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旧日本軍の大半の死が餓死だったそうです。

  本当でしょうか?

A 回答 (11件中1~10件)

↓が出所かなぁ。



http://www7a.biglobe.ne.jp/~mhvpip/PacificWar.html

 餓死もあるかも知れないが、マラリアやチフス、赤痢などの伝染病で死んだ兵隊も多かったのでは?
「旧日本軍の大半の死が餓死だったそうです。」の回答画像1
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

純粋に戦闘で亡くなった割合が少ないのに驚きました。

お礼日時:2021/08/23 18:45

それが本当かどうかを確認できる根拠はない、というのが事実だと思います。

過半数餓死説はおそらく歴史学者である藤原彰氏の著書が発端だと思うのですが、それを証明する根拠はありません。
 おそらくニューギニアやビルマ戦線では確かに餓死者は相当数に上ったとは思うのですが、このあたりの戦域での記録を見るとマラリアなどの戦病死の話も相当数あります。また例えば中国戦線や沖縄での戦死者数は約100万人、戦死者数の4割です。ただしこの戦線では餓死者が多数という話はあまり聞きません。過半数、6割というのはニューギニアやフィリピン、ビルマ戦線がほとんど餓死だったとなってはじめて成立することになると思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

戦時中の記録の大半が消えた、あるいは失われた、証言も無いからなんでしょうね。

 ただ戦争って純粋に戦うだけをイメージしてましたが、餓死、病死とか色々な要素が絡み合って地獄絵図だったのは容易に想像ができました。

お礼日時:2021/08/23 18:57

大陸ではインパール作戦という、補給計画が杜撰極まりないインド侵攻作戦もあって餓死者が大量に出ることもありました。



しかし、南方の島嶼での戦いは、徐々に制空・制海権を米軍に奪われ、補給路が絶たれる苦しい戦況が続きました。ガダルカナルなど大規模な撤退作戦が2回。小規模なものも数多く行われていますが、救出できずに餓死や玉砕に追い込まれた部隊も多数にわたります。

また、南方でも、台湾沖航空戦で「米機動部隊を撃滅した」という大誤報が発生し、その誤報に基づいたレイテ島逆上陸作戦で、上陸した将兵が補給を絶たれてほぼ全員が餓死に追い込まれるという悲惨な事件が起きています。

南方の島嶼守備隊で無事終戦までほぼ全員が生き残れたのは、前線大拠点だったラバウルを擁するニューブリテン島守備隊の6万の将兵くらいでしょうか。
名将今村均将軍が、大規模な地下要塞を築くとともに、補給が絶たれることを想定して食料の自給自足体制を完成させていたからです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

本当に杜撰な戦争だったのがわかりました。
詳しくありがとうございます。

補給路を断たれたら、事実上の負けですよね。
自給自足体制はとても素晴らしい案だと思います。

お礼日時:2021/08/23 18:55

一説には、第二次世界大戦の日本軍の「戦死者」の6割は餓死と言われています。


ニューギニアやミャンマー、フィリピンでは、8割が餓死です。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

悲惨ですね、、、。
酷いわ。

戦う前から敗北も当然じゃないですか。

お礼日時:2021/08/23 18:53

昭和12年(1937)頃、日中戦争が起こり、南京が、陥落してのち、中国戦線でも大勢の日本軍兵士が食べ物も、水も無く、死んで行ったそうです。


兵站と言う言葉は有っても、行った先々で、食べ物を徴発することを、是とした日本軍のやり方でした。
日露戦争でも、ロシアが講和を申し出たので、日本は助かったのです。
そして、南樺太と、千島列島を手に入れたのです。
中でも最も愚かしいウ号作戦と言われたインパール作戦で有る。
ビルマを起点に、イギリス軍の援蒋ルート(蒋介石軍)を断ち切る為に、インド北東部部のインパールを目指し死の行軍を続けましたが、その為に、16万人の皇軍兵士がバタバタと、倒れましたが、日本軍の幹部は誰一人責任を取って居ません。
日露、日中、大東亜戦争を通じ、靖国神社に祀られて居る英霊たちの半分位が、所謂、犬死では、無かったか?
南方では、ガ島と言われたガダルカナルは、餓島とも言われ、戦う前に、飢え死にしたのです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

とてもお粗末な話ですね。
なんか、本当に国民の犠牲を厭わないところを強く感じます。

お礼日時:2021/08/23 18:53

南方部隊は配給無しで活動していたので、餓死する兵士は沢山いたと考えます。

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この回答へのお礼

ありがとうございます。

厳しかったでしょうね。
餓死なんて悲しいわ。

お礼日時:2021/08/23 18:52

日本軍の中枢にいた者の多くに、兵站を重要視するという考えの者は少なかった。


彼らはエリート中のエリートなのだが、兵士がものを食べたり、弾薬が必要なのだというあたりまえすぎるほどあたりまえのことを理解する頭がなかったのだ。
これは100年前の日露戦争の頃からそうした傾向があって、弾薬の補給に前線で戦っている将兵は苦労を強いられた。
不思議なことに、エリート中のエリートの筈なのだが、彼らは歴史に学ぶということを驚くほどになかったのだ。
日露戦争で、前線の将兵が弾薬不足で苦しんだのだから、今度戦争が起きたらそうした点を改善しようとは全く考えようともしないばかりか、太平洋戦争中にはもっとひどいことがあたりまえのように行われていた。
司馬遼太郎が言っていたが、エリート中のエリートというのはちやほやされて育ってきているので、現場で苦労をしている人の気持ちがわからないのだ、と。
中国での戦闘では、食料などは民家から略奪すると言うことで飢えから逃れることができていたが、東南アジアの戦線では食料はないは、弾薬も医療物資もないという状態の中で戦いを強要されて、圧倒的多数の将兵が病気と飢餓で死んでいったのだ。
エリートは賢いのかもしれないが、とんでもない冷血漢でもあることが少なくない。これは今も何も変わってはいない。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

それが事実なら残念な話です。

お礼日時:2021/08/23 18:51

餓死といえば、ガ島の攻防ですが、


wikiによれば、ガ島の損害は、死者19,200人、内、餓死者は10,000人弱程のようです。

衝撃的な数ですが、
第二次大戦の兵士の死者数は200万人以上と言われているので、餓死者は一部でしょうね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

やはり世界大戦は恐ろしいですね。
合計200万以上ですか、、、。
とんでもないわ。

お礼日時:2021/08/23 18:49

戦争の前線(実際の戦闘現場)のは戦力を維持するには、食料や、鉄砲などをはじめとするいろいろな物資の補給は、戦力・人員等の数倍から10倍は必要とのことです。



連合軍は、その旧日本軍の船などの補給路を徹底的に潰したのです。

ところが、旧日本軍の司令部は、補給路が切れているのを無視して、戦争の前線(実際の戦闘現場)を先に進めたり、広げたのです。

戦争の前線では、いろいろな物資の補給が来ないので、例えば、鉄砲などが撃てない、食料は無しなどとなったのです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

ま、補給線を断つのは戦争では一番の要でしょうからね。
卑怯というよりは、正攻法でしょうし。

お礼日時:2021/08/23 18:48

私の祖父はルソン島への約1200名の部隊の隊長をしていたそうですが、帰ってこれたのは200名程度だったそうです。

あとは皆餓死だったと言っていました。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

約2割弱しか生還しなかったのですね(><)
本当に戦争の悲惨さを知っている世代の人にとって、
戦争の無い状態がどれほど幸せなのかを知ってるんでしょうね。

お礼日時:2021/08/23 18:47

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