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ドキュメンタリー番組(ディスカバリーチャンネル)を観ていて、
「第一次世界大戦中のドイツ帝国空軍パイロットのリヒトホーフェンが61機目の敵機を撃墜したときに、敵機の破片を集めようとして着陸した際に敵パイロットに陸上で捕らえられたが、敵から丁重な扱いを受けた。当時パイロットには国境や戦争を越える絆があり、撃墜数でステータスを決め紳士協定を尊んだのです。ここには騎士道精神が息づいていました。」

という説明がありました。
このことについて詳細知ってる方いませんか。

捕虜になったのではないの?
なんでその後もリヒトホーフェンは戦線復帰してるのか?
捕虜交換されたということでしょうか?
この「丁重な扱いを受けた」という言葉の意味は「殺害されたが、丁重に弔われた」ということなのだでしょうか。しかしリヒトホーフェンはこれとは別の状況で戦死してるので、やはり意味が通らない。

リヒトホーフェンの死後に、国葬が行われ、かつての敵パイロットたちも葬儀に参列したそうなのですが、それは戦後の話であって、戦争中もそんなにお互いに友愛の精神があったのですか?
パイロットたちの間では、陸上では互いに戦闘行為をしないという暗黙のルールがあったということでしょうか。キャッチ&リリース的な?

gooドクター

A 回答 (6件)

第一次世界大戦でのヨーロッパでの捕虜の扱いと言えば、映画史に残るジャン・ルノワール監督作『大いなる幻影』 La Grande Illusion (1937年) が思い浮かびます。

フィクションですが、第二次世界大戦より前に作られた作品ですし、参考になるのではないでしょうか。収容所からの脱走も描かれてました。
https://kac-cinema.jp/ooinaru-genei/

あと、第一次世界大戦の戦闘や兵士の日常を捉えたドキュメンタリー映画『彼らは生きていた』 They Shall Not Grow Old (2018年) が『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのピーター・ジャクソン監督によって作られ、昨年日本でも劇場公開されました。
http://unplugged.cc/portfolio/%e5%bd%bc%e3%82%89 …

私は観に行きそびれたまままだ観てないのですが、おそらく捕虜については描かれてないでしょうけど、当時の雰囲気などは参考になるかもしれません。第二次世界大戦とはかなり異なる様子なのではないでしょうか。
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航空機の場合は、特殊だと思います。


通常の戦闘では、指揮官が居てその指示命令は絶対で、それに従います。
しかし、戦闘機の場合には地上に降りた時点で、指揮命令も存在しなくなり、戦闘能力も無くなります。
したがって、戦闘員としての価値も無いです。
この客観的な状況がある為に、この様な状況が生じたと思われます。
戦闘員も好きで人を殺している訳ではありません、戦闘能力の無いの軍人で有る為に、人間として普通に扱ったと言う事ではないでしょうか。
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<第一次世界大戦中のドイツ帝国空軍パイロットのリヒトホーフェンが


61機目の敵機を撃墜したときに、敵機の破片を集めようとして着陸した
際に敵パイロットに陸上で捕らえられたが、敵から丁重な扱いを受けた。>

ドイツ語と英語のWebサイトを検索しましたが、これを裏付ける記述は
見つかりませんでした。

彼の撃墜数を見ると、1917年4月29日時点で52機、8月6日時点で74機と
なっています。61機目はこの中間に達成されたことになります。
しかし、この時期に特筆される事象は、1917年7月6日に交戦中に銃弾を
額に受け、意識不明になる直前に友軍の占領地域に不時着しています。
救助された彼は手術を受け、25日間の安静を言い渡されています。
しかし、8月6日には既に出撃し2機を撃墜しています。
体調の不良を感じたようで、9月3日から10月23日まで休暇を取って
います。

彼は1918年4月21日に出撃し、撃墜されています。墜落地点は英軍の
占領地域で、彼の遺骸は英軍によって丁重に葬られました。英軍は彼の
所属する基地の上空から通信文を投下し、彼を撃墜した事と敬意を持って
葬った事を簡潔に伝えています。以下はその文です
“To the German Flying Corps. Rittmeister Baron Manfred
von Richthofen was killed in aerial combat on April 21st 1918.
He was buried with full military honours.”

