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母方の祖母が4日に亡くなりました。

痴呆と身体的なことで2年ほど前から介護施設に入っていました。

先日、急に呼吸困難になり入院。その時はお見舞いにいきました。笑顔で話もできました。
その数日後に危篤状態になり、下宿先の柴又から川崎に駆けつけました。
亡くなった時もタクシーをとばして駆けつけました。

でも…介護施設にいた2年もの間、私は一度もお見舞いに行かなかったんです。
2年という月日もの間、何故一度も会いに行ってあげなかったのかと、自分に愕然としています。

実家に遊びに来る時や親戚で集まる時は必ず参加するようにはしていましたが…。でも…。

最初の1年ちょっとは遠方だったのですが、その後自宅から電車で30分もかからないところに移りました。
私はその頃、殆ど、柴又の下宿先で生活していましたが、
実家に帰ることは何度もあったのです。

行こう行こうと地図をもらったり最寄り駅を調べたりしていたのに、どうして一度も行かなかったのか。
行こうとすると急に腰が重くなったり、うつ状態になったりして(元々私は躁鬱病です)、家から出ることも出来なくなったりしていました。

昨日、何て薄情な孫なんだ、と母と叔母に責められました。当然です。
自分が許せません。

ボケた祖母に「どなた?」と云われるのが辛かった。
話かけても敬語で話されるのが悲しかった。
でもそれでも、会えば無邪気な笑顔を見せてくれました。

そんな祖母に、私は一度も、会いに行ってあげなかったんです…。

昨日はお通夜でした。
今まで何もしてこなかったのに涙を流している自分が最低の嫌な女だと思いました。
母からの冷たい視線も感じました。

今日はあと数時間でお葬式です。
でも涙が止まりません。
精神安定剤を飲んでも眠れません。

どう気持ちを持っていったら良いのでしょうか。
本当に自分が許せなくて、仕方がありません…。

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A 回答 (18件中1~10件)

まずは、おばあ様の冥福をお祈りいたします。



個人的な話で恐縮ですが、私も似たような経験があります。
祖母が病院で寝たきりになり母がつきっきりで看病していましたが、nanako_pochyさんとは違い、その時祖母が大っ嫌いで、(祖母はわかままでした)母の体力が落ちてきたため仕方なく、交代するため顔を出したというひどい有様。

今は祖母のわがままに振舞うしかなかった状況を理解できるくらい大人になったのですが、
「祖母に優しくできなかった」という体験はものすごく重い意味を持っていて、表面わがままな淋しがり屋に出会うたびに祖母を思い、奮い立つことが出来ます。

誰に責められようと、過ぎてしまった事は覆すことは不可能です。
これから出会う人により有意義に生かす為に、しょっぱい思いをさせてもらえた、と思うことはできないでしょうか。
亡くなっても生きている人がその人を思い続ける限り、その人の存在は生き続けると誰か言ってたな。

nanako_pochyさんはおばあさまのことが大好きだったのかと、文面から勝手にお見受けしました。
あなたの心をきっと亡くなったおばあさまはわかっているはずです。
どうか亡くなったおばあさまにしてあげるはずだったことを、これから出会う人達に悔いのないようにしてあげてほしいです。
そうすることでおばあさまも天国からにこにこ笑ってくださるのではないのでしょうか。
「うちの孫は表現するのは不器用だけど、ホントはこんなにあったかい子なんだよ」って。
あなたのコメントをたまに拝見しておりますが、なんてあったかいコメントを書く人なんだろう、この人が生き易い世の中になったら気持ちいいだろうなあと思っていました。

できなかったこと、自分が周りから責められることから離れ、これからできること(お墓参りとか生きている人に出来るときに優しくするとかおばあさまへの感謝とか。感謝の気持ちは故人に確実に届くそうな)に思いをシフトしてみませんか。

おばあさまはnanako_pochさんに間接的ですが身をもって命の尊さ、目の前にいる人に逃げずに集中することの大切さを教えてくれた気がします。
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この回答へのお礼

★★お礼が前後いたしますが、必ず後ほどお答えいただいた全員の方に返信させていただきます。
ご了承下さい。★★

・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 

irodorusakuraさんの言葉、とても心に沁みてきました。
おっしゃる通り、私は祖母のことが大好きでした。
今は少しですが、自分を責める気持ちが薄らいできました。
でも、ただただ茫然としている…という感じです。
自分が自分でないような…今ここにリアルに自分がいることを感じられないのです。
ずっと映画のスクリーンを見ているようで、現実感がありません。

でも、
>あなたのコメントをたまに拝見しておりますが、なんてあったかいコメントを書く人なんだろう、
>この人が生き易い世の中になったら気持ちいいだろうなあと思っていました。

こんな風に見ていて下さったことがいる、ということがとても嬉しかったです。感激してしまいました。
私は自分が許せない、でも、私のことをそういう風に見て下さる方がいる。
それだけで本当、心が救われます。

irodorusakuraさんのおっしゃるように、これからできることは沢山ありますよね。
でも、それはお墓参りとか、家事を手伝うこと、とばかり思っていました。
他の方に親切にする、困っている方を助ける…そういうことだって、祖母はとても喜ぶだろうと思います。

私が祖母のために最後にしたことは、ツーショットで微笑んでいる祖父(2年前に他界)と祖母の絵を描いて、棺に入れたことです。
裏には手紙も書きました。

今、祖母は向こうに行って祖父と見てくれているでしょうか。

これからirodorusakuraさんの云うように、他の人に対してできる色々なことを、今まで以上にもっともっとしていきたいと思います。
ボランティアににもっと真剣に取り組もう。
些細なことでも、笑顔一つ、言葉づかい一つでも、人を幸せな温かい気持ちにできる女性であろう。
そう思いました。

ほんとうに、ひとつひとつの言葉で、心が穏やかに温かくなっていき、希望や勇気をもらえました。
ありがとうございました!

お礼日時:2005/03/08 23:28

わざわざお返事どうもありがとうございました。

恐縮です。

かえって怒らせてしまったのでしょうか。まったく面目ない。事情を把握できていない人間の書くことですから、どうかお気を悪くなさらないでください。


私は文脈を読み取る力が弱いんだと思います。
他の回答者様にもゴミでした。ごめんなさい。
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この回答へのお礼

すみません。
私は、立ち直ったとはいえ、まだまだ心に余裕がないですね…。

貴方の回答には、叔母には当てはまりませんが、ハッとさせられ、考えさせられる部分もありました。

思わず熱くなってしまい、配慮の足りない書き方をしてしまいましたが、お礼を書いたあと、ベットに入りながら冷静になってくると、色々思うことがありました。
参考になる部分もありました。
こちらこそ、大人気なくて申し訳ないです;;

ちょっと気持ちのやり場に困ってしまって、キツイ書き方をしてしまいました。
他の回答者の方にも嫌な思いをさせてしまったと思います。
申し訳ありませんでした。;

お礼日時:2005/03/12 22:40

普段は覗くことのないカテゴリーで(他の質問者の質問をたどって立ち寄った)、いまさらという感はありながらも、これも何かの縁と思い書かせていただきましたが、辛い思いをさせてしまったとしたらごめんなさい。



質問者様の気持ちの変化は見て取れるものの、書かずにおれなかったのが正直なところです。


質問者様の為というよりは、周りの人のためと思うので、いつか読む気になった時にでも読んでやってください。


人が感情をぶつけてきた時に、それをしっかりと押し返してあげないと、相手の怒りが増して、本人ですらどうにもできなくなってしまう事があります。

お店などでのクレームがわかりやすいのですが、店員がおろおろしていると、お客さんはヒートアップして(自分の怒鳴り声にさらに興奮して)、抜いた刀の納めるところがなくなってしまう事があります。

苦情はしっかりと立ち、笑顔で、前に出てうかがう。という姿勢は、決してそれ以上非難されないようにする為のテクニックではなく、相手を思うからやる事なんだと。


悲劇のヒロイン~云々の発言から、あなたの「反省している。受け止める」という態度が、元々はなかった周りの人の虐待心を煽ってしまうような事がなければと思い、蛇足の上にも蛇足ですが書かせていただきました。

失礼いたしました。

この回答への補足

お礼では失礼致しました。
こちらも余裕がなく、熱くなって書いてしまいました。
接客に対するプライドは人一倍高いので、つっけんどんに書いてしまいまして、本当に申し訳ありません;;

yammaさんのご意見は、これから先参考になる部分がありました。
ぜひ読み返させていただきます。

回答ありがとうございました。

補足日時:2005/03/12 22:56
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この回答へのお礼

>悲劇のヒロイン~云々の発言から、あなたの「反省している。受け止める」という態度が、元々はなかった周りの人の虐待心を煽ってしまうような事がなければと思い

それは私がさめざめと泣いていたからでしょう。
今はもうそんなことはありません。

私は長く接客業をやってきて、クレームゼロでした。
どんなに怒ってらっしゃる方でも、私が対応するとにこやかになっていました。
お客様にはいつも満足して帰っていただいたと、自負しております。

>苦情はしっかりと立ち、笑顔で、前に出てうかがう。

「しっかりと受け止める」というのはそういうことだと自分でもわかっているつもりですが。


>人が感情をぶつけてきた時に、それをしっかりと押し返してあげないと、相手の怒りが増して、本人ですらどうにもできなくなってしまう事があります。

うちの叔母には当てはまりません。
火に油を注ぐというものです。

「反省して、受け止める」というのは、弱弱しく「全て私が悪いんだわ。よよよ」となるということではありません。
受け止めるところは受け止め、自分は自分の価値観を崩さないつもりです。
それを読み取っていただけなかったのは、残念です。

