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石見銀山は、精錬技術「灰吹法」を導入し、各地の鉱山開発の先駆けとなったがどこの国から伝わったのですか。

gooドクター

A 回答 (3件)

下記のWikipediaにも



日本には、戦国時代の1533年に石見銀山の発見に際して博多を通じ神谷寿禎が招来した吹工、宗丹及び慶寿(けいじゅ、文献により桂寿とも記される禅僧)の両名によって伝来された。
このとき日本に伝来した技術の系譜に関し、中国から伝来したと言う説と、朝鮮から伝来したと言う説があったが、近年では石見銀山資料館や島根県立古代出雲歴史博物館が「直接的には朝鮮から伝来したものといわれる」とし、また山梨県立博物館や新潟県立歴史博物館もこれにならっている。

と記載されています。

↓ Wikipedia「灰吹法」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%B0%E5%90%B9 …
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やれやれ・・・


また後始末か。
ヒント:経由地≠発祥地

A:>どこの国から伝わったのですか。

どの国とは起源と日本に伝えた国のどちらですか?

起源については、灰吹き法は旧約聖書にも記述があり、
最古の事例はバビロニアで発見されてます。

伝承については、「石見銀山旧記」によれば、
現在では、「宗丹」と「慶寿」という朝鮮経由で来た明国人という説が有力です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%BC …
《 浜田海上保安部「石見銀山に関する研究」の『第五章精錬』灰吹法には、次のように書いてあります。

『天文2年、筑前の国の慶寿という禅僧が始めたと言われる。この慶寿という人は、宗丹という人とともに神谷寿禎が連れて来た人で、おそらく支那の冶金法を伝えたものと思われる。寿禎の父、神谷永冨は、海外貿易を営み、南蛮にも往来していたから、寿禎は、この機会に自ら人を連れて支那・明国にいって、冶金術を習って帰ったと言われるからである。』》
「日本の歴史」の回答画像2
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朝鮮から伝来したとされています。

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