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神武天皇は九州より東征して大和朝廷を創立した初代の天皇とされています。
私の高校時代、社会科の教師は歴史の授業で、この天皇の実在を真面目に信じる馬鹿はおらぬと
授業の冒頭で豪語していました。
もう数十年前の思い出として、記憶に残っています。



このグーに来て、多くの皆様の書き込みを見て感じますが、

邪馬台国を「ジャマタイコク」「ヤマタイコク」では漢風の音読みに過ぎません。
「國」という漢字に『古事記』(訳本)を開くと「くに」とフリガナあり。
ならば、「邪馬台国」は大和の国で
その国を崇神天皇時代の人々は「ヤマトのクニ」と
呼んでいたと思います。

今、ある歴史研究書を開くと
神武天皇の皇子の綏靖天皇~開化天皇の間は
大した事績と判断できるもの見当たらぬとして
「欠史時代」と呼ぼう
ということみたいですが、




でも
天皇とて生物学的には人間です。どんな人間にも親はいます。
崇神天皇も人間でしょう。
古事記では第10代の天皇を崇神天皇とあり、崩御干支から318年か258年に崩御されたと
想像できます。258年なら、魏志倭人伝にいう邪馬台国女王卑弥呼の時代に
相当します。
そして、崇神天皇ならば、実在を認められた最初の天皇と
このグーでも認めている人が多くいらっしゃるのかなあ
と感じました。
ならば、その崇神天皇より10代として
順々に親を遡って10代前に行く。
その論理で
10代分、過去の時代に行った時期に
神武天皇がいて
その天皇がいて、九州から大和に来たと思えば、
何も不思議を感じない。

そういう認識はおかしいのでしょうか。
まあ、いくら人生100年といっても
127歳とか137歳、神武天皇が生きるとは想像できません。
ならば、史書のこのような数値は、もっと小さく縮められるはずの
換算方法を秘された暗号的数値とも想像できます。

だから、もっと小さな常識的年齢に
できることに成功すれば、
神武天皇を実在と考えても不思議ないと思うのですが、

当然、神武天皇~開化天皇の間はもっと短縮されて
神武天皇=紀元前7世紀の人
という認識は崩れるかもしれません。

それでもいいと
私は思います。

と私の想いを述べたとして、
皆様は
いや、やっぱり神武天皇などいないのだ。
とお思いでしょうか。

今でも高校の歴史の授業では
神武天皇を
真面目に実在信じることは
馬鹿だと教師は教えていますか。

子供がいないので、確かめること困難なので
これを確かめる意味でも
ここにいる方に問いたいのです。

皆様はどんな考えを
この問題について
持っていらっしゃいますか。

思いの程の中身を
聞かせてください。
よろしくお願いいたします。

A 回答 (9件)

やれやれ・・・


所詮はこの程度だったか。(回答も含む)

他人様に読んでもらった上に、考察の結論としての回答を求めるなら、質問文はそれなりの文章を用意しろ。
お前がどう思っているのかは知らないが、質問文は小学生のブログ以下。


質問と明確に判断できる部分がありませんが、
お前自身は質問をしているつもりになっている という前提で、
主旨を忖度してみましたがですが↓の解釈でよいのでしょうか。

【天皇にも親はいるので、実在の天皇にも神武天皇にあたる人物が存在するのではないのでしょうか】


評価:当たり前の事を大発見のように言いふらすバ○。

何から話せばよいのやら・・・

まず、お前の皇統の歴史の根拠が不明なので評価ができない。
日本書記なら、それが編纂された目的には諸豪族の神や歴史を皇室のそれらに組み込む事もありました。
その為に、当時の天皇の寿命が異常に長いのは、彼らが主張する先祖の年代と合わせる為でもあったらしいです。
また、複数の世代の行跡を一代にした為でもあるかもしれません。

これらについては、雄略~天智天武の時代の様々な事が関係していますが、質問の主旨から外れるので、ここでは語りません。
それに、このような例は、他の国の神話や歴史でもよくある事です。


よくこれらの事を理由にいちゃもんをつけて、「合理的な考察」と称して言い負かしたおつもりなっている方がいますが、そもそも編纂された目的をついて無知だったり、それで無知を引き込もうとしているのだと思います。
まともな歴史学者なら、この程度の事は知っているので、わざわざ突っ込まないと思いますし。