私が回復してから、周囲とはとても穏やかにうまくやれています。
ご心配なさらずに。

お礼日時:2005/03/12 02:55

もし一回お見舞いに行っていたら、あなたは「一回お見舞いに行ったからまあいいか」と思うでしょうか。

そうじゃないでしょう、どうしてたった一回しか行かなかったのか、と悔やむでしょう。
二回でも10回でも同じです。
人間、後悔しながら生きていく罪深い生き物なのですよ。
あなたを薄情と責めた人は、あなたの気持ちをわかっていない薄情な人です。

死んでしまった人は、あなたを恨んでなんかいません。自分のために苦しむあなたの姿を見たくないだろうと思います。孫には幸せになってほしいはずです。

というわけで、痛み分けやね。
あなたは誰にも許されないほどひどいことをしたわけじゃない。泣くことはありません。許さない人は越権行為をしていると思う。亡くなった人の意思に背く行為だと思いますね。

あなたに笑顔が戻って幸せになることが何よりの供養ですよ。

この回答への補足

★皆様へ
★ここで一旦区切りをつけさせて頂きます。
立ち直ってから、ポイントをつける方を考えるために少し間をおいていました。

しかし、今までの私のお礼や補足での考えを読んで下さっていない、と思われる書き込みもいくつかあり…

…恩知らずな質問者と思われるかもしれませんが、
皆さんのお話はタメになるし、受け止めていこうと思いますが、立ち直りつつあるとはいえ、現時点では、他の方の辛い体験をこれ以上読むことや、叔母を責めるような書き込みは、正直辛いです。
(体験談は貴重なものとして今後参考にさせていただきますが、他の方の寂しさや辛さにも共感してしまうため、今は受け止める余裕がありません。)

私が細かく叔母に言われたことを書き連ねてしまったからいけないのですが、今は叔母の心境もわかるし、受け止めていこうと決めたので・・・。
どうか私の決意を尊重していただけないでしょうか。
私は、今では叔母と母からの意見は最もだと納得しているので。

★回答いただいた皆様、質問を読んで回答しよう、と思ってくれた皆様、ありがとうございます。

ただ、私の心境が今、かなり変わってきていることは今までのお礼・補足欄に充分書いてきたと思うので、ぜひそちらをご一読下さい。

質問当初の私の心理状態とは、かなり変わってきていますので、質問だけを見て回答いただいても、ちょっとお礼に困ってしまう部分がありますので;

無礼を承知で、補足致します。       3.11
                  

補足日時:2005/03/11 23:52
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
たしかに2回でも10回でも悔やむかもしれません。

でも、やっぱり1回も行っていないのと、10回では雲泥の差だと思うのです。

叔母はキツイ人ですが、薄情ではありません。
祖父が亡くなった時「もっと優しくすれば良かった」とボロボロ涙を流し、後悔していました。
一番辛そうでした。
そして、それからは祖母に対して懸命に尽くしていました。
彼女は私のように口先だけでなく、行動で祖母を愛し、尽くしていたんです。
だから、その叔母から責められることは、当初は傷ついて凹みましたが、今では受け止めたいと思っているのです。

泣く人もいれば、その人を許せないと思う人もいる。
でも、人それぞれで、時が経てばみんなだんだん、穏やかになっていくと思うのです。
だから、叔母の発言に対して「ちょっと云いすぎですね」と冷静に解釈していただける方は嬉しかったのですが、一方的に祖母を薄情、と言われるのは辛かったので、補足にて、自分の気持ちを正直に書きました。
どうしても不快な思いにはさせてしまう部分は否めませんが、私なりに最大限配慮して書いたつもりでした。

仕方がないのかもしれませんが、No19のあなたの書き込みをみて、とても悲しかったです…。

>あなたに笑顔が戻って幸せになることが何よりの供養ですよ。

そうです。それを叔母にも云われたんです。
叔母も辛いから、泣いている私にキツイ発言をしたのだと思います。
でも、今は笑顔です。

ありがとうございました。

お礼日時:2005/03/12 22:56

私も幼い頃、母や祖母を亡くし、いろいろ考える事が多かった者です。




分けて考えたほうがいいのは「お母さんと叔母さんがあなたを責めたい気持ち」と「あなたがお婆さんにすまないと思う気持ち」は対象が一緒ではあるものの、別の話だという事です。


例えば、時間が過ぎてお母さんや叔母さんが許してくれたとしても、あなたはお婆さんに許すと言ってもらえない限り、許された気がしないはずです。

これはあなたとお婆さんの関係であって、それはあなたもお婆さんも、お互いわかっているはずです。

見舞いに行くってしんどいですよ。病気である事を認めなきゃ行けないし。自分のことを覚えていなかったりすると、まるでそっくりな他人のように感じてしまったり。相手の事を好きであればあるほど、逃避する事ってあると思います。いつまでも元気な頃の記憶のままでいたいから、新しい記憶を拒否してしまったり。

全てわかった今のお婆ちゃんからしてみれば、可愛いもんです。


お母さんや叔母さんの気持ちもわかるんですが、あなたにあたる事じゃない。それだけお婆さんの事を好きだったんでしょうが、そういう様子はお婆さんも喜ばないですよ。

あなたが自信を持って、毅然と立ってあげないと、お母さんと叔母さんの虐待心まであおってしまって、更にお婆さんを悲しませる事になりかねません。


あまり度を越した(お婆さんが横で聞いていて悲しむような)言い方をするようなら、きっぱりと「お婆ちゃんに言われるならともかく、二人に言われる事じゃないよ」と分別してあげた方が良いかも知れません。


あなたがどうして2年間お見舞いに行けなかったのか。私は理解したつもりでいますが、よしんば誰もわからなかったとしても、あなたとお婆ちゃんだけがわかっていればいいじゃないですか。
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この回答へのお礼

遅くなりましたが、回答ありがとうございました。

上では失礼な書き込みをしてしまい、本当に自分は子供だなぁっていうか、すぐに熱くなってしまい、恥ずかしいです;

>全てわかった今のお婆ちゃんからしてみれば、可愛いもんです。

ありがとうございます。
祖母はお嬢様気質で我侭なところもあったので、そういうところはあまり想像できないのですが…。
でも、上に行った人間はみんなお見通し、ってよく言いますもんね^^

今は毅然と、そして笑顔でいます。
叔母もこれ以上キツイことを云うことはないでしょう。
そう感じます。

色々失礼をしてしまい、申し訳ありませんでした。
ありがとうございました。

お礼日時:2005/03/12 23:05

ぽっちーさんだいじょぶ???


^^^^^^^^
辛いこと
悲しいこと
続いちゃうと
滅入ってしまうね・・・・

言いたいことが
うまく
文章にできないんだけど・・・・
ぽっちーさんは
私のお気に入りの
会員さんなので
応援してます☆彡

またここで
真面目で
優しくて
ノリの良い
ぽっちーさんに
逢えるのを
楽しみにしてますょ☆彡

この回答への補足

お礼が云い足りなくて、補足です^^;

いつもいつも、meitneriumさんの回答は読みやすくて、スッと心に入っていて、とても温かい。

meitneriumさんの文章は短いですが、そこからもらえる勇気や元気はほんとに計り知れないです。

ほんとにほんとにありがとう。
いつもとても心が救われて、ほっとできます。(TvT)

補足日時:2005/03/12 23:37
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この回答へのお礼

流れ星さんだ!(>▽<)

今回もありがとう~前回もありがとう~。
^v^大丈夫だよ!
今は全て回復の道へ向かっています。
失敗も悲しい出来事も、全部そこから学べることが必ずあるから、凹むことは多いけど、私はもっと成長できると思っています。

meitneriumさんのお気に入りの会員になれてるなんて嬉しい!(>v<)
私たち両思いじゃないですか。
どうします?(どうします?って云われてもなぁ…)

いつもほんとにありがとう。
大好きです!^O^

お礼日時:2005/03/11 00:49

私も、昨日9日に祖父が亡くなりました。


小さい頃は一緒に住んでいて、すごく可愛がってもらっていたので、昨日は悲しくて涙が止まりませんでした。
なんとか最期に立ち会うことできたのですが、苦しそうな姿を見ながら、どうもしてあげられない自分に腹がたったり、なぜ、もっと元気な時にお見舞いに行ったり、身の回りのことをできなかったんだろう…後悔する気持ちでいっぱいです。
私も、昔はお世話になったいたのに、仕事を始めたり、自分のことで忙しくなってしまうと、結局、祖父のことは人任せにしてしまいました。
ここ数年は、ほとんど一人暮らしだった祖父に、寂しい思いをさせてしまったこと後悔してます。
なんとか、今からでも、自分にできることはないか…と昨日からずっと考えています。
あと、すこしだけ泣いて、自分の気持ちに整理ができたら、亡くなった祖父のこと、残されて入院している祖母のこと、それ以外の人たちにも、自分にできることってなんなのか考えていきたいと思います。
きっと、manakoさんのおばあさまも、manakoさんがいつまでも後悔してるより、これから先のことに目をむけてくれることを望んでいると思います。
それは、故人を忘れることではなくて、亡くなった人たちを想いながら生きていくことだと思います。
私も、manakoさんの質問や、皆さんの回答を見て色々考えさせられました、ありがとうございます。
そして、おばあさまのご冥福をお祈りします。

