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昭和天皇は、靖国神社にA級戦犯が埋葬されていることに怒っていたという話を聞いたことがあります。
彼はなぜそんなに怒っていたのか。

質問者からの補足コメント

  • 画像は女の子(fateの遠坂凛?)がだるいしているものでお願いします

      補足日時:2021/07/18 23:07
gooドクター

A 回答 (7件)

No5、6です。


この回答は↑を読んでいるという前提でのものです。

聞いたことがある って便利な言葉ですね。
聞いたとしても、それを真に受ける「日本人」がいるとは思えませんが。
(ヒント:神社≠寺)


A:>彼はなぜそんなに怒っていたのか。

まともな教育を受けた者で、陛下を「彼」と呼ぶ日本人を私は知りません。

構成:ソースも出せない伝聞情報で責任を逃れをしながら、質問は それ=事実 という前提。

評価:幼稚な印象操作。(自分でも確信しているなら末期症状。)
   または自分の文章の穴に気が付けない無能。

まず、陛下もまともな日本人も靖国神社に遺骨が埋葬されているなどとは思っていません。
(過去にはこのような事を言い出す者もいましたが、それらはあの国々の方でした)

そして、昭和帝がいわゆるA級戦犯の合祀を不快に思っていたという証明はされていません。

このような主張(というか言い掛かり)の根拠としては、↓のいわゆる「富田メモ」がありますが、これには様々な疑問点があります。


前にもあったがどうしたのだろう
中曽根の靖国参拝もあったが
藤尾(文相)の発言。
=奥野は藤尾と違うと思うがバランス感覚の事と思う、単純な復古ではないとも。

私は或る時に、A級が合祀され
その上 松岡、白取までもが

筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
松平の子の今の宮司がどう考えたのか
易々と
松平は平和に強い考えがあったと思うのに
親の心子知らずと思っている
だから 私あれ以来参拝していない
それが私の心だ


記述と内容について。
1:問題の部分は手帳ではなく、手帳に張られた紙に書いてあった。(なので、発言当日に書いた物かも不明)
2:日経新聞は宮内庁・皇室の了解を得ているとして発表。(一方宮内庁は了解していないと言っている。)
3:メモの記述に疑問。陛下の場合は「親拝」であり、「参拝」という言葉は使わない。
4:松岡は病死であり、軍人ではなく、戦死もしていない。
  →A級以前に合祀の条件を満たしていないという指摘とも考えられる。
5:メモは4枚あったとされており、他の内容が不明である。
6:白鳥(敏夫元駐伊大使)を「白取」と書いている。


中西輝政(京都大学教授)
「東条、或いは広田弘毅外相のように天皇の身代わりになって処刑台に立った人々が靖国神社に祀られることに関して昭和天皇が抵抗感をお持ちなわけが ありません。
もし、お持ちなら、それは人の道に反します。
東条も広田も平沼騏一郎も皆、開戦に反対でした。
富田メモから“A級戦犯”全てについて天皇が不快に思っていたと結論づけるのは、したがって不完全な解釈だと思います」


当時の陛下の精神状態の問題もあります。

田久保忠衛氏(外交評論家)
「あの時期の昭和天皇が、10年も前のA級戦犯合祀について、果たして御自分の意図が正確に伝わるように御意見を述べられていたのかどうか、失礼ながら、私は疑問に思っています」
(メモの書かれた1988年4月28日となっていますが、前年の9月にガンの手術が行われており、体調も思わしくありませんでした。崩御は翌年の1月7日です)

宮内庁は、原因となったとされる元A級戦犯に対して、
昭和天皇は参拝を止めた後も、宮中のお使いを故東条英機宅に派遣し「御心配の御伝言」をされる等のご配慮をしています。


以上から、私にはメモが陛下の気持ちを表したものであるとは思えません。
(それどころか悪意の捏造である可能性すらある)

また、富田メモ研究委員会は、発表元である日経がメンバーを集めたものなので、信用性に欠けます。
なので所詮一組織の見解にすぎず、公的・多数の結論とするには無理があります。
事実、これに反対する意見も存在します。
富田メモ研究委員会のメンバーの中には、発表前にメモを本物と判定した人物も選ばれており、人選の中立性自体も疑問視されています。


この問題について、私が知る限りでは、合祀に反対している人達は同時に「君が代」や国旗や天皇制についても批判的な人たちばかりのように思えます。
しかし、そのような人たちが、なぜか合祀の時だけは 「天皇のお気持ち」 を尊重するべきであるという趣旨の主張をしています。

