世界史でいうところの旧石器時代と新石器持代の時代わけとの関連で、日本の先土器文化はどちらに当てはまるのでしょうか。日本における、旧石器と、新石器の区分は何年くらいなのでしょおうか。

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A 回答 (4件)

本日新石器時代、という時代区分について質問したところ、この質問が検索されましたので、10年前の質問ですが、もう一度考えてもらうために、投稿します。



石器の種類を、旧石器と新石器(磨製石器)に区分することは出来ると思いますが、新石器が使われるようになったことと、農業が始まったことなどとは関係が無いことがわかって、新石器時代という時代区分は使われなくなったと聞いています。
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No2さんの意見に反対意見を述べておきます。



2万3千年前から1万6千年前まで地球は氷で覆われていました。いわゆる氷河時代です。
赤道直下のボルネオ島まで氷河があったそうです。
一万5千年前位になるとさしもの氷河時代も終わり、氷河の氷は急激に溶けだします。
すると氷に閉じ込められていた古い炭酸ガスが放出され、地球の炭酸ガス中のC14濃度は著しく薄くなったと考えられ、また冷たい海水は海底近くまで沈み、海底の古い時代の水を海面まで押し上げるような事もあったでしょう。海水は表面には炭酸ガスを沢山吸収していますが、深海にはガスがありません。海水をかきまわすとC14を沢山吸収するのです。これでもC14濃度は下がります。
6千年前辺りまで氷河は溶け続け、C14は正しい値を示す事は出来ません。
1万年前くらい前までのアラスカとか北欧の年代なら年輪年代で校正する事が可能ですが、1万年前以上や、日本のような南の方に有る場所では1万6千年前と言っても眉つばだと考えてもいいでしょう。日本のような所では植物は5千年もすると炭化してしまいますから年輪を使った校正は出来ません。
特にAMS法で測定した値は20%位狂っていると言う人もいます。
弥生時代開始をBC1000年とした歴博の炭素年代も20%狂っているとすれば、従来の弥生時代開始はBC400年くらいになり、問題が無くなります。

日本における旧石器時代の一番新しい遺跡は1万5000年前です。
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先土器文化/時代という用語は、世界的にいうと旧石器文化/時代に相当します。

まだ日本列島における当時の文化や系列がよく分らない研究段階での、暫定的な用語として提唱されたものでした。旧石器時代といってしまうと、世界の他の地域と完全に比較されるという前提に立つことになり、躊躇を呼んだようです。土器が無い時代ということで、無土器やプレ縄文とも言いましたが、先土器とほぼ同じ立場です。接頭辞の「プレ」は、今でも普通に会話で使われます。

絶対年代ですが、過去数万年以内ですから、放射性炭素年代、いわゆるC14年代が基準になります。問題なのは、C14年代が他の年代測定法との照合で、時代によってずれていることが判明したことです(原因は省きますが、地球規模のことです)。現在では、生のC14年代を計算して出した後で、それを補正表に従って補正する方法がとられています。これを較正年代といいます。自然科学の方では暦年代ともいいます。較正年代と暦年代は数値上は同じものです。

現代知られている日本列島最古の土器は、C14測定では約13000年前と計算されますが、較正年代だと約16000年前になります。ちなみに、氷河期の終了は約15000年前になります(較正年代値)(ただし12000年前頃に寒さのぶりかえす時期があります…この時期の後が完新世)。殆ど誤差の範囲くらいのタイミングですが、日本列島最古の土器は、最終氷期の終了前に出現していたのです。
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日本の考古学は縄文時代という世界でもユニークな時代をもったために世界から孤立して発達してきたのではないでしょうか。