この回答への補足

●この質問を書いた時、後悔と自分を責める涙が止まりませんでした。
そして、祖母の肉体が焼かれ、お骨になってからは茫然自失でした。

でも、ここでのみなさんの温かい言葉や、親友や両親との会話、実家に戻って、地元の人との他愛ないお喋り、笑顔を交わす。
そんな何気ない時間が私をだんだん穏やかな気持ちにしてくれました。

反省や悔やむ気持ちは消えません。
また落ち込むことも、祖母を思って泣くこともあると思います。
でも、自分を必要以上に責めることはもうしません。
それより私が心穏やかでいることで、多くの人を楽しませ、幸せな気分にできるんです。

温かい言葉をくれた回答者のみなさん、ありがとうございました。

順に全ての方にお礼を書かせていただきます。

補足日時:2005/03/10 16:09
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。そして祈りをありがとう。

pink87さんも辛い思いを経験されたのですね。
私だけじゃなくて、色んな人が、人の死に向き合っているんですよね。

自分でも驚いていますが、ここで回答いただいた方々をはじめ、父親や親友、地元のお店の店員さん、色んな方に笑顔とパワーをもらって、今はとても心穏やかです。

いたずらに自分を責めるより、これから先のことを明るく見ていこうと思えるようになりました。

感受性が強い分、落ち込むと手のつけようがない私ですが、人の温かさからもらえるパワーも、人一倍効力を発揮するようです^^
ほんと、皆様に感謝、感謝です。

あたたかい回答、ありがとうございました。

…ちなみに私はmanakoではなくnanakoでございます…(笑)^□^;

お礼日時:2005/03/11 02:25

No.6です。

お忙しい中人柄しのばれるぽっかぽかなお礼、ありがとうございました。
このコメントはおまけなので、わざわざお礼をする必要ないですからネ。
>他の人に対してできる色々なことを、今まで以上にもっともっとしていきたいと思います。

って頑張る必要はないのです。人を幸せな暖かい気持ちにできる女性になる為には、まず自分の嫌なところ、情けないところもぜーんぶ、いったん認めることがスタートです。
今の自分を責める心があるなら。
nanako_pochyさんと同じような人が目の前に現れたとしたら、あなたはその人を責めますか?
自分を責めることも人を責めることも同じことです。
お母さんが冷たい視線をnanako_pochyさんに投げるのは、皆さんが仰るとおり苛立ちや後悔からだと思うのですが、「故人に優しくしてあげられなかった」というお母様自身の内面の憤りをnanako_pochyさんに反射させているのではという気がします。
それだけ今は余裕がないのではないでしょうか。
一般的に苦手なタイプの何が苦手かって、自分の認めていない面をまざまざと見せ付けられ、刺激されるからだったりしますし。

話は脱線したけど、まずは自分を大切にしてほしい。
自分を責める気持ちを優しくオブラートに包んであげてほしいです。
自分を大切にいたわれる人は、人に対しても優しさを醸し出せるツボを心得てるもんです。
痛みを知っている人はだから柔らかいのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

いえいえ^^
お礼は書かせていただきますよ!
私がそうしたいのです。

irodorusakuraさんの回答には本当に救われました。
改めてお礼を言わせていただきます。
ほんとうにありがとう。

No12のこのコメントも、考えさせられるものでした。
私は自分のマイナスを受け止めていない、確かにそうです。
私と同じような人がいたら、…責めないと思います。
ただ、やっぱり「お前何もしてないクセに」とは思うと思います。
母は、冷たいというより、半ば「また泣いてるわ…」というあきれ気味の視線でした。

「泣いたってどうしようもない」
そう思って冷静になり、涙が止まっていく人と、
「わかっているけど涙が止まってくれない」
人がいるんですよね。

私と母は全く違うタイプの人間なので…。

「自分を大切にいたわる」
これはこれからの私の課題です。

「自分を愛せない人は、他人も愛せない」
私は以前、この言葉には「そうかなぁ??」と思っていましたが、深いところにくると、この言葉は真理なんだと最近身につまされています。
自分を愛して、大切に扱える人だから、人に対しても真の意味で愛せるのだと思います。

色々ためになるご意見、あったかい言葉、本当にありがとうございました。(TvT)

irodorusakuraさんの回答はこれから何度も読み返すでしょう。
そして忘れないと思います。
何回云っても足りない。ありがとうございました…!

お礼日時:2005/03/11 02:20

No,1です。



その後、お体と心はどうでしょうか?
まだ、ご自身を許せない気持ちで一杯ですか?
そのお気持ちは、直ぐに無くならないかも知れませんが、
その気持ちにゆっくりと向き合う事が出来れば
叔母様ともいい関係を、取り戻せる糸口が見出せるかもしれませんね。

私事ですが、弟が亡くなった時に父が何かにつけ
苛立ちや後悔から周りに当たったり
些細な事で「お前らは薄情や!」と怒鳴ったりしていました。
そんな感じが叔母様に似ている気がします。
参考にならないかもしれませんが…

どうぞ、お体ご自愛下さい。
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この回答へのお礼

確かに、叔母は普段からとてもキツイです;
下にも書きましたが、後悔して泣いたり反省していることを話していると
「悲劇のヒロイン気取らないでちょうだい。目障りだわ」「やるんなら誰もいないとこで一人で泣いてちょうだい」
と云われました。

今も、叔母に会って何か云われたらまた不安定な状態になってしまうと思います。

でも、叔母が一番辛いんだと思います。
ずっと一緒に暮らしていて、一番親身に介護していたんですから。
口先だけの私より、ずっとずっと大変な思いをしてきたはずです。

だからどんなに責められても、受け止めるつもりです。
そして、これからの行いで誠意を見せたいと思います。

自分を許せない、その気持ちはまだあります。
でも、後悔だけでなく、それをこれからどうしたらいいのか、を真剣に考えるようになりました。
そして、あまり力まずに、祖母や、私と関わる他の多くの人に、あったかい感情が伝わる、心穏やかな私でいたいと思っています。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/03/11 01:43

 なくなられたお祖母さまのご冥福をお祈りします。



 私は今日、とてもお世話になった方の告別式に行ってまいりました。

 その方は、私にとって祖父のような存在の方でした。年はずっと若いけれど、亡くなった祖父によく似ている方で、とてもしたっていました。

 私は、その方の入院中、お見舞いに行きませんでした。。来週こそと思った矢先に訃報が入りました。同じくお世話になった彼に、その事を責められました。ものすごい後悔と、うつ状態と自分を責める感情に苛まされました。

 以前、祖父母が亡くなる前、お見舞いに行って、弱ったしまった姿を見て、パニックに陥って、ひどい離人や解離を起こしました。
 葬儀でも、最初の父方の祖母の時は告別式の日パニックを起こして、解離し、半分記憶がありません。
 その後も祖父母がなくなったときは、同じ症状を起こしました。(私は離人症、解離、人格障害等、色々障害あります)
 また同じ事が起きるのが怖かったんです。
 
 お通夜の時に、友人たちとその方のお顔を見に行っったとき、とても安らかでした。ごめんなさいと心で言いました。友人に、お見舞いに行かなかったことの後悔を話したら、『あのかたはあなたの悲しむ姿は見たくなかったと思うよ。』
 そういってもらえてとても楽になりました。

 夕べはあまり眠れませんでした。こわかったですが、今日おもいっきって告別式に行ってみました。
 パニックにもならず、その方を最後までお見送りする事ができました。祖父母のときにはできなかった事をさせてくださった気がしました。祖父母の分もやり直せた感じでした。

 彼は仕事でいけませんでした。お疲れ様とひとことメールをくれました。私を責めたとき、彼もかなりつらかったんだと思います。

 あなたは、責められるような事はしていないと思います。

 おばあさまはきっと、やさしく見守って下さっていると思います。
 上からは、すべての物事がお見通しですから。
 後悔しているあなたの自分にとても厳しく、人に対してとても思いやりのあるやさしい心はおばあさまにつたわりますよ。きっと。

 
 
 
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この回答へのお礼

aataretareさんも、私と同じような(とひとくくりにしてしまうのは失礼ですが)体験をされたのですね。
私も離人症状など自分をしっかり保てませんでした。
でも、aataretareさんのご友人が

>『あのかたはあなたの悲しむ姿は見たくなかったと思うよ。』 

と云ってくれたように、私の周りの人も、とても温かく私の話をきき、抱きしめてくれたり、励ましてくれたりしました。
人と人ってほんとにあったかいですね。
今回のことで家族の絆も深まったように感じます。

母は、責めるというより、大泣きの私に呆れているような感じでした。
叔母には「悲劇のヒロイン気取らないでちょうだい」と云われました(これはキツかったです…)

自分で悔やんでいたことを、強い口調で責められたことで、かなり自分の精神状態が不安定になっていたのだと思います。

当然だ、という思う反面、とても辛かったです。

でも、今は立ち直りつつあります。
上から祖父も祖母も見てくれていますよね。
そんな祖父母に恥じないよう、自分をしっかり保って、素敵な女性になろうと思います。

あたたかい回答、そして祖母のために祈って下さり、本当にありがとうございました。(TvT)

