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日本の接種率が低い理由は色々あると思いますが、
一つが「打ち手不足」だと思います。
極端な話、誰でも打てるのであれば、駅とかで配ればいいし、
アメリカのように様々な場所にワクチン屋台を作ってガンガン
打てます。
なぜ、日本はそうしないのでしょうか。

日本では
「医師、または医師の指導の下」
のようです。
しかし、世界的な常識としては、どちらかというと
「ある程度練習すればだれでも打てる」
だそうです。

なぜ、日本では医者が絡まないといけないのでしょうか。
そんなに危険なのでしょうか。
そんなに危険ならば、医療従事者が実施したとしても、すでに
数1000万回実施ていますし、現場は、色々な状況
(打ち手の経験不足・体調不良・睡眠不足・一瞬ボーっとした、ついうっかり、等々)
があると思うので、そんなに危険ならば失敗例もあると思います。
実際に、接種技術が低いせいで大変な事態になることなどあるのでしょうか。

検査キットの配布も医師会は大反対していますが、その理由は
「失敗すると鼻血が出るなどの危険がある」
だそうです。
パンデミックの中、「鼻血が危ない」って呑気すぎない?
って思うのですが、
「やっぱり医療行為は医者がすべき」
なのでしょうか。

gooドクター

A 回答 (43件中1~10件)

始まりは


>> 日本の接種率が低い理由は色々あると思いますが、
>> 一つが「打ち手不足」だと思います。
でしたよね。

だからこそ「医者が絡まないといけない」のが「医者の特権」として問題だと言っているのですよね。

私は、打ち手不足が理由ではなく、そもそもワクチンの確保が雑で不十分だということが接種に必要な数を確保できず、接種率が上がらない理由だといっています。
その根拠が「渋谷の300人打ち止め」の三密空振りイベントです。

確保できていないのに打ち手を増やしても接種率は上がりません。
問題を摩り替えて既得権のようにあげつらうのはミスリードだといっています。
あたかも「数は確保できているのに医師会が既得権に拘って妨げている」というロジックで批判を重ねるのは事実と違います。
それに、医師も接種に必要性はわかっていますが、診療報酬の方が大きいので、ワクチン接種に駆り出されるのは、本音を言えば煩わしいでしょう。
あなたが言うように、アルバイトができることならそうして欲しいと考えている医師は少なくないでしょう。

医師会を叩く発言を殊更言い募っているのは医師会が政権の施策の誤りや問題を指摘し、批判している一派です。
そうすることで、医師会を貶め、間接的に政権に都合のいい「歪曲された事実」でイメージ操作を図ろうとする目論見です。

あなたがその一派であるなら目的に沿った主張をしているのでしょう。
そうでないのなら、冷静で合理的な物の味方をすることをお勧めしますよ。
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この回答へのお礼

費用対効果という考え方自体を否定する
あなたよりましだと思いますが・・・。

お礼日時:2021/09/11 21:12

「費用対効果」


を考えることは、行政を進めるうえで必須の考え方です。
下の記事のように、
「どこかに1兆円投資すれば、他の1兆円分ができなくなる」
のは当たり前のことで、どこに優先順位を持ってくるかは国民が決めます。

https://www.buzzfeed.com/jp/yutochiba/covid-19-v …

私はまさにこのようなセンスで、行政を進めるべきだと思います。

―――
ひとつの正解があるわけありませんが、コロナ死者数を減少させるためにどのくらいの犠牲を払いたいか、どのくらいのコロナ死者数を許容するか、という議論をすることは、今後のコロナ対策を考えていく上で本質的であると考えています
ーーー

「経済性を根拠に取捨選択することは命の値踏みそのものであり、倫理に悖る発想です」
などという論理で、目の前の問題に対して、費用対効果を考えずに
湯水のごとく、税金を投入するのはおろかです。
他の方法をとれば、もっと命を救えるのですから。
そのような決め方は感情的に決めていると言わざるを得ません。

「命は地球よりも重い」
というのは道徳の教科書の話であって、現実に何かを決める際には、
非倫理的と認識しつつも、どうしても定量化する必要があるのです。

もちろん、何かを決定しない場合は「命は地球より重い」でOKです。
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この回答へのお礼

