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箱型スカイラインのツーリングカーレースにおいて、50勝目を挙げたとき、台風のような風と豪雨の中のレースでしたが、その時のレースで以下の疑問があります。その動画を以下に示しますので、想像でもかまいません、ご回答いただければ幸いです。



1.スタート直後、富士スピードウェイ 第一コーナー30度バンクを駆け抜ける戸平健司選手のスカイラインGT-Rは、時速何キロくらい出ているのでしょうか?(動画の22分あたりから22分30秒くらいのところです) 

2.上記No.1の質問での速度は、私には250km/h以上の速度で走っていると思いますが、いくらチューンしたとはいえ、2000ccで、しかもNAの古いスカイラインが豪雨の中でこれほど速く走れるものなのでしょうか?

3.スタート直後の第一コーナーで1位と2位と3位がそれぞれ100m以上離れていると思いますが、こんなに差がつく理由はなぜなのでしょうか?戸平選手がかっこよすぎます。

4.スカイラインGT-Rがこれほどの活躍をするのは、日産自動車に吸収合併されたプリンス自動車の血が脈々と流れていて、プリンスR380のエンジンが載せられているからと思いますが、もしもプリンス自動車が吸収されていなかったらどうなっていたのでしょうか?

5.私は昔からスカイラインが大好きでしたが、いつのころからか大型化してマークⅡのような車になってしまってからは興味がなくなってしまったのですが、R32でGT-Rが復活したころから再度好きになりました。皆様のスカイラインに対する思い出や熱い想いがあればお聞かせいただけると幸いです。

以上、長文ですみません。ご回答可能な項目だけでも結構です。気長にお待ちしますので時間が空いた時にでもご回答ください。

A 回答 (4件)

おぉ30°バンクですか。


 年寄りの茶飲み話になりそうですが、

>皆様のスカイラインに対する思い出や熱い想いがあればお聞かせいただけると幸いです。

・・・っということなので、多少はいいということで。

 ワタシの運転の最初の師匠が元日産大森(現NISMO)でSR311を運転していたレーサーで(クニさん=高橋国光の後輩に当るヒトで、当時のレースリザルトに名前がヒンパンに出ています)、30°バンクとその後のS字の走り方を、詳しく教わりました。(ワタシが運転を始めた頃、もう30°バンクは閉鎖されていたんですけどね。)

1.と2.について

 速くても200㎞/h以下と思われます。
 ソースは特にありませんが、空力的ダウンフォースがかけられる日本GP第三回以降のメインクラス(R381とかトヨタ7とか。FIAでなく、ほぼCAN-AMのレギュレーションに準じた文字通りのモンスターマシン)でも『加速しても250㎞/h程度』だったそうです。『タダの乗用車』の上に雨なので、速度はずっと低いでしょう。(30°バンクはモーレツな下りで、クルマが出口に向けて加速してしまうので、次のS字の侵入が難しくなります。ここの侵入が『クニさんだけラインが違った』とかで、クニさんの侵入ラインも教わりました。)

 ただ雨は、『バンク上は水溜まりが出来ず、グリップレベルは他のコーナーほどは変わらない』とも。まぁ水溜まりは出来なくても、そもそもバンクの舗装方法に問題があって(これも詳しく聞きましたが・・・クルマの話とは関係ないですね)クルマがポンポン跳ねるので、『水溜まりが無くてもかなり怖い』とは言ってましたが。

 ちなみに。
 PGC10は、ノーマルでも公称最高速度は200㎞/hです。
 更にレースチューンのS20では当初220馬力、最終型では260馬力を超えます。トップスピード自体は、250㎞/hぐらいは出たと思われます。

3.について

 そんなに離れている様には見えませんが。12:35辺りですよね?せいぜい20mぐらいでしょう。
 スターティングリッドは結構なウェットの様だし、スタートの出来でこのくらいの差は付くでしょう。

4.について

 S20はスゴいエンジンだったのは間違いありませんが、50連勝出来たのは、日産の開発の成果です。
 上述した様に最初は220馬力程度でしたが、50勝目のエンジンは、2リッターのまま264馬力に達していたそうな。
 リッター132馬力はバイク並みのチューンで、バイクならトルクが不要なのでリッター120馬力超はザラですが(原チャリでも、このくらいは出ています)、クルマでこの馬力、しかもレースのディスタンスに耐えるエンジンとは、相当なチューニング技術です。
 このエンジンを支えたのが、日産追浜の動力研究室(中央研究所)です。

