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亡き父から聞いた話です。
日本は第二次大戦に敗戦したために、連合国によって占領され、もしかしたら国旗である日章旗日の丸さえ使用禁止にされてしまう可能性すら皆無とまでは言えなかった。

そんな状況の中で、アジアなど有色人種のいくつかの国から、もしも日本が日章旗を奪われたり使用禁止になったなら、自分たちの国で日章旗を受け継ぎたいといくつかの国が名乗りを上げてくれたとか?

それは、第二次大戦において日本は確かに残酷なことも行ったけれども、白人国家白人支配体制に対して勇敢に立ち向かい、欧米の支配力をかなり弱めてくれたのも事実であるからだと。 日本への尊敬の念もあって。

実際には日本が連合国から日の丸を禁止されることはなかったですが、そんなことがあったという話を聞いていました。

ですがどうなのでしょう、これって真実なのでしょうか? 日章旗日の丸を受け継ぎたいという国も実際にあったのですかね、あったなら国名や組織名を知りたいです。
それとも、誇張された話や作り話に過ぎなかったのですかね?

皆さんからの回答を待っていますね、知りたいです。

「戦後、日本の国旗である日章旗を受け継ぎた」の質問画像
gooドクター

A 回答 (4件)

> 自分たちの国で日章旗を受け継ぎたいといくつかの国が名乗りを上げてくれたとか?



いいえ、そんな国はありません。

> 実際には日本が連合国から日の丸を禁止されることはなかったですが

占領期(の前半)に日の丸の自由掲揚が禁止されていました。これをネトウヨ歴史学では単純に「実際に1945~1949年まで使用禁止」というようですが、実際に使用はできました。
たとえば、その時期に天皇が各地へ巡幸していますが、写真を見ると人々が日の丸を手に出迎えています。巡幸にはGHQの軍人が付いていたので、日の丸の使用を認めていたことになります。彼らは天皇を護衛するためと、天皇の人気のほどを見定め(て占領統治に利用す)るために、付いて回っていました。
ただし、日の丸を持たずに出迎えている写真もあります。やはり、自由ではなかったということでしょう。また、官公庁や民家が掲揚することは、各地方レベルで禁止でした。全国一律の日の丸禁止令が出ていないのは、GHQも日本に気を使ったということでしょう。許可を得れば一部で掲揚もできたそうです。つまり「自由掲揚を禁止」であって「使用禁止」ではありません。

> あったなら国名や組織名を知りたいです。

前述したように国としてはゼロですが、組織としてはインドネシアの「ペタ」(義勇軍)がありました。ただし、日の丸ではなく旭日旗ですが。「ペタ 義勇軍 旗」で検索してみてください。
これは戦時中に日本がインドネシアを占領したとき、現地の民間人に命じて軍事訓練を施した民兵組織です。つまり、ご質問のように戦後「日章旗を受け継ぎたいと」「名乗りを上げ」たのではなく、戦時中から旭日旗に似た旗を持たされていたのです。それは日本軍が作った組織ですから。
日本敗戦後、このペタは日本軍から解散させられます。しかし、元ペタの兵士はすぐにインドネシア独立戦争に加わって、オランダ軍と戦いました。また、日本兵の中には日本へ引き揚げずに残留して、彼らに合流した人もいます。これは日本軍から見ると脱走兵ですが、インドネシア独立派から見るとありがたい存在となりました。

ただし、ネトウヨさんは残留日本兵の働きを過大に見積もる向きもありますが、インドネシア独立の決め手となったのは共産党やアメリカなどです。インドネシアの有力者の中には、オランダと妥協する考えもあったのですが、インドネシア共産党が徹底抗戦を断行しました。前述の元ペタも戦いました。
一方、アメリカはもちろん反共産党ですが、血みどろの独立戦争が続くのを嫌悪して、オランダに圧力をかけました。争いを続けるなら援助を止めるぞ、と申し渡したのです。第二次世界大戦で疲弊した西ヨーロッパは、戦後、マーシャルプランなどでアメリカからお金をもらっていました。オランダはそれを打ち切られたくなかったので、しぶしぶインドネシアの独立を承認しました。

> それは、第二次大戦において日本は確かに残酷なことも行ったけれども

おっしゃる通りです。インドネシアの小学校歴史教科書には次のような記述があるそうです。『全訳 世界の歴史教科書シリーズ32 インドネシア/その人々の歴史』(帝国書院、1983年)から引用します。

〔引用開始〕
スカルノ・ハッタを含むほとんどすべてのわが指導者は日本を支援した。〔中略〕
日本軍政府は厳しく残酷に統治した。〔中略〕数百万《一説に30万》人のわが青年が捕らえられて,タイ・ビルマといった外国で労務者(苦力)としてこき使われた。わが青年の大部分《一説に23万人》は再び祖国を見ることがなかった〔中略〕
日本は残忍でその行動は横暴であったけれども,占領時代はわれわれにとって利点もあった。〔中略〕これらすべては後日独立インドネシアを支えるためにわれわれが闘争した時,われわれにとって元手となった。
〔引用終り〕

