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一つ目青天を衝けでは越前守松平春嶽と徳川慶喜は仲がよさそうに見えます。しかし四候会議では慶喜と対立しているはずです。一体どんな仲だったのでしょうか。土佐守山内容堂も同様で、対立しているはずなのになぜ小御所会議ではあんなに慶喜が必要と言っていたのでしょうか。二つ目薩摩藩についてです。薩摩藩国父島津久光は元々は公武合体派でした。しかし討幕派に回った理由は慶喜との横浜鎖港問題で対立し、幕府を動かすのが無理なら倒すのみ!みたいな感じで討幕派に回ったという解釈で大丈夫でしょうか?そしてもし薩摩藩が幕府を倒していたなら島津を将軍とする幕府または国家ができていたのでしょうか?

A 回答 (3件)

しょせんドラマは虚構。


当時、たとえ会議で対立しても、あいつは有能な人物だと認める風潮がありました。正反対の意見が出たところで、その妥協点を模索するのが、本当の会議。今の国会みたいに数で少数意見を封じる方が間違ってます。

島津は、斉彬→久光と、藩主が交代しています。斉彬と比べ、久光はお坊ちゃま育ちで思想的にはかなり劣ります。斉彬の時は、公武合体が正解でしたが、久光に代わってからは迷走しています。大政奉還後、おい、俺はいつ将軍になれるんだ。とトンチンカンな発言をしたのが久光と伝わってますね。相手にされませんでしたけど。
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ドラマや小説は可成り脚色されている部分が有ります、一つの物語だけでなく関連する書物を沢山読むことをお勧めします、別な書物を読むと真逆な事が書かれている事が有ります、大体は勝者が自分達の良いように書き残す事が大いにありますから一つの小説だけでは真実はつかめません。

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テレビドラマを下敷きにして歴史を見ても真実は何も見えてきません。


もうひとつ別のドラマが生まれるだけ。
これは歴史学じゃなくエンタメカテのほうがいいかも。
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