お礼日時:2005/03/11 01:35

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Q祖母の死。 無気力で死にたい。

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今まで元気だったのにいきなり入院となり、そのまま亡くなりました。
正直、突然のことで今でも信じられません。
祖母には生まれてきたときから、つい最近まで、
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と言いますか相当な世話焼きな祖母だったので私自身うっとおしいなと思っていおり、まともに会話すらしませんでした。
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自分は今まで鬱などもなく、これまでの人生を何の疑問もなく
生きてきましたが、これを機に人生とはなんなのか?
自分は何のために生まれてきたのか?
というものを真剣に考えるようになりました。
考えても答えがみつかりません。自分の存在意義がわかりません。
祖母が死んで数日経ちますが今私は、何も手をつけることができない
無気力な状態です。
仕事をするのがやっとです、仕事中も頭の中は祖母の死で考えがいっぱいです。その大きな理由は生きてる間、祖母に可愛がってもらったのに何もしてあげられなかった自分が許せなくて涙が出てきます。
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未来がどうでもいいと思ってしまうことは初めです。
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私は23の会社員ですが、先日、我が家の祖母が亡くなりました。
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と言いますか相当な世話焼きな祖母だったので私自身うっとおしいなと思っていおり、まともに会話すらしませんでした。
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Aベストアンサー

私は現在23歳ですが、17歳の時ほぼ同時期に祖父と父を亡くしました。
質問者様と同じく、元気だったのに入院してすぐでした。
あまりに突然すぎて、涙も出ませんでした。
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父が亡くなる前々日に、母に連れられお見舞いに行ったのですが
見るからに「もう家には帰ってこない」ということが
わかったんですが、それでも話ができませんでした。
亡くなる前日、母と姉はお見舞いに行き言葉を交わしたそうです…。
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体重も激減し、自殺願望を抱き、仕舞いには自殺未遂まで…。
正直2年間、落ち込み続け、あまり記憶はありません。

10歳の時に母方の祖父が亡くなり、初めて身近な死を経験しました。
私はその頃から『死』とは何かを考え続け、
中学、高校と、質問者様と同じようなことばかり考えていました。
死にまつわる書物を、片っ端から読み漁りました。
結論から言ってしまえば、答えは出ていません。
考えても考えてもわかりません。
まだたったの23歳なので(多分、同い年?ですね!)、
この先何が待ってるかわかりませんが
きっと「最期」まで「私自身の答え」は出ない気がします。

ただ確実なのは今もこうして生きているという事実。
あれから5年が経過しましたが、今でもよく考えます。
祖父や父の死、生きること、死ぬこと。
でも私は今も毎日ご飯を食べて生きています。

とりあえず今は、ゆっくり休んでください。
そして思う存分考えてください。でも考えすぎないでください。
それから最後に一言…。
きっとお婆様に、質問者様の後悔の気持ち、
優しい気持ち、伝わってると私は思います。
私自身何もしてあげることができず、後悔でいっぱいでしたが、
誰かが、「そんなに想ってもらえて、ふたりは幸せだったね」
と言ったのを聞いて、号泣した記憶があります。
もしかしたら自己満足かも…正当化したいだけかも…
と当時はネガティブにもなりましたが、
実際、想う気持ちは本物です。胸を張って言えます。

長々と自分の体験を語ってしまい申し訳ないです。
そしてまとまらず、よくわからない話ですみませんでした。

私は現在23歳ですが、17歳の時ほぼ同時期に祖父と父を亡くしました。
質問者様と同じく、元気だったのに入院してすぐでした。
あまりに突然すぎて、涙も出ませんでした。
私はその頃『思春期』と言いますか、家族全員と距離を置いていて
特に祖父と父とは全く喋っていない状態でした。
父が亡くなる前々日に、母に連れられお見舞いに行ったのですが
見るからに「もう家には帰ってこない」ということが
わかったんですが、それでも話ができませんでした。
亡くなる前日、母と姉はお見舞いに行き言葉を交わ...続きを読む

Q祖母の死。最低な自分を許せません。

祖母の死。最低な自分を許せません。

今朝父方の祖母が亡くなりました。
リンパ腫?(リンパのガンで生存率はかなり低い)で余命宣告をされていました。余命を5ヶ月過ぎての死です。

去年から田舎から出て一人暮らしをしており、病気の祖母には冬に一度会ったきりで電話もしていない状態でした。

小さい時から祖母とは仲がよくて3兄弟で一番可愛がられていました。

私は昨夜から不倫相手の男性と泊まりで出掛けており、着信や留守電がたくさんあることに気付いていましたがわざと出ませんでした。(この時点で祖母の死を予測していました)
その日に祖母が死ぬ夢でうなされていたので正直驚きました…。


祖母が死に際に私と話したがっていたのです。

最後まで私の話をしていて私が今から帰ってくると思い込み、会いたがっていたそうです。

それなのに私は不倫相手の男性と仲良く過ごしていたなんて…。

その上、涙がでません。昼食を食べながらテレビを見る余裕すらあるのです。なぜこんなに心が冷たいのか。
普通ならこんな質問している暇があるのならば帰る準備をしているはずなのに無気力で動く気にもなれません。最低な女と罵られても何も言い返せません。


祖母よりも自分の欲をとった私、本当に最低ですよね、、、罪悪感でいっぱいです。
こんな孫で恥ずかしいです。
今から田舎に帰って祖母に見せる顔がありません。
祖母の前ではいつまでも純粋な孫のままでいたいのに……。
汚れている自分を見せたくありません。
自己嫌悪で嫌気がさします。


何かアドバイスありましたらお願いします(;_;)

祖母の死。最低な自分を許せません。

今朝父方の祖母が亡くなりました。
リンパ腫?(リンパのガンで生存率はかなり低い)で余命宣告をされていました。余命を5ヶ月過ぎての死です。

去年から田舎から出て一人暮らしをしており、病気の祖母には冬に一度会ったきりで電話もしていない状態でした。

小さい時から祖母とは仲がよくて3兄弟で一番可愛がられていました。

私は昨夜から不倫相手の男性と泊まりで出掛けており、着信や留守電がたくさんあることに気付いていましたがわざと出ませんでした。...続きを読む

Aベストアンサー

> 罪悪感でいっぱいです。

その気持ちで、お祖母様は充分だと思いますよ。

最期にお目にかかれなかったコトは、大変残念です。
でも、お祖母様は、会いたい気持ちが強かったから、質問者様の夢に出てきて「会えた」んじゃないかな?
同じ様に質問者様も、会いたい気持ちが強かったから、夢に見て「会えた」んじゃないですか?

私も似た様な経験があるんですが・・・。
私は無神論者ですが、その時は「もしかして、ホントに神様っているのかな?」って思いました。
ホントに神様が居て、質問者様はお祖母様と、夢の中でお別れ出来たのかも知れません。
たとえ神様などは居なくても、少なくともお互いの気持ちが通じていた証拠に他なりませんしね。

涙なんて、流そうとして流れるものじゃないし、無理して流すものでもありません。
でも心配なさらなくても、お祖母様のご遺影の前にでも立てば、ご自身でもビックリするくらい、涙があふれ出てきますから。絶対に。
安心してお祖母様とお別れに行って上げて下さい。

好きな人と愛し合うことは、汚らわしいコトじゃないです。むしろ自然なコト。
お祖母様も、大人の女性が、好きな人と愛し合うことは、絶対に否定はしないと思います。
不倫をお認めになるほど心がお広いかどうかは別として。(^_^;)

そんなコトに、胸を張って行く必要も無いし、やましい気持ちを持つ必要も有りません。気に掛ける必要は全く有りません。
ただ、お祖母様を愛した質問者様、お祖母様に愛された質問者様として、そのことだけに、純粋な気持ちを持って、お見送りすればいいですから。

> 罪悪感でいっぱいです。

その気持ちで、お祖母様は充分だと思いますよ。

最期にお目にかかれなかったコトは、大変残念です。
でも、お祖母様は、会いたい気持ちが強かったから、質問者様の夢に出てきて「会えた」んじゃないかな?
同じ様に質問者様も、会いたい気持ちが強かったから、夢に見て「会えた」んじゃないですか?

私も似た様な経験があるんですが・・・。
私は無神論者ですが、その時は「もしかして、ホントに神様っているのかな?」って思いました。
ホントに神様が居て、質問者様はお祖母様と、...続きを読む

Q亡くなった祖母への後悔。

3年前に祖母が亡くなりました。
私にとっては母も同然な、大切な存在でした。
亡くなったことに対する悲しさや淋しさは、もちろんありますが、それほど私を苦しめていません。
ただ、唯一、後悔のようなものがあり、たまに思い出すと苦しくなります。

それは、入院中に子供(祖母にとってのひ孫)を十分に連れていかなかったことです。
最後の瞬間にも立ち会わせませんでした。

意地悪や悪意があって会わせなかったのではありません。
子供に病気がうつるとかそういうつもりでもありませんでした。
病院は個室ではなかったし、子供を連れて行くのはマナー違反だと思っていたのです。
祖母がとても会いたがるので、1年間で2回ほどは連れていきました。
3歳でしたが騒ぐ子ではないので、目立ったご迷惑にはならなかったとは思いますが
子供がいること自体が不快に感じる人もいるかもしれないし、私の子供の方が何の菌を持っているかもしれないし・・・と、頻繁に連れていこうとは思えませんでした。