この孤立が先ごろ起こった前期石器のねつ造事件の裏にあったような感じがします。

1949年日本で最初の旧石器時代の黒曜石が発見されるまで日本の考古学では、日本の歴史は縄文時代から始まるとされていました。旧石器時代の存在が確認されて以来、日本全国で続々と旧石器が発見されました。それ以前の縄文時代(13,000年前から弥生時代の始まりまで、独特の土器で有名)の土器文化より古いという意味で旧石器時代は先土器時代と呼ばれ、旧石器時代の呼び名の定着が遅れたようです。旧石器時代、特に3万年前以前の前期旧石器時代については、旧石器ねつ造事件の後遺症が重く現在国家レベルで見直し作業が行われています。

時代区分

弥生時代 紀元前5-4世紀から紀元後3世紀ごろ
縄文時代 紀元前13,000年から弥生時代の初めまで
先土器時代 縄文時代の前。確実なのは3万年前ごろまで。一時60万年前説もあったがねつ造事件で振り出しに戻った。先土器時代は旧石器時代(打製石器)、新石器時代(磨製石器)は縄文時代(土器)に匹敵する。

時代区分は新しい発見によって見直されるので絶対的区分法ではありません。

詳しくは旧石器時代、石器時代、新石器時代などで検索してください。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。これほどのはっきりした回答は初めてです。今までの説明は、奥歯の挟まったような回答でよくわかりませんでした。

お礼日時:2001/08/29 19:14

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Q考古学

僕は福岡県在住の考古学に興味がある中学一年生です。そこで、幾つか質問があります。

1.福岡県で今でも発掘作業が行われているところを教えて下さい!
2.福岡県で考古学が学べる大学はどこですか?
3.考古学でもたくさん種類があると思いますが、1番簡単な考古学と1番難しい考古学を教えて下さい!(エジプトの考古学みたいなことです)
4.考古学者の良いこと、悪いことは何ですか?

よろしくお願いします!

Aベストアンサー

1.福岡県で今でも発掘作業が行われているところを教えて下さい!
 至るところです。
 現在は開発に先立って行われる発掘調査がほとんどなので毎日どこかで発掘調査は行われています。

2.福岡県で考古学が学べる大学はどこですか?
 日本考古学協会の情報http://archaeology.jp/academic/2011all.htmによれば
 ・九州大学
 ・福岡大学
 ・西南学院大学
 ・筑紫女学園大学
であれば本格的に考古学を学べそうです。

3.1番簡単な考古学と1番難しい考古学を教えて下さい!
 簡単と言うと難しいですが、「土器片を拾って集める」が一番簡単な考古学、一番難しい考古学は、「異物や遺跡に残らないことを解明する」のが一番難しい考古学かと思います。

4.考古学者の良いこと、悪いことは何ですか?
 良いところは学問的には比較的門戸が広く、かつ他分野に比べると民間や公務員での就職先があり、また発掘と言う手法で発見と言う喜びを得られること。
 悪いところは「職業的研究者」になるのは狭き門、また社会情勢によっては就職口や仕事が急激に減少すること、また知的欲求を満たすものでしかないので、批判的な人も少なくない。

1.福岡県で今でも発掘作業が行われているところを教えて下さい!
 至るところです。
 現在は開発に先立って行われる発掘調査がほとんどなので毎日どこかで発掘調査は行われています。

2.福岡県で考古学が学べる大学はどこですか?
 日本考古学協会の情報http://archaeology.jp/academic/2011all.htmによれば
 ・九州大学
 ・福岡大学
 ・西南学院大学
 ・筑紫女学園大学
であれば本格的に考古学を学べそうです。

3.1番簡単な考古学と1番難しい考古学を教えて下さい!
 簡単と言うと難しいですが、...続きを読む

Q時代区分としての新石器時代

新石器というのは、磨製石器のことで、磨製石器を使った時代を新石器時代という、と習った覚えがあります。
そして新石器時代は農業が始まった画期的時代だ、と習ったと思うのですが、最近は新石器と農業の間には関連が無いことがわかり、この時代区分は使われなくなった、と聞きました。

