【iOS版アプリ】不具合のお知らせ

決して批判や文句ではありません。
ほんとに、ふと頭に浮かんだ疑問です。
なのでここで喧嘩をするつもりはいっさいございませんので、前置きしておきます。

昨今LGBTQや先のパラリンピックなど、マイノリティという言葉がよくメディアで取り上げられたり、みんなで考えましょうという場面が増えたと思います。
わたし自身、自分とは違った知らない世界や人生や境遇や経験をしている人に、"マイノリティ"と呼ばれる人に関わらず興味があるのでそういう人たちのドキュメンタリーやお話が好きです。

なので、そういう人たちに対してあまり異質な感情を抱いたりはなく、接し方も周りの他の人に比べたら比較的フラットかもしれません。
小学生や中学生の時に、特別学級に来ていた子が勢いよく近寄ってきて話しかけてきた時も周りの友だちはキャーと叫びながら散っていきましたが、正直襲われたわけでもなくただ好きな歌手は誰か質問されただけなのに…と思いながら普通に答えたし、なぜか一緒にいた特別学級の先生も もういいから、行くよ!という感じでその子はまだ話してたのに遠ざけていったのが変なのと思って見てたのを今も覚えています。

そういう誰に対しても同じ対応なところが滲み出ていたのか、わりとそういう子たちに好かれることも多かったですが、キモイとかじゃなく他の男の子と同じようにゴメンね。と断ったこともあります。

そんな感じで、自分の中ではマイノリティって何?っていう疑問が少なからずモヤモヤしていて、正直わたしも子どもの頃は人との距離感が掴めず迷い悩んだコミュ障の時期もあったし、いじめほどとは言わなくても軽く村八分にされたこともありますが、途中から人に合わせることに何の意味もないと気づき(社会人としての常識はもちろん別ですが)、人と違うことをあまり気にしなくなり単独行動もべつに何とも思わなくなりました。

長々となりましたが、要するに誰もがそれぞれ何か特別な人間であり、誰一人として同じ境遇、同じ人生、同じ感情で生きてる人なんていないのだから"マイノリティ"なんて無いんじゃないかと思いまして、
あえて、LGBTQとかパラリンピックとか別枠を設けるから、あの人たちは自分たちとは違う人なんだって無意識に植え付けているのではないかと…

もちろん特別なフォローや支援が必要な方がいることは理解していますが、パラリンピックを例にすると、オリンピックの競技でも身体的平等や体力的平等をはかるため男女で分けていたり体重でクラス分けしたりしてますが、大会を分けるのではなく同じオリンピック大会の中で分ければいいんじゃ…という疑問がずっとあります。

ダラダラと書いてしまいましたが、わたしのモヤモヤです。
いろんな方のご意見が聞けたらと思いますので、よろしくお願いします。

A 回答 (3件)

深く思考なさっていて感心します。



マイノリティと言うのは、所謂、少数派という事ですが、この場合は日常生活に支障をきたしている障碍者と定義しますね。

そもそも、オリンピックというものには、健常者であっても能力格差によりら中々出場出来る物ではないので、障碍者も個性のある健常者として扱えば、高確率で出場出来る人はいなくなるでしょう。

なぜ、パラリンピックなどが特別枠で存在するのかと言うのは、恐らく少しでも障碍者に対する偏見をなくす為だと思います。

あなたが体験したり見た通り、容姿や性格に大きな個性を持つ人間は、偏見の対称になりやすいです。

これはある種、仕方がない話で、人間は本能的に優秀な遺伝子を欲している傾向があります。

イケメンや美女がモテる理由です。

体が正対称に近い生物は、遺伝子に傷や歪みがない場合が多い故、本能的にそうなります。

それだけでなく、体が欠損していたり、学習障害があったりする個体に対して、人が忌避を抱くのは未知に対する恐怖心が関係しています。

見ただけでは、人はその障碍の原因が分かりません。

遺伝子疾患なのか、危険な病原菌によるものなのか、後天的な事故や病気によるものなのかも判別できませんので、最悪の事態を仮定して、障碍者から距離をおきたくなるのは本能に因るものと言えます。