私もこの記事にはとても納得です。
まさにこのようなセンスで行政を進めるべきだ思います。
実は私もある社会をテーマに数値モデリングをしているので、
共感する面が多いのかもしれません。

倫理は大事ですが、倫理と定量的な議論は両立しにくい部分も
あるので、倫理と科学的なセンスで持って、行政を決めるべきです。

また、
「AかBのどっちが大事か」
みたいな2者択一が好きな人がいますが、お金はほとんど連続量であって、
配分を決めるのが行政です。たいていの場合、
「Aにするか、Bにするか」
というよりも
「AとBの配分はどうするか」
という問題になると思います。

「オリンピックよりも命が大事だから、オリンピック0、コロナ10」
ではなくて、
「オリンピックよりも命が大事だから、オリンピック1,コロナ9」
みたいになるのかと思います。

テレビなどを見ていると、ゼロイチの話が本当に好きですよね・・・。
まあ、個人的には入オリンピックしなくてよかったんじゃない?
って思っていますけど。

お礼日時:2021/09/11 12:08

限られた財源の使い道が問題なのでしょ?


遊興費に巨費を垂れ流すよりも、国民全体の保健衛生という生活の基本に力を注ぐべきことは自明ですよね。
それを履き違った政策を強行しているから「1兆円も」なんて話になる。
保健衛生が荒めば、生活も経済も荒れ果てますよ。
それを「費用対効果がない」というのですか?
政策効果を言うなら、全領域を俯瞰的に見ないと恣意的な偏向でしかない。
それに、ワクチンが余って打ち手が足りないのではなく、打ち手が待ち構えていてもワクチンが足りず予約数が数百でオシマイって状況ですよ。
医師が100人を接種するのにどれほど時間がかかると思います?
1人あたりせいぜい2分です。スムーズにいけば1分もかかりませんよ。
1人の医師が100人打っても3時間程度。
それが渋谷の集団接種会場の予約はわずか1日300人程度。
打ち手が足りないなどという状況じゃないのは明白です。
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この回答へのお礼

「費用対効果が重要」
「費用対効果を考えて行政を決めるべき」
ということは納得して頂いたようですね。
よかったです。

「どうすれば費用対効果が改善するか」
はまた別の問題だと思います。
「コロナワクチン接種に1兆円かける」
が費用対効果として健全かどうかは私にはわかりませんし、
答えはないと思います。

しかし、現状として
「医者(または医療関係者)以外が打っている国もたくさんある」
そして
「大きな問題になっておらず、その制度を続けている」
という大きな前例がある以上、検討する可能性はあると思います。

貴方の言うように、
「コロナワクチン接種に1兆円かけることは当然である」
という結論もありうると思います。

>保健衛生が荒めば、生活も経済も荒れ果てますよ
コロナワクチン接種に1兆円かけないと保健衛生は荒むのですか?
ということです。
「本当に1兆円かけないと荒むのかどうか検討したほうが
いいんじゃないですか?イギリスは荒んでいませんよ」
ってことです。

お礼日時:2021/09/11 12:02

費用の使い道をいうのなら、富裕層の飲み食いや旅行に公金を垂れ流すふるさと納税やGOTOに拘って、五輪に拘泥して巨費を浪費してきたことこそ問題にすべきで、医療行為の安全にかける金は絞るより前に問題にすべきことがある。


そちらの問題を考えず、保健衛生を蔑ろにするのは歪んだ発想ですよ。
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この回答へのお礼

確かに、GOTOや五輪も議論すべき部分はあると思います。
しかし、「GOTO」「五輪」「コロナワクチン接種」
と同時に議論できます。
「GOTOこそ議論すべきで、GOTOを議論すると他の議論はできない」
というものでもないと思います。
それぞれ議論すればいいと思います。

・GOTOは他にもっと良い施策はできなかったか
・五輪はどうすれば良いせさくになったのか
・ワクチン接種はもっと良い方法で実施できないのか
は、絡み合ってはいると思いますが、ある程度独立に議論しても
良いと思います。
ただ、ここでは「コロナワクチン接種」がテーマです。