私は皇室の価値や重要性は、日本書記の「内容」とは関係ないと思っています。

日本人が日本人であるのは、日本の行政のシステムや日本国憲法によるものではなく、建国の神話やそれから続く歴史や文化によって日本人という集団が共有している「意識」に拠るものです。
そして、それは他の国も同様です。
(他の国は建国の理念やら他国との戦争に拠っているが、求心力を精神的な「何か」から得ている事にかわりはない)

その中でも、建国神話から続く神の血統という日本の皇室は、他の国が望んでも得られない貴重なもので、これ以上の正当性のあり国民にアピールできるものはありません。
(他国には、日本の皇室ような太古の建国神話と繋がってる家系はありません。
極論すれば、それらの全ての先祖は馬の骨です。
たとえ神の啓示を受けたものであっても、それ以前はその他大勢の1人です)

以上の理由から、「日本人である」という意識は他国のそれより強いと思います。
しかし、それは皇室の存在によるものであるので、それが消滅した場合、日本人はアイデンティティを喪失し根無し草になると思います。
(それを「自由」ともいうらしい ヒント:TVのエヴァの最終回)

日本を滅ぼそうとする者達が皇室を標的にするのは、これが理由です。



>思いの程の中身を聞かせてください。

ここは、学校のHRやら馴れ合いSNSではありません。
思考や疑問から質問内容を抽出できないなら、他所で呟いて下さい。
この程度を言い散らかしたくらいで、何かを成した自分に酔わないで下さい。
「神武天皇について」の回答画像9
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「神武天皇に相当する人物がいたことは間違いない。

」というのは、
ある人物の「父親」「母親」に相当する人物がいたことが間違いないのと同じくらいに正しいでしょう。
さかのぼれば、アマテラスやスサノオやイザナギに相当する人物がいたことが間違いないでしょう。史上初の人類ホモサピエンスにも「父親」「母親」に相当する人物(ホモサピエンスではない)がいたことも間違いないでしょう。
さらにさかのぼって、地球上の最初の生命体までさかのぼりましょうか(有性生殖ではないようですが)
余り意義のある議論とは思えませんね。
そういう記録があるというのは史実でしょうが(それも偽造かもしれない)、記録の内容が史実とは言えません。
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神武天皇に相当する人物がいたことは間違いない。

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邪馬台国は、ずーっとヤマト国と読まれてきたんですよ。

昭和くらいになってから、畿内ヤマト王権と区別がしづらいという理由からヤマタイ国と読むようになったんです。
ちなみに、畿内ヤマトの語源は中国の正史である三国志に書かれた文章に、倭国の王がヤマト国に居ると書かれてたから、自分の住んでいる国をヤマト国(=畿内ヤマト国)として、ばれた時の保険に倭国全体もヤマト国と呼ぶようにしたものです。三国志に書かれたヤマト国というのは、もちろん邪馬台国のことです。

神武は、東征というけど宮崎を”追い出されて”命からがら北九州に逃げた人です。なので宮崎に帰ることもできず当然本拠地にもできず、というのが本当です。で、保護した北九州の勢力は神戸あたり(?)までが支配地域だったので、その東の今の大阪あたりの土地なら好きに奪っていいよと言われて略奪しようとして返り討ちにあって~、という話です。なので、この泥臭い話には元ネタとなった人物がいたのだろうとは思いますが、それが初代天皇云々といった立派なひとではないです。せいぜい山賊の頭領くらいのものです。でも、そういう先祖の武勇伝が語り継がれた系統が、天皇につながる家系の1つにあったのでしょうね。
ちなみに私は、彼を宮崎から追い出したのは狗奴国の勢力だっただろうと思っています。まぁ証拠とかはないのですけどね、そう考えて”つながる”と何か嬉しくなるのでw
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この回答へのお礼

Thank you

ヤマタイコク=大和説で一致した気分でした。

神武天皇を狗奴國(=熊襲か)
が追い出した?

ここで何か引っかかる部分感じました。

ただ、熊襲とするなら、
景行~神功皇后の時代に討伐記(日本書紀と古事記)あり。
神武天皇とは時代を違える。
だから、話が噛み合わず。
同時に
九州には最初の妃である
吾平津媛を得た地
ということで、

