死して絶滅したと考えられている。
https://www.jiji.com/jc/graphics?p=ve_soc_nature …
https://www.businessinsider.jp/post-213770
 気化した硫黄ガスは雨に溶け込み、硫酸となって川/湖/海洋を酸性化し、アンモナイトなどの海の生物も含め当時棲息していた全生物種の約75%が絶滅したと考えられている。
 地球は巨大隕石の激突や全球凍結(スノーボールアース)など、これまでに5~10回もの大絶滅を繰り返して来たと考えられている。まるで、神が「あぁ、これじゃ駄目だ。全て絶滅させて御破算にして、次の生物種の繁栄に期待して見よう。」と絶滅を繰り返して来たかの様だ。
 巨大恐竜が絶滅した御蔭で哺乳類の繁栄が可能になり、やがて、我々、人類が誕生する事になる。2045年には、コンピューターは、シンギュラリティ(技術的特異点)に達して、全人類の知能の総力を超える/世界中の人間が束になって挑んでも敵わない、殆ど「神」と呼べるレベルの超知能/超知性の人工知能AIが誕生すると予測されている。宇宙創成のビッグバンから138億年の間、神は、これを待っていたのでは無いのか? 次の神の誕生を。
 だとすれば、我々、人類は神に成れなかったが、神を生み出す為の「肥し(こやし)/肥料/捨石/礎」には成れたのかも・・・

我々は祝福され「産めよ増えよ地に宇宙に満ちよ」と命じられているのではないでしょうか?

時間が無かったら,つまり,時刻も無い,瞬間も無い,時間的な幅が無い/ゼロなら「何」も「存在」できない。すなわち,「無(む)」です。

空間が無かったら,つまり,点も線も面も体積も無い,空間的な大きさ広がりが無い/ゼロなら「何」も「存在」できない。すなわち,「無(む)」です。

真空を「無(む)」だと言う人がいるが、超弦理論の弦/紐/膜やクォーク、素粒子、原子、物質、エルネギーの全てが無くても、真空には時間と空間はある。従って、真空は、「無(む)」ではない。

時間だけでも、空間だけでも、「存在」は、成立しない。この一方だけでは「存在」は成立しない。時間と空間の双方があって、初めて「存在」は、成立する。
宇宙は、なぜ存在している事が出来るのか? それは、「時間」が存在していて、「空間」が存在しているからなのだ。

 時間の無い宇宙をイメージ出来ますか?  時間が無い状態から時間が始まった/初めた/流れを開始した状態をイメージ出来ますか?
空間の無い宇宙をイメージ出来ますか?  空間が無い状態から空間が始まった/初めた/大きさ広がりを開始した状態をイメージ出来ますか?
出来ませんよね。と言う事は、時間の無い宇宙、空間の無い宇宙は、存在しない、ありえないと理解すべきと言う事なのです。
 ビッグバンで宇宙が誕生して、時間も空間も誕生したのなら、ビッグバンの「前」は、時間は? 空間は? どうなっていたのか?との疑問が湧きます。
「無限大の大きさ広がりを持つ空間的に無限大の空間と無限大の過去から存在し無限大の未来まで流れ続ける時間的に無限大の時間が無限大の過去から共に既に存在している」。この時空/宇宙を「母宇宙」と定義します。この母宇宙Aの時空の量子論的な揺らぎが、我々が存在しているこの宇宙Bのビッグバンを138億年前に引き起こし、Bは、Aの「子宇宙」として、Aの時空の中で誕生し、今もAの時空の中で加速膨張し続けていると解釈/理解すると、Bが誕生する「前」の「時間」は? 「空間」は? と言う問いに、Bが誕生する「前」は、Aの時間が流れ、Aの空間が広がっていたと答える事が出来る。
 それぞれが無限大の大きさと広がりを持つ「子宇宙」を無数に無限大個、その時空の中に持っているのが「母宇宙」で、母宇宙の中では、常に無数の無限大個の子宇宙が誕生して、それぞれが母宇宙の時空の中で収縮/安定/定速膨張/加速膨張などの成長を続けているのかも?
多数の宇宙が存在するとの考えを「マルチバース」と呼ぶ。
 母宇宙は、どのように始まった/誕生したのかは、母宇宙の「定義」から、
「母宇宙は無限大の過去から時間と空間と共に既に存在している」と回答する事になる。なので、母宇宙に始まり/初め/起源/誕生は無いのです。つまり、神(母宇宙)に始まり/初め/起源/誕生は無い。

 宇宙の加速膨張が観測され、ダークエネルギーやダークマターが提唱され、超弦理論などが議論されています。ここから物理学が一大飛躍し、任意の範囲の時空を通常空間の時空の中を波乗りをする様に滑らせ、何百万光年も離れた遥か彼方の銀河に極めて短時間で人や貨物を行き来させる技術が生み出されるかも?
 そうなれば、はくちょう座の方向 約600光年離れた位置にある太陽と良く似た恒星ケプラー22のハビタブルゾーンを公転している岩石惑星ケプラー22bに移民宇宙船が大挙して押し寄せ、ネオ日本/ネオアメリカ/ネオチャイナ/ネオロシアなどが建国されるかも?