そもそも、五輪もGOTOもコロナワクチンも予算規模としては、
オーダーでおおよそ同じ程度なので、ワクチン接種は、
軽視するような規模の事業ではないと思います。

>保健衛生を蔑ろ
何度も言いますが、「蔑ろ」にするつもりは全くないですよ。
「他にもっと良い選択肢がないか」
を検討することのどこが「蔑ろ」なのでしょうか。
別に、
「ワクチン接種を医者にさせないで、浮いたお金をドブに捨てよう」
とか言ってないですよ・・・。

例えば、1万人を救える方法があるかもしれないのに
それを全く検討せずに100人の命を救うことに同じリソースを
割くことこそ「蔑ろ」ではないのですか。

お礼日時:2021/09/09 09:11

独善で設定した数字を根拠にすることに説得力はないですよ。


「素人のワクチン接種」という結論をおいて、そのために架空の数字、身勝手に設定した数字で理屈を並べて正当性を喧伝しているだけです。

あなたの理屈では、アフガンの邦人救出に巨費を投じるよりその金を近隣敵対国への先制攻撃に振り向けた方が国民を守ることになるなんていう理屈と思考が共通しているように思いますね。

金目ではなく倫理の問題です。
金を積めば倫理が引っ込むようでは世も末だと思うのです。
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この回答へのお礼

接種一回の療報は決まっていますし、医者以外が
打つ場合については各国ですでに実施済みですから、
ある程度ちゃんとした数字で試算できると思います。



その数字から、どういう結論を導き出すかは、政治判断や
国民の判断でいいと思います。
あなたのように
「医師(などの医療従事者)が実施すべき」
とう結論にもなりうると思います。

私が言いたいのは、
「すでに問題ないという結論が出ている国が多数ある」
「1兆円を節約することなど大きなメリットもある」
「なので、日本も検討してもいいのではないか」
ということです。

あなたの主張は
「無限の資源(金・人材・時間)」
を前提にしているように思えるのです。
1兆円は日本の諸問題を抜本的に解決できる金額です。
待機児童・教育完全無償化などなど。
また、コロナ専用の病院を10個作るとかも余裕です。
それのほうが利益が大きく、命を守れるのではないですか、
ということです。

本当に守れるかはわかりません。しかし、
「倫理的に命は地球より重いから、他の選択肢はない」
と思考停止しないで
「1兆円でもっと命を救える方法を検討したほうがよくないですか」
ということです。

>あなたの理屈では、アフガンの邦人救出に巨費を投じるより
>その金を近隣敵対国への先制攻撃に振り向けた方が国民を
>守ることになる
現実的な試算や根拠があり、みんながそれを信じられるのならば
その選択をすべきだと思います。
むしろ、もしも利益が大きいとわかっているなら、
「なぜそうしないのですか?」
っていう感じです。

それを選択しない理由は、
「現実的な試算が無理だから」
そして
「具体的な試算はできなくても、武力行使は不幸になると信じているから」
ではないですか。
あくまで、総じて
「その選択を行うと不幸になる」
からだと思います。

>健康被害が生じても諦めろって話ですよね。
そもそも
他の国を見ても「健康被害が出てもあきらめてね」なんて
なっていないですよね。ニュース見てます?

ーーーー
一応言っておきますが、私の「利益」というのは「金儲け」ではない
ですからね。
命がたくさん守れるのも「利益」ですし、日本人の学力が向上する、とか
色々な指標があると思いますが、「お金儲け」だけのことではないですよ。
あくまで「総合的な国民の利益」です。

お礼日時:2021/09/08 09:36

費用対効果は、責任を負ってこそ意味を持ちます。



素人にちょっとトレーニングさせてやるほうが人件費を安上がりに仕上げて費用はかからないかもしれませんが、それで健康被害が生じても諦めろって話ですよね。
少なくとも、接種をした者が「ボク素人だから」と杜撰なやり方をしても、「素人にやらせるってことは、緊急時に対応できないのは織り込み済みでしょ。」となって、健康被害は放置されて手遅れになっても仕方ないよね、という話です。