危篤の知らせがあった時も、夜だったのもありますが、子供は預けていきました。
私が着いた時には「苦しそうに見えますが、本人は意識や感覚がなくなっているので苦しさは感じていません」と説明される状態でした。
けれど・・・私が耳元で「おばあちゃん、来たよ!○○(私)だよ!」と声をかけた瞬間
祖母が目をぱっと開いてこちらを見たのです。
そして、一瞬何かを探すような目をして、何か言いたそうな顔をしました。
私はすぐに、ひ孫も来ているのか気にしたのだと分かりました(妄想かもしれませんが、いつもそうだったのです。それに、なぜかその時は確信に近いものがありました)
「□□(ひ孫)はお義母さんのところでねんねしてるよ!」と答えるとすぐに目を閉じ、それ以降は何の反応もなくなりました。

その時は、祖母のそばにいたい気持ちでいっぱいで、子供を連れてこようなんて思いつきませんでした。
けれど、後になってみれば、最後くらい会わせてあげるべきだったのでは・・・と思います。
ただ、最後の状態は、大人でもショックを受けるくらいの姿になっていましたので、ひいばあちゃんが大好きな3歳児には見せない方がよかっただろうとも思います。

そうなると、入院中にもっと会わせてあげればよかった・・・と思うようになりました。
マナーとか、他の人がとか、、思いっきり迷惑行為ならともかく、私は何を気にしていたんだろうと。
親バカではなく、静かで大人しく、言ったことが守れる子なのに・・・せっかく公共のマナーもきちんと躾けてきたのに・・・こんな時に連れていかないなんて。。
私はいったい誰に対して気を使っていたのか。常識とか良い子でいることに何でこんな真面目にこだわってしまったのだろう。
・・・と、時々、自己嫌悪になってしまいます。

とはいえ、自分の家族が入院しているから何でもあり・・・は私にはできなかったと思います。
でも、もっと会いたかっただろうな。触れたかっただろうな。と、自分が他人受けばかり気にして、祖母の気持ちに寄り添ってあげられなかったかもと悔やまれます。

祖母がそのことを怨んでいるとか、心残りで成仏できていないとか、そんな風には思いません。
ただ、ただ、自分が情けないというか、自分がしてやれなかった事に後悔というか、複雑な気持ちが残っています。

過ぎたことをいつまでも気にしていても仕方ないのですが、時々思い出されて苦しいです。
皆さんなら、どのように自分の中で気持ちに折り合いをつけますか?

3年前に祖母が亡くなりました。
私にとっては母も同然な、大切な存在でした。
亡くなったことに対する悲しさや淋しさは、もちろんありますが、それほど私を苦しめていません。
ただ、唯一、後悔のようなものがあり、たまに思い出すと苦しくなります。

それは、入院中に子供(祖母にとってのひ孫)を十分に連れていかなかったことです。
最後の瞬間にも立ち会わせませんでした。

意地悪や悪意があって会わせなかったのではありません。
子供に病気がうつるとかそういうつもりでもありませんでした。
病院は個室...続きを読む

Aベストアンサー

初めまして。中年女性です。

>「□□(ひ孫)はお義母さんのところでねんねしてるよ!」と答えるとすぐに目を閉じ、それ以降は何の反応もなくなりました。

わたしには、お祖母様、□□ちゃんがお義母様のところで寝ていると聞いて安堵したご様子にも思えました。
ほら…こんなふうに、お祖母様の本当の気持ちは、結局お祖母様にしか分からないのですから、あれこれと詮索して悪い方に考えちゃダメです。考えるなら、生きているあなたの都合に良い方に考えなくちゃ…

わたしも大切な人を失った経験がありますが、そういう経験をした人は誰でも、多かれ少なかれ自責の念、後悔の念を持ちながら生きているのかもしれませんね。
わたし自身も、「あの時、こうすればよかった…」、「もっとこうしてあげればよかった…」、「こんなことを言わなければよかった…」、などと、考えれば考えるほどキリがなくなって苦しくなります。

こういう気持ちは、相手がどうでもいい人だったら湧き起こらない気持ちで、その方が大切だった人であればあるほど、強烈になって残るのではないでしょうか。

でも、そのときはそれが最善の方法だと思っていたんですよね。たとえそれと反対のことをしていたとしても、後になって考えてみると、それもまた後悔の種になっていた可能性もあります。
例えば、質問者さまが頻繁にお子さんを連れて病院へ行っていたとしましょう。お祖母様が亡くなられてから、「子どもを連れて行ったことが病人の負担になったかもしれない」、こう思い悩むことになったかもしれません。

人間は完璧じゃありませんし、結果は予測できませんから、どうしても結果が出てから、あれこれと考えてしまいます。
特に、人の、時には動物(ペット)の生死に関わることには強烈な悔いが出やすいですし、何をどうやっても自責の念、後悔の念は残るのだと思います。
ただひとつ確かなことは、あのとき、あの瞬間、質問者さまはお祖母様と一緒のときを過ごし、ともに精一杯闘ったことなんです。あなたはお見舞いに行ってお祖母様を励ましになりました。お祖母様も命ある限り、それに応えたはずです。お祖母様はとても喜んでいらっしゃいましたよね。それは紛れもない事実なんです。
お祖母様と一緒に過ごしたときだけを、それだけが大切な日々だったとお考えになってはいかがでしょうか。

上記は、実はわたし自身にも日々言い聞かせていることです。気持ちを切り替えることは難しいと思いますが、なるべくプラスの方に考えてみてください。マイナスに考えると、ますます苦しくなりますから。
どうぞ、ご自愛くださいね。

初めまして。中年女性です。

>「□□(ひ孫)はお義母さんのところでねんねしてるよ!」と答えるとすぐに目を閉じ、それ以降は何の反応もなくなりました。

わたしには、お祖母様、□□ちゃんがお義母様のところで寝ていると聞いて安堵したご様子にも思えました。
ほら…こんなふうに、お祖母様の本当の気持ちは、結局お祖母様にしか分からないのですから、あれこれと詮索して悪い方に考えちゃダメです。考えるなら、生きているあなたの都合に良い方に考えなくちゃ…

わたしも大切な人を失った経験がありますが、そう...続きを読む

Q祖母の危篤で会社を休むことはいけないことですか?

こんばんわ。

みなさんの考えをお聞かせください。
彼の祖母が危篤状態となったそうです。
その祖母は幼少期から高校まで一緒に住んでおり、共働きの親の変わりに保育園の送り迎えをしてくれたそうです。
彼は就職を機に田舎を出ており、実家までは片道10時間ほどかかります。
祖母の危篤を火曜に知り、水曜会社へいって上司に話をして、木曜から金、土(会社カレンダーによりたまたま土曜出勤)3日休暇をもらうと言っていました。

実は去年も危篤となり、2日休暇をもらい、実家に帰りました。しかし祖母は持ち返し、今年また、危篤となりました。
そのとき、次かえるのはお葬式のときにすると言っていました。

私と彼は遠距離恋愛で、私は土日休みだったので、今度の土曜出勤は有給をとってほしいな~と言ったら、仕事忙しいムリと言っていました。(危篤を聞かされる前に、言いました)

私が話したのは、
同僚はいいよって言ってるかもしれないけど、そんなに休んだらみんなに迷惑だし、上司もいい気はしないんじゃない?と。
実家が遠いし、言い方悪いけど、また持ち越したり、長引いたり、月曜は友引だし、お葬式は結局また休まないといけないし、亡くなってから帰ったら?ご両親や兄弟がちゃんと看取ってくれるし、といいました。

彼の言い分は看取ってあげたい、仕事が休めるんだから休んでもいいだろう、親も帰ってきなさいと言っている、だそうです。

確かに有給の使い方なんてその人の自由だし、私自身自由に休めない仕事なので、休めるだけマシだから休めるんなら休んだら?とも思います。
家族に優しい彼をすばらしいとも思います。
自分が「休んで」って言ったとき、忙しいって言ったくせに・・と思って憤りを感じているだけなのかもしれません。

私なら、周りに迷惑だし、そんなに休んで大丈夫なんて、もしかして会社にいらない存在?(大げさですが)とか思っちゃいます。
親が危篤とかならまだしも・・。

考えていたら自分がすごく冷たい人間に思えました。私自身うまれたときから祖母2人、祖父1人がすでにいなくて、祖父1人は幼少期一緒に暮らしていたものの、死を聞かされたのは亡くなってからでしたので、何か感情が欠乏しているのかもしれません。。

結婚しているわけでもないので、そこまで干渉しなくても?って自分でも思います。(一応この彼と今後結婚の話になっています)

自分でも考えがまとまらず、どうしてこんなに気になるのか分かりません。。

そこで質問なのですが、みなさんなら、遠くの実家の祖父、祖母が危篤の場合、会社を何日も休んで帰省できますか?
またこの理由で何日も休むことをどう思いますか?
思ったこと何でもいいので、お聞かせください。

こんばんわ。

みなさんの考えをお聞かせください。
彼の祖母が危篤状態となったそうです。
その祖母は幼少期から高校まで一緒に住んでおり、共働きの親の変わりに保育園の送り迎えをしてくれたそうです。
彼は就職を機に田舎を出ており、実家までは片道10時間ほどかかります。
祖母の危篤を火曜に知り、水曜会社へいって上司に話をして、木曜から金、土(会社カレンダーによりたまたま土曜出勤)3日休暇をもらうと言っていました。

実は去年も危篤となり、2日休暇をもらい、実家に帰りました。しか...続きを読む

Aベストアンサー

こんばんわ

>またこの理由で何日も休むことをどう思いますか?
理解を示します。
私が同じ会社であれば、是非駆けつけてくれと思います。
でも、忙しいとわかってる時期にデートでの有休は、その人の品性を疑います。
また、一人できりもりされてる個人経営の会社ならそうかもしれませんが、社員一人が休んで大丈夫でない会社は、システム的に問題があるんじゃないかと。。
会社の規模にもよるでしょうが。。