新石器時代という区分が意味を成さないのであれば、当然「旧石器時代」という区分も無くなって、単に石器時代というべきだと思うのですが、このあたりのことが全く混乱しているように思われます。

時代区分の統一ということはどうなっているのか?知りたいと思いました。

Aベストアンサー

●世界史(人類史)の時代区分を作る必要があると思います。
●世界史を考えるときに、これを西洋史のことと混同されている現状も改める必要がある、と思うのですが如何でしょうか?
○そういう観点から「ヨーロッパの旧石器文化・時代」とは異なるので「先土器文化・時代」「岩宿文化・時代」と呼称する研究者もいる、と前回答でご紹介させていただきました。
 また、地域のよって文化の発展段階や時代変遷も異なるので「全世界共通の人類史の時代区分」というのは無理でしょう。

●「旧石器時代」という言葉も意味を失いますが、この論理にも賛成していただけるでしょうか?
○いいえ。
 「石器時代」という名称も縄文時代においても「石器時代」には変わりないのでこの時期を示す用語としては不適切ですし、「先土器」と言う用語も「後世の文化」を前提とするため不適切、「岩宿文化・時代」という用語ではわかりにくいです。
 なによりすでに一般的にこれだけ普及している名称をあえて変更することによる混乱、わかりにくさを凌駕するだけの変更理由はないと思います。

●「考古学会の人たちはどうして、こういう曖昧な状態に満足していられるのか?」何かご存知ないでしょうか?
○ですので前回答でも申し上げたとおり一部の研究者は「先土器文化・時代」「岩宿文化・時代」という呼称にすることを提唱していますが、「旧石器という名称の解りやすいさに抗しきれない」「いまさら混乱を承知で変えるほどの積極的な理由がない」というのが現実です。
 例えば「前方後円墳」というの実際は「後円部」に埋葬施設があってこの部分が中心で、「前方部」は祭壇機能ですから「牛車からの連想」である「円部」を「後」、「方部」を「前」というのは不適切です。
 しかし、いまさら新しい名称にしても混乱するだけですし、良い名称もないので現在でもこの名称がつかわれています。
 「縄文土器」と言いますが「縄目模様」ではない縄文土器もありますし、「弥生町で発見されたから弥生土器」なのにこの最初に発見された土器は「古墳時代の土器」であって弥生時代の土器ではないのです。なのでその土器の説明は「弥生調で発見され弥生土器の名前の由来となった土師器の壺」というものになってしまっています。
 「土師器・須恵器」というのも後の文献からの命名のため、古墳時代の土器にこれの名称を使用するのは不適切、という指摘もあります。
 奈良時代~江戸時代までは「政治的中心地域の地名」を時代名称としていますが、それならば元号を基にする「明治時代」「大正時代」という時代名称は不適切です。
 このようように時代区分と言うのは「厳密な基準」でやってしまうとかえってわかりにくくなるという側面があります。質問者さんの疑問・提唱は、的を得たものではありますが、現実的にはそれをすることのほうがやっかいなのです。

●世界史(人類史)の時代区分を作る必要があると思います。
●世界史を考えるときに、これを西洋史のことと混同されている現状も改める必要がある、と思うのですが如何でしょうか?
○そういう観点から「ヨーロッパの旧石器文化・時代」とは異なるので「先土器文化・時代」「岩宿文化・時代」と呼称する研究者もいる、と前回答でご紹介させていただきました。
 また、地域のよって文化の発展段階や時代変遷も異なるので「全世界共通の人類史の時代区分」というのは無理でしょう。

●「旧石器時代」という言葉も意味...続きを読む

Q考古学史

日本考古学史について調べたいのですがいいサイトなどあったら教えてください。考古学の基礎から学びたいのですが、日本考古学の歴史や研究史について教えてください。

Aベストアンサー

考古学の基礎から学びたいのでしたら、サイトを検索するより、どこかの大学で参考文献にしているような書籍を購入されて勉強した方が間違いないですよ。

例えばですが、色々な大学で通信教育課程を設けていますが、この教科書が県立クラスの図書館などにおいてありました。これは非常に簡潔に考古学を通史的にまとめてあり、当時何も知らない私が読んでいても楽しいものでした。