その責任を問われないのに、行為だけを行うことのいかがわしさを問題にすると「お花畑」と揶揄することで否定してかかるのは、無責任を肯定する連中のよくみせる態度です。

あなたがたは、それで自分が放置されて命を脅かされても「そんなの織り込み済み」と考えるのかもしれませんが、私はそのような杜撰な体制で金目の話を優先して安全を軽んじる行政の姿勢は、責任を負うべき国民・市民に対する責任を放棄した態度だと考えます。
お花が咲いているわけではなく、曖昧にして責任逃れを当然と認める方が、脳内にお花が咲いている状態だと思いますよ。
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この回答へのお礼

いや・・・。

ですから、そこに1兆円投じるということは、
他の1兆円分の事業をしないということなんですよ。
それについては無責任にならないんですか。

1兆円が降ってきたお金ならいいですよ。
捨てる予定の1兆円ならいいですよ。

私が言っているのは、
「もっとも命を救えるところに費用を投じるのが効率的」
「それを考えることが費用対効果を考えるということ」
と言っているだけです。

例えば、私は、ワクチン接種に1兆円投じるよりも、都内に
1000億円の病院を10個作ったほうが命を救えたと思います。
もしそれが正しいとしたら
「ワクチン接種に1兆円を投じることは命を粗末にしている」
となるわけです。
だって、もっと救える方法があるのに、それを選ばなかったわけですから。

しかし、それは検証のしようがないし、正しいかもわかりません。
私が言いたいことは、
「本当に効率的な方法を模索すべき」
「テレビで話題になっている目の前のことに無条件に投資するのは危険」
ということです。

お礼日時:2021/09/07 21:36

もめているのでコメントさせてもらいます。


ある地方自治体で医療行政に携わっているものです。
内部ではなく、外部からの協力者ですが、ある程度
実情に詳しいと思います。

「費用対効果」は税金で遂行する事業を扱う以上、必須の考え方です。

「命は地球より重い。命に値付けするとは何事だ!」
というのは、聞いていて気持ちのいい正義の言葉ですが、
有限の予算・人材・時間など様々な制限の下で実行する
わけですから、
「じゃあ、青天井でとにかく予算をかけて、めいっぱい安全対策しよう」
とかはなりません。
っていうか、内部の説明がとおりません。

もちろん、行政の目的は儲けることではないですから、下の人が言うような
>ビリオネアの富豪1人を救うために何人もの医師を張り付けるのは
>コストに見合った体制
などの発想にはなりません。

まず、いくらかけてどれくらいの安全が担保できるかが一番重要です。
その際には、あなたの言うように、「医療行政か否か」とか、
「可能性があるかどうか」とかではなく、
「ある額の税金を投入する価値があるか」を「総合的に」判断します。

ここで「総合的」というのを強調したいと思います。
というのは、「費用対効果」の「効果」には、
「実際に安全が担保できるか」だけではなく、
「その市町村のメンツ」とか「支持率」とか「メディアの評判」とか
様々な視点から見た「利益」を気にするからです。

もちろん、「地域住民の信頼を得る」も利益になります。
ですので、下の virgo_o_99 さんのように
「命は地球より重いので、安全にはいくらかけてもよい」
というお花畑に住むゼロリスク主義の人も一定数いますから、
そういう雰囲気を出すのも重要だったりします。

もちろん、安全にはお金を出したいです。
ただ、そこに投入するということは、他を削るということの
裏返しですので、
「税金を投入してリスクが減った」
とするのは危険です。
他のリスクが増えるかもしれないからです。

「医者以外が打つ」は、難しい問題だと思います。
実際に海外では少なくない国が、その選択をして、そこまで
大きな問題になっていない以上、可能性として検討するくらいの
価値はあると思います。
数1000億円かけてまで、医者が打たないといけないのかなと
思うのはそんなに変じゃないと思います。
また、他にお金をかけたほうが利益が多い(=救える命が多い)と
しても国民感情として納得できなければ、支持率が下がってしまい
ますから実行は難しくなります。
理性的に行政を進めるのって実はとても難しいです。ってか無理。