 吸収合併した時点でプリンスがS20を計画していなかったら、日産が同類のエンジンを作ったかどうか判りませんが(多分作らなかったでしょう)、しかしL20の凄まじいチューニング適合性も、S20同様今では伝説級です。(実際のレースでも、北米での240Zの成功を見れば明らかです。)
 せいぜい10000rpm程度の回転数なら、DOHCでなくても実現出来ます。DOHCはあくまでもエンジンの構造であって、ターボの様に『装着したら必ず馬力がアップする』装置ではありません。

 尚・・・ちょっと余談ですが。
 50勝目を上げる何戦も前からロータリーの方が速く、いつ負けてもおかしくない状況だったそうな(クニさん談)。S20は、ずっと以前に戦闘力を失いつつあり、クニさんは『コーナーでは絶対に負けない様に頑張った』そうです。BMWのパクリから始まったリヤのセミトレが、当時のタイヤによく合っていたということもあったと思いますが、『いやマツダはコーナーも速かったよ』とか。
 S20は確かに、登場した当時は高性能エンジンでした。4輪独立懸架も、他にはいすゞ自動車しか持っていませんでした。PGC10はそれらが有効に働いた名車だということは確かですが、しかし50連勝は、クルマを常に高い戦闘力に維持し続けたチューニング技術、『絶対負けない』というドライバー、そしてチームを効率よく運営したマネージメントの、どれか一つが欠けても実現出来なかったでしょう。
 決して、S20やPGC10が飛びぬけて優れていたから50勝出来たワケではありませんよ。

5.について

 スカイランって、何がスゴイと思います?

 ワタシ、元・レーシングカーデザイナーなのですが、スカイラインを『高性能スポーツカー』として見ると・・・エンジンと駆動系以外、工学的には単なる量産乗用車です。(例えばこれがロータスやフェラーリだと、逆に『乗用車らしさ』が希薄で、あらゆる設計が『スポーツカー』です。)

 少しイジワルな言い方をすると、スカイラインは『フツーの乗用車をメーカーが魔改造したクルマ』に過ぎません。ランエボとかインプレッサと同類であり、ハードでリアルなスポーツカーの要素は、エンジンだけです。

 しかしスカイラインとは、プリンス時代から常にそういうクルマでした。
 『羊の皮を被った狼』とは、元々は英国フォード社の『ロータス・コーティナ』に付けられた称号ですが、スカイラインもそういうクルマでなければならい、と(個人的には)思います。
 峠を走ればガチのスポーツカーと遜色ないほど面白く、サーキットを走ればスーパーカーにも引けを取らない速さ、しかしその実態は家族4人が旅行に行けるファミリーセダン・・・それがスカイラインだったはずです。

>いつのころからか大型化してマークⅡのような車になってしまってからは興味がなくなってしまったのですが、

・・・まぁ大型化という面だけで言うと、R32はR31と変わらんほど巨大ですが。

 歴代スカイラインが狙っていた市場は、ブルーバードやコロナ等からのステップアップの乗り換え需要も見込める上級ファミリーセダンであり、また関西に多い小型タクシー需要でした。

 両方の需要で最大のライバルはマークⅡであり、マークⅡ路線に寄せて来たのは『商売として当然』の結果です。
 スカイラインというとGT-Rばかりが注目されますが、実際にスカイラインが相手をしていたのはGT-Rが属する高性能車の市場ではない、ということです。

 R32が出た頃、ワタシはレース屋を辞めて某自動車メーカーの研究所で操縦安定性の研究をやってました。
 当時、比較検討車として早速GT-RとGT-S(NAのFR仕様)を購入し、テストコースで走らせたら・・・そのハンドリングに(特にGT-Sのハンドリングに)、『日本人にポルシェが不要となる日が来るかもしれない』と感銘を受けたのを覚えています。(当時の日本のメーカーはどこも、スポーツカーのハンドリングとしてポルシェ944を目標の一つとしていました。)

 しかしR31からの『セダンとしての』機能低下は如何ともしがたく、『スカイラインが迷走し始めた』とも思いました。(当初感じたのは、『このキャラクターはシルビアだ』でした。R系スカイラインが現行のV系に拡大したことを考えると、シルビアがスカイラインのサイズまで拡大することは、十分あり得ます。実際同クラスのセダン、ブルーバードは、6気筒を搭載したマキシマが既にあったし。)

