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【旧家の屋敷】昔の武家屋敷や貴族の屋敷には畳と畳を行き来する内廊下がなく、家の部屋の外回りの縁側の廊下で行き来していたのはなぜなのでしょう?

夜の外廊下は雨風、雪に当たりデメリットしかないように思います。刺客に刺される恐れもある。

部屋と部屋を行き来する内廊下を昔の大工が作らなかった理由を教えてください。

A 回答 (5件)

中廊下を使わずに部屋から部屋に移動できたからです。



今みたいに部屋に家具は置かなかった。置いたとしても小さな箪笥ぐらい。
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この回答へのお礼

みんなありがとうございます

お礼日時:2021/09/26 12:19

部屋の外周にある廊下は屋根があるので台風でも無い限り雨や雪でも濡れませんよ。


濡れるなら外周廊下を傘さして歩くのを時代劇映画でもTVでも見たことありますか? 無いでしょ? 雨でも普通に歩いてるよね?
部屋と部屋の間の仕切りは襖にして、襖を開ければ部屋が複数つながって大広間になるようにしてあるのです。廊下は邪魔です。
親戚一同何十人も集まったり、結婚式、披露宴、葬式などができるようになっています。
我が家も平成元年に建てた最近の洋風の家ですが、1階には2間続きになる和室が作ってあります。
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> 部屋と部屋を行き来する内廊下を昔の大工が作らなかった理由を教えてください。



おそらく施主がそういう構造を好まなかったからなのでしょう。
希望があれば、作ることは出来たと思います。 そして、そのような中廊下は畳廊下で充分に幅広く作ったであろうと思います。
https://www.ifs.or.jp/teinai/tei09/
http://asamatsuushin.cocolog-nifty.com/blog/2016 …

昔?って、江戸時代だと、身分制が喧しくて、同じ棟に身分の違う者が生活拠点を設けるという発想はなくて、別棟にそれぞれの居宅や使用目的の場所を設け、それを雨天のことなどもあるので、廊下で通行行き来出来るようにしたのが、殿様のような人でしょう。
https://blog.goo.ne.jp/shinshindoh/e/28982dc3fa0 …
https://www.tokugawa-art-museum.jp/exhibits/plan …
https://blog-imgs-96.fc2.com/3/d/k/3dkyoto/20160 …

農家などでも、使用人は門番小屋・使用人小屋・屋根裏などに住んでいました。 
基本的に、部屋と部屋が隣あっていた方が、何かにつけて便利であると当時の人たちは考えていたでしょう。 部屋と部屋も、襖や障子、板戸を開け放したり、襖や障子、板戸を外して大きな広い空間にしていることも多かったでしょう。 廊下をあえて作るという発想が奇異に感じられたと思います。
個人の個室を閉鎖空間で作り、入口を狭くし、部屋と部屋も廊下を挿んで距離をおくという方が妙なのでしょう。

武士だと、正式に来客用の玄関と客を通す部屋、勝手や水屋や厠、仏間、納戸があって寝所をおければ、身分的にもスゴイ方でしょう。
これでは、中廊下が必要になるようなものでもないです。
https://4travel.jp/travelogue/10875287
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貴族のお屋敷は寝殿作り、武家屋敷は書院作りですから、寝殿作りは外来者は外廊下、内部配置は大広間を仕切って部屋にしてたから中で移動するんです。

武家屋敷は畳の敷いてる内廊下があるのは殿様の屋敷しかないよ。二条城とか見れば分かるように、大名の位によって座敷に入れる大名、畳敷内廊下までの大名、外廊下までの大名と区別するためです。外廊下は忍び対策として鶯張り、殿様の寝所は床下から槍がとどかないように高くしてあるし、大工が勝手に作ったんじゃないよ。
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現代のサッシ窓のような設備がなかったのであるのは障子だけ



照明も限られていて明かりが貴重だったから
陽の光を取り入れつつ夏の日差しを直接室内に入れない知恵として
外廊下を用いた
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