追い出されたという感じは
違和感を感じました。


神武東征に熊襲は
出てこないので

魏志倭人伝のいう狗奴國の時代と
神武天皇は無関係という
感覚で考えていました。

まあ同じ九州ということで
関係はあるでしょうが、



まあ、人は人ということで
また新たな課題に
しておきます。

お礼日時:2021/09/01 20:59

#3です。

お礼ありがとうございます。

他の方の回答も踏まえて、少し補足します。

日本の君主の歴史をみて、もっとも厄介で他国と違うのは「現存する君主家があるのに、その初代が誰だか分からない」ということです。

たとえばイギリスにも現存する王家がありますが、初代はフランス貴族のギョーム公(Guillaume)で、イギリス風に読むと「ウィリアム」になります。

 他の国の現存する王家の初代も記録があり、逆に「神話からスタートする君主家」は日本の天皇家以外に既に存在せず、これが話をややこしくしています。

しかし、今の日本につながる征服王朝をスタートさせた人物は確実に存在します。彼が存在しなければ後のことだとしても「朝廷」が存在しえないからです。

なぜなら天皇家は「他の王家や貴族などの滅ぼされていない」からです。

だから初代は隣村を併合しただけであっても、その子孫が負け知らずで生き残り、どこかでヤマト王権と呼ばれるレベルの連合国家までたどり着いたことは間違いない、といえます。

現在まで負け知らずで生き残った天皇家をスタートさせた人物を「神武天皇」と呼んで差し支えないし、その人物は確実に居た(いなけりゃ、出発点がない支配者を日本人は尊んでいることになります)

もう一つ、初期の天皇数代は創作なのか?と言う点についてです。私は全員実在したとは言いませんが、しかし、フィクションではない存在は必ず居たと考えています。

なぜかというと「征服王朝なら、自分が初代」でいいからです。
先ほど例に出したギョーム公は元がフランス貴族で、ブリテン島に渡ってこの島と隣の島にあるイングランド・スコットランド・ウェールズ・アイルランドの各王を廃絶しています。つまり彼は4カ国に勝って「自分がこれらの王国の王になる」というのが、今のイギリス王家の始まりなのです。

他にも中国の元朝や清朝は漢民族ではない異民族支配で、彼らが王朝を開いたのは「勝って中華を征服したから」です。

ようするに「周りを平定し家来にするぐらい強い人」を支配者と呼ぶわけで、もし記録に実在を確認できる人物だけが天皇であり、その中の誰かが「初代」であるなら、その人物は「私が勝ったから支配者で初代である」で全く問題ない、世界的に見てそれが普通のことだったわけです。

しかし、それができない、「自分が日本国を治める初代だ」と名乗ると不都合があった、というなら「それ以前に日本の支配者になるための方法論(統治者としてみんなが認める方法)があった」ということになります。

他国の例でいえばローマ皇帝は「ユリウス・カエサルが作ったメソッドに乗らないと皇帝とは呼ばない」ので、家系が変わっても「カエサルが作ったメソッド」には反していないわけです。
 ということは家系が変わったので「王朝としては初代」であるとしても「皇帝」としてはカエサルと初代皇帝アウグストスから始まらないと「皇帝の権威を使えない」ことになります。

この点において、日本にもカエサルまたはアウグストスに相当する「権威の方法を作りだした初代の人物」が居たはずで、それを神武天皇と呼んで差し支えない、と私は考えています。


さて、最後に左翼的な考え方についてです。

日本の左翼たちは、2重の意味で天皇を否定したいのです。
①啓蒙的平等主義からみて、特別階級や支配階級が居ることが許せないから
②日本国を共産化するにあたって、天皇の権威が邪魔だから
です。

①に関しては、フランス革命やロシア革命で王政・帝政を廃絶させているのですから、特に変わった主張ではありません。

②に関しては、日本国の統治の歴史からみて「天皇の権威を廃止するのはすごく困難」だと左翼が思っているからです。

実際、日本の天皇は「権威」であって「権力」ではないのです。たとえば幕末の日本でフランス革命と同様に「権力者を倒して平等にしよう」としても、狙われるのは幕府と将軍であって、彼らを倒したら結局「天皇の勅許をもらって、民主主義政府を作ろう」と言うことになってしまいます。

これは明治以降の立憲民主主義政府と何も違いはないわけです。

だから、戦後日本で共産革命を起こすなら「民主政府をつぶしたうえで天皇の権威も抑え込んで共産政府にするしかない」ので、他国よりも2重に手間がかかるわけです。

だから左翼的な思想をもつ教師は「神武天皇はフィクションである」と言うことから出発して、「今の天皇や天皇の権威そのものがフィクションだ」と洗脳したいわけです。

これが「この天皇の実在を真面目に信じる馬鹿はおらぬ」と主張する教師たちの本心なのです。
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この回答へのお礼