私にはこれが不思議でなりません。
「昭和天皇は、靖国神社にA級戦犯が埋葬され」の回答画像7
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この回答へのお礼

三国志画像ありがとうございます

お礼日時:2021/07/19 17:59

このような誘導の為の質問は過去に(うんざりするくらい)何度もされていますが、必ず昭和天皇がA級戦犯の合祀に怒って「親拝」を辞めたとか思い込んでいる物凄く頭の悪い人が湧いていましたね。


(他には「平成天皇」とか不敬な事を言ったり)

そもそも、昭和天皇が親拝を辞めたのは1970年代です。(合祀前)

その経緯は↓のように日本国内の反日団体が騒いで中国を煽ったのが原因です。

A:1975年、昭和天皇がいつも通り靖国神社を親拝されます。

B:これを朝日新聞が問題化し、それを知った中国が非難をしました。

【靖国神社問題】
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%96%E5%9B%BD …
(1985年8月に中曽根が参拝するまでは、非難はされていなかった。1985年の参拝に対しては、それに先立つ同年8月7日の朝日新聞が『靖国問題』を報道すると、一週間後の8月14日、中国共産党政府が史上初めて公式に靖国神社の参拝への非難を表明した[2]。一方で、戦没者を慰霊追悼・顕彰するため、外国の要人も訪れている)

C:国会でも社会党がこれを問題化し、それが原因で天皇陛下は靖国親拝ができなくなりました。

D:1978年元A級戦犯を靖国に合祀。
E:昭和1985年、中国が再度首相の公式参拝を抗議。→仲曽根首相は参拝を止めました。
(当時の世論調査では、国民は参拝に反対していません)

これ以降、マスコミが靖国参拝を騒ぐようになり、首相交代や夏になると靖国の事を質問するようになりました。
これらの騒ぎに拠って、中韓に靖国は日本叩き(=強請りのネタ)になると思われてしまいました。

CとDの時期のズレについては、元々陛下は毎年親拝しているわけではないから、間が開いても関係がないとは言えないという意見もあります。
しかし、これは状況証拠による推測に過ぎません。


以上から、靖国問題は反日メディアと反日政党による売国工作です。




いわゆるA級戦犯という呼称ですが、以下の理由から日本にはそのような用語や人物は存在しません。

a:彼らは合祀前に既に国際的に赦免され名誉も回復されている。
b:彼らは事後法と冤罪による被害者である。

aの赦免についてですが、
国内における彼等の赦免と名誉の回復については、国民の要望に国会が応えたものです。

戦後、彼等の救済を求める4000万人の国民の署名が集まりました。
国会はこれを受けて、1953年に遺族等援護法が改正され、東京裁判で有罪とされた人達は、日本の国内法においては罪人と見做されないという決定がなされました。
それにより服役中の死亡は「公務死」(靖国神社では「昭和殉難者」)、
逮捕者は「抑留又は逮捕された者」とし、公的な名誉の回復がなされています。

国際的な赦免について以下の経緯によります。
1951年のサンフランシスコ平和条約により、日本は主権を取り戻します。
通常の平和条約では、締結の時点で、占領国が行った立法・司法(裁判)は無効となり、それらの失効も継続もその国の自由です。
ところが、この平和条約は日本に東京裁判を受け入れることを要求しています。
これは、いわゆる戦犯の名誉を公的には回復できないことで、講和後の主権国家の内政に干渉しており、異常な内容です。
しかし、日本はこれに調印しなければ国際社会に復帰できなかった為に、この条件を受け入れました。

しかし同時に、条約では裁判参加11ヶ国の過半数が同意すれば、彼等の赦免・減刑ができることにもなっていました。
その後の1958年、その11ヶ国から、戦犯者の刑の残りを免除する通知が出ています。

この時点で、いわゆる戦犯は存在しなくなっています。
である以上、現在彼らを「戦犯」と呼ぶことは彼らへの侮辱であると同時に、自分の無知を晒すことになります。


現在では、陛下や議員の靖国参拝を叫んでいるのはあの3国しかありません。
しかし、それらの国々はサンフランシスコ平和条約に調印していないので、この件で何を言う権利もありません。
言い掛りに耳を貸す必要もありません。
「昭和天皇は、靖国神社にA級戦犯が埋葬され」の回答画像8
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この回答へのお礼

ソーニャちゃんの画像はあなたがコラしたものですか?