だからこそ、公共の電波で、大々的に障碍者と言うものが、自分達と同じ感性を持ち、決して実害のない者だと表明するのです。

うちの父も、パラリンピックを見て感動していましたし、やはり偏見をなくす効果としては可なり高いと思います。

まぁ、普通に国から莫大な予算も出るのに、民放では放送権がないのは勿体無い気もしますけど、一応はノブレスオブリージュ(弱者を助ける)精神の一環として見れば良いと思いますよ。
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この回答へのお礼

ご丁寧なわかりやすいご意見をありがとうございます。
他の方のご意見にもありました通り、そもそも差別問題が先にあって、別枠が設けられ啓蒙されているという、自分が考えていることと逆なんだということに気づきました。
わたしも、パラリンピックを観て感動で泣いてしまう場面がありました。
そういうことが、差別を無くす、同じ人間どころか凄い人たちなんだと広く理解してもらうことに繋がるということがよくわかります。
これまで、24時間テレビは"健常者"のエゴだと親とも議論して、あんたはひねくれ者だと言われたことがありますが、はなこじょうさんのご意見を聞いてなんだかスっと入ってきた気がします。

お礼日時:2021/09/21 20:34

> いろんな方のご意見が聞けたらと思いますので、



❶ オリンピックの中で分ければ、あえてパラリンピックを別にしなくても

それも一つの考えだと思います。 ただ、オリンピックを興行・商売と考える人も多くいて、観客や放送権での収益を重視する視点では、大きくしてしまうと効率も落ちるので、分けた方がイイと思うので別れているのではないかと想像します。

❷ 身体的平等や体力的平等をはかるため男女で分けていたり体重でクラス分けしたりしてます

これって、変だとは思いませんか。 競い合いや優劣勝負をつけるのに、体重、身長、ホルモンや骨格で分け、区分毎で勝負する、シニアクラスを別に設ける、知的障害クラスを設ける、男女別でテストステロンまで調べて分ける、 性別・年齢・体重・身長・視力で分けないのも、出来たそうです。
https://www.riflesports.jp/about_rifle/basic_rul …
https://sabatech.jp/there-is-no-gender-differenc …

❸ あえて、LGBTQとかパラリンピックとか別枠を設けるから、あの人たちは自分たちとは違う人なんだって無意識に植え付けているのではないかと…

順番が違うように思います。 
https://jobrainbow.jp/magazine/queerandquestioning
別枠を設けたり、区分認識を問題視するよりも遙かに以前から、「自分たちとは違う人なんだって」って認識はあります。 サルの社会をみても雌雄は別です。雌雄を別物と認識するのは有性生物では当たり前です。 雌雄の中間的な行動をとる個体が異物扱いを受けるのは、一種の自然です。 強さや優美さ、弱さや醜さ、定型的発達から身体的特徴がずれている、知的・精神感情的反応が定型的発達からずれている個体を異物扱いするのも、一種の自然です。 ですが、人間が社会を構成して社会的生物の道を歩み出してから、怪我・病気・個体的脆弱さをもつ個体にも仲間としての扱いをする方向がでて、数万年、数千年と経過して、社会的紐帯そのものが重視される思考、あるいは個体をその資質脳力年齢性別にかかわらずに、《出来るだけ・平等になるような特別の計らいをする》ようにと、だんだんと変わったのです。 救貧法とか厚生思想とかが出てからも、まだ1000年は経過してないです。 その方向での進行過程で、「区分別に扱いをして、平等感をもたらす & 排除をせずに別枠の中での効力感や達成感・賞賛をえる機会を与える」という方向に進んでいるのだ思います。 
通常ならば「あの人たちは論外、土俵にも登れない」というのを、別枠を設けることで、ジュニア級、シニア級、シルバー級、脚に障害をもつ・目に障害を持つ・筋骨格系が異なるグループというように、表舞台での活躍の場を作っているのです。 もちろん、商業主義の配慮、政治的人気とりなどイロイロの思惑が混在してのことですが、このような別枠を社会的公認枠として設けることで、日陰者・排除されているものという辛い感覚で生きている人たちに、(自分自身は出場さえもできそうもないと自覚している人たちにも)、《社会的に排除などされていない&人間としての尊厳は同じなのだ》という認識をもたらしてもいるのです。

