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『差別は"わるいこと"』としたところで意味があるのか?

差別が悪い事だという理念を共有したところで現実から無くならないのならば、その理念の共有に意味はあるのでしょうか?

私は少ないサンプル数からだとある属性の人間をAという属性を持つものはBである(あるいはBである可能性が高い)とパターン化することは、人間の生存に役立ってきた本能的な機能だと考えています。

差別はその本能的な機能から発生する思考パターンであり、それを否定することは「細胞分裂を無くそう!」と言っているのと同じような滑稽さを感じてしまいます。

それが生存の役に立ってきた機能であるならば、善悪の理念を共有したところで根本的になくなるようなものではないよね、ということです。

差別という思考行動が基本的な作りに根ざした生態であるならば、それがあることを前提にどう生きるのかを学んだ方がよほど実益があるのではないかと考えます。

みなさんは差別についてどうお考えですか?

p.s.私はどちらかと言えば差別を受けやすい属性です。自分の中にある差別心を正当化するための主張ではないつもりです。

gooドクター

A 回答 (8件)

「差別は悪いこと」と言うのは、道徳論と法律論で区別した方が良いです。



法律論では、「差別行為」は禁止されていますが。
「差別意識」は、むしろ「思想信条の自由」に係属しますので、否定されてません。

思想信条の自由は、別名:「内心の自由」とも言われ、そもそも内心は表現されない限り、法律で禁止出来る性質でもありませんし。
如何に人格者でも、自発的な差別意識が咄嗟に生じたりもするでしょう。

まあ道徳論では、それも否定的でしょうけど。
そんな道徳を説く人の内心も、果たしてどうなんだろう?と思います。

後は、そんなに難しい話でもなく。
内心で「殺してやりたい」と思うのは勝手だし、どうしようもないですが。
「実際に殺しちゃダメ!」は、道徳論どころか法律論でも正しいです。

そう言う前提で、「差別行為は禁止」の妥当性を、考えてみては?
また、たとえば日本の権利の多くは、「公共の福祉に反しない限り」と言う条件付きですが、差別行為は、他人の人権侵害に該当したりする訳です。

それ以外では、何でも「差別だ!」なんて言うのは、チト問題と思いますね。
「差別」と「区別」は明確に違うし、「差別的」なども、差別とは似て非なるものとは思います。

私自身は区別はするし、何なら差別的とも思いますけど、差別行為には否定的です。
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人種や身分は必ずしも結びつかないからです。


https://japanreset.blogspot.com/2020/10/blog-pos …
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そこが動物と人間の違いですね



言って良いことと悪いこと
やって良いことと悪いこと
を理性で判断して相手が嫌がることをしない
これが人間社会だと思います

自分をコントロールできない人がいる事は
泥棒や傷害犯がいるのと同じだと思います
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> 少ないサンプル数からだとある属性の人間をAという属性を持つものはBである(あるいはBである可能性が高い)とパターン化すること



それは先入観または偏見です。差別の一部分でしかありません。
たとえばの話、かなり昔のハリウッド映画でちょっと映る日系人の役は、庭師や洗濯屋さんなどでした。まだアメリカで寿司や空手が流行る前、日本企業が世界進出する前です。
実際、アメリカのお金持ちには日本の植木職人の技が好評だったらしいし、日系人が商売を始めるとしたらクリーニング屋さんが、よくあることだったようです。よって、当時のアメリカ人の「ジャパニーズアメリカンといえば庭師か洗濯屋だろ?」という思考パターンは、当たりだったり外れだったりで、「わるいこと」と言い切れなかったかも知れません。
日本人は日本で千差万別の職業に就いてるだろうけど、アメリカで就ける仕事は割と限られてるよね、何にでもなれるわけじゃないよねと。
しかし、それは先入観または偏見に相当し、まだ差別の序の口です。そこからさらに醜く巨大化するのが、差別の常ではないでしょうか。

「ジャパニーズアメリカンは庭師か洗濯屋でもやってろよ」
「何でジャップが大学に入ってくるんだよ。庭師に必要ないだろ」
「ジャップのくせに上院議員になりたい? 思い上がるな」

そんな嘲笑を浴びせるのが差別です(昔はそういう差別があったらしい)。ご質問者は、これが「わるいこと」と思わないのでしょうか。日系アメリカ人は各自の資質や努力によって、何にでもなりうるのではないでしょうか。
以上、たとえ話をしましたが、要するにご質問者は差別の一部分しか見てないと思われます。
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そもそも差別というのは根拠がない非難や軽蔑や排他のことだと認識しているので、あなたの「生存の役に立ってきた機能である」という主張自体が、おかしい気がします。



危ないものを遠ざけようとするのが区別。
危険性に何の根拠もないのに「危ない」と決めつけ攻撃するのが差別。

という風に考えた場合、前の方も書かれているけど、生存の役に立ってきた機能というのは、差別ではなく区別なのでは?

業務や能力に何の問題もないのに「あの人はハゲだから仕事出来ないだろう」なんてのがあったら、それは間違いなく差別であり、悪いことです。正さなければいけない。
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意味あると思いますが・・・。


実際差別する側、される側良いことは一つもないです。
確かに差別の言葉もたくさんあります。チビ、バカ、デブ、ブス、ハゲ等々
その言葉を聞いて快く思う人はいると思いますか?
難しい言葉で言われていますが「細胞分裂を無くそう!」の言葉につながるとは到底思えません。私だけでしょうか?
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この回答へのお礼

真の意味で「良いことは一つもない」ような行動を人間はしないと思います。

される側が不快なのは分かりますが、する側は自身が所属する集団の中から異性からの人気が低い人たちを排除することによって、自分たちの生殖率を高めることができます。また他集団を貶めることで以下同文です。

私たちは優れている、あいつらは劣っていると主張することには明確なメリットがあります。まぁかなり原始的な話であって人間社会はもっと複雑だとは思いますけど。

お礼日時:2021/10/05 16:22

『差別は"わるいこと"』としたところで意味があるのか?


差別が悪い事だという理念を共有したところで現実から
無くならないのならば、その理念の共有に意味はあるのでしょうか?
 ↑
あります。

1,ゼロには出来ませんが、減らすことが
 可能です。
 この点、犯罪と同じです。
 犯罪は悪いと声高に叫んでも、ゼロには
 出来ませんが減少する可能性はあります。

2,内心はともかく、差別を外部に出さない
 ようになります。
 お前は、○○だから、この会社には入れない
 なんてことが言えなくなります。

 


差別という思考行動が基本的な作りに根ざした生態であるならば、
それがあることを前提にどう生きるのかを
学んだ方がよほど実益があるのではないかと考えます。
  ↑
それは言えてますね。
これも犯罪と同じで、ゼロにするのが
無理だから、戸締まり防犯をしっかり
やりましょう。

差別するのは、自分が属する集団を
守る、という本能がなせる技だと
思います。
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この回答へのお礼

正直自分で言ってて極論だよな、と思っていた点を指摘していただきありがとうございます。たしかにゼロにはなりませんが減らすことはできますね

お礼日時:2021/10/05 16:15

差別と区別を一緒にすんなやw

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