お礼日時:2021/07/19 18:03

No5です。



A級戦犯の法律以外の責任について。

戦争をしてという理由で「彼ら」を断罪して正義を気取る方がいますが、であるなら一方の当事国であるアメリカはどうなのでしょうか。
その方にとっては、正義や善悪は勝敗で決まるものなのでしょうか。


そのごりっぱな人達は、最初に戦争を仕掛けたのはアメリカの方である事や、以下の開戦までの経緯を知っているのでしょうかねえ。


植民地の獲得競争に出遅れていた当時のアメリカは、最後の市場である支那を狙っていました。
その為には、既に支那に進出していた日本を排除する必要がありました。
そしてアメリカは大陸での日本の行動を「侵略」と決めつけて、蒋介石に支援をする一方で日本には↓の人種差別政策や経済制裁を行いました。


1913年:第一次排日土地法成立(カリフォルニア州議会)
市民権獲得資格の無い外国人(主にアジア系移民)の土地所有および3年以上の賃借を禁止。
当時は日本以外のアジア系移民には市民権獲得資格がなかったので、実質のターゲットは日本人。
法案起草者のウェッブ・ヘニーは、
「この法案は、農業において日本人がこれ以上発展するのを防ぐのではなく、カルフォルニア州から日本人を追い払うことを目的としている」と述べています。
後にアリゾナ州などでも同様の法案が通過。

1920年:第二次排日土地法成立(カリフォルニア州議会)
日本人の借地権も禁じる法律。
日本人移民の子供(出生地主義ではアメリカ人)も土地所有が禁止される。
その後、同様の法案が10以上の州で成立。

1924年:「連邦法」で絶対的排日移民法成立(アメリカ全土が排日になる)
「帰化不能外国人の移民全面禁止」を定めたもの。
当時移民で「帰化不能外国人種」はほぼ日本人であり、この条項が日本人をターゲットにするものであるのは明白。

これは明白な「日米通商航海条約(1899)」違反であり、それ以前にアメリカ自身が主張していた「門戸開放・機会均等」の趣旨にも反している。

この法律により日本人はアメリカが「人種差別国家」である事に気が付き、世論はそれまでの親米から一気に反米に反転しました。

戦後、昭和天皇は「この大戦の遠因はアメリカの移民の問題であり、近因は石油が禁輸されたことである」と語っています。

しかし、それでも外相幣原喜重郎は国際協調を重視した外交を続けました。

アメリカへの移民ができなくなった日本は、満州への依存を強めることにもなりました。

その後もアメリカは、日本への経済制裁も強めていきました。


1938年 航空機の対日輸出に同義的禁輸を実行
1939年 通商条約の半年後の失効を通告
1940年 多くの対日輸出に統制を行う
1941年 米国人が蒋介石の政治顧問になる。フライングタイガース派遣。
1941年7月26日 日本人の在米資産凍結。

これにより紛争が長期化し、ハルノートにより大東亜戦争が始まります。

戦時中は日系人を強制収容所に送りました。
忠誠心を示す為に志願した者を激しい前線に送り込んで使い潰そうともしました。




それでも、先に真珠湾を攻撃した日本が悪いと言い張る方もいるようですが、実は先に手を出したのはアメリカの方です。



上記のアメリカの行為について、ローガン弁護人(東京裁判の日本側弁護人)は、

「これらの経済制裁は武力による戦争行為とかわらず、むしろより激烈なものであり、対中・対日政策は、交戦状態にある他国に対する、中立国の行為として公平なものではない」

と述べています。


パール判事(東京裁判判事)も同様の事を語っています。

【「宣戦布告」をせずに戦争を仕掛けたのはアメリカだった】(動画)
https://www.nicovideo.jp/watch/sm30717527
《1:05 「国際法の基本原則によれば、もし一国が武力紛争の一方の当事国に対して、武器、軍需品の積み出し禁止し、他の当事国に対して積み出しを、その積み出しを許容するとすれば、その国は必然的に、そのその紛争に軍事干渉することになるものであり、宣戦布告の有無にかかわらず、戦争の当事国になるものである。」
(東京裁判裁判官ラダ・ビノード・パール※国際法の世界的大家)》


↑によれば、日米は真珠湾以前から、アメリカの騙し討ちによって戦争状態であった事になります。
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やれやれ・・・またこの季節が来たか。
やはりここは質問と回答の質は比例しているようですね。
(それで他人の頭を罵るとか。放置すると無知が真に受けるしなあ・・・)


まず、いわゆるA級戦犯から。
(質問への回答前に無能の後始末までさせられるとは)