また、考古学と言っても分野が色々です。
土器のこと、住居址のこと、平安や奈良時代etc・・・とにかく色々です。調査の方法も手段もまちまち。

もしも、具体的に知りたいことがまとまっているなら、その時代に関係した遺跡の資料を集めて勉強するのも良いと思います。色々な発掘現場で開催される現地説明会の資料なども参考になります。

なんでもそうだと思いますが、一冊の本の『参考文献』欄から次に自分の参考となる資料にめぐり合います。その積み重ねだと思います。
サイトを開いてそれで直ぐに分かるような簡単な分野ではないので、じっくり楽しみながら調べてみてください。

先ずは簡単なアドバイスまで。

考古学の基礎から学びたいのでしたら、サイトを検索するより、どこかの大学で参考文献にしているような書籍を購入されて勉強した方が間違いないですよ。

例えばですが、色々な大学で通信教育課程を設けていますが、この教科書が県立クラスの図書館などにおいてありました。これは非常に簡潔に考古学を通史的にまとめてあり、当時何も知らない私が読んでいても楽しいものでした。

また、考古学と言っても分野が色々です。
土器のこと、住居址のこと、平安や奈良時代etc・・・とにかく色々です。調査の方法も...続きを読む

Q旧石器時代から飛鳥、奈良時代などを経て現代まで、日本列島の人々には大まかにどのような変化が起きたので

旧石器時代から飛鳥、奈良時代などを経て現代まで、日本列島の人々には大まかにどのような変化が起きたのでしょう?使用する道具の素材の変化や、稲作の発展、食文化の変化など、とても興味があります。自分でも調べていますが、他の人の知恵をお借りしたいです。

Aベストアンサー

今から3~2万年前のヴュルム氷期、日本列島も大陸とつながっていた時代にスンダランドからやってきた人々(縄文人の祖先)は、約1万2500年前の間氷期に日本列島が海によって大陸と分断された後、島国となった日本で縄文時代を形成していきます。縄文時代前期から集住した人々は、中期には大規模集落を形成し……
というところから説明すると、例え大雑把であっても旧石器時代から現代までの変遷をここで説明することはできないと思います。ましてや概要だけでなく、道具や食文化にまで触れると、膨大な文字量になります。
かと言って、あまりに簡略化した説明では、a2588様が調べられていることと大差ない答えにしかならないのでは?
もう少しテーマを絞ってお題をいただけると助かります。

Q考古学と古生物学について

いつも気になってはいたのですが、古生物学というのは考古学とは違うものですよね?
人に恐竜の話をしたりすると決まって「あぁ考古学ね」と言われるのです。
確かに、猿人だとか原人だとか、そのへんは考古学でも古生物学でも良いと思うのですが・・・さすがに恐竜は違うのではないかなぁと。
????それとも恐竜って考古学なんですか?

Aベストアンサー

こんにちは。

恐竜を扱うのは、古生物学です。

考古学というのは、「遺物や遺跡によって、古代人類の文化を研究する学問」ですから、
研究フィールドは、あくまで人類誕生以降です。

古生物学は、過去に生きていた生物を研究するもので、カバーする時代は地球上に生命が誕生したときまでさかのぼります。
(生命の起源を宇宙に求めるなら、さらに広がりますが・・・)

▼考古学って何だ?
http://www.uraken.net/rekishi/reki-kodai01.html

▼古生物学とは?
http://www.paleo-fossil.com/paleo/paleontology/p_what.html

参考URL:http://www.uraken.net/rekishi/reki-kodai01.html,http://www.paleo-fossil.com/paleo/paleontology/p_what.html

Q中石器時代に土器の存在?ヨーロッパ、ユーラシア

皆様こんにちは。

ヨーロッパでの新石器時代の定義は土器の使用だそうですが
デンマークの中石器時代には、既に土器が存在していたそうですね。
これは地域の発展度の差が大きかったせいでしょうか。

質問です。
中石器時代ではあるが、既に土器が使用されていた地域
(ヨーロッパ、ユーラシア大陸)はデンマークの他にありますか?