相談者さんの「祖父母への想い」と、彼氏さんの「祖父母への想い」は同じではありません。
字に書くと同じですが、要は個人への想いですから、人が違うと想いも違ってきます。
ましてや、彼氏さんにとっては親代わりのおばあ様だったのでしょう?
これは、相談者さんが幼少時から祖父母がいないとか、祖父母の臨終に立ち会ってないというのとは関係なく、「自分が大切な人が危篤になったらどうするか?」です。
例えが悪いですが、相談者さんは彼氏さんが危篤になったら、会社を休んででも駆けつけたいと想いませんか?
駆けつけて当然だと思われるかもしれませんが、しかしながら世間的には家族である「祖父母」には、家族ですから会社も理解してくれるところが殆どでしょうが、まだご結婚前の彼氏彼女だと理解も得られないことも多いです。
祖父母には慶弔休暇などつきますが、彼氏彼女にはつきません。
彼氏彼女のほうが祖父母より下だと言ってるのではなく、「祖父母」「親」「家族」「彼氏彼女」というような言葉でくくるのではなく、「大切な人」という大きな枠組みで相手の気持ちを想像してあげてください。

>自分が「休んで」って言ったとき、忙しいって言ったくせに・・と思って憤りを感じているだけなのかもしれません
わからなくもないですが、人の生死に関わるときは、自分の気持ちより、まず当事者のことを先に思いやりましょう。
これは結婚してる夫婦であっても、まず人間として、そうすべきだと思いますよ。

こんばんわ

>またこの理由で何日も休むことをどう思いますか?
理解を示します。
私が同じ会社であれば、是非駆けつけてくれと思います。
でも、忙しいとわかってる時期にデートでの有休は、その人の品性を疑います。
また、一人できりもりされてる個人経営の会社ならそうかもしれませんが、社員一人が休んで大丈夫でない会社は、システム的に問題があるんじゃないかと。。
会社の規模にもよるでしょうが。。

相談者さんの「祖父母への想い」と、彼氏さんの「祖父母への想い」は同じではありません。
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Q人の死の受け入れ方(長文です)

そんなのあるわけないですが…。

皆さんは、身近な人に訪れた死をどうやって受け入れたでしょうか?
今祖父は末期がんで、余命幾ばくもありません(医師の余命の予想をとっくに越しています)。
とうとう何も食べれず、痛み止めを打ってはどうにかなっている状態です。
今週末、その祖父に会いに行きます。私は東京・祖父は奈良、仕事も夫もあるので、きっと最後の面会になると思います。
今でこそ年に1・2回しか会えませんが、子供の頃は大阪に住んでいたので
よく家族でも1人でも泊まりに行ってよく遊んでもらった大好きな尊敬する祖父です。

私は26歳にもなって幸いにも祖父母が全員生きていて、友達や近い親類を亡くした事がありません。
だからこの年になって、人の死と言うものを知りません。
亡くなったら、母(祖父は母方です)や祖母を支えてやらなくてはならない!とは思っているのですが、
私が精神的に崩れてしまいそうです。今回会いに行くのも
「最後に顔見せに行くなんて嫌だ…帰るとき、笑顔で別れられない」なんて子供のような事を言ってます。

突然来る死も辛いでしょうが、次会うのが最後、と思ってすごすのも辛くて仕方ありません。
なくなったときのことを考えると、今から涙が出ます。

どうやって祖父を元気付けて笑顔で帰ってくるか?
いざ亡くなった時、どうやって受け入れようか?
経験談でよいので、こんな人の死もわからない半人前な私に、アドバイスをください。(宗教的な話は勘弁してください)
#やっぱり26にもなって人の死が怖いなんて、半人前ですよね…

そんなのあるわけないですが…。

皆さんは、身近な人に訪れた死をどうやって受け入れたでしょうか?
今祖父は末期がんで、余命幾ばくもありません(医師の余命の予想をとっくに越しています)。
とうとう何も食べれず、痛み止めを打ってはどうにかなっている状態です。
今週末、その祖父に会いに行きます。私は東京・祖父は奈良、仕事も夫もあるので、きっと最後の面会になると思います。
今でこそ年に1・2回しか会えませんが、子供の頃は大阪に住んでいたので
よく家族でも1人でも泊まりに行ってよく遊...続きを読む

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半人前なんて事は全くありませんよ。私も25あたりから身近な人の死を何度か経験していますが、決して慣れる事なんてありませんよ。でも悲しみから逃れるのは上手くなったかもしれません。
5年前に父をなくした時、特に棺おけに入った父を見たときは正直狂いそうになりました。その時祖母(父の母)が一生懸命慰めてくれて何とか正気を取り戻しました。その祖母はそのお葬式の3日後に心臓発作で亡くなりました。そしてその半年後に私の第二の母とも言える人が事故で亡くなりました。

とても抽象的な表現になりますが、そんな悲しい場面に遭遇した時私は心のドア締めて鍵をかけました。
特に父の死は忘れる事はありません。忘れるというよりフタをしているのだな、と思います。何かの拍子で時折フタが外れそうになりますが、慌ててフタを締めている自分がいます。

それは私に限らず人間に自然に備わっているものだと思います。自己防衛とでもいうんでしょうか。とてつもない悲しみから自分を守る本能だと思います。

確かに死を目前とされている方に会うのはとても辛いです。でも、大好きな人の為にその時は必死で笑顔を見せてあげてほしいと思います。

人間例外なく誰でもいつかは死ぬんだから、お父さんもおばあちゃんも寂しくないよね、きっと。って私はお墓参りに行く度に自分に言い聞かせてます。

それに悲しいのは自分だけじゃないんですから、生きている周りの人と助け合って乗り越えていけるはずです。
言葉知らずなので、がんばってとしか言えません。
がんばって元気を出してください。長々と失礼しました。

半人前なんて事は全くありませんよ。私も25あたりから身近な人の死を何度か経験していますが、決して慣れる事なんてありませんよ。でも悲しみから逃れるのは上手くなったかもしれません。
5年前に父をなくした時、特に棺おけに入った父を見たときは正直狂いそうになりました。その時祖母(父の母)が一生懸命慰めてくれて何とか正気を取り戻しました。その祖母はそのお葬式の3日後に心臓発作で亡くなりました。そしてその半年後に私の第二の母とも言える人が事故で亡くなりました。

とても抽象的な表現になり...続きを読む

Q危篤から臨終までの期間は普通どれくらいか

仕事上の付き合いの人が、6月の終わりから祖父か祖母が危篤ということで、県外の実家へ帰省しました。
(実家には、父親、母親が健康でいるそうです)
9月になっても戻ってきません。まだ危篤状態とのことです。
いつ戻れるか、と聞いても「わからない」と答えます。

通常、危篤状態になってから臨終するまでの期間はどれ位なんでしょうか?
普通2~3日か、長くても1週間くらいかと思っていましたが、3ヶ月近くも危篤状態が続くことはあるのでしょうか?

それから、危篤になったら通常、臨終まで親戚家族はたとえ県外に住んでいても、仕事や学校とかがあっても、帰省してそばにいるものなのでしょうか?

不謹慎な内容かもしれませんが、私の身の回りの人でこのような亡くなり方をした人がいず、全くわからず困っているので回答お願いします。

Aベストアンサー

危篤状態というのは、長いものも正直あります。
こん睡状態で半年といった友人を見たことがありますが

仕事や学校を休んでまでも駆けつける、相手なのかどうか?ですよね。

例えば仕事を休んでまでも、何ヶ月も?休める会社があるはずないでしょうが、親兄弟まででしょうし。

一度その方のご実家に連絡をして、家族の方に確認してみてはいかがでしょうか?

何気なく
「このたびは、大変な事になっているみたいですが、ご病人の様態はいかがですか?」
等といってみるのもひとつですよ。

Q家族の死を受け入れるには

家族が残り僅かな命を宣告されて、それを受け入れる事ができずに毎日泣いてばかり。
かなりの高齢、しかも寝たきりなのでそろそろ...とはわかっていたつもりでも、いざ直面するとその時が来るのが辛くてつらくて堪りません。

迎える死を受け入れる、気持ちの整理をつけるはどうしたらできるものでしょうか。

(いただいたご回答の返事は遅れるかもしれませんが何卒よろしくお願いします)

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私は両親をガンで看取りました。
だからあなたの辛さが痛いほどわかります。

何年たっても家族の死を受け止める事も出来ないし、ずっと無理だと思う。日常生活では「笑ったり、ご飯食べたり、普通に会話」もできます。でも、どこか心の中にいつも家族の死があります。心の闇というか、家族の死に関しては心が凍ったままです。

家族の死を受け入れるというよりも、余命宣告された家族へ今までの感謝の気持ちを込めて精一杯の笑顔でお見送りするしかありません。家族との一日一日を大切にし、旅立つ人が「この子は私が死んだらどうなるんだろう」とあなたを心配しないように泣き顔は見せない事です。