❹ LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)、SOGI(、性的指向)にしても、大昔からそういうのはあって、ある意味では周知の事実だったのですが、たぶん《19世紀末~20世紀初めのころにイギリスでこれを異常で罰すべきものと扱いはじめたことに起源を持つ近代性道徳》に対する《20世紀後半からの反動》です。ある意味では、元に戻るだけです。

   ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
文化というのは、見方を変えれば、《地域と時代を限った一種の偏見》です。
完全に融通無碍にしてしまうと、文化はなくなってしまいます。
中世-近世ー近代(モダン)ー現代(ポストモダン?)、人種・優生思想・平等思想・民族・宗教・歴史・個人の胎児乳児幼児児童青少年若年壮年中年老年・健常不健康健全異常・障害・努力怠惰・有能無能・実績功労の有無・知性感性・貧富・出自・血統・血縁・地縁・徒党・組織帰属・……あらゆることが、《認識・識別・判定・化価値付け》の基本となっているのですから、《どうやったところで》、人間は差別文化をなくすことは出来ません。
いまのこの日本の周辺?で、どの差別文化を維持強化し、どの差別文化を消していくのか、そういうことだと思います。
現代日本は、とにかく、100年前よりは圧倒的に物財サービス面で豊かです。
労働能力や労働実績を強く問題にしないでも、そこそこに物財サービス面の供給レベルを落とさずにいられます。 そうなれば、知的障害、身体障害、労働意欲や就業実態を問題にせずに、個々人をある程度扱える状況はあるのです。 生産力維持向上・治安や安全の確保を、男女別扱いでしなくても済む状況があるというだけのことです。 昭和18年~45年では、そうはいかなかったでしょう。 
イスラムの社会は、まだ社会全体は経済的あるいは政治的に弱いところがあって、男女別扱いを続けないとならないのでしょう。
欧米だって、第二次大戦までは、男社会が基本です。
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この回答へのお礼

大変詳しいご意見をありがとうございます!
特に❸については、目からウロコでした。
自分自身はそのような方たちに対してあまり異質な感覚が初めから少なかったので、24時間テレビなど、どうしてあえて取り立ててこんな企画をするのか違和感でしかありませんでしたが、そういうご意見を目にして、普通は逆なんだということに気づけました。
だとしたら、別枠にして意味を持たせることはすごく大事なことですよね。

お礼日時:2021/09/21 20:20

プロファイルの様な在米の長い年寄です。


アメリカの田舎に暮らしていると、いろいろな意味のマイノリティを経験します。
仕事が、一人遊びの趣味が高じてなったエンジニアなので、結構多くのことをひとりでこなしてきました。
それで当地に渡り、当地の流儀で暮らしてきました。
『出来てなんぼ』『他の人よりうまくならないと生きていけない』という国柄ですから、言っていればマイノリティの塊のようなところです。
ただ、それで身を立ててきた身にとっては、そこがいいと思ってます。
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この回答へのお礼

ご意見ありがとうございます。
すごく広い経験と人生を過ごされているんですね!
わたしみたいに日本で生まれて育って、海外生活も経験したことない者には計り知れない壁や努力があったと思います。
まだまだ経験・知識不足だと思いますので、もっと見聞を広げられるよう頑張ります。

お礼日時:2021/09/21 20:12

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