あれこれ文献を読んでみましたが、いまひとつよく解りません。
ご返答いただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

>> 数年前に中国で世界最古になるであろう土器が出土されたというニュースを読みましたが、実際のところどうなのでしょう。
 
下のサイトで見ると、
http://www006.upp.so-net.ne.jp/china/point39.html
玉蟾岩遺跡 (~B.C.12000)土器
仙人洞/呂桶環遺跡(B.C.12000)土器
http://www.jiid.or.jp/files/04public/02ardec/ardec29/key_note3.htm
http://masakawai.suppa.jp/encartaAA/bunka/saikonoinasaku/saikonoinasaku.html
「世界最古の土器はこうした長江中流域の南部で最終氷期最盛期後半の2万~1万8千年前に誕生していたとみなしてよいであろう。」
しかし、測定データそのもので立証はされていないようです。
「そうした中で玉蟾岩遺跡(写真2)から出土した最古の土器と4粒の稲籾が、これまでのところある程度信頼のおける事例である。玉蟾岩遺跡の土器の暦年代が1万8000~1万7000年前までさかのぼることはまちがいないだろう。しかし、暦年代1万5300~1万4800年前という稲籾の年代については稲籾そのものの年代測定値ではなく、稲籾を含む地層中の炭片の測定値であるために、絶対的なものとはみなしがたい。筆者らは何度も、この稲籾そのもののAMS(加速器炭素14C年代測定法)による年代測定をお願いしたが、現時点ではいまだ実現できていない。したがって現時点では、絶対的に信頼できるものではない」
http://www.geocities.jp/shimizuke1955/2130aichitouji2.html
http://plaza.rakuten.co.jp/kagamisato/diary/201010030000/
「玉蟾岩(ぎょくせんがん:ユイチャンイエン)遺跡は湖南(フーナン)省道(ダオ)県白石寒(バイシーハン)村にある洞穴遺跡で、加速器質量分析法による測定から紀元前14000年~紀元前12000年のものとされています。 加速器質量分析法(AMS:Accelerator Mass Spectrometry)とは放射性炭素(14C)年代測定法の感度・精度を追求した発展系で、重イオン用半導体検出器を用いることによって14Cをほとんどバックグラウンドなしで測定できるため年代の推定を更に正確にするものです。」

>> 数年前に中国で世界最古になるであろう土器が出土されたというニュースを読みましたが、実際のところどうなのでしょう。
 
下のサイトで見ると、
http://www006.upp.so-net.ne.jp/china/point39.html
玉蟾岩遺跡 (~B.C.12000)土器
仙人洞/呂桶環遺跡(B.C.12000)土器
http://www.jiid.or.jp/files/04public/02ardec/ardec29/key_note3.htm
http://masakawai.suppa.jp/encartaAA/bunka/saikonoinasaku/saikonoinasaku.html
「世界最古の土器はこうした長江中流域の南部で最終氷期最盛期後半の2万~1万8千年前...続きを読む

Q考古学って?