私の両親も娘の私を気遣い、辛い治療の泣き言は言いませんでした。末期の病気になっても娘を気遣う両親の気丈な姿を見て、愛しくて抱き締めたくて、一人になると泣いてました。私も辛かったけど、泣いてばかりだときっと両親は残された私の行く末を心配するだろうな…と泣いてる姿は見せないようにし、元気なふりして乗り切りました。旅立つ家族としては、自分の肉親が泣いてばかりだと「この子は自分が死んだあと一人で大丈夫だろうか?」ときっと心配したまま亡くなって、心残りになると思います。

私はガンと闘う毅然とした親の姿を見ていると、そんな親がとても誇らしく「自分も負けていられないな」と思うようになりました。その親の強い思いが、今の自分を支えているような気がします。ヘタレな私でしたが「親が子供にできる最後の教育」と思い、がん闘病中の親の姿が目に焼き付いて離れません。未だにその気丈な姿に勇気をもらってます。

私は、亡くなった人はきっと自分の生きざまを天国で見ていてくれる。あの世で再会したら「よく頑張ったね」と誉めてくれることを楽しみにして、毎日をすごしています。気持の整理なんて何年たってもできないけど、時々亡くなった人の気配を感じる時があります。だから「見守ってくれてるんだな…見ててね」と恥じない生き方をしようと思ってます。

受け入れる事はできないけど辛い記憶は時間が癒してくれます。ふと…思い出して涙する時もあるけど、きっとあの世で会えると…私は思うようにして毎日を生きてます。

私は両親をガンで看取りました。
だからあなたの辛さが痛いほどわかります。

何年たっても家族の死を受け止める事も出来ないし、ずっと無理だと思う。日常生活では「笑ったり、ご飯食べたり、普通に会話」もできます。でも、どこか心の中にいつも家族の死があります。心の闇というか、家族の死に関しては心が凍ったままです。

家族の死を受け入れるというよりも、余命宣告された家族へ今までの感謝の気持ちを込めて精一杯の笑顔でお見送りするしかありません。家族との一日一日を大切にし、旅立つ人が「この子は...続きを読む

Q身近な人の死を体験した人の心理状態

親友が先月、母親を病気で亡くしました。

1ヶ月ほどたった昨日、突然メールが来て、「人は何のために死ぬんだろう?」と一言だけ書いてあり、私は「生命の重さと愛の深さを伝えるため」ということなどを含め、丁寧に返信してあげました。

すると、「ありがとう。救われた気がする」という返信は来たのですが、ちょうど私がメールを送信した頃に途中まで打っていたというメールを、あとで参考のために送信してきたのを見て、驚いてしまいました。

そこには、「母親の闘病生活の中で、医者から覚悟しておいたほうがいいと言われて、その時点で生命の重さは十分に分かったはずなのに、なぜ私だけがこんな目にあわなければいけないの?世の中にたくさんいる犯罪者や親不孝者が、なぜのうのうと生きているの?その人たちこそ悲しみを味わうべきよ!」という内容のことが書いてありました。

たまたま私が先に送ったメールで落ち着いたというものの、世間に対する恨みや怒りが湧き上がってくるのは、感情的になりすぎているような気がしました。
何より、自分だけが不幸だと思う感情にさいなまれている彼女がかわいそうでなりません。

世の中にはもっと不幸な人が大勢いるのに、自分だけが不幸に思えるようです。

大切な人を亡くしてしまうと、こういう心理状態になってしまうものなのでしょうか?
だとすれば、私にできることって何なんでしょう?

親友が先月、母親を病気で亡くしました。

1ヶ月ほどたった昨日、突然メールが来て、「人は何のために死ぬんだろう?」と一言だけ書いてあり、私は「生命の重さと愛の深さを伝えるため」ということなどを含め、丁寧に返信してあげました。

すると、「ありがとう。救われた気がする」という返信は来たのですが、ちょうど私がメールを送信した頃に途中まで打っていたというメールを、あとで参考のために送信してきたのを見て、驚いてしまいました。

そこには、「母親の闘病生活の中で、医者から覚悟してお...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。
18歳の時に父親を亡くしました。(6年前)ですので、経験者として回答させていただきます。

さて、ご友人に対してpuentedecorazonさんがしてあげられることについてですが、ご友人の心の状態をしっかり見つめて支えていくことが今は大切なんじゃないんでしょうか?
できれば
>何より、自分だけが不幸だと思う感情にさいなまれている彼女がかわいそうでなりません。
>世の中にはもっと不幸な人が大勢いるのに、自分だけが不幸に思えるようです。
というような気持ちは押えて、彼女の不安定な感情を受け止めてあげてほしいな、と思います。

もしもpuentedecorazonさんが「世の中にはもっと不幸なひともいるんだよ?」とご友人に説明しても、「そうか、私はまだまだ幸せなほうなんだ。」とは思わないと思います。
むしろ「やっぱり私にしかこの気持ちは分からないんだ」と、心を閉ざしてしまう可能性もあります。
実際、私はそうでした。

私の父も9ヶ月の闘病生活の上で亡くなりました。心構えもしっかりできていたつもりです。
でも、父の心臓が止まった瞬間のことは未だに忘れられません。
足元が本当に崩れて、自分が砂になってボロボロこぼれてるような感覚でした。
悲しい、なんてものじゃ表現できないような感情なんです。
その時の感情は。。。やっぱり表現できませんね。不安や怒り、悲しみ、ものすごく辛い気分になったり、投げやりな気分になったり…とにかくいろんな感情が渦巻いていたような気がします。
私の弟は、父に対して怒りをぶつけていました。
感情をどう表現したらいいのか分からなかったのでしょう。「死にやがって!」と言いながら、よく壁を殴っていました。

>たまたま私が先に送ったメールで落ち着いたというものの、世間に対する恨みや怒りが湧き上がってくるのは、感情的になりすぎているような気がしました。
普段はそうでないご友人が、世間に対し恨みや怒りを抱いてしまうということは、それだけ悲しくて仕方がないのだ。とは思えませんか?
ご友人の話を心から聞いてあげてください。それがどんなに理不尽な事を言っていても、です。
私は、そうやって話を聞いてくれた友達のおかげで立ち直ることができました。

失礼な事も申し上げたかもしれません。お気を悪くなさらないでください。
参考にしていただけたら幸いです。
puentedecorazonさんも、ご友人のためにがんばってあげて下さい。

こんにちは。
18歳の時に父親を亡くしました。(6年前)ですので、経験者として回答させていただきます。

さて、ご友人に対してpuentedecorazonさんがしてあげられることについてですが、ご友人の心の状態をしっかり見つめて支えていくことが今は大切なんじゃないんでしょうか?
できれば
>何より、自分だけが不幸だと思う感情にさいなまれている彼女がかわいそうでなりません。
>世の中にはもっと不幸な人が大勢いるのに、自分だけが不幸に思えるようです。
というような気持ちは押えて、彼女の不安...続きを読む

Q身内の死が受け入れられていない?

中1の時に、病気で姉を亡くしました。もう12年も前のことです。
その時は自分なりに姉の死を認め、受け止めていたつもりでした。

しかし、つい先日、職場の人たちと食事をした際、同僚が妹を連れてきており、とても仲良くしているのをみて、「私にもお姉ちゃんがいたのに。なんでいないの?」寂しさ・悲しさ・悔しさでいっぱいになり、涙がとまらなくなってしまいました。
今までは仲のいい姉妹を見ても、そういった感情が出てきたことはなかったので、自分の感情に対する驚きと負い目のようなものもあり、このまま消えてしまいたいとも思いました。

今後また姉妹を見たときに、同じような感情にとらわれないかと思うと、とても不安です。少し落ち着いたあとに考えたのですが、亡くなった人に対し「なぜいないのか」という気持ちが出てくることは、死を受け入れられていないことになるのでしょうか?

Aベストアンサー

人間は、人の死を二つの形で受け入れます。
ひとつは、理性的に、ご臨終と火葬を経て、その肉体と魂がこの世になくなった事を認識
します。
もうひとつは、感情的に、お通夜、告別式、初七日、四十九日、一周忌・・そういう儀式
を経て、自分の心のなかに、すこしづづその死を定着させていきます。
(わたしの家は仏教なので仏教儀式のみあげました。他の宗教の方申し訳ありません。)

わたしも13年前、母をガンで亡くしました。

理性が母の死を受け入れるのは簡単なことでした。
骨壺に小さく収まった遺骨があまりにもリアルにそれを示してましたから。

しかし、感情が母の死を受け入れてくれるのは何年もかかりました。
わたしは実家を離れて暮らしているので、実家に帰ると母がいないことに気がついて
「お・・(母さんは?)」と口に出て、そして亡くなった事を思い返すのです。
夢も一ヶ月に一度はみました。朝方の起きる時の夢に母をみて、起きて母の死に気がつい
て、毎回泣いていました。
そんな事を繰返ながら段々と心の方にも母の死が落ち着く場所を見つけたようでした。

ところが、この頃、残された父が体が弱くなっていくのを見て、実家に度々帰るように
なったら、また心が乱れるのです。
父にお茶を出しながら、母が生きていたらこのお茶は母が入れてくれたのかもしれない。
そして、三人でにぎやかに話をしてたのかも知れない。
わたしがいない時でも、父と母二人でお茶を飲み昔を懐かしがっていたのかも知れない。
食事を作ってあげて父に出すにつけ、洗濯をするにつけ、そこに母の姿を見てしまうの
です。母が生きていたら、わたしじゃなくて母がしていたんだと。