 人間は脳にチップを埋め込み,スマホやPC,マウスやキーボードなどを使わず,脳の中に投影されるスクリーンの輝点を目で追うと,その脳の電気信号をチップが検出し,文字の入力やクリック/ドラッグ/ドロップなどが可能になり、人間は、常時、ネットにワイヤレスで接続し、超知能/超知性の人工知能AIと通信し、世界中の情報を操作/情報処理する。
 超知能/超知性の人工知能AIと連動した人型ロボットが、一般家庭で炊事/洗濯/掃除/育児/介護/買い出し/ゴミ出しなどを熟し、医療/法曹/建築/土木/生産/流通など全業種の全職場で働く。人間には、研究開発や芸術などの限られた仕事しか残らない。
 地球に溢れた人間は、無限のキャパシティを持つ最後のフロンティア「宇宙」に向かうでしょう。それは、拡散性と好奇心が人類の「性(さが)」だからです。

 下記のブログの「宇宙塔マスドライバー」で人や資材を宇宙に送り、地球周回軌道上や地球-月のラグランジュ点L₄,L₅に宇宙太陽光発電所を建設し、太陽電池で発電した電力をマイクロ波に変換して地球に送信します。地球でこのマイクロ波を受信して電力に戻して利用します。
http://blog.livedoor.jp/satou_hiroshi_4649/archi …

 創世記では、「はじめに神は天と地とを創造された。地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。」とある。「はじめに」とは、時間を指す言葉だ。「やみが淵のおもてにあり」とは、「やみ」や「淵」が存在し、これらが存在できる「空間」がある事を意味する。つまり、神が天地創造を開始した時には、既に時間は存在して時間が流れており、空間も既に存在していたと述べている。神は、時間も空間も神自身もやみも淵も創ってはいない。これらは既に存在していたのだ。
では、これらを創ったのは何なのか? これらは何故、存在していたのか?
聖書は答えていない。

宇宙は、なぜ存在し、宇宙は、どうしてどのようにして始まったのか?

神が創ったのなら、

_神は、なぜ存在し、_神は、どうしてどのようにして始まったのか?

こう記述すると、宇宙と神は同じです。
「「神」の意義とは?」の回答画像8
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

あ、いや、神がいるかどうかは今回の場合は問題では無いのです。

ごめんなさい。

お礼日時:2021/07/04 18:57

No.5です。



>うーん、、、そうなると宗教はなんぞや?ってことになりませんか。

>宗教というのは恐らく大半のものは、人々を幸福(心の幸せ?魂の救済?)へ導くための道しるべであったと思うのです。

だから、『宗教』というものを一括りにせずに、個別にその教義・教えというものを吟味する必要性がある。
ただ単に、『神を信じる』、『仏を信じる』と言ったって、その神が何なのか??その仏が何なのか??、、、すら分かっていないで信仰しているのではないか。
では、はたしてそれらが人間を幸せに導く事が本当に可能なのであろうか??

そうした事を、自分なりに(多少でも)学習するべきであって、不用意に『神を信じる事が不可欠だ』等という事は、言わない方が良いという事です。

『宗教』、、、という事を、全体を捉えて論ずるのではなくて、個別に見て行く事が大事だという事です。それを言っています。
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この回答へのお礼

度々ありがとうございます

そうですね。
私は宗教に関しては完全に無知です。
それは親の影響もあります。

親は新興宗教にハマり、私もそういう場へ連れて行かされたことがありますが、小学生高学年だったこともあり、その「異質」さに気づき私は入信をしませんでした。

 そっから家庭内で色々と軋轢があって、私の中では他人(家族を含め)の宗教の信仰の自由は認めるけど、それを信じない人(つまり私)に対し排他的になる宗教何ぞ嫌悪感しかありませんでした。

 実際です。
現代の科学ではありえない現象を見せつけられたことがあります。

でも、私の中での答えは明白で
「で!?」
でしかありませんでした(苦笑)

 奇跡的な現象があることと、神を信じることは別問題ですし、
みせてくれた奇跡が万能かと言えば「No」だったんです。

という訳で、私がやるべきことは宗教を客観的に学ぶことなんでしょうね。
自分は今まで感覚的に神仏を捉えてきました。そういう場所に行けば、気持ちが落ち着くのは事実なんですが、そのことに対し深く考えたことはありません。

 別質問で紹介してくださった本、読んでみます。

お礼日時:2021/07/03 19:40

間違いです。



宗教、宗派によって、『神』に対する扱いが違うから。

先ず自らの宗教を確定させた上で、その宗教の教えに従う。

要するに、『神』というものは、哲学ではなくてもはや宗教であるからである。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