しかし、彼の愛機の残骸はオーストリア兵によって記念品の破片として
持ち去られたそうです。

彼の葬儀は戦後改めて行われています。質問者の疑問どおりです。

<当時パイロットには国境や戦争を越える絆があり、・・・・・
・・・・・・ここには騎士道精神が息づいていました。>
当時のパイロットは自分自身を現代に生きる騎士と感じていました。
リヒトホーフェンもその代表的な一人で、戦いは生死を掛けたもので
落下傘を準備しているのは恥と考えて居たと伝えられています。

ドキュメンタリー番組(ディスカバリーチャンネル)は良い番組が
多く私も好んで見ていますが、中には豚でも無い内容の物が有ります。
話を創るのが上手で、解り易い嘘の時もあります。注意してください。
2、3年前になりますが、中国を環境技術先進国として紹介している
中国マンセーシリーズがありました。馬鹿なと思いながらシリーズの
全てを見てしまいました。
科学や史実よりは娯楽番組です。
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A:>敵機の破片を集めようとして着陸した際に敵パイロットに陸上で捕らえられたが、敵から丁重な扱いを受けた。



そもそも、↑=捕虜になった とは限りません。
墜とされたパイロットが、「彼」と知らずに捕まえたら「レッドバロン」だったでござる
 → 語り合って別れる。という事ではないでしょうか。
その場合、1対1であったと思いますし。



B>:パイロットたちの間では、陸上では互いに戦闘行為をしないという暗黙のルールがあったということでしょうか。

そのようなものはあったかもしれません。
そして、彼と会ったのが歩兵だったら、捕虜になったかもしれません。

当時の戦争自体は、機関銃によって無名の歩兵の集団戦に移行していましたが、飛行機はまだ特殊な兵器だったので、パイロット間には昔ながらの騎士道精神が残っていたのは確かだと思います。
騎士が馬から降りて殴り合いをしたがるとは思えませんし。

騎士道精神があった事について。
欧州では昔の戦争は貴族の特権でもあったからかもしれません。
その為に、WW1時でも歩兵は一般人でも、仕官クラスは元貴族が多数派でパイロットのような「上級職」にも多かったのだと思います。

最初の飛行機の用途が戦闘ではなく、武装も貧弱だった為に主に偵察であった事も影響しているかもしれません。
戦場で出会っても、挨拶して別れたりしていましたし。
「第一次世界大戦中の捕虜の扱いについて」の回答画像3
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やはり湧いたか。
(放置すると無知がだまされるしなぁ・・・)

日本を貶める為に「島国」という言葉を多用する半島国家がありましたね。


「鬼畜米英」について。
この言葉ですが、戦時中はそれほど使われていません。
それに類する言葉はありましたが、国内は総じて冷静でした。
英国とは同盟だった事もありますし。
それが変わったのは、↓の「ある写真」が原因です。

https://open.mixi.jp/user/867982/diary/1950338916
(日本人の頭蓋骨を贈ってくれた海軍のボーイフレンドに礼状を書くナタリー

戦後、マリアナ諸島から本国へ日本軍将兵戦死者の遺体の残りが送還された時、約60%がそれらの頭部を失っていたのです。)


戦争捕虜の扱いについて。
国際法では要求されるのは人道的な扱いです。(≠丁重なおもてなし)
必要経費を稼がせる程度の労働は認められています。

そして、日本の待遇が他の国より劣っていたとは思えません。
米軍が人道的だったとも思いません。



【米軍は親切だったのか ~ 沖縄戦】
https://jjtaro-maru.hatenadiary.org/entry/201106 …
《収容所は一定地域に有刺鉄線を張っただけで、テントやバラックを建て、砂の地面に寝る生活でした。そこでは伝染病が蔓延し、昭和21年(1946年)にはマラリア患者が17万人にものぼり、死者は毎年1,000人を超え、本島北部の住民は戦死者よりもマラリアによる死者のほうが多いくらいでした。食事も軍用携帯食糧で、収容所によっては食糧飢饉になって草の根やネズミまで食べつくし、栄養失調で次々死んでいった収容所もあります。》



このようなテーマでは、回答もしないで願望や妄想を騙る方が必ず湧きますね。
「第一次世界大戦中の捕虜の扱いについて」の回答画像2
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自分も戦争体験者ではないので一般的な意見としてしか言えませんが。


日本では「鬼畜米英」とかいう用語があって、以上に憎しみをあおり、敵意向上させたのは、島国であり、かつて大きな国対国の戦争を経験していなかった点もあると思います(中国や朝鮮半島との地域的な戦闘はありましたが)。さらに江戸時代の鎖国がながく、ますます孤島化してしまっていました。一方、ヨーロッパでは紀元前以前から、異民族との侵略と融和の連続であり戦争に慣れている点が挙げられます。
戦争とは、戦場において戦士と戦士が戦うもので、非戦闘員を襲うことは戦争とは関係のない犯罪です。戦争捕虜も、相手の人格を尊敬し、丁重にもてなすことになります。もちろん、排外主義や異民族蔑視の発想は全くないとは言い切れませんが。戦争にまつわる美談の映画はたくさんあります。
もちろん、肉親を殺された人にとっては、全ての敵国人が憎いでしょう。それは否定できません。
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