 名門とか伝統とか、そういうモノが付いて回る日本車は、スカイラインとフェアレディZぐらいです。(フェラーリやポルシェほどでは無いにしても、それらと同類のモノです。)
 一介の研究者である自分が心配したところでどうにもなりませんが(しかし日産、大森(NISMO)、オーテック、それに生前の桜井さんにも、仕事上で多少はお世話になりました)、スカイラインが電制満載のロボットカーとなり(今やハンドルさえ、ステア・バイ・ワイヤです。R34までは、あんなにハンドル手応え感に拘っていたのに)、BMWやメルセデス、それにレクサスの市場で負け続け、やがて静かにフェイドアウトするのかと思うと、悲しいキモチになります・・・。
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この回答へのお礼

loftybridgeさん、ご回答ありがとうございます。
loftybridgeさんは、レーサー、レーシングカーデザイナー、自動車メーカーの研究者で働き、しかも高橋国光さんや愛弟子の有名レーサーの方や桜井慎一郎さんともお付き合いがあった方とはびっくりです。
スカイラインに対する思い出や熱い想いをお聞かせいただき大変ありがたいです。バンクでの速度はやはり速くても200km/hですか。動画の14分25秒のあたりでアナウンサーの方が250km/h位でしょうか、と言っているのでもしや、と思っていました。なお、1位、2位、3位の間隔の動画は、21分50秒位から22分30秒あたりです。水しぶきを上げ、第一コーナー30度バンクを全開走行しているように見えます。しかも1位と3位は、500mくらい離れているように見えます。命知らずの全開走行に見えました。GT-Rに搭載されたS20は盲目的に憧れていました。ノーマルは160馬力でしたが、レース仕様は最終型では260馬力を超えるのですか。トップスピードは、250㎞/hぐらいは出たのですね。チューニング技術はすごかったのですね。また、300kmレースとかで優勝したりと、そのタフな耐久性に驚くばかりです。50連勝は、全員が1人も欠けることなく鬼のような精神力で挑んだ結果だったのですね。スカイラインは勝って当たり前、負ければニュースになると言われていたことを思い出しました。スカイラインは『羊の皮を被った狼』と言われていましたが、GT-Rがなくなり、しばらくしたらトヨタ自動車のCMで『名ばかりのGTは道をあける』と挑発されていましたよね。GT-Rがなくなってからのトヨタ自動車からの挑発がすごかったですが、トヨタ自動車は売れる車を作る能力は一流ですね。確かに今では名門とか伝統とか、そういうモノが付いて回る日本車は、スカイラインとフェアレディZくらいですね。日本人は私自身も含め、スピリチュアル(精神)的な部分を大事にする傾向がありますからね。それに引き替え、トヨタ自動車は売れる車を多く出しますよね。会社は利益を上げてなんぼの世界ですから商売上手ですね。栄光のスカイラインもやがて静かにフェイドアウトするのでしょうか?本当に悲しいキモチになりますね。このたびは、玄人さんの貴重な体験、裏話等の楽しいお話が聞けて大変参考になりました。ありがとうございました。

お礼日時:2021/10/02 19:29

動画を見直しました。


①100~130㎞/hです。
カメラの首振りが追い付かないのでそれ以上の速度が出ているように見えますが現代の高速道路では普通に見られる風景です。

②№2さんの言及したとおりです。
当時のエンジンパワー、シャーシ性能、空力、タイヤ性能では200キロを超えるのがせいぜです。

③他車はクラッチミートに失敗して出遅れています。
平戸選手はフライングだった可能性もあります。

④プリンス自動車だけでは資金力不足でレース続行は無理。
合併しなかったら会社消滅の憂き目にあったはずです。
日産単体であっても同様。
その後の活躍は二人三脚になったからこそです。

⑤は痘痕も靨なので言及できません。
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この回答へのお礼

poteti800neさん、2度目のご回答ありがとうございます。
30度バンクでの速度は100~130㎞/h位ですか。エンジンの音と画像から5速全開と思っていて、もっと速い速度に見えたのですが目の錯覚というものなのでしょうね。でも当時の技術で2000ccNAで200km/h 出せることはすごいことだと思います。S20は160馬力を絞り出した伝説のエンジンで、中学生の頃から盲目的に恋い焦がれたエンジンでした。これさえ載っていればGT-Rでも432でもいい、と思っていました。やはり当時の呼び方である「技術の日産」ですね。
プリンススカイラインが生き残ったのはやはり日産自動車と合併したからなのですね。合併してからGT-Rや432が生まれたわけですから正解だったのですね。2度ものご回答ありがとうございました。