だけど、医師会って、世間の人が思っているよりもすごいんですよ。
私は怖くて、そんなこと口に出せませんねww
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
おっしゃる通りですね。

有限なリソースを使うわけですから、
費用対効果は考えざるを得ないと
思うのですか、したの人は納得いかないみたいですね…。

問題は色々あって、テレビ的な話題
になっている問題にばかり無尽蔵に
税金を投入するのは危険だと思うん
ですけどね。
まあお花畑在住のかたはテレビが言う
問題こそ何より大事で、全体の最適化
みたいなことには興味なさそうですし。

1兆円規模って日本の透析患者一年分ですからね…

お礼日時:2021/09/07 14:28

医療なかんずく疾病対策において経済性を根拠に取捨選択することは命の値踏みそのものであり、倫理に悖る発想です。



あなたの「コストパフォーマンス論」で言うと、ビリオネアの富豪1人を救うために何人もの医師を張り付けるのはコストに見合った体制で、治療費を払えない何千人もの患者のためにたった一人の医師をつけるのさえ、コストに合わないという発想につながります。

私はそのような立場には立たない。
医療をコスパで測りません。
もちろん、医療と公園管理を同列だという詭弁に付き合う気もない。
拝金主義に馴れ合うつもりはないので。
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この回答へのお礼

いや…
私が言っている費用対効果は別に儲け
とかの話じゃなくて、他の施策と比べて
1兆円かけるほどのリスクの軽減がありますか?ってことです。

社会学的には、リスクとは
発生確率と被害の大きさの積なので、
要するに被害の期待値です。
その値をどれだけ減らすのにどれくらいの資源(税金だけじゃなくて人的・時間的等も含む)を使いますか?
というのが問題だと思います。

あなたの立場にたつと、
目の前のリスクの軽減のためにはいくらつぎ込んでも良い、となりそのような考えをそのまま実行すると、場当たり的で非効率な行政になると思います。

人の命は地球より思いから万が一に備えることにはいくらかけても良い
というあなたの主張はわかりました。
それをすると、別のところにしわ寄せが
きて、より多くの地球より重い命が失われるのわかります?

私はリスクを定量的に評価することが
大事だと思います。

お礼日時:2021/09/07 14:15

>> ①1%だったら、1兆円かけてでも医者を常駐させたほうが良い


>> ②0.000001%だったら、練習した一般人が打ってもよい
>> などになるかと思います。

例えば、今回、異物混入がみつかったのは、日ごろから薬液の注射を行っている医師だからこそ、事前にバイアルをスイングして異物をみつけられた、ということがあります。

あるいは、接種時の体調に懸念を生じたり、問診内容から見送るべきと判断するのは、医師なればこそです。

現状は、そのような医師が実施しているからこそ、医療事故が避けられているのだと思います(接種後に亡くなった方はいましたがワクチンとの因果関係は否定されています)。

そのように安全措置をやっている現状での事故発生率をもって、ワクチン接種を素人がやっても同じ発生率だとみなして結論を誘導するのは不合理だし、事実の歪曲です。

また、ワクチンが有り余るほどあって、打ち手不足が接種遅れの主因というのなら、百歩譲って、相当時間の研修と実習を履修合格した人が代行する可能性もあるのかもしれませんが、現状はワクチン自体が足りていません。

若年者向け予約といってもせいぜい数百の枠で打ち切りになる程度です。
このことからも、接種遅れが打ち手不足の問題ではなく、ワクチンそのものの確保が足りていないことを物語っています。

あえて、接種を受ける人の健康リスク、医療事故のリスクを冒してまでやるレベルにないと思いますよ。

なお、確率論といったのは、ワクチン接種の指針として、健康被害を生じる科学的根拠が提示されていて、その回避のための接種後経過観察や、接種会場でのアドレナリン常備などの実施指針があることから、健康被害リスクは机上の空論でも針小棒大でもない、現実的リスクだということが明らかだからです。