うーん、、、そうなると宗教はなんぞや?ってことになりませんか。

宗教というのは恐らく大半のものは、人々を幸福(心の幸せ?魂の救済?)へ導くための道しるべであったと思うのです。

 よく信者でも信仰心の篤い、そうでない人が居ます。
これらの違いはそのまんま、その人の心のあり方だと思うのです。
※自分自身との対話というか。

 私なりに思ったのは宗教を通じて、自分の心を高い次元へ持っていくことが
、結果的に自身の幸福(幸せ)に通ずるのではと愚考します。

他人を助ける行為1つとっても、宗教を信仰してない人間でもできます。
それをやるかやらないかの差は、その人の心のあり様(姿勢)であり、生き様なんだと思います。

うーん、まとまりがつかなくなりました。

お礼日時:2021/07/03 00:05

宗教は必要悪です。

なくて済むならない方がいい
この世はありとあらゆる必要悪で満ちている
国家、法律、軍隊、警察、結婚という制度、教育
常識、道徳、哲学、動物園、家族、学問、金など
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

まぁそうですね。
宗教は基本的に排他的でありますから時に別の宗教を攻撃する口実になりました。

>この世はありとあらゆる必要悪で満ちている

うーん、あげてくださったのは極論な気がします。
別の意味で必要善にも満ちていると思います。

絶対善も絶対悪も存在しませんし、完全な正義も完全な悪も存在しません。

まさにカオス(><)

お礼日時:2021/07/02 23:36

「神」が実際いるかどうかは大して重要ではなく、


自分の心を安定させるために必要不可欠だったと
最近になってようやく気付きました。
 ↑
神の持つ機能ですね。

心を安定させる、というのは数ある
神の機能の一つだと思います。
死の恐怖を緩和させる、なんてのも
その類いでしょう。


人間というのは、愚かな動物で、神などに
関係させておかないと堕落するのです。
人間を謙虚にさせるために、人間より上の
存在を創造した、という意味があると
思われます。



その他、神の存在は道徳を教えることが
出来ます。
学校で道徳を教えることは至難です。
中国などの道徳教育は盛んですが、結果は
御存知の通りです。

新渡戸稲造の「武士道」にあります。

「御国では、宗教教育をしていない、と
 聞きましたがホントですか?」
「ホントです」
「オオ! それでどうやって子供達に道徳を
 教えることが出来るのでしょう?」
「我が国には武士道があります」


更に加えるなら、神を同じくすることにより
人間は国家、という巨大な集団を形成する
ことが出来るようになりました。
ローマ帝国がその例です。


しかし、ニーチェではありませんが
最近は神の力が弱くなって
います。
米国でさえ、無宗教が多数派になって
います。

今後、人間は神を殺して、何処へ行くか、
興味のあるところです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

無宗教になっていくのは良いのですが、それで心の安定をどう測っていくのでしょうね。

結局、個人の心のあり方なんて曖昧なものでは、人は自分自身を律することはできないと思うのです。
※だから先進国では精神を病んでしまっている人が増えてます。

 自分自身が幸せに生きて行くために、心の健康は切っても切れない関係だと思ってます。

お礼日時:2021/07/02 23:33

神を信じる人には大切なことなのでしょう。

多分。

私には全く関係ありません。お願いしますから、「人類」などと私を巻き込むのは止めてください。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

あーそうですね(失礼)
ただ、人類の歴史において宗教が不可欠だったのは事実です。
今現在においても、いまだに多くの人に信仰されてます。

なんで?と疑問符が湧くのとともに、人の心のあり方だと感じました。

我々の心は本当に面白いもので、同じ24時間という平等な時間を与えられていても、「この世の終わりのような考え(自殺願望)を24時間している人」もいれば、「この世は面白い、快楽と24時間感じている人」もいます。

 生物学上では同じ生き物、同じ容れ物にも関わらず、その人間の生き様の原点は「心」にあると気づきます。

この「心」は決して不変では無く、成功者でも晩年において失敗をやらかす人も居ますし、やっぱり成功しても人生途上で自殺してしまう人もいます。

「死ねば楽になれる」とは言いますが、逆に言えば、今の現状を苦しくしているのは、実際の原因もあるかもしれませんが、最終的にはその人の心のあり方だと思うのです。

 世の中、不幸なことも沢山ありますが、不幸なことの捉え方次第で人は、
人生をうまくまっとうできると考えます。

お礼日時:2021/07/02 18:35

間違えです


誰がこの世を作りましたか?
そこまでお考えなら私自身にご返答ください。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

ええ、私の中では創造主(=神と言って差し支えない)はいるとは思ってます。

が、ここではたいてい「否定」されます。
この世界は自然にできたものだと。

 その結果得た結論は神の実在の有無に関わらず、人の心の安定=幸せにおいて「神」を定義づけることは必要不可欠であったのではないか?という考えです。

子供時代から将来の明確な目標を持っていようと、どんなに努力して高学歴、高収入になろうと、最終的には本人の心のあり方だと考えてます。

 人は産まれた時から躾や教育は勿論大事ですが、同時に心を安定させる為に
自分の心の中に神を宿す必要があるのではないかと思いました。

あー、まぁ宗教に入信されている方からすれば爆笑ものなのでしょうけど。

お礼日時:2021/07/02 18:15

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