大学生です。
考古学についとのレポートを書かないといけないのですが、考古学とはどの範囲までのことをいうのでしょうか?
妖怪学を主とし、民俗学についてレポートを書きたいのですが、人骨を取り上げた説明をするだけでは考古学とは言えないでしょうか。
なんとなく考古学というと、遺跡や、陶器や農具等を研究するイメージがあるのですが、人骨の研究も含有しえるのでしょうか。

また、絵や陶器・像等の考察により歴史文化を推測する場合、美学美術史と考古学との違いはいったい何であるといえるのでしょうか。


ご存知の方、何卒ご回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

No.1の回答は完全な誤りです。
弥生時代どころか「近代考古学」という分野さえありますし、人骨そのものを研究するのは考古学ではなくて「人類学」です。ちなみに化石は「古生物学」です。

考古学とは「遺構と遺物から歴史を研究する」という学問です。よって人骨だけを取り上げただけでは考古学ではありません。
無論、「出土品としての人骨」は考古学的調査により得られます。

絵や陶器、像などの「美術的分野」に言及するならばそれは「美術史学」ですし、絵や陶器、像の「歴史的価値・意味」に言及するならば「考古学」あるいは「歴史学」です。
ただし、絵画は壁画などの遺跡から出土するようなものに限られ、油絵などは基本的には考古学の分野ではありません。
ただし、絵画から得られる情報を遺跡に投影して考察することはあります。

いずれにせよ妖怪学と民俗学から考古学に持っていくのはかなり難しいかと思います。

Q旧石器時代研究の進展

過去20年くらいの間で日本における旧石器時代の研究はどのような進展を見せたでしょうか?今読んでいる本がちょうど20年くらい前の物でして、現在の旧石器時代研究がどれほど進んだのかとても気になりました。とても大雑把な質問で申し訳ないですが回答お待ちしております。
具体的な遺跡名や旧石器時代の研究史について書かれた書籍名などもありましたら教えていただけるとありがたいです。

Aベストアンサー

岩手県金取遺跡については、一次調査での調査成果を確認するために行われた二次調査以降では芳しい成果は上がっていません。また、金取遺跡の出土遺物は石器とはいえないという意見も出ています。

また、長崎県平戸市の入口遺跡も、ATよりも古いということは意見が一致しているのですが、光ルミネッセンス法の年代測定は、検知棒埋設期間が短かったために、一般的な測定値(6ヶ月以上検知棒を埋設していた場合)よりも誤差が非常に大きいと考えられます。その上、平戸地域は非常に段丘発達の悪い(安定的に段丘が発達しない)地域ですから年代の確定はかなり難しい地域といえます。

長野県の竹佐中原遺跡においても、ATよりは古そうだということで一致しているのですが、なかなか年代を確定できていない状況です。この遺跡の場合は、地層の発達が非常に悪く、地層だけでは年代の特定が難しい状況です。ただし、中期旧石器とするか後期旧石器初期とするかで意見は分かれているものの、相当な年代のものだということでは意見が一致しています。

大分県早水台(そうずだい)遺跡では、久住第1降下軽石辺りで石器に見えるものが確認されていますが、礫の総数に対する石器と判断されたものの数的割合もしくは重量比が不明な点や(要するに調査者により石器と判断されたものだけ取り上げている状態です)この遺跡についても、石器の評価が分かれています。

今のところ、どの研究者も確実に評価している遺跡の年代は、4万年前まで行くか行かないかといった状況です。

現在否定的な見解が出ている遺跡でも、今後の調査によって遺跡の評価がより確実なものになる遺跡もあるでしょうし、新たな遺跡の発見があるかも知れません。

私は西日本なので、東日本の遺跡の詳細はあまり知りませんが、西日本では九州地方で古い年代の遺跡が見つかっています。

長崎県では、福井洞穴・入口遺跡など
熊本県では、石の本遺跡・沈目遺跡・曲野遺跡・人吉市の大野遺跡群など
大分県では、早水台遺跡(最近の調査遺物は東北大にあります)など
宮崎県・鹿児島県では、No2のjuntさんの回答に含まれているもの意外では、東九州道関連遺跡で後期旧石器の早い段階のものが見つかっています。