その措置によって重大インシデントに至る前にケアを施し、事故の重大化を防いでいることが現状の「大きな事故は起きていない」という背景にあることを無視すべきではありません。
医師がいなければ、重大インシデントに至っていた可能性はあるのですから。
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この回答へのお礼

>安全措置をやっている現状での事故発生率をもって
いや。海外では、医者以外がやっているので、それが参考に
なるのではと思っています。
イギリスなんて、完全な素人するだけで、行政や医療の専門家が
相談して決めた方法ですので、総じて「問題なし」と判断したわけです。
そして、問題にならなかったという結果もすでに出ています。

ただちに、「問題なし!」と断言することはできないにしても、
医者以外ができる可能性を模索することは十分に価値があると思います。
「事故が起こる可能性があるので医者がすべき。議論の余地なし」
は思考停止だと思います。

今回の件に限らず、医療業界は、あらゆる医療について
「事故は起こってからでは遅い」
「万が一があるから医師がやるべき」
と言ってきました。
薬の処方もあらゆる処置も、
「万が一、念のため、命は地球より重い・・・」
等の理由で医師(やその周辺)が独占してきました。
「実際にやってみる」ができないので、その理屈を覆すのが困難でしたが、
今回に限っては、
「他の国がすでに実施している」
という強力な根拠があるような気がします。

>現実的リスクだということが明らか
繰り返しですが、私が言っているのは、
「リスクがあるかどうか。ゼロかどうか。」
ではなくて、
「リスクの大きさと費用・効果を天秤にかけるべき」
と言っています。
発生はするものの発生確率が極めて少ないのに大量の税金を
投入するのは非効率的だと思う、ということです。
接種にリスクがあるのはわかっています。
ただ、
「1兆円をかけるほどのリスクですか?」
「節税する方法はないのですか?」
ということです。

あなたは、
「医者を配置するかどうかは医療行政か否か」
「国立公園は医療行政ではないので、話が違う」
と言っていましたが、私は「医療行政か否か」は
大事ではないと思います。
あくまで発生確率と費用対効果の天秤だと思います。

オリ・パラは医療行政ではないですが、会場には医者を配置しています。
それは、何らかの事故が起こる確率が高いからだと思います。
国立公園も、公園内の大きな施設には医療設備があります。
多くの人が集まることろは事故などが発生しやすく、そこに
医療設備を置くと効率的だからだと思います。

お礼日時:2021/09/06 09:42

あなたの反応は、極論と摩り替えで強弁する詭弁論者の論法そのものです。



現実には現実に即した科学的判断があって、起こるリスクは結果論で考えると間違います。
なぜなら、措置する時点ではまだ結果は未定だからです。

だからこそ、施策の責任の帰属、だれが責任を負うか、国民に負わせてよい負担かを吟味し、施策を決定するという政策的判断が重要です。
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この回答へのお礼

私もリスクと費用の天秤が重要だと思います。
リスクは発生確率が重要です。

その上で、あなたが「確率論です」というので、
「●●くらいの確率で●●が起きると考えると、このくらいの対策が必要」
という考えなのかな、と思ってお聞きした次第です。

ここまでのあなたの言う内容を見ていると、
「確率なんて関係ない。どんなに確率が低かろうと、
可能性が完全に0じゃない以上、責任がある国が、
いくらお金をかけてもよいから対策すべき」
という主張に見えます。

別に私は、
「1円も税金をかけるな」
と言っているわけではなく、
「確率や費用を天秤にかけて、費用対効果が必要」
と思っているだけです。

あなたは
>措置する時点ではまだ結果は未定
としていますが、1年前ならいざ知らず、少なくとも現時点では、
すでにほぼ確定していると思います。
特に日本はスタートが遅かったですし。

例えばですが、
①1%だったら、1兆円かけてでも医者を常駐させたほうが良い
②0.000001%だったら、練習した一般人が打ってもよい
などになるかと思います。

ーー
>国立公園と医療行政を混同して語ることに何の説得力もない。
医療行政だろうが国立公園だろうが、安全配慮義務はありますよね。
安瀬配慮義務がある以上、対策は必要なのではないのですか?

お礼日時:2021/09/05 11:08
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