お礼日時:2021/10/01 23:31

ブックオフで「フェアレディに挑んだ男たち~日産技術陣」という、昭和60年発行の本を買いました。


それによりますと、R380の最高速は、200キロらしいです。ライバルの911が、2000cc148馬力、最高速210キロ。
東京オリンピックのあった昭和39年、第二回日本グランプリの、(Zではない)フェアレディレース仕様車は、直6 1992ccフルトラ2プラグ、ウェーバーキャブ3連装で、190馬力。
自社テストコースがなく、フジで、テストをしたとありますので、250キロは、無理ですね。何故なら、そのスピードで、止まれるブレーキが、なかったから、と書いてあります。
スカイラインは、スポーツセダン。今なら、スポーツミニバンです。そんな、乗り心地の悪いクルマは、たくさんは売れません。
でも、売りたいので、スポーツセダンのハコスカから、大型化した乗用車のケンメリにチェンジ。なので、GT-Rが、なかなか出せなかったし、そもそもレースには、不向き。
でも、一番売れたのは、ケンメリの67万台。ハコスカは、31万台。7thは30万台。次が、R32で、29万台。
32の4ドアは、セダンとしては、狭くて売れなかったので、33で大きくしたけど、マークⅡ 3兄弟に完敗と、GT-R以外は、結構、不人気車。
33は16ビット、32は8ビットコンピューター制御なので、33の方が、パワーは出ていたけど、32の、雑な制御の方が、体感上は、豪快だったので、33の、評判は、いまいち。
そもそもが、セダンなので、二頭追うものは、でしょうか。レースは、Zの方が向いてましたよね。
スカイラインの、アイコンと言えば、ケンメリ以来の、丸型テール。ところが、何も知らない、ゴーンさんが、V35で、丸型テールじゃない、スカイラインを出した。
なので、他社も、丸型テールを、ちゅうちょなく採用する事が、出来るようになり、クラウンにもあったし、はては、ラパンまで、丸型テールになった。すべては、ゴーンさんのおかげです。
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この回答へのお礼

かつみ先輩さん、ご回答いただきありがとうございます。R380の最高速は、200キロだったのですか。本場ヨーロッパのレースでは無敵のポルシェカレラ6を第3回日本グランプリで破ったことは伝説ですよね。NHKプロジェクトXでプリンス自動車が放送されたときその歴史に驚き感動しました。
また、スカイラインの流れまで教えていただきありがとうございます。ケンとメリーのスカイラインは本当にかっこよくてあこがれました。伝統の丸形テールは本当に好きでしたが、ゴーンさんが切ってしまったのですね。スカイラインという車がわかりにくくなってしまい残念です。昨夜、仕事帰りずっと前を走っている車のテールが丸形で社外マフラーが入っている音がしたのでケンメリかジャパンと思い追いかけ、追いついたらクラウンだったのでがっかりしたばかりでした。 かつみ先輩さんも結構スカイラインが好きな雰囲気が伝わってきてうれしく思いました。ありがとうございました。

お礼日時:2021/10/01 21:45

250㎞/hは出てないです。


200㎞/hがせいぜいです。

あの時代のGTカークラスに搭載したエアロデバイスではダウンフォースが足りません。
ちなみにジェット旅客機の離陸速度が250㎞/hです。
箱型ボディの不利はあってもそれ以上の速度ではタイヤが宙を浮いたのは間違いないです。

また富士の30度バンクは路面の凹凸が激しく200㎞/h以上での走行は恐怖そのものです。
某ドライバーはバンク走行中に雄たけびを上げて恐怖心を押さえつけたと述懐するほどです。
ましてや豪雨の最中では晴天レースよりも速度が落ちているのは間違いないです。
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この回答へのお礼

poteti800neさん、ご回答ありがとうございます。やはり200km/h程度なのですね。でもこの時代に200km/hでもすごいことですよね。30度バンクは路面の凹凸が激しかったのですか。全く知りませんでした。レアな情報をありがとうございました。

お礼日時:2021/10/01 20:50

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