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昔の日本人は、万物を支配する天を、どう呼んで読んでいたのですか?
「てん」ですか? 「あま」ですか?

A 回答 (8件)

> 弥生時代以前に(縄文時代かな)に、ツングース系民族が渡来してきたとすると、その時点で「万物を支配する天」を持ってきたとも考えられますが。



弥生時代以前にツングース系民族が一人も列島に来たことがないということはないのでしょう。 また、ツングースでなくても「万物を支配する天」を思っていた人が一人も列島に来たことがないということを確認することは、無理です。
ただ、どのような人が列島に来てしばらく生活していたとしても、「万物を支配する天」の思いを後代には伝えることができなく、むしろ、あらゆるところ、あらゆる出来事にそれぞれ祈りの対象があるという思いに染まったのでしょう。

なお、ツングースにも「万物を支配する天」のような思いがあったらしいというようなものは見つかってはいないようです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%9B%E6%85%8E …
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%BF%E5%90%89

論語に「四十にして惑はず、五十にして天命を知る、六十にして耳順ふ」という表現(吾十有五而志乎學、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而縦心所欲不踰矩)がありますし、易姓革命のような自己正当化の論理の展開もあるのですが、古代の一般中国民衆に「万物を支配する天」という思いがあったらしいというような説はないでしょう。
https://kotobank.jp/word/%E6%98%93%E5%A7%93%E9%9 …
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD …

民衆に対して、生活や軍事、使役・徴発面だけでなく、祭祀活動面についても、とても強い影響力をもつ人物が、「万物を支配する天」を説いて、自分がその天の代行者、正統な後継者であると言っている場合には、民衆も次第に「万物を支配する天」が存在し、あの王がその天の代行者というように受け入れるでしょう。 一種の個人独裁体制がそれを正当化させる論理を続けないと、「万物を支配する天」のイメージは、民衆の間では薄れなくなってしまうと思います。
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この回答へのお礼

再三のご回答ありがとうございます。
<民衆も次第に「万物を支配する天」が存在し、あの王がその天の代行者というように受け入れるでしょう。>ですね。

お礼日時:2021/08/06 17:24

たびたびすみません。


中国でも、民衆は 「天」ではなく、「神」を重視しているようです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD …

中国の民俗宗教は世界宗教の1つであるといえる。中国では人口の3割以上が民俗宗教を信仰している。中国の信仰は社会情勢を反映しており、人々によってその意味は様々である。

皇帝の時代も近代国家も、これらの慣習を「迷信」として反対したり、根絶させようと試みたりしたが、現在では中国大陸、台湾の双方で復活している。中華人民共和国政府は、中国南部の媽祖信仰(公式にはおよそ中国人1億6000万人が信仰している)や、黄帝信仰、陝西省の黒竜信仰、財神(英語版)信仰など、様々な形の民間信仰を支援している。

中国、とりわけ漢民族の伝統的な信仰をする。
神教は中国神話を指し、そこには神に対する信仰も含まれる。
ここにおける神は狭義の神だけではなく、「精霊」や「意識」、「元型」なども含まれ、自然神、太祖、城隍神(街の神)、国の神、 歴史的な英雄・神格化された人物、竜、祖先も信仰対象となる。
「天」など意識の中で重要なものではないから、いろいろ多彩な神が祀られているし、沢山の民衆がお参りしているのです。
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この回答へのお礼

度々のご回答ありがとうございます。
中国では、儒教により天が導入されたのですね。それ以前は、天は少なくとも明文されていないようですね。

お礼日時:2021/08/06 17:28

「あま」「あめ」でしょうね。

(雨と天(あま)は同源の単語だったはず)
ただ「天」が万物を支配するという考えは中国から入ってきた思想でしょう。
日本は、どうだろ、万物に神が宿り、おのおのが好き勝手やるようなイメージですねw
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この回答へのお礼