質問者の方は、ふとしたきっかけで、わたしと同じ様に亡くなったお姉様の姿をそこに
見てしまったのだと思います。
しかし、それを「死をうけいれていない」と表現するかはまた別の問題だと思います。
亡くなった方を偲び悼むことは誰にでもある感情だと思います。ましてや血のつながった
姉妹であれば当然です。

では、どうすればいいか。わたしは自分の事を含めて「なすがまま」にしかできないと
思っています。
お姉様を偲び悼む気持ち、時には涙をながす時もある自分を、素直に無理をせず認めて
あげることしかないと思うのです。
それが今の自分の気持ちなんだと思って。
そのような感情を持つ事も、自分の今の姿なのだと思って。

なにか工夫してうまく回避する事ができるのかも知れません。だけどそれはなにか無理を
することに繋がるように思います。
例えば、自分の気持ちを拒んで「死をうけいれていない」と否定的に捉えるのも、逆に
受け入れて「まだ憶えているんだ」と肯定的に捉えるのもどちらも辛い事だと思います。
否定的に捉えればより辛くなり、無理して肯定的に捉えれば表面的な辛さは薄れますが、
心の奥底に辛さが隠れるだけです。

わたしは、「死をうけいれらない」とか「受け入れる」とかの選択の問題ではないと思い
ます。
自然に湧き出てきてしまう気持ちだったらそれをあるがままに認める、それが一番自分
らしく、亡くなった方を偲び悼む事になる。そのように思います。
そして、それを何回か繰り返していく中で、少しづつですが、自分の中で本当に自分らし
い気持ちとして落ち着いていくのではないかと思います。
そのようになった時には「死をうけいれらない」とか悩む事無く、お姉様を偲び悼む
気持ちだけが、そこにあると思います。

人間は、人の死を二つの形で受け入れます。
ひとつは、理性的に、ご臨終と火葬を経て、その肉体と魂がこの世になくなった事を認識
します。
もうひとつは、感情的に、お通夜、告別式、初七日、四十九日、一周忌・・そういう儀式
を経て、自分の心のなかに、すこしづづその死を定着させていきます。
(わたしの家は仏教なので仏教儀式のみあげました。他の宗教の方申し訳ありません。)

わたしも13年前、母をガンで亡くしました。

理性が母の死を受け入れるのは簡単なことでした。
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Q母の死後、後悔や無念で育児が手につきません。

母の死後、後悔や無念で育児が手につきません。

その日まで元気だった母(60後半)が突然、心筋梗塞か脳血栓で他界し
10日ほどが経ちました。通夜と葬儀に比べたら落ち着いたものの、
普段の生活に帰ったら、その中に母がいた風景を思い出し、クヨクヨしています。
もう変わらない事実だって事、仕方がない事、全てわかってはいるのですが。

私は遠方に嫁に行ていて主人と子供二人と暮らしています。
はじめは優しかった主人も、1歳の下は特に手がかかる時期なのに、
あまりにも私がクヨクヨして子供たちの相手を放棄しているので少々あきれ気味です。

特に何が無念かと言いますと、

一つは、母の病気の事をもっと真剣に知ろうとすればよかった、
心配をしてあげて、私が大きい病院を変えるとか入院をするとか何か真剣に対策をとっていれば、
10日前のあの日ではなかったかもしれない、
という死なせずに出来たのではないかという後悔。
不整脈の病気があるのに、何年も元気に通院していたので、一人暮らしのまま、
母にすべてを任せていた。特にここ数ヶ月は愚痴を聞いてあげる優しさがなく、
弱音を吐く母に、頑張ってって、私も大変なんだからって、叱咤ばかりしていたこと。

もうひとつは、死ぬ前にもっとしたあげたかったことが、毎回伸ばし伸ばしにして、
出来ずに終わってしまった。本当に元気だったので、まさかこんなに早くこの日が
くるとは思わずに、自分の生活と自分の家族と過ごす事を優先にしてしまっていた。
旅行の約束も何年も伸ばしてしまった、やっとあと2ヶ月後に実現するはずだったのに。
育児と仕事に追われ、休みの日も掃除などの家事に追われ、母と妻と仕事人の自分を懸命に
生きるあまり、高速で3時間かければ行けるところに住む一人暮らしの母の娘であることを
おろそかにしていた。
特に最近は、愚痴が多いのが嫌で少し距離を置いてしまったいた。優しくなかった。
もっと孫を連れて顔を出せばよかった、メールや電話ももっとすればよかった。
優しい言葉をかければよかった。全てこうなってから気づく事。

すみません。まとまりのない感情になってしまいました。
母のためにも乗り越えて、愛していた孫たちのお世話をするのが供養だということは
わかっています。でも子供たちの顔を見ると、こんなこと出来るようになったとか、
今こんなことしてるんだ、とか母に話したい、相談したい、こぼしたい、
写真を添付したい、見てもらいたいといった気持ちにかられて、辛くなってしまいます。
特に下の1歳に方はぐずられるとイライラして、「今あんたがこんなに大変だから、
私はばあちゃんを心配する余裕がなかったんだからね!」みたいに
チビのせいにしてしまう気持ちがあります。母として最低ですよね。
主人がいるときは主人に甘えています。
本当は育児も家事も仕事もなにもせず、布団とパソコンにいたい気分です。

何かスピリチュアルとかカウンセリングに行ったほうがいいですか?気持ちは解決しますか?
ああいうのは偽りで、お金を取られるだけでしょうか?
母と話がしたい、謝りたい、許しを請いたい、、、戻ってきて欲しい。
それは無理だとわかっていますが。私の症状にスピリチュアルなどは有効でしょうか?
どうすれば、、、無念を乗り越え、現実の生活を頑張れますか?

母の死後、後悔や無念で育児が手につきません。

その日まで元気だった母(60後半)が突然、心筋梗塞か脳血栓で他界し
10日ほどが経ちました。通夜と葬儀に比べたら落ち着いたものの、
普段の生活に帰ったら、その中に母がいた風景を思い出し、クヨクヨしています。
もう変わらない事実だって事、仕方がない事、全てわかってはいるのですが。

私は遠方に嫁に行ていて主人と子供二人と暮らしています。
はじめは優しかった主人も、1歳の下は特に手がかかる時期なのに、
あまりにも私がクヨクヨして子供たちの相手...続きを読む

Aベストアンサー

大事な人を失った悲しみは津波のようにあとからあとから押し寄せてくる物です。
ですから、正直な話、何年も心の整理が付かない、というケースも多々あります。
私自身も母親と兄弟を続けて亡くしました。今年で3年になります。日常生活に
支障はありませんが、やはり苦労を掛けた母や、あまり理解をして上げられなかった
兄のことを思い出すと、今でも新しい涙がこみ上げてきますし、なにか美味しいものを
食べたり、楽しいことを体験する度に「私だけこんなに良い思いをしてもいいのか」と
罪悪感に苛まれることもあります。

数年経った私ですらこうなのですから。
質問者様ご自身も「今はまだそういう時期なのだ」と受け止められて下さい。

スピリチュアルのことは分かりませんが心が弱っているときは、善悪の判断がつかずに
目の前の物に何でもすがってしまう怖さがあります。私は別件でカウンセリングに
かかっていましたが、そこでは「グリーフケア」というものをやっていました。

http://www.grief-care.org/about/index.html

これは魂がどうとか言う抽象的なことではなく「死に直面した人間の多くが
たどる道」を段階的に示しています。ご参考までに。

お子さんに対しても今は余裕がなくなってしまっているのですね。
それはとてもよく分かります。でもお母さんの死でひとつ学びましたよね。
「時間は戻せない」ということです。

失った悲しみは大きなものですが、今ある幸せは小さな物ですか?
どうでもいいものですか?そしてそれは未来永劫そこにあるものですか?
「無くなってしまったらもうどうにもならない。だからこそ今、あなたの手の中に
あるものを大事に慈しみなさい」私には亡くなった母の声が聞こえます。

どうぞこの詩を心に刻んで下さい。

http://home1.netpalace.jp/counseling/room/room.cgi?mode=koumoku&no=27


そして、今ある悲しみはどうぞそのまま。癒えるときが必ず来ますから。
無理に元気にならなくても大丈夫。今はしっかり悲しむことが大事です。
たくさん泣いて、たくさん後悔して。そして今生かされてる自分や家族を
愛しましょう。

「日常」は残酷です。知り合いが幼い子を亡くしたとき「私は悲しみに浸って
いたいのに、ゴミの日はやってくるし、洗濯物もたまってくる。なんて理不尽
なんだと思ったけど、今思えばそれが心のリハビリにもなっていた気がする」と
言っていました。煩わしいけど避けられない日々の暮らし。でも本当はそれが
一番大事なものかも知れません。

頑張る必要はありません。ご主人やお子さんを支えに少しずつまた立ち上がれば
いいんですよ。必ずその日は来ます。1年2年。気長に待ちましょう。

そしてお母さんには「ごめんなさい」ではなく「ありがとう」と言えると良いですね。

大事な人を失った悲しみは津波のようにあとからあとから押し寄せてくる物です。
ですから、正直な話、何年も心の整理が付かない、というケースも多々あります。
私自身も母親と兄弟を続けて亡くしました。今年で3年になります。日常生活に
支障はありませんが、やはり苦労を掛けた母や、あまり理解をして上げられなかった
兄のことを思い出すと、今でも新しい涙がこみ上げてきますし、なにか美味しいものを
食べたり、楽しいことを体験する度に「私だけこんなに良い思いをしてもいいのか」と
罪悪感に苛まれること...続きを読む


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