ありがとう

大変よく分かりました。
熟慮して参考にさせていただきます。

お礼日時:2021/09/01 16:07

その天皇がいて、九州から大和に来たと思えば、


何も不思議を感じない。
そういう認識はおかしいのでしょうか。
 ↑
日本という統一国家が存在して
その初代天皇が神武だ、というから
おかしくなるのです。

統一国家が出来たのは、神武天皇から
ず~と後の話です。

だから、天皇の親がいるからといって
神武「天皇」が実在した、という言い方は
オカシイです。




神武天皇を実在と考えても不思議ない
と思うのですが、
 ↑
どこかに小さな部族があって
その長がいた、というのは判ります。
その長の子孫が天皇になったのかも
しれません。

しかし、日本という統一国家の長が
いて、それが神武だ、というのはオカシイ
のです。



皆様はどんな考えを
この問題について
持っていらっしゃいますか。
 ↑
倭の五王がいて、その中の
武王が、天皇になった。
それ以前の天皇は創作。

そう考えています。
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この回答へのお礼

ありがとう

>倭の五王がいて、その中の
武王が、天皇になった。

ここで武王は居ると言ってくれたこと

少し救われる。
でも
武の前に讃・珍・済・興の4王居ると聞くが、これはどうしたのか気にかかる。
「それ以前の天皇は創作」→創作かでね。

お礼日時:2021/09/01 16:13

質問者様に言いたいのは「神武天皇に相当する人物は必ずいる」ということ「神話的な説明をしている古代の歴史書を鵜呑みにすること」は別だ、ということです。



現代ならともかく、古代はすべて「属人的」な社会で、個人の能力に頼った社会であったわけです。

だから「以前の地域よりも大きな範囲が統一された」なら、それを行った人物は必ずいます。

日本の歴史においては、かなり古い時代から九州の福岡付近と奈良から近畿にかけて大きな勢力が居たことが分かっていて、2世紀の邪馬台国も大陸の記録に現れることで、実存が確実視されています。

なぜなら「外国や異民族の文献は、自国や自民族の都合による記録改ざんには影響されない」からです。

なので、当時の日本には後にヤマト王権から大和朝廷になり、今の日本国の形を決定付ける征服や併合の時期があったことは確かであるわけです。

なので「最初に周囲を征服し始めた人物」は確実にいるわけで、彼が神武天皇に相当します。

ただ、日本書記などに掛かれたいわゆる「欠史8代」の天皇が「記録にある通りに実在したか?」は疑問で、愛大のもっと天皇が居たかもしれないし、実は征服王朝が途中で変わっていて、8代が血族ではないかもしれない、と言う点はあります。

ちなみに「これらの天皇の寿命が異常に長い」と言う点について「弥生時代は温暖化で2毛作が可能で、米が取れると1歳年齢が上がる数え方をしていたので、今の数え方なら1/2の年齢になり、そうなると辻褄は合うが、皇紀は数百年短くなる、と言う考え方もあります。

なので「のちに大和朝廷になる王朝の征服活動を始めた初代」としての神武天皇は必ずいますが、左翼的な教師はそれ自体を否定したがるので、こちら側もよく見極める必要があります。
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この回答へのお礼

ありがとう

「のちに大和朝廷になる王朝の征服活動を始めた初代」としての神武天皇は必ずいます

この言葉に救われた気分です。

ありがとうございました。

今少し考えてみます。

お礼日時:2021/09/01 15:00

歴史書は時の権力者が都合のいいように書き換えています。

日本昔話を
読む感覚でみて下さい。
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この回答へのお礼

ありがとう

なるほど。
出来れば
どんな感覚が正しいか
具体的に
教えてくれると
助かります。

お礼日時:2021/09/01 09:15

百済が滅び、いよいよ唐が本土に攻めてくるかもしれないという時に、慌てて【我々は、唐が簡単に攻め落とせないような高度な文明を持っているぞ】と主張する目的で、都を作ったり、紀伝体で日本書紀を作ったりしました(伝はつくられていない)。



神武天皇は、その時点で創作されたのだと思います。もちろん九州から来た人であると言った要素それ自体は、あり得る話です。何故なら奈良の遺跡からは、九州や出雲や四国など各地の遺物の要素が混じり合ったような痕跡もありますから。

ただし、どうやら奈良の大和朝廷の人々の先祖は、九州や中国や四国などの豪族が混じり合っているらしい、という曖昧な程度の推定と、初代が神武天皇であるという作り話とは分けて考えるべきだと思います。
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この回答へのお礼

ありがとう

つまり
作り話なのですか。

お礼日時:2021/09/01 09:12

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