詳しいことは、各県の埋蔵文化財センターや歴史学系の県立博物館に問い合わせて見ると良いかも知れません。

No1のjoy-netさんの回答に対するレス
>結論としてこの二十年の間に旧石器時代研究の進展は全くといっていいほど無かったということでよろしいでしょうか?
ということについてですが、私が挙げた竹佐中原遺跡や九州の遺跡は、藤村氏とは全く関係のない遺跡ですし、華々しい「○○万年前の遺跡発見」という報道発表を横目で睨みながら地道に調査されていたものです。

国内の研究史については、後期旧石器に関するものはまだしも、藤村氏の捏造された成果によらなければ語れなかったものが全てですから、残念ながら全滅の状態です。

岩手県金取遺跡については、一次調査での調査成果を確認するために行われた二次調査以降では芳しい成果は上がっていません。また、金取遺跡の出土遺物は石器とはいえないという意見も出ています。

また、長崎県平戸市の入口遺跡も、ATよりも古いということは意見が一致しているのですが、光ルミネッセンス法の年代測定は、検知棒埋設期間が短かったために、一般的な測定値(6ヶ月以上検知棒を埋設していた場合)よりも誤差が非常に大きいと考えられます。その上、平戸地域は非常に段丘発達の悪い(安定的に段...続きを読む

Q理系から考古学に関わりたい・・・

連続での投稿すみません。
大学進学について悩む高校二年女子です。
ここで考古学について質問をさせていただき、私の学びたい分野の学校を探すことがとても難しいことがわかりました。
そこで視野を広げ、自分が今理系クラスにいて歴史の授業を受けていないことなどから考えやはり理系の大学に進学しょうかと考えています。
しかしやはり考古学への興味は捨てきれません。
理系から考古学へ関わることは可能なのでしょうか?
考古学は海外では理系とされているそうなのですが・・・。
文化財学や保存化学はみな文型ですし。。。
もしそのよな大学がないとしてのちのち考古学に関わるためには理系の何学部に行けばよいのでしょうか?
理系の方、考古学を研究している方などアドバイスいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

考古学の世界で、理系の専門知識があることは大いに強みになります。理工学部もしくは理学部に進むのであれば、考古学的な分野とのつながりは保てると思います。
文化財学などを学ぶのであれば、文系・理系両方の学部を置いている総合大学に進んで、理系の学部に所属しつつ、他学部聴講をする、という手もあります。聴講とはいうものの、きちんと単位も認定されます。
工学関係の学部では専門課程に進むと実験が大変かも知れませんが、博物館学芸員の資格を取得することも考えておくとよいでしょう。文化財学や保存科学も学べますし、博物館実習で歴史・考古系の部門のある館に行くこともできるはずです。

Q局部磨製石器が、何故旧石器なのか?

石器というものは「旧石器から新石器へと進歩した」と言われており、その新石器というのは、「磨製加工が施されたもの」となっています。
とすると局部であっても、とにかく磨製加工がされたものは、新石器というべきなのに、岩宿遺跡の局部磨製石器は旧石器といわれています。
これでは素人の私には何のことだかわけが解らなくなっているのですが、この考古学会の不思議な言葉使いについて誰か説明してもらえないでしょうか?


質問の背景

現生人類は、約20万年前にアフリカで発生し、それが約4万年前に世界中に散らばって、その地で独自に発展して行った、とされています。

日本では約3万年前の局部磨製石器が全国で多数発見されています。
新石器が使われ始めたのは、世界の他の地域では、約1万年前と言われていますので、3万年前の日本は石器技術では世界の最先端を走っていた、と言えます。
そしてその遺跡からは、同時に黒曜石が発見されることが多く、この黒曜石というものは日本の一部(例;和田峠)でしか産出されないものですので、遠方交易の可能性が伺え、これは当時の日本の文明が、世界のレベルから見て、高い水準にあったことを示しています。

日本を愛する私としては、こういう考古学上の事実をどんどん世界に向けて発信してほしいと思うのですが、それなのにその局部磨製石器を「旧石器」などと言われては、その先進性が台無しになってしまいます。
日本の考古学者はどうしてこういう日本の歴史を誇りに思わないのか?不思議に思います。

また新石器(磨製石器)が地球上のどの地域で、それぞれ何時ごろ使われるようになったか?ということが確定していけば、人類共通の世界史を作ることができるに違いないと思うのですが、そういう動きは無いのでしょうか?

