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ルバング島の小野田さんとグァム島の横井さんを比べて、小野田さんの方がとても頭が良かったというのような書き込みをちらほら見ますが、それは間違いですよね??
小野田さん達のサバイバル生活は殆どなにも進化無く、物資が必要になったら現地人から盗んで生活をしていくという生活で、暦も分からなくなっていたのに対して、 グァム島の横井さんはその器用な手先で植物から油を抽出してランプを作り、かなり本格的な天ぷらまで作るようになり機織り機まで作って服を作り、アメリカ兵の執拗な散策で洞窟にも住めなくなったら地中に穴を掘って本格的な住居を作り、満月の回数を数えていてかなり正確に暦を把握していた。

小野田さんが優秀だというのは分かりますが、横井さんが階級の低いただの人で「恥ずかしながら〜」とかすっとんきょうな事を言うおじさんという評価は納得がいきません。むしろ横井さんの方がサバイバル術にも長けていて暦を知っていた事から相当判断力にも優れた人物だと思いますがどう思いますか??

gooドクター

A 回答 (3件)

小野田さんはずっとアメリカ相手の戦闘を継続していました。

 持っていた銃も手入れがされて、いつでも使える状態でした。 世界の状況も、住民から奪った短波ラジオや、捜索隊が残していった新聞・雑誌などでかなり正確に把握していました。 ただ、なぜか戦後の日本はアメリカの傀儡政権で、亡命政権が満州にあると信じ込んでいました。 横井さんは世の中のことは何も知らず、ジャングルの中でただ生きているだけでした。 だから、サバイバル術に長けていたのです。 まぁ、どちらが優れた人物かは単純に判断できませんが。
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この回答へのお礼

そりゃ銃を持ってる住民から物資を略奪するときに銃が無いとできないんだから銃の手入れしますよね。

お礼日時:2021/09/15 11:27

懐かしいですね



草や木の皮を使って洋服を作りボタンまで器用に作っていた
と記憶しています
小野田さんは軍人として戦争を続けていましたが
横井さんは普通の民間人の生活をしていました
この違いでしょう

40年ぐらい前にグァムに行くと横井さんの洞窟が観光地になっていました
穴は崩れたとのことで埋まっていましたが当時のグァムには
観光と呼べる場所もなく数時間で島を一周できました

グァムでは日本語が話せる人が多かった
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私もそう思います。


小野田寛郎は見栄えの良さと将校だったことで持て囃されただけだと思います。

それに、彼は略奪どころか現地人殺しています。
実態はたちの悪い野盗です。
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gooドクター

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