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「何を着て居ても暑い時は暑いのや。これでえゝ。」
「一ぺん見ると、又あとが見たうなつていかん。」

「これから気を付けや。」

「お前、何を言つて居るのや。」

「住みなれし花のみやこの初雪をことしは見むと思ふたのしさ。」

質問者からの補足コメント

  • これが、御所言葉なのですか?

      補足日時:2021/09/26 20:33
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A 回答 (1件)

15歳まで京都で育った明治天皇には、それでも公家の文化が色濃く残っていました。

その象徴が、京都弁でした。公式記録の『明治天皇紀』では文語体に直されているものの、天皇の私的な言葉は訛っていました。とくに奥(天皇の私的な生活空間)ではそうでした。

側室のひとり、柳原愛子(なるこ・大正天皇の生母)は証言しました。天皇は夏でも冬でも、政務では冬用の服を着用していました。したがって炎暑の日には汗がものすごいことになりました。もっと涼しい服を着ればいいものを、天皇はこういって改めようとしませんでした。

「何を着て居ても暑い時は暑いのや。これでえゝ。」
「御真影」の厳しいイメージには似つかわしありませんが、現実にはこんな柔らかい言葉も話していました。

明治天皇はまた能が好きでした。英照皇太后(天皇の嫡母)のため青山御所に能舞台を建て、自身もしばしばおもむいて観劇しました。しかし、皇太后が亡くなるとまったく接点がなくなりました。側近の岩倉具定が「御好き様なものなら、時々御催し遊ばしては如何でございます」と提案したものの、天皇はこれまた京都弁で、

「一ぺん見ると、又あとが見たうなつていかん。」
と退け、ついに能を楽しむことがありませんでした。
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