石器というものは「旧石器から新石器へと進歩した」と言われており、その新石器というのは、「磨製加工が施されたもの」となっています。
とすると局部であっても、とにかく磨製加工がされたものは、新石器というべきなのに、岩宿遺跡の局部磨製石器は旧石器といわれています。
これでは素人の私には何のことだかわけが解らなくなっているのですが、この考古学会の不思議な言葉使いについて誰か説明してもらえないでしょうか?


質問の背景

現生人類は、約20万年前にアフリカで発生し、それが約4万年前に世界...続きを読む

Aベストアンサー

●3万年前の世界で、どこで局部磨製が使われていたか?また黒曜石の遠方運搬が行われていたのは、どの地域か?という比較研究の成果はどうなっているのか?を教えていただきたい、という質問です。
○私は旧石器研究を専門としていないので考古学としての一般教養しかありません。残念ながらその質問に正確に答えられるだけの知識は持ち合わせていませんが、黒曜石について言えば黒曜石が産出する地域であればほとんど使用されていたと思われます。
 私が知る範囲ではアフリカ中部、ロシアなど黒曜石製の石器は使われていました。
 ネット検索だと局部磨製石器は日本以外ではオーストラリアで確認されているだけのようです。

●3万年前の日本は、世界の中では、比較的先進の方に違いないと思ったのですが、間違っていますか?
○「局部磨製石器」だけでそう言っておられるなら「間違っている」と言えます。
 ごく一部の石器で研磨が見られることを「先進地域」とするのは無理があります。
 そもそも後期旧石器の段階で先進・後進ということ自体無意味です。それほどの差はありません。

●中国文明は文明と言う点では、日本より進んでいるが、石器技術の方では、日本はそんなに遅れていなかった、というようなことを知りたいと思ったのですが、如何でしょうか?
○比較すること自体があまり意味をなしませんし、「ひとつの技術」が優れているからと言って「遅れていない」とも言えません。
 例えば江戸時代の細工技術や算術は西洋に比肩できるものでありましたが、日本では産業革命は起きず、結果として近代化が遅れました。
 また、「文明」とするには「都市」が必要です。日本で都市と言えるほどのものが出現するのは7世紀になってからです。三内丸山遺跡や吉野ヶ里遺跡を「都市」とする人もいますが「巨大な集落」と「都市」の区別がされていませんので意味がありません。

 そもそもにおいて文化・文明というのはその地域にとって重要な遺産であり、歴史でありますから他と比較し、「遅れている、進んでいる」というのは無意味ですし、かつ傲慢です。ちょうど大航海時代に「邪教から人々を救う」としてその地域の宗教を否定し、文化遺産を破壊した行為と似ています。
 歴史や文化を正当に評価するには「ナショナリズム」というのは一番の大敵です。

 いずれにせよ書店で考古学の入門書を読まれることをお勧めします。
 基礎知識なしに偏った情報で思考することは危険です。

●3万年前の世界で、どこで局部磨製が使われていたか?また黒曜石の遠方運搬が行われていたのは、どの地域か?という比較研究の成果はどうなっているのか?を教えていただきたい、という質問です。
○私は旧石器研究を専門としていないので考古学としての一般教養しかありません。残念ながらその質問に正確に答えられるだけの知識は持ち合わせていませんが、黒曜石について言えば黒曜石が産出する地域であればほとんど使用されていたと思われます。
 私が知る範囲ではアフリカ中部、ロシアなど黒曜石製の石器は使...続きを読む


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