早速のご解答ありがとうございました。
<雨と天(あま)は同源の単語>なのですね
天(てん)はのちに移入ですね。

お礼日時:2021/08/04 14:21

済みません。


No.4です。
回答中の、「兵綻の準備をしながら賊の様子をうかがい、」は、
「兵粮(ひょうろう)の準備をしながら賊の様子をうかがい、」の間違いです。
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この回答へのお礼

ご丁寧にありがとうございます。

お礼日時:2021/08/04 14:22

「万物を支配する天」という概念は日本には無かったし、いまも日本にはないと思います。



「天」を「てん」と読み、人知を超えるもののイメージでとらえたのは中国で、中国の文献等の解読、解説、教育で、日本は「天(てん)」をとらえたのでしょう。
それも、江戸時代になってからのようです。
儒教哲学などが盛んに受け入れられても、「万物を支配する天」は、日本ではほとんど理解の外だったでしょう。
続日本紀の中に780年のこととして、次の「天誅」の記述がありますけれども、この天誅の天は、「万物を支配する天」というよりは、天皇とか上様とかの意味が多そうです。
天皇は陸奥持節副将軍の大伴宿禰益立らに次のように勅した。
将軍らは去る五月八日に書を奏上して「兵綻の準備をしながら賊の様子をうかがい、まさに今月下旬を以て陸奥国府に進み入り、その後に機会をみて乱れに乗じ、つつしんで天誅を行なおうと思います」と言上してきた。

日本では、「あま」で、そらを指したようです。 上の見上げて眺める先です。 「あま」に文字を充てるときに「天」を使用したのはいつなのでしょうか。
安麻乃波良 不自能之婆夜麻 己能久礼能 等伎由都利奈波 阿波受可母安良牟
天(あま)の原(はら)、富士の柴山、この暗(くれ)の、時(とき)ゆつりなば、逢はずかもあらむ

万葉集巻20に [歌番号]20/4306  [題詞]七夕歌八首
[事項]天平勝宝6年(754年)7月7日 年紀 作者:大伴家持 七夕 独詠
[左注](右大伴宿祢家持獨仰天海作之) ← この天海
      もしかすると、「てんかいを仰ぎてこれを作る」なのか
      「あまのうみを仰ぎてこれを作る」なのか
[原文]波都秋風 須受之伎由布弊 等香武等曽 比毛波牟須妣之 伊母尓安波牟多米
[訓読]初秋風涼しき夕解かむとぞ紐は結びし妹に逢はむため
[仮名]はつあきかぜ すずしきゆふへ とかむとぞ ひもはむすびし いもにあはむため

この8世紀半ば頃の日本には、天(あまでもてんでも)は、空(そら)の意味だけだったのでしょう。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
弥生時代以前に(縄文時代かな)に、ツングース系民族が渡来してきたとすると、その時点で「万物を支配する天」を持ってきたとも考えられますが。

お礼日時:2021/08/05 17:50

回答:何とも「呼んで」いない。

(この場合は「読む」ではない)
理由:無いものに名前はつけられない。

当時の日本には「万物を支配する天」という概念は無かったと思います。
あったのは、「カミ」がおわす場としての「天(あま)」
(その場そのものに何かの力があったとは思っていない)
「昔の日本人は、万物を支配する天を、どう呼」の回答画像3
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
<何とも「呼んで」いない。(この場合は「読む」ではない)>ですね。
おそらく、中国から導入されてから天という概念が生きてきたのでしょうね。それ以前は、おそらく<無いものに名前はつけられない。>ですね。
(ただし、ツングース系民族が渡来したとすると、その時点で天を持ってきたとも考えられますが)

お礼日時:2021/08/03 15:58

天の川とか天照大神と呼ぶので 「あま」だと思います。

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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
「あま」ですね。

お礼日時:2021/08/03 11:02

「あま」でしょうね。



訓読み(くんよみ)とは、日本語において、個々の漢字をその意味に相当する和語(大和言葉、日本語の固有語)によって読む読み方が定着したもの。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%93%E8%AA%AD …
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございました。
漢字が入ってきてから、「てん」も使われるようになったのですね。

お礼日時:2021/08/03 11:00

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