東京裁判は以下の問題があります。

1:そもそも、適用した法律に正当性が無い。
2:審理が公正ではない。


ここでは、東京裁判があたかも正当であるかの話もよく出ますね。 

当時の「国際法」や「条約」では、戦争派犯罪ではありませんでした。
そして戦争は主権国家の権利として道められていたので、法的な責任は生じません。
現在のごりっぱな方達が日本を叩いている善悪という基準からの「戦争責任」とやらも発生しません。
そして、国家の行為なので、戦争の指導者であっても個人を裁く事は出来ません。

しかし、連合国は日本とドイツに戦争の責任を押し付ける為に、ニュルンベルクと東京裁判の「裁判所条例」を作り、それを押し付けました。

更にポツダム宣言を発したのは7月25日には、それらの条例は出来ていません。
以上から、日本とドイツはこれらの裁判所条例を元に裁かれることを承知で降伏していません。


東京裁判の内容も、↓のような連合国の報復感情による私刑でしかありません。

イ:判事は、国際法より連合国の意向に沿う判決を要求されていた。
(「法」以外の何かの「意向」が優先されている時点で裁判ではありません)
ロ:元A級戦犯の罪状である「平和に対する罪」が戦時中には存在しない「事後法」を適用している。
ハ:判事や裁判官に戦勝国側の者しかいない(裁判の公平性が保たれていない)
二:判事に国際法の専門家は、インドのパール判事しかいない。(パール判事は、日本の無罪を主張)」
ホ:実際の審理も、連合国に有利な証拠は審理が甘く、敗戦国側からの証拠や弁護は認められなかったり、却下されている。(これは、判決後、裁判に関わった者も指摘しています。)
へ:戦争を個人の罪として裁いている。


そして東京裁判では、↓の条例が遵守されておらず、判事国の都合で恣意的に運用されていました。


【第九条 公正なる審理の為めの手続】
被告人に対する公正なる審理を確保する為め、左記の手続を遵守すべきものとす。
(ロ)用語 審理並に之に関連せる手続は英語及び被告人の国語を以て行はるべきものとす。
文書其の他の書類の翻訳文は必要なる場合請求に応じ提供せらるべきものとす。





以上の理由から、現在の日本政府も、東京裁判の正当性を認めていません。
その証拠に、彼らの中には叙勲された者もいます。
(日本では国内法で有罪が確定した者には叙勲資格がなくなります)
国内世論も彼らを犯罪者とは見做していませんでした。


以上から、いわゆるA級戦犯は冤罪を着せられ事後法で裁かれた被害者であり、彼らを「戦犯」と呼称する事は、彼らへの侮辱であり、私はこのようなデマを喜々として騙る者の知能と国籍を疑います。
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そもそも真偽不明の情報なのでなんで怒っていたかどうかの問題です。

富田メモでググってみるといいんじゃないですかね。
 で、埋葬はさすがに…。
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ものすごく頭が悪そうなのだけれど、埋葬という字に違和感がないか。


漢字の意味を理解できないと言っているのと同じなのだが、そもそも神社に埋葬なんてするかということがあるが、言っても無駄だろう。
靖国神社にA級戦犯が埋葬ではなく、合祀されたと言うことなのだ。
これに激怒した昭和天皇は、以降2度と靖国神社に詣でることはなかったし、平成天皇も同じだ。
頭が悪すぎてとても理解できないだろうが、A級戦犯と自分で書いているだろうが。戦犯という文字の意味も理解できない?
要するに、太平洋戦争によって、国内外の大勢の人が死んだのだが、その最大の責任者がA級戦犯なのだ。彼らが戦争を決断し、遂行したのであり、その責任は免れない。もちろん昭和天皇にも大きな責任はある。だからこそA級戦犯を奉ってある靖国神社には行くにいけないと言うことなのだ。
ま、A級戦犯の中にもえん罪の人はいる。広田弘毅だが、そんなことを言ってもさらに理解が困難になるだろう。
まあ、あなたの頭では難しすぎて理解の限度を超えているとは思うが、要するにそういうことなのだ。
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靖国神社には、だれ一人の遺体も埋葬はされていません。

ただ、軍人で戦死者名簿で名前があるです。

A級戦犯軍人は、戦死していないので、名簿にも記載されてはいません。

また誰もが知っている東条英樹元帥の処刑後の火葬後の遺骨は、米軍によって太平洋に捨てられたとなっています。日本国中のどこのお墓にも、納骨はされていません。

よって、昭和天皇がA級戦犯軍人が靖国神社に埋葬され激怒は、フェーク・ニュースです。
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