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平安時代の武士についてです。
平安中期に武士が成長してきたと思うのですが、それによるマイナスな面や庶民からの不満等あったのでしょうか?

質問者からの補足コメント

  • 武士が現れたあと、武士が権力をふるったりしたことで不満が生まれることはありましたか?

      補足日時:2021/10/04 10:59

A 回答 (8件)

一つ思うのですが、地獄の沙汰も金次第。


逆らうものは切り捨て御免。
その中における弱肉強食。
力ある者が天下を築く。

そこにおいて武士という、いわば武器を持つ者が
持たない者、力の弱い者を制する。

但し、高貴な身分・家柄を持つ者は
例えば平氏・源氏などは、その身分・家柄などで
他人を引き付け、人を従え、束ねて
天下を動かす。

そんな中で、これをうまく治め、
束ねて取り仕切る必要性から
幕府なるものが育った。

しかし、これにうまく
迎合できず、
はみ出していった者が
いませんでしたかね。

それがいわゆる源義経とか
だったのではないでしょうか。

そのため義経は
奥州藤原氏を頼るが、
秀衡は受け入れても
子の泰衡は義経を排撃。

結局
義経は頼朝と同じ源氏の流れでも
敗れていくしか
無かったのでしょうかね。
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武士は農民(庶民)なんかではありません。

武士は支配階層の末端が武装化したものです。
武士=農民というのは、もはや教科書にしか載っていない古典的旧説です。
当然ながら、支配層が武を偏重することは被支配層にとっては迷惑です。
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武士も庶民ですが、源平時代に入って下級の公家が担っていた下級役人のポジションを武士も担うようになり、やがてほぼ武士が占めるようになります。



当時は役所のことを「寺」と云いました。「寺の人」と書いて「侍」になります。つまり「侍(さむらい)」とは役所にいる公務員のことでした。侍が武士ばかりになったので侍(さむらい)が武士の別名になった訳です。

一般庶民にとっては、それがどうであったかは分かりませんが、源平時代は公家に独占されていた侍が、武士など庶民に門徒が開かれたのですから、悪い話ではなかったかもしれません。

ところが「驕る平家」の平家一門が侍のポジションも独占する時代になると、平家の下級武士である侍まで驕っていたかどうかは別にしても、平家以外の武士とその他庶民には腹立たしいことであったことは間違いないと思われます。
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>庶民からの不満等あったのでしょうか?



武士階級自体が「庶民」ですから、庶民から不満があったかというと矛盾にします。

ただ、平安時代の武士は、必ずしも階級として認められていたわけではなく「農村の自警団」だったり「荘園を守る兵隊」だったり「ほぼヤクザ」だったりといろいろな性格があったのです。

だから「ほぼヤクザ」なら武力を背景に「お前の土地を守ってやるからミカジメ料を出せ」というようなこともあったでしょうし、他の農村からみて「あの村は武士(やくざ)が強すぎて、主張を武力で解決しようとするからヤバイ」というようなところもあったでしょう。

武士に対して不満が無かったとはいえませんが、庶民自体、社会での立ち位置が不安定だったので、武士を利用していた部分もあります。

>武士が現れたあと、武士が権力をふるったりしたことで不満が生まれることはありましたか?

武士が階級として認識されるようになれば「権力」が付与されます。
たとえば荘園を守る武士軍団に、都から許可が下りれば、荘園を拡げたい貴族(武士の雇い主)によって、農地から追い出されたり、水の利用を独占されたりしたこともあったと言えます。

ただ、基本的に武士はその地域の地縁・血縁関係があり、周りの農民や庶民と血族だったので、地域の中では上手くやっていたところが多いでしょう。
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搾取されるのだから、不満が有るのは当たり前でしょう。


現在だって、所得税、消費税などで、税金をとられます、不満たらたら
でしょう。
農民は7割は年貢(税金)で搾取され、更に労役として、城の修復
などに駆り出されます、労働力が減れば収穫量が減りますが、
決められた量を年貢として搾取されます。
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江戸時代まで下ってくると、地方農村地域でも治安の維持が図られますが


平安時代の事ですと京の都に関しては検非違使というような
治安維持組織が存在しますけど、地方には存在しません

当時の地方では、全ては自力救済が原則です
これは、村内でのいざこざや犯罪、或いは村と村との争論が有っても公的な裁判や警察権による救済は滅多に望めない

土地の境界争いなどでも土地の登記制度などは存在しませんから
互いの話し合いで解決出来なければ、実力で領域支配を行い必要がありました
その強制力や施政権行使の為の裏付けとして、村々の力自慢が組織化されたモノが武士の始まりと言われています

ですから、少なくとも自分達の地域を守る為の侍・武士は、自分達の仲間であり、必要に迫られて組織されたモノです

そういう意味では不満の対象とは言えないでしょうね

他の地域の武士は当然、恐怖の対象ですけど・・・・
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荘園を守ってくれるガードマン 


農民の次男坊達の餌場に過ぎません。
通常は畑を耕していました
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もともと武士という人たちがいたわけではなく、公家や貴族に不満をもった庶民が武士になったのですよ。

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