つまり、日本軍は残忍で、インドネシアの民間人を強制労働で多数死なせたが、その一方インドネシアにとって利点もあり、戦後の独立に役立ったということです。

また、パラオやバングラディシュの国旗が日の丸へのリスペクトというのは、根拠が薄弱です。パラオ国旗をデザインしたジョン・ブラウ・スキーボング氏はそれを否定していますし、バングラディシュの国旗はもともと丸の中に同国の地図が描かれていました。
つまり、兄弟国のインド国旗とある意味似ていたのです。インド国旗は丸の中に法輪が描かれてますね。地は三色です(一説にヒンドゥー教、イスラム教、その他の宗教を表すという)。一方、バングラデシュ国旗の地はイスラム教を表す緑です。実際はイスラム教徒以外もいますが、イスラムを尊崇してインドから分離独立した国ですから。
その後、丸の中の地図を染めるのが面倒で取ってしまった結果、日の丸の色違いみたいになりました。しかし、リップサービスならともかく、公式に「日の丸へのリスペクト」と言ったことはありません。
インド、バングラデシュ以外にも「丸の中に図柄」という国旗はちらほらあります(ポルトガル、ブラジル、ベリーズ、エチオピア、チュニジアなど)。地の配色などはさまざまですが。バングラデシュ国旗もその系統であり、日本国旗とは系統が違います。
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この回答へのお礼

あっ、国旗掲揚を禁止まではされてなくて、許可をもらえれば日の丸を使用できたんですね、正確には。

インドネシア独立には、旧日本兵もいくらかは協力で来ていたのですね、それほどは大きくなくても嬉しいです。

やはりかつての日本は残酷なこともやっていますよね、罪も功績も両方あるようです。
パラオやバングラデシュの国旗が、日本国旗へのリスペクトというのは、根拠が薄かったんですね、納得です。 ベストアンサー差し上げますね、回答ありがとです。

お礼日時:2021/08/06 22:02

回答順に表示を推奨。


(やはり湧いたか・・・)

そもそも「そんな事が本当にあったのか?」という質問に、
「どこの国や誰が言ったというのだ?」という質問を返すとか。
(日本語を使い慣れていない国の方なのだろうか)

日本はアジア諸国を植民地にしていません。
今では併合を苛酷な植民地支配と言い張って、無限の謝罪と賠償を求めている国にも、地位によって良かったという人もいたようです。
そこでは、虎の意を借りた狐のように
日本軍に物資や食糧を売って儲けた人もたくさんいましたね。

その人達は、その時の稼ぎを基に今ではサ〇スンとか言う、世界企業になっているらしいです。


お父様について。
いわゆる「マッカーサーの12歳」と言われている方達なのでしょうか。

以下の回答は、戦時中の日本はアジア諸国に残酷なことはしていないという前提でのものです。

以上のあれこれについては、ここでは詳細な説明はしません。
(これを語らなければならないようでは、あなたの過去の質問から何も学んでいないという事ですし)



日章旗について。

A:>連合国によって占領され、もしかしたら国旗である日章旗日の丸さえ使用禁止にされてしまう可能性すら皆無とまでは言えなかった。

というか、実際に1945~1949年まで使用禁止になっています。


B:>これって真実なのでしょうか?

そのような資料は発見できませんでした。
質問との関係は不明ですが、パラオやバングラディシュの国旗は日の丸へのリスペクトだと思います。

B → 大東亜戦争への日本へのアジア諸国の評価から、そのような事があってもおかしくはないと思います。


確かに日本は一時的に統治はしました。
しかし、それは戦争の継続の為に資源が必要だったからです。
それに、いきなり独立させても当時の彼らには国家経営は無理でした。
そのような状況下での日本の施政を殖民地支配の為だというのは、悪意の歪曲だと思います。

戦時中の日本は彼らに教育と施して戦後の独立に備えさせました。
日本は敗戦しましたが、それによって彼らは日本が撤退した後も自力で戦い、独立を勝ち取っています。

【大日本帝国の最期第参幕】(動画)
https://www.nicovideo.jp/watch/sm36897044


その為に、アジア諸国は日本の戦争を侵略とは認識しておらず、戦後処理の時も日本を擁護してくれています。




【マレーシアの歴史教科書は日本軍のコタバル上陸・明治天皇御真影から始まる】(動画)
https://www.youtube.com/watch?v=Bk9c_mDvAf0
「戦後、日本の国旗である日章旗を受け継ぎた」の回答画像3
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この回答へのお礼

ふむふむ、日章旗が実際に使用禁止にされていた時期はあったんですね。
パラオやバングラディシュは日本へのリスペクトがいくらかはあったみたいです、嬉しいです。
マレーシアの歴史教科書は日本軍を好意的に受け止めてくれててうれしいです、日本分割を防いでくれたアジアもあったようです。

ただ、父は「マッカーサーの12歳」の世代だったかも。
丁寧な回答ありがとです。

お礼日時:2021/08/06 21:57

植民地支配でも地位によって良かったという人もいたようです



虎の意を借りた狐のように
日本軍に物資や食糧を売って儲けた人もたくさんいたでしょう

その人達にとって日章旗は水戸黄門に出てくる「印籠」と同じです

たとえば「日本が言っていた」とは
日本の誰が言っていたでしょう?

アジアの中には一人ぐらいいるかもしれませんが
アジアの国で「我が国は日本の日の丸にしよう」などと言ったら
嫌われるでしょう
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この回答へのお礼

日本統治時代をどう受け止めるかは、アジア人それぞれでもあるんですね、回答ありがとです。

お礼日時:2021/08/06 21:58

敗戦時に


洗脳精神教育で日の丸に以上に感情が的な状態でした。
日本の国内だけ敗戦を認めない人々がいました。
日章旗を見て気合を入れてしまうと考えました。
中央の人も確かにまずいと言う事で一時辞めときましょうとなりました。
混乱が終わるまでと言う事でしたが当時の連合軍が落ち着いたと言う事で
ご自由にと民衆が自由にお使いくださいと掲げる事が出来ました。
その後、様々な条約など可決していきます。 

軍隊を持たない平和